第30話 滅ぼす者
穏やかな日の光が差しこんでくる。
彼は大きな木に背中を預けて座り込んでいた。
ぽかぽかとