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第51話 精霊と化け物

 










「もう、いっか」


 回想を終えたアラニスは、ぽつりと呟いた。

 視線の先にあるのは、狂ったように悲鳴を上げ続けるエステルの姿。


 ティルザはすでに、ここにはいない。

 もう、あれは使うことができない。


 別に、殺したというわけではない。そもそも、すでに死んでいる勇者なのだから、殺すも何もない。

 あれは、消滅してしまったのだ。


 アラニスはその時は知らなかったが、どうやら一定以上の魔素を失うと勇者は消滅してどこぞへと還っていくようだった。

 何度も化け物に犯させ、キメラを出産させたことは、ティルザの魔素を大きく消耗させていた。


 いくら、歴代勇者最強とうたわれる彼女でも、流石に酷使には耐えられなかったようである。

 また、精神がすでに完全に壊れてしまっていたことも大きいだろう。


 有望なキメラ生産母胎を失ったアラニスは、二の舞にはすまいとエステルのことはしっかりと管理し、適度に休みを入れつつキメラを産ませていた。

 それでも、壊れきってしまったのだが。


 そんな彼女を、アラニスはあっさりと見限った。


「キメラも腐るほど産ませたし、もういらねえな。毎回ここに来るたびにギャアギャア騒がれたら、耳も痛くなっちまうしな」


 ペットであればまだしっかりとしつけをするのだが、エスエルはそうではない。

 ペットを産みだす母胎でしかなく、当然しつけをすることだってない。


 最近では、キメラを産むペースも落ちてきている。

 別に、意図してエステルがそうしているわけではないだろう。


 もう、彼女の身体が限界なのだ。

 であるならば、もう必要ない。


「感謝してるぜ。この世界に来て、俺は退屈じゃなくなった。見たこともないペットを作ることができた。間違いなく、俺は楽しかったぜ!」


 アラニスが取り出したのは、鞭である。

 ペットをしつける必要がある彼が持つには、ふさわしい武器かもしれない。


 ただ、他のものと違うのは、非常にごてごてとしていてとげとげしいことである。

 ただでさえ、普通の鞭で打たれると腫れ上がり激痛が走るというのに、それは打つだけではなく削り取ることも目的にしているようだった。


 事実、彼が確かめるように地面を鞭で打てば、パシン! という音ではなく、ゾリ! という耳慣れない音と共に石でできた床が抉り取れていた。

 アラニスはエステルに近づく。


 彼女はそれを見て、さらに金切り声を張り上げる。

 耳を塞ぎ、煩わしそうに顔を歪めたアラニスは……。


「じゃあ、処分すっかあ。面倒くさいけど」


 ポツリと、誰に言い聞かせるまでもなく呟いた。

 それに反応したのは、当事者であるエステルでもなく……彼に産みだされた化け物であった。


 今まで母を想い、守ってきた化け物。

 そんな彼は、『処分』という言葉に強く反応を見せた。


 人間の言葉を十全に理解できない。

 だが、これだけは聞き逃すわけにはいかなかった。


「グルルルルアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「うぉっ!?」


 ドッ! と壁が吹き飛ぶ。

 破壊された瓦礫と共に吹き飛ばされたのは、アラニスである。


 毛を逆立たたせ、歯茎をむき出しにして鋭く巨大な牙をガチガチと鳴らす化け物。

 宙に浮かぶアラニスを決死の覚悟で睨みつけると、その場から姿を消した。


 いや、消えたと錯覚するくらいの速度で、彼に襲い掛かったのである。

 それを見て、恐怖でも怒りでもなく、歓喜の表情を浮かばせるアラニス。


 彼からすると、決して懐かず構ってくれなかったペットが、ようやく自分に目を向けてくれているのである。

 これほど嬉しいことはない。


「ははっ! おいおい、ようやく俺と遊んでくれる気になったのか!? 嬉しいなあ!」

「グオオオオオオオオオ!!」


 精霊と化け物。

 規格外の力を持つ二体が、激突するのであった。











 ◆



「ちっ。役立たずな老人め。やはり、破壊してやったらよかった」


 我はブツブツと不平を呟きながら、地面を何度か蹴りつけてやろうかと考えていた。

 そうしてしまうと、地割れが起きてしまうので、少々面倒なことになる。


 興奮して襲い掛かってきた動物や魔物を相手にするのは嫌だからな。何とか我慢する。

 しかし、我がこれほどイライラするのも当然だろう。


 我らはフィリップを打ち破り、奴からエステルと精霊についての情報を聞き出した。

 その結果が、思っていた以上に芳しくなかった。


「……一応、教えてはくれただろ」

「ふざけるな。こんなもの、教えるうちに入らんわ」


 勇者が庇うようなことを言うが、我は嘲笑う。

 教えるということは、もっと狭い範囲の答えを与えることだ。


『大まかな場所は知っているって言ってたけどね。流石にこれは探せないわよ』


 我の中で呆れたようにため息を吐くヴィル。

 それもそうだ。


 我らの前に広がるのは、巨大な森林。

 鬱蒼と生い茂り、何の獣の声かわからない叫び声がこだまし続けている。


 一瞬飛び上がり空から見下ろしたが、地平線にまで続く巨大な森だった。

 この中から、どうやってエステルと精霊を見つけ出せと言うのだ。


『この中のどこかにいるってことよね? ……どんだけ広いのよ。無理よ、探すなんて』


 我もそう思う。


「貴様は何か方法はないのか? 師匠とのつながりみたいなもので探せたりはせんか? まあ、とっくに精霊によって殺されていることだって十分に考えられるが」

「お師匠様が殺されるはずないだろ! ……悪いが、俺たちは勇者という肩書を捨てれば、ただの人間だ。そんな便利なつながりはない」


 そんな特殊能力がないことなんて分かってはいるのだが、もうそんな不確かなものにすがりたくなるほど何もないのだ。

 あまりにも途方もなく、そしてげんなりとしてしまう。


「…………もう、この森全てを破壊しつくすか。全盛期ではないにせよ、それくらいならできるだろう。なんだったら、貴様の炎の力の方があっさりと終わりそうだ。さっさと力を使え」


 炎の勇者である力は、この時のためにあったのだ。

 非常に広大な森だが、火は全てを焼き尽くす。勇者ならば、できるだろう。


 我の場合は、火を使うというわけではないから、自然と消滅していくことはないから面倒だ。


「馬鹿を言うな! 俺はお師匠様を助けに来たんだぞ! 殺すようなことをしてどうするんだ!!」

「なら、どうにかしろ! 我は嫌だぞ! こんな広い場所をしらみつぶしに探すなんて!!」


 我は勇者と睨み合い、怒鳴り合う。

 分からず屋め! そもそも、すでに死んでいるのだから一緒だろうが!!


 これ以上良い考えを思いつかずに否定ばかりするのであれば、こいつを無視して破壊しつくしてやろう。

 そう考えていると、ゴウッ! と轟音が鳴り響いた。


 そちらを見れば、空へと高く立ち上る水柱。


「な、なんだ……!?」

「ほう……」


 驚愕する勇者だが、我は非常に見覚えのあるものだった。

 勇者も知っているはずだが、忘れたのか?


 それは、かつて千年前の戦争で何度も見たことのあるものだった。

 弱い人間であるはずの彼女が、果敢にも自分に立ち向かってきたときに使っていた、『水の力』。


「ふはは! 居場所を教えてくれているではないか!」


 我は狂笑を浮かべると、そこに向かって一気に跳躍するのであった。




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