第32話 頼もう!
「ヴィクトリア様! どうして破壊神様にご迷惑をおかけするんですか!!」
我の部屋に入ってきたレナが、ベッドの上にいる女神に説教をする。
使徒に説教される神ってなんだ?
頭から被せるようにシーツを投げつける。
「わたくしを差し出すと言われて迷惑と言う人なんてあの人くらいですわ!」
「そういうことじゃなくて! もうちょっと慎みを持ってください!」
そうだそうだ。もっと言え。
主神の恥はお前の恥だぞ。
「慎みって言われましても。わたくし、別に処女神というわけではありませんし。むしろ、豊穣の女神なのですから、子だくさんの方が合っているくらいですわ」
「そ、そうかもしれませんけど……」
弱いぞ!? もっとちゃんと戦え!
子だくさんがいいからといって、千年前殺しあった破壊神に迫る馬鹿がいるか!
「そ・れ・に。レナ、あなたもバイラヴァ様には感謝しているでしょう? では、何かお返しをしないと……」
「お返し、ですか……。ですが、私にはお渡しできるものが何も……」
……おかしい。雰囲気が変わった。
レナが優位に立っていた説教タイムだったのに、今では場を支配しているのは女神である。
ベッドに腰掛けるレナに背後から近づき、優しく抱きしめる。
豊満に実った双丘が押しつぶされて横から漏れている。
「何を言っていますの。あなたには、あなた自身というとても素晴らしいものがあるじゃありませんの」
「私、自身……?」
ぽしょぽしょと耳元でささやく女神。
豊かな金色の髪がレナの頬をくすぐり、ツヤツヤの瑞々しい唇が耳元で開くのはとても淫靡なものを感じさせた。
……おい。貴様、女神に揺らされていないか?
しっかり説教しろよ!
「わたくし、他の人なら無理だし吐いちゃうし嫌ですけれど、わたくしのために数百年の苦痛に耐えぬいてくれたレナなら、いいと思っていますの」
レナの耳元でささやく女神の顔は、あの慈悲深く優しい女神のものではなかった。
ドロドロと、どこまでも沈んで行きそうな底なし沼。
しかも、それは一度沈めば二度と這い上がることのできない淫蕩の沼だ。
サキュバスよりも厭らしく、おぞましかった。
「ね? 一緒に……」
「え、ええとえと……あわわわ……」
目をぐるぐると回しているレナ。
あれはもうダメだ。
我は二人を置いて外に出た。
温かい日差しが我を迎えてくる。我が征服した後も、この太陽は我を照らしてくれることだろう。
ぐっと伸びをして、一つ深呼吸。
「ふー。マジで逃げよう」
『逃げ切れるかしら?』
怖いことを言うなよ、ヴィル。
我の心の中から声が聞こえてくる。
千年前から我と共に行動している、妖精のヴィルだ。
『てか、本当に大陸間を移動するくらいしないとどんどん厳しくなるわよ。だって、ヴィクトリアの勢力が丸々あんたのものになったんだし』
そう! 何を隠そう、あの性欲狂い馬鹿女神、自身の宗教勢力を全て我の勢力下に入れることを宣言しやがったのである!
そもそも、千年も封印されている間に、我の宗教勢力は消滅していた。
だからこそ、我はホッと一安心しながらこの世界を再征服し、世界に暗黒と混沌を齎すことを考えていたというのに……!
切っ掛けとなったのは、我が復活してから最初に来た村である。
あそこの馬鹿共が止めろと忠告していたにもかかわらず我を崇める『バイラヴァ教』を復活させやがったため、極小勢力とはいえ『ヴィクトリア教』を受け入れる土壌があったのである。
そのため、信者に優しく、精霊の台頭と女神の行方不明ということで衰退はしていたものの、もともと人気のあった『ヴィクトリア教』を取り込んだことで、遺憾ながら『バイラヴァ教』は一気に膨れ上がったのである。
そもそも、『ヴィクトリア教』の連中が邪教とも言える破壊神を信奉する宗教の下に付くことを認めるはずがないと楽観視していたのだが、女神自身の言葉と彼女がどのような目に合っていてそれを救ったのが我ということを喧伝したせいで、とくに混乱もなく受け入れられた。
何故だ! 我、助けるつもりで助けたわけではないぞ!!
