第6話 弱弱しい男
ぞろぞろと村を我が物顔で闊歩する複数人の集団。
先頭を歩く大男以外は、皆同じような鎧を着用しており、騎士団の騎士のようにも見える。
だが、その厭らしい笑みや荒々しい雰囲気は、決して清廉な騎士とは異なるものだった。
「おい、カリーナあ! どこだああああ!?」
「ぐ、グラシアノ様! どうされたんですか?」
先頭を歩く大男が名前を呼べば、すぐさま駆けつけるカリーナ。
トーマスや村人たちに見せるのは怒りや軽蔑といったマイナスの感情ばかりなのだが、今の彼女はにこやかな笑みを浮かべていた。
……いや、にこやかというより、媚びきった笑みと言えるだろう。
怒らせたくない。そんな感情がにじみ出ているのを、兄だからこそ悟ることができた。
「ひぃっ!?」
「な、何でこいつらがここに……!?」
村人たちは、グラシアノたちを見て小さく悲鳴を上げる。
皆一様に顔に恐怖を張り付け、少しでも彼らから距離をとろうとゆっくりと後ずさりする。
目立つように逃げれば、彼らに目をつけられてしまうかもしれない。
そうなったら、待っているのは地獄だ。
「ど、どうして尖兵が……」
「わ、わからない」
リーリヤが震える声で小さく尋ねてくるが、トーマスだって明確な答えを持っているはずがない。
精霊側であるはずのカリーナでさえ、尖兵が来たことに驚いていたのだから。
「精霊様のためにしっかり働いているかって確かめにきたんだよ。ほら、俺って精霊様の忠実なしもべだからよお!」
そう言ってゲラゲラと品のない笑い声を上げるグラシアノと、尖兵たち。
トーマスはそれを聞きつつも、彼らが精霊のために確かめに来たというのは嘘だと断じていた。
「(あいつらが人のためなんかに行動するはずがない!)」
自分たちの村を焼いたのも彼らだが、必要以上に殺したり奪ったり……そして、犯したりしたことは精霊の命令ではない。
あれは、彼らの欲望。最終的に精霊の命令を果たすことができればそれでよく、その過程で尖兵たちは自分たちの欲望を満たすためだけに動くのだ。
だから、今回ももしかしたら精霊が確認に来させたのかもしれない。
だが……自分たちだけがよければそれでいい彼らが、確認だけで帰ってくれるとは到底思えなかった。
「あんまり進んでねえみたいだしなああ?」
ギロリとグラシアノの目がカリーナに向けられる。
その言葉は、明らかに責めるような色が含まれていた。
「そ、そんなことは……」
カリーナはビクッと身体を震わせながらも、何とか答えようとする。
村人にあれほど高圧的に接していたとは思えないほど、弱弱しい姿だった。
しかし……。
「あ? 口答えすんの?」
「い、いえ! すみません!!」
重くて低いグラシアノの言葉に、カリーナは深く頭を下げて謝罪した。
これだけを見ても、二人の関係性がハッキリと分かる。
「ちゃんと謝れるのは偉いなぁ。また久しぶりに可愛がってやろうか?」
「いえ! 恐れ多いです!」
ニヤニヤと笑うグラシアノは、気安くカリーナの肩を抱く。
ニッコリと笑うカリーナであるが、明らかに怯えていた。
兄であるトーマスでなくても分かるほどなのだから、彼が強い怒りを抱くのは当然だった。
「ただ、遅いのはいただけねえなあ! だってよお、まだまだ全然できるはずなんだよ。ここ、人がほとんど死んでねえだろ? ってことはさあ、余裕があるってことなんだよお!」
そう言うと、グラシアノはチラリと共にやってきていた仲間に目を向けた。
それを受けた尖兵はコクリと頷くと、近くにいた村人の一人に近づき……。
「ぎゃあああああ!?」
「あっ……!!」
自然に、何をするでもないような感覚でその男を切り捨てた。
トーマスたち村人はもちろんのこと、カリーナでさえも唖然とする。
「カリーナさあ、甘い! 甘いわあああ! 誰も殺さねえから、こいつらゴミも舐めてダラダラ働くんだよ。働け! じゃねえと殺すぞ!! ……そう言ったら、誰だってちゃあんと働くぜええ!?」
「で、でも、そんなにしたら皆死んじゃって……」
グラシアノの言葉通り、簡単にあっさりと人の命を奪った尖兵たちに向ける村人たちの目と表情は、恐怖で支配されていた。
ほとんどの者が、彼らに命令されたら何でもするだろう。
自分はあんな死に方したくないと、そう思っているから。
カリーナはそれでもおずおずとしながらも言葉を返す。
人を殺して減らせば単純に労働力が減るし、それに……彼女は村人たちを殺したいわけではなかった。
だが、ポカンとしたのはグラシアノであった。
「……別によくね? こいつらがどれだけ死のうが、俺らには関係ないだろ。てか、精霊様の命令の方が大切だし」
愕然とする。倫理観がない。
「雑魚は死ね。弱者は死ね。俺たちに奪われて犯されて殺されろ。そおれえがあ……今の世の中だろうがああ!!」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げるグラシアノ。
それに呼応するように、彼と共にやってきていた尖兵たちも笑う。
自分たちは強いから、弱い者から何を奪ってもいいのだ。
それは、命も含まれる。
そんなバカげたことを、本気で信じてあまつさえ実行に移しているのが、グラシアノたちだった。
「まあ、こんな感じでやってろよお。お前もあんまり役立たずだと、処分されるかもしれねえしなあ!」
「は、はい……」
ビクッと身体を震わせるカリーナ。
処分……すなわち、精霊の手先でなくなり、あれの庇護を受けられなくなること。
そうなれば、グラシアノたちは自分にも牙を向けるだろう。あの日のように。
それが、何よりも恐ろしかった。
「よおし、じゃあ帰るとするかあ! 今回は別に人を殺しに来たわけじゃねえしなあ」
そのグラシアノの言葉に、耳を澄ませていた村人たちはホッとする。
だが、トーマスは眉を顰めていた。
そんな馬鹿な。尖兵たちが、たった一人殺したくらいで満足するのか?
あの日、何の罪もなく理由もないのに、村を焼いて多くの人を殺して犯した尖兵が。
……そして、そのトーマスの悪い予感は、的中してしまった。
「……こいつ、持って帰るかあ!」
「きゃっ!?」
「なっ!?」
チラリとこちらを見たグラシアノがズンズンと近づいてくると、ぬっと太い腕を伸ばしてきた。
その腕が掴んだのは、トーマスのすぐ隣にいたリーリヤだった。
「えっ、えっ……?」
「よおお! まだこんな見た目良い奴が残ってたんだなあ! 村も馬鹿にできねえわ! あははははは!!」
何が起きているのか、まだ飲み込むことができていないリーリヤ。
そんな彼女をグイグイと引っ立てていくグラシアノ。
舐めまわすようにリーリヤの身体を見ると、だらしなく頬を緩めていた。
「(やっぱりだ……! やっぱり、あいつらがこの程度で帰って行くことなんてなかったんだ!)」
グッと歯を噛みしめるトーマス。
そんな彼はそのままに、状況は変わっていく。
「おら、行くぞお! 尖兵様に選ばれて嬉しいだろお!?」
「い、いや……っ」
ニマニマと笑うグラシアノに、リーリヤが発した言葉は反射的なものだったのだろう。
相手が精霊の尖兵であることを忘れ、無理やり引っ立てられて痛みも感じていた彼女が、本能的に発した言葉だった。
短い言葉だ。リーリヤも意図を込めて発した言葉ではない。
だが、それはグラシアノを刺激するには十分すぎるものだった。
「…………あ?」
ズッと殺意をみなぎらせて、彼はリーリヤを見た。
その殺意に溢れる目を見て、彼女は身動きが取れなくなる。
蛇に睨まれた蛙のように、恐怖で硬直する。
「は? 嫌? 尖兵に選ばれて、嫌あああああ?」
猫なで声を発するグラシアノ。
優しくて、甘くて、気持ちの悪い声。
「舐めてんのかクソアマああああああああああ!!」
それが、一気に爆発した。
ダン! と地面を踏みつければ、小さく亀裂が入る。
遠くから見ていた村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑うのだから、至近距離でそれを見せられたリーリヤの恐怖は計り知れない。
誰も、助けることはできない。
大人の男も、いじめっ子の少年たちも、幼馴染のトーマスも。
誰も、誰も尖兵の怒りを向けられたくないからだ。
「あ、あの! そいつは身体もやせ細ってるし、グラシアノ様を楽しませることはできないと……!」
それでも動いたのは、カリーナだった。
大量の汗を流し、媚びた笑みを浮かべながらも、グラシアノからリーリヤを解放しようと奮闘する。
彼女もリーリヤには昔からよくしてもらった幼馴染のお姉さんなのだ。
そんな彼女を、悪魔のような尖兵から救い出したかった。
しかし……。
「なあああ、カリーナあああ……俺の邪魔をするのかあああ?」
「ひっ……!」
ガクガクと身体を震わせるカリーナ。
過去のトラウマがよみがえる。
尖兵たちに連れて行かれた先で行われた、死よりも辛いこと。
全身にあざができるほどボコボコに殴られ、蹴られ、踏みつけられ。
何度も犯され、地獄のような苦しみを味わい。
地べたを這いずって悲鳴を上げながら泣き続ける自分を、大の男たちが囲んで大笑いしていて……。
「また昔みてえに、可愛がってやってもいいんだぜええ? せっかくあれから解放されたのに……戻りてええのかああああ?」
その言葉は、カリーナの心をぽっきりとへし折ってしまった。
「い、嫌あああああああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許してください許してください許して許してゆるしてゆるして……」
「そおれでえいいんだよお! 尖兵様にはひれ伏せ! 邪魔をするな! 精霊様に逆らうことになるんだからなああああ!!」
ガクガクと震えながら地面に崩れ落ち、暗い目から大量の涙をこぼしながらうわ言のように謝罪を続けるカリーナ。
そんな彼女を見て、グラシアノは大層満足したように笑った。
「これは常識だと思ってたんだがあ、まさかまだこれほど反抗的なやつがいるとはなああ! 多少痛めつけてから持って帰るかあああ!!」
「あっ、うぁっ!?」
リーリヤを地面に倒し、軽く何度が平手打ちをする。
本気ではやらない。太くて大きな鍛えられたグラシアノの手でそんなことをすれば、か弱いリーリヤなんてあっさりと命を落としてしまうだろう。
だから、手加減をする。痛みと恐怖を一番理解しやすい力で、彼女を叩く。
手加減をしていても、リーリヤにとっては非常に強い力だ。
身体は打たれる方向に激しく揺さぶられるし、叩かれた場所は腫れ上がり鼻血も噴き出す。
一方的に男が女を痛めつける、凄惨な状況。
多少なりとも正義感を持っている者がいれば、制止の声をかけるか、それをしなくても憤りは感じるだろう。
だが、それを遠巻きに眺めているだけの村人たちには、そんなことは一切なかった。
声もかけない。それどころか、憤りすらなかった。
――――――よかった。自分じゃなくて。
彼らの総意はそれだった。
「ほらよおおおおおおお!!」
「いやあああああああああああああああああああああああ!!」
ビリビリと粗末な衣服が破られる。
商品としては売ることができないほどの雑な造りであった衣服と、グラシアノの力があってこそできたことだ。
リーリヤの肌がさらされる。
悲鳴を上げて身体を隠そうとするが、腕から溢れる豊満な果実はグラシアノを欲情させるだけだった。
「誰かっ……誰か助けてええええええええええええええええ!!」
悲痛なまでのリーリヤの叫び。
助けを求め、周りから遠巻きに眺める村人たちに視線を送る。
だが、視線が合いそうになった者は、皆スッと目を逸らした。
ばつが悪そうでもなく、まったくの無表情で。
助けられないことに罪悪感を抱いている者なんていなかった。
むしろ、こちらに目を向けるなと、リーリヤに対して怒りの感情を抱いている者すらいた。
そんな村人たちの反応に、心の底から絶望した彼女は顔色を蒼白に変える。
「助けるわけねえええええだろうがあああああああああ!! 誰もお前なんか助けてくれねえよおおおおおおおお!! だって、自分が一番大切なんだもんなああああああああああああ!!」
グラシアノはリーリヤを嬲るように、わざと大きな声ではっきりと告げてやった。
助けが来ないということを自覚させ、絶望させたかった。
それは、彼の思い通りに進んだ。
目を見開き、涙を流すリーリヤ。
その目に光はなく、ひたすら闇のような暗い世界が広がっていた。
それを見て、嗜虐心を刺激され満たされたグラシアノは、さらに高笑いする。
「ぎゃはははははははははははは!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴を上げて逃げようとするリーリヤを押し倒し、両腕を上で固定する。
豊かな胸を遮るものがなくなり、グラシアノは舌なめずりをする。
凄惨なことがこれから行われようとするが、誰も助けない。誰も動かない。
だから、弱いリーリヤは強いグラシアノに奪われ、犯され、殺されるのだ。
「あ……?」
グラシアノの手が止まったのは、彼の身体に緩く衝撃があったからである。
何が当たったのかを見れば、本当に小さな石ころだ。
コロコロと地面を転がる石の音がやけに高く聞こえるほど、周りは静けさに支配されていた。
当たった方向から、グラシアノはバカげたことをしでかした犯人を見る。
そんな彼の目に促されるように、周りで見ていた村人たちや尖兵の目も彼を見る。
トラウマを刺激されて泣きじゃくっていたカリーナも、今まさに暴行を加えられようとしていたリーリヤも。
皆、彼を見た。
「いい加減にしろよ……! お前も……俺も……!!」
何もしなかった、そして今も何もしようとしなかった自分を変えようと、恐怖に震えながらも尖兵に刃向った、弱弱しいトーマスを。




