第61話 だから嫌なんだ
「破壊神様! 本日もお日柄がよく!!」
「……そうだな」
ニコニコと本当に嬉しそうに我に挨拶をするのは、カリーナだ。
かつて、精霊の尖兵によって大きく壊されてしまった性格は回復し、今ではこんなに元気に……いや、壊れたままだな。
我を信仰するとか本当壊れている。
跪き、頭を垂れる。
……なんだろう。我、こういうのされるのは好きなんだけど、何か違う。
何でこんな喜んで進んでしているの? こういうの、違うんだけど。
「……ところで、カリーナ。なんだこれは?」
言いたいことは、それだけではない。
今の我の状況もそうだ。
我は、なかなかお目にかかることのできないフカフカのすわり心地がいい椅子に座っていた。
そこは高座になっており、目の前には小さな階段が数段ある。
その下の位置で、カリーナは跪いている。
そう、まるで玉座のようになっているのだ。
我は破壊神であり、王ではない。
こんな所に座るのはおかしいのだが……。
いや、それだけではない。
この絢爛とした空間を見る。
大きな支柱がいくつもあり、それは高い天井を支えている。
なにやら我の審美眼では理解できない絵が描かれている。
……おい。まさか、多くの人々に跪かれているのは我ではないだろうな?
いや、確かにそういう世界を目指してはいるが、それをたたえるような奴は止めろって言っただろ。
他にも、よくわからないが価値のありそうな装飾がなされており、驚くほど豪華絢爛な場所である。
改めて言おう。
なんだこれは?
「はい! 寄付などで作った、破壊神様の神殿です!!」
元気に笑顔で言ってんじゃねえぞ!!
このクソガキ……! 我はそういうの止めろって言っただろうが!!
なに神殿まで立てている!?
しかも、神殿って……。お前、千年前でもされなかったことを平然と……。
千年前は戦争中でそんな目立つようなものは建てられなかったとはいえ……そんなことは関係ない。
『まあまあ。いいじゃない。立派なところで暮らせて、悪い気分じゃないでしょ?』
悪いわ!
我は別にいい所で暮らしたいなんて思ったことは一度もない!
それに、我を崇めているのが問題なんだ! 何で救世主みたいに持ち上げている!?
我は破壊神だぞ! 恐れてひれ伏してほしいのだ!
『まあまあ。ぷひー』
おざなりな言葉で俺をなだめようとするヴィル。
……ぷひー?
……貴様。もしや、我に献上された酒を飲んでいるのではないだろうな?
我の所には、バイラヴァ教徒から頻繁に献上品が送られてくる。
飲食の必要がない我はほとんどを送り返しているのだが……その中から酒が消えていたような気がする。
もし、ヴィルがこっそり引き抜いていたのだとしたら……。
『…………』
買収されているじゃないか!!
我のことをなだめるように、バイラヴァ教徒から買収されたな!?
き、貴様……! 千年以上の付き合いである我を、たった酒ごときで裏切りおって……!
……いや、ヴィルだから酒のために何でもするのは当たり前か。
酔いどれ妖精だしな。
「どうかされましたか? 神が求めることであれば、何でもいたしますよ!」
キラキラと輝く目。
しかし、何故かドロドロと救いきれないほどの闇も見える。
『昔の『バイラヴァ教』を思い出すわねぇ……』
止めろ。思い出させるな。
千年前、どう考えても世界の敵である我を信仰してきた狂信者ども。
奴らもこんな目をしていた。
命乞いのために我に媚を売ってきているのだと最初は思ったさ。
それが、大きな間違いであることをすぐに理解したがな。
「……とにかく、精霊の情報を集めてくれ」
痛くなる頭を抑えながら、カリーナにそう告げる。
ここはあまりにも窮屈すぎる。
精霊を殺しに行くというよりも、その過程でここから離れることが主目的になりそうだ。
その情報を集めさせることによって、狂信者どもを我の前から引き離すということもできる。
……まあ、精霊はこそこそしているということはないから、すぐに情報は集まるだろうが。
居場所を特定することはできないが、だいたいこの辺りを支配しているということはすぐに分かる。
尖兵が活発なところを探せばいいだけの話だからな。
ヴェニアミンやアラニスといった、すでに破壊した精霊もそうだった。
だいたいどのあたりを支配しているかは分かるが、彼らがどこにいるのかはさらに詳しく調べないとわからなかった。
なんだったら、それもこいつらに任せれば、我の前からしばらくは消えてくれるはずで……。
「あっ、もう集めておきました!」
「なにぃ!?」
あっさりと前提が覆され、我は激しく狼狽する。
『優秀ねー』
確かにそうだが!
こんな時に優秀さを発揮しなくてもいいのだぞ!
「『バイラヴァ教』も拡大の一途をたどり、信者による情報網は広大なものになっています。破壊神様の望むものを、何でも探してお伝えすることができるほどに!」
カリーナの誇らしげな態度と言葉に、我は絶句する。
ば、馬鹿な……!
我が復活してから、まだ一年も経っていないのだぞ!?
それなのに、『バイラヴァ教』はもうこんなにも拡大を……あり得ん! ゴキブリか!?
『そう言えば、千年前バイラの宗教が広がっていったのもそんな感じだったわよね。爆発的に増えていって……狂信者がわっしょいわっしょい』
止めろぉ! どうして我が人間や魔族に気を遣わなければならなくなったのか、知っているだろう!
あいつらめ……我の望まない方向に全力疾走しおって……!!
だから、宗教って嫌なんだ!
「と言っても、全然隠れていないので、誰でもすぐに分かるのですが……」
恥ずかしそうに頬をかくカリーナ。
隠れていない?
「その精霊の名は、マルエラ。魔族領を支配している女です」
「……ほう? 支配?」
名前まですでに分かっているということに少々驚きつつも、魔族領と支配という言葉に強く興味を引かれる。
「はい。ヴェニアミンやアラニスとはまた違います。彼らは支配しているとはいっても、彼ら自身が直接的に表に出て実効支配をしていたのではなく、尖兵や教皇国の上に立つことで間接的に支配していました。しかし、マルエラはまったく異なります。彼女は、直接的に魔族を支配している。明確に支配者として君臨し、統治しているんです」
「ふむ。だから、こんなにも容易く分かったのか。今回は、居場所も……」
直接統治か……。
確か、ヴェニアミンは研究みたいなことをしていたし、アラニスはキメラを作っていた。
精霊によって、嗜好が違うのだろう。
そのマルエラとやらは、政治に関心でもあるのか?
何にせよ、個性の強い連中だ。
すべからく破壊するがな。
「はい。その悪名はとどろいていますから。精霊マルエラによって支配されている魔族領は、非常に厳しい境遇に置かれているようです。また、彼女が支配する地域は名を変えられました」
カリーナは指を立てる。
「かつて、魔族たちの国であった『ブリーゲル』。今は名を改め……『ヘドルンド』。植民地という意味です」