『バイラヴァ教』も何だか千年前と変わっているし。
いや、別に千年前のあいつらが良かったというわけではない。
だが、我を救世主として持ち上げ妄信するのは違うだろ。違うだろ。
そんな我を悩ませる一人が近づいてくる。
気配で感じるだけでゲンナリしてしまう。
「破壊神様! おはようございます!!」
「……ああ」
にこやかに声をかけてきたのは、カリーナ。
千年ぶりに復活した我が最初に訪れた村の女だ。
精霊ヴェニアミンを倒した後、我はこの村に世話になっていた。
いや、来たくなかったけどな。だって、我を崇めるみたいな不穏なことを言っていたし。
だが、当時は女神もまだ目を覚ましておらず、レナと共に回復させる必要があったため、唯一繋がりのあったここにやってきたというわけだ。
我にあてがわれた建物も村では一番のものである。
悪い気はしないが、こいつらによいしょされると嬉しさより怖さがくるんだよなぁ……。
我を怖がらせるとか、本当に『バイラヴァ教』しかいないな。
「今日も元気に頑張って布教してきますね!」
「それを止めろと言っているだろうが!!」
クソ! にこやかな笑顔でトチ狂ったこと言いやがって……!
だから、『バイラヴァ教』の信者は嫌いなんだ!
それに、貴様、結局この村に我の銅像立てやがったな! マジで止めてって言っただろうが!!
壊そうとしたら『それはそれでいい』みたいな目で我を凝視しやがって……怖いわ!
『おお。破壊神を怖がらせるなんて凄いわね』
ぷーくすくすという笑い声が我の中で響き渡る。
他人事だと思いやがって……!
まあ、そんな余裕もこれ以上は続かないだろうがな。
『え? ちょっと、なによ。怖いじゃない。教えてよ』
なに、別に大したことじゃないさ。
ただ、我の戦友ということで貴様のことを伝えたら貴様の銅像も建てられるらしいぞ。やったな。
『はっ? ちょ、嘘でしょ?』
我、嘘つかないから。
『さいってい!!』
ふはははははははは! こういう感情を我に向けてくれ! これがいい!
久しぶりにヴィルから負の感情を受けたな! 素晴らしいぞ!
『バイラの馬鹿! 種無し! 救世主!』
止めろ!! 悪口がかなり酷い!
貴様でなければ、割と地域一帯を破壊して怒り狂っていたところだぞ!
『だいたい、今更広めないようにしようとしても無意味でしょ。世界中にあの投影をした時点で、生き残っていたあんたの使徒には届いているでしょうし。使徒にまでなるような狂信者が残っていたら、間違いなく駆けつけてくるでしょ』
ヴィルの言葉にゾクリと背筋が凍る。
もし、そんなことになったとしたら……。
千年前、誰がどう見ても我が悪いのに、壊れた笑顔で我の味方になり大暴れした奴らが、再び現代によみがえり我を狂信することになったら……。
世界にとっても、我にとっても、最悪の未来しか待ち受けていない。
そ、そんなことはないはずだぞ。
そう心の中で納得させることしかできないのであった。
我には、これくらいしかできることがないのだ。
まさか、朝からこんな憂鬱な気分になるとは……。
我は『バイラヴァ教』のことを思い出して憂鬱。ヴィルは銅像のことを聞いて憂鬱。
相打ちか……。
「頼もう!!」
そんなことを考えていると、村の入り口から空に突き抜けるとても大きな声が響きわたった。
普段であれば何も思わないのだろうが、今の我は女神のことや『バイラヴァ教』のことですでにげんなりとしていたため、もう疲れ切っていた。
無視してどこかに逃げようと考えていたのだが……。
「ここにいる破壊神を、倒しに来た!!」
その言葉を聞いて、話が変わった。
……ほほう。この我を倒しに来たとな?
『面白そうなのが来たじゃない』
「ああ、そうだな」
我はにんまりと笑って、方向転換。村の入り口に立っている男の元へと向かうのであった。




