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第54話 御使い

 










「お、お師匠様!!」


 両手両足をもがれ、地面に倒れ伏しながら意味をなさない言葉を漏らしつつ涙を流しているエステルを視界にとらえ、マルコは彼女に駆け寄る。

 バイラヴァは駆け寄ることはない……が。


「えぇ……何で両手足ないの? グロイんですけど……」


 エステルの変わり様に、頬を引きつらせていた。

 見ていたらちょっとアレな気持ちになってしまうので、すぐさま視線を精霊アラニスへと戻す。


「……俺を殺しに来た? 面白いこと言うなあ」

「それは現実になる。楽しみにしておけ」


 世界の誰からも畏怖される存在である精霊。

 国家レベルでさえ、彼らに逆らうことはない。


 それなのに、バイラヴァは正面から不敵に笑いながらそんなことを言うのである。


「……あ、そっか! ヴェロニカの言っていた面白そうな奴って、お前かぁ。確かに、精霊にそんな啖呵を切ることができるのは、今じゃあお前くらいなもんじゃないか?」


 アラニスがふと思い出したのは、同じく精霊であるヴェニアミンを殺害したと伝えてきた精霊ヴェロニカのことである。

 最初は大嘘だと笑っていたが、実際にヴェニアミンの気配を感じることができなくなったことから、それが真実だと知って大層驚いたことを覚えている。


 とはいえ、別に彼の死を受けて怒っているとか恨んでいるとか、そういうことは一切ない。

 確かに、同じ異世界に侵略しに来た仲間と言えばそうだが、精霊は個が強く干渉しあわない。


 そのため、当然友情なんてものが生まれることはないのである。


「(ヴェロニカは、少し違うけどな)」


 ヴェニアミンは真面目に世界のために魔素を送り続けていたし、自分は珍しいペットの作成に力を注ぎ続けている。

 確か、もう一人の精霊は、国を支配して人を治めるということにも手を出していたはずだ。


 個が強く、そして好き勝手しているのが精霊である。

 ヴェロニカは、どうにもそういったそれぞれの道に進もうとしなかった。


 つまらなそうに世界を旅していたらしいが、彼女の方から接触してくるということには大変驚いた。


『ヴェニアミンが殺されたわぁ。あなたも気を付けてねぇ。その人、精霊を皆殺しにしたいみたいよぉ』


 ニコニコと笑いながらそう報告してきたヴェロニカ。

 彼女もヴェニアミンの死に何かを思っているわけではなさそうだったが、随分と楽しそうにしていた。


 おそらく……自分とそのヴェニアミンを殺害した破壊神が衝突するのを予見しており、それを楽しみにしていたのだろう。

 自分がまるで観察されているかのようで、不満そうに眉をひそめる。


「俺は戦闘狂ってわけじゃねえから、そんなに嬉しくねえけどな。……で? お前はあいつみたいに助けに来たってわけじゃねえのか?」

「もともと、敵同士だしな。我がそやつの味方をする意味もないだろ。……なんだ、それは?」


 アラニスの問いかけに、ゆるゆると首を横に振る。

 彼の目的はただ一つ。この世界を支配する精霊を皆殺しにし、世界中の人々の畏怖を集め、世界を再征服することだ。


 暗黒と混沌を齎し、その頂点に君臨する。

 それが、破壊神バイラヴァの野望である。


 ……と自慢げに誇っていた彼だったが、血を流して倒れ伏す化け物を見て目を細める。


「ああ、俺のペット。全然懐いてくれなかったんだけど、ようやく一緒になってくれたぜ。長かったなあ」


 アラニスはそう紹介して……。


「まあ、今は邪魔なんだけど」

「…………」


 倒れる化け物を荒々しく蹴り飛ばした。

 ぐったりとする化け物は、その勢いのまま飛び、何の因果かエステルのすぐ近くで止まった。


 乱暴な取り扱いに、バイラヴァが声を張り上げることはない。

 しかし、何かを思うようにそれを見ていた。


「ところで、どうやってここが分かったんだ? 一応、ばれたら面倒だってことは自覚していたから、そう見つからない難しい場所だったと思うんだが……」

「空に打ちあがるエステルの力を見てな。だが、どうやら奴が打ったわけではないらしい。不思議なこともあるものだ」


 確かに、アラニスの言う通り、彼の交配場は地平線にまで続くほどの広大な森の中にある。

 イライラしてマルコに燃やさせようとしていたように、しらみつぶしに探すことは不可能だ。


 だが、彼が破壊の力で森をむちゃくちゃにしようとした直前、空に打ちあがる水の砲撃を目印にしてやってきたのである。

 エステルが打ったのかと思っていたが、今の彼女はそんなことができる精神状態ではなさそうだ。


 ぐったりとしている化け物に目をやり、バイラヴァは少々興味深そうな顔をする。


「あー……そういうことか。あいつ、こいつらが近くにいることを知っていたのか。だから……」


 意味のない攻撃だと思っていたが……最後の最後にとんでもないことをやらかしてくれたものだ。

 アラニスは面倒くさそうに顔を歪める。


「まあ、誰が来ても一緒なんだけどなあ……ん?」

「じゃ、エステルを回復させてくるわ」

「ああ」


 ふわりと黒い珠がバイラヴァの胸から飛び出す。

 それは小さな人の形を作り、美しい少女が現れる。


 彼女はフワフワと浮きながら、あうあうと声を漏らすエステルの元に近づいて何らかの魔法を行使していた。

 それを見ていたアラニスは、しばらくポカンと口を開けていたと思えば……。


「う、うおおおおおおおおおおおおお!! な、なんだそれ!?」

「きゃっ!? な、何よこいつ。いきなり大声出すなんて発情期なの?」


 大絶叫である。

 大きな目をヴィルに向け続けている。


 ヴィルも肩を跳ねさせて驚き、ジトーッとした目を彼に向ける。

 しかし、その反応さえも、アラニスを喜ばせることにしかならなかった。


「しゃ、喋ったああああああああああ!!」

「喋るわよ! 当たり前でしょ! あたしを何だと思ってんのよ!」


 キェェェアアアアア! と発狂するように喜ぶアラニスに、怒鳴るヴィル。地獄絵図である。


「なあ! あれ、お前のやつか!? くれよ! すっげえ欲しい!!」

「誰がバイラのものですって!? バイラがあたしのものなのよ!!」

「それも違う」


 ニコニコ笑顔で話しかけてくるアラニスに、くわっと怒ってただそうとするヴィル。

 まったく正せていないので、バイラヴァが真顔で否定した。


「なあ、頼む! あれをくれたら、お前のことは見逃してやるからさ! いやー、あいつ単体でも珍しいのに、交配なんてさせたらもっと凄いだろうなあ! あの母胎以上にいいものが生まれそうだ!」

「交配?」


 見逃してやるという言葉に食いつこうとしたバイラヴァだったが、それよりも興味深い言葉を聞き返す。


「あ? 知らねえの? そいつに魔物やキメラの種を植え付けて、新種の化け物を産ませていたんだよ。それはなかなか優秀な母胎だったから、よかったんだぜ?」


 エステルのこうむっていた被害を想像することができる言葉に、かつて世界に暗黒と混沌を齎した破壊神は……。


「えぇ……? そういうえぐすぎるのはちょっと……」


 全力で引いていた。

『ないわぁ……』と白けた表情を浮かべるので、アラニスの方も逆に呆れてしまう。


「破壊神? って言っていたくせに、何常識的なこと言ってんだよ」

「いや、我破壊が好きなのであって、そういう心にくるのは正直……」


 方向性の違いである。

 二人は決裂した。


「……お前、破壊神向いてないんじゃないの?」

「なん、だと……」


 アラニスの言葉に戦慄するバイラヴァ。

 精神的なダメージが甚大である。


「き、貴様……貴様あああああああああああああああああ!!」


 そして、そんな二人の会話を聞いていて激怒したのが、マルコである。

 全身からゴウッと炎を立ち上らせる。


 近くの木々が燃え上がり、煌々と辺りを照らす。


「お師匠様になんてことを……! 絶対……絶対に許さん!!」

「おー……こんな感じの怒りをぶつけられたのは久しぶりかもしれねえなあ。いいぜ、かかってこいよ。お前らをぶっ殺して、その珍しい生き物をペットにしてやる」


 炎の勇者に燃え盛る剣を突きつけられ、好戦的に笑うアラニス。


「バイラ! あたしの危機よ! 何とかしなさい!」

「ふん。ヴィルのことはどうでもいいが、貴様は精霊だ。貴様を殺し、我がこの世界を再征服する」


 ヴィルの応援とも言えない言葉を受け、バイラヴァも嬉々としてアラニスと相対する。

 この精霊を殺し、また一歩野望へと近づくのだ。


「そうかよ。ただまあ……数の利がお前らにあることは事実だしなあ。……よし、せっかくの機会だし、ペットのお披露目といこうか!」


 戦いは数である。

 もちろん、究極の個となれば話は変わってくるが、別にアラニスは自分の戦闘力が優れているとは思っていない。


 有象無象ならば数がいても戦って勝つことはできるだろうが、勇者はともかく精霊ヴェニアミンを殺害した破壊神も一緒となると、激戦は避けられまい。

 死ぬのは嫌だ。まだ、珍しいペットをこれからも作っていかなければならないのだから。


 そのため、彼はその数という意味においての優位性を覆すことにした。

 アラニスが手を叩く。

 すると、どこぞから飛び出してくる陰は、アラニスを守るように立ちふさがった。


「なん、だ……こいつら……?」


 マルコがそう呟いてしまうのも当然だろう。

 あまりにも異質なキメラが、複数現れたのだから。


 どれもこれも、生前旅をして多くの経験をしてきたマルコでも見たことがない生物である。


「そうだなあ。母胎の名前をとって、『エステルの御使い』ってところだな。遊びたがっているんだ。楽しませてやってくれよ」


 アラニスがそう自慢げに話すと、『エステルの御使い』は雄叫びを上げるのであった。




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