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第44話 勇者召喚

 










「なん、だと……!? 今、誰の名前を……」


 そんなはずはないと、何の根拠もないのに強く思い込むマルコ。

 しかし、すんなりと信じられるはずがない。


 エステルは……師匠は、強かった。

 炎の勇者として多くの人々を救ってきたマルコだが、それでもなお彼女には届かないと思わせられるほどに。


 そんな彼女が、精霊に捧げられている?


「勇者エステル。かつて、破壊神バイラヴァとも剣を交えたことのあるという、歴代勇者の中でもトップクラスの実力を誇る勇者じゃ。お主の師なのじゃろう? 無論、彼女も精霊に捧げられておる」

「……お師匠様は、それを自分から望んだのか?」


 ガクガクと崩れ落ちそうになる身体を何とか支える。

 エステルは優しかった。


 彼女が自分から望んで精霊の元に向かったのであれば……。

 しかし、フィリップは首をゆるゆると横に振って否定した。


「そんなはずがないじゃろう。精霊にどのような目に合わされておるのか、だいたい知っておるが……ワシなら死んだ方がマシじゃな」


 苦笑いするフィリップ。


「いやはや、勇者エステルに限らず、歴代勇者を精霊に捧げるのはこちらも大変なのじゃよ。本当にのう」


 彼は思い出す。

 エステルを精霊に捧げた時のことを。











 ◆



 彼女は、死後不思議な世界にいた。

 銀色の長い髪は、お尻のあたりまで伸びている。


 キラキラと光を反射して輝くようなそれは、絹のように美しい。

 大きなリボンがその銀髪につけられており、彼女にはとてもよく似合っていた。


 比較的小柄で童顔だからこそだろう。とはいえ、彼女はしっかりとした大人であることに間違いない。

 胸はあまり起伏に富んでいるというわけではないが、その一方で臀部は安産型で発達していた。


 彼女の名前は、エステル・アディエルソン。勇者である。


「死んだ後も、こんな世界があるんだなぁ。死んだら無とか、天国地獄があるとか言っていたけど、まさか全部違うんだもんなぁ……」


 生前は色々なことを言う者たちがいた。

 死んだら何もないから、好き勝手生きようと主張する者もいれば、天国地獄があるから善人として人生を過ごそうとする者もいた。


 しかし、他の者は知らないが、少なくともエステルはそのどれにも当てはまらなかった。

 彼女がいるのは、勇者だけが死後過ごすことが許される特別な世界。


 他の者たちと違うのは、彼女たちは死後も世界に召喚されることがあるということである。

 死者蘇生とはまた違うのだが、そもそも一般人は呼び出されることはない。


 だから、こういった不思議な世界にいるのは、彼女たちが特別だからである。

 いわば、この世界は待機場所みたいなものだ。


 再び、世界が自分たちを必要とすれば、召喚されて世界のために大敵と戦う。

 それが、義務付けられていた。


「死んだ後はゆっくりできると思っていたんだけど……勇者って厳しいなぁ……」


 エステルは苦笑いする。

 しかし、自分が勇者になるという選択をしたことについては、後悔はなかった。


 多くの……多くの人々を救えた。

 笑顔を向けられ、感謝された。


 見返りを求めていなかったとはいえ、そういったものが返ってくるのは彼女にとってとても嬉しかった。


「もともと、僕なんか普通の村人だったのにね。人生って分からないものだよ、本当に」


 エステルは、勇者としては非常に珍しいただの村人だった。

 当時は自分だけしかいないから分からなかったが、この世界に来て歴代勇者たちと話をすることができ、自分の稀有さに驚いてしまった。


 そもそも、何も鍛えられていない村人が世界のために自分の命を危険にさらしてでも戦えと言われれば、多くが首を横に振るだろう。

 それは、恥ずべきことではない。当たり前の反応である。


 エステルのように、二もなく頷く方が異常だと言うことができるだろう。

 彼女が村人として生きていたころ、世界は荒廃していた。


 一つの村や地域、はたまた国家レベルで荒廃していたということはあるだろう。

 国家ともなればそう頻繁にはないだろうが、村単位ならば毎年いくつもの村が困窮にあえぐことはあるだろう。


 だが、世界レベルでは、そうそうあることではない。

 それこそ、一世紀に一度……数世紀に一度レベルだろう。


 そんな数少ない世界レベルの荒廃が、エステルが生きていたころに生じていた。

 その理由は、食糧の奪い合いでも資源の枯渇でも国家間の戦争でもない。


 たった一人の存在によって、そこまで世界は追い詰められていた。


「破壊神バイラヴァ……」


 ぽつりと、確かめるように呟くエステル。

 破壊神バイラヴァ。世界を敵に回し、世界中の戦力とたった一人で互角に渡り合った最強最悪の神。


 別に、彼がある種の搦め手を使って世界を追い込んだわけではない。

 彼は正々堂々正面から世界に喧嘩を売った。


 その喧嘩に応じるために国家はありとあらゆる力を集結させるしかなく、そうすると末端にあたる村などは酷く搾取されてやせ細っていった。

 そういった事態を何とかしたいと心から願い、勇者として戦ったのがエステルである。


 怖くないわけではなかった。

 彼女だって、ただの村人だった。


 同年代くらいの男と結婚して、一緒に働いて、子供を作って……そして、死ぬ。

 そんなごくありふれた当たり前の村人としての人生を送るものだとばかり思っていたのだが……。


「それにしても、破壊神は本当に残念だよね。あれだけの力をもっといいことに使えば、凄くたくさんの人が救われたかもしれないのに」


 頬を膨らませて脚をパタパタと振るエステル。

 不満をアピールしているようだった。


 破壊神の力は、直に剣を交えた彼女はよく理解していた。

 強大。圧倒的とも言える力。ただ相対するだけでも、恐怖で身がすくんでしまうほど。


 勇者となってからの自分でもそうなのだから、何の力も持たない一般人ならば、相対しただけで消滅してしまうのではないか?

 それほど、あの戦争の時の破壊神の力は荒々しかった。


 しかし、もしその力を自分たち勇者のように優しく他人のために使っていれば……どれほど優しい世界になっていたかわからない。


「……強かったなぁ」


 ポツリと呟くエステル。

 その声音には、非難するよりも憧憬の色の方が強かった。


 というのも、どうにも彼女は力というものにあこがれを抱いていた感じがある。

 何も力を持たなかった村人から力のある勇者になったということもあるだろうが……。


 だから、彼女はそれほど破壊神に対して恨みや怒りはもう抱いていなかった。

 当時はそれなりにあったのだが……流石に、この不思議な世界に何百年といればそういった考えは薄らいでいく。


 怒りや恨みは、持続させる方が難しいのだ。

 もともと、男と遊ぶことも多く、どちらかと言えば男的な感性を持っている彼女は、やはり強い男にはあこがれがあった。


「もったいないよね、ホント」


 やれやれと首を横に振るエステル。

 封印されたらしいが、もし召喚されることがあれば、また破壊神が原因なのではないだろうか?


「マルコは勇者としての責務を果たせたのかな? ここでまだ会えていないし……流石にもう死んでいるよね?」


 彼女が思い出すのは、自分が唯一育てた後継の勇者であるマルコ。

 正義感が強く、他者を思いやることのできる優しい男。


 彼がどのような人生を歩んだのかを、エステルは聞いてみたかった。


「あの子の時は大丈夫だったみたいだけど……最近はあまり幸福な世界ではないみたいだね」


 自分以外の勇者が、何人か召喚されている。

 この世界で再会した、自分を育てて勇者のイロハを教えてくれた師匠も召喚されていった。


「まあ、あの師匠が出て行ったんだから、すぐに終わると思うけど……」


 エステルを教育した彼女にとっての先代勇者は、歴代最強とされるほどの力を持っていた。

 彼女もまた上から数えた方が早いほど強いのだが、師匠はそれ以上である。


 そんな彼女が出張ったのであれば、すぐに問題は解決されるのだろうが……。

 一人の勇者ならまだしも、複数呼び出されているということは、かつて自分が勇者をしていた破壊神との戦争時並に非常事態ということである。


 エステルはそのことを少しだけ憂慮していて……。


「あっ……」


 エステルの身体が淡く光り、どこからか強く引っ張られる感覚が生じた。

 これは、世界に勇者が召喚されるときのもので……。


「そうか。僕も呼ばれるんだ……」


 強く決意を秘めた顔をするエステル。


「世界のために、力のない人々のために、もう一度全力で頑張ろう!」


 彼女は再び剣をとる。

 世界のために。人々のために。死してもなおその身体を張って、世界の平穏を脅かす大敵と戦うために召喚されるのであった。


「うぎゃっ……!?」


 そして、世界に召喚された直後、彼女は全身に激痛が走って地面に倒れ伏すことになるのであった。




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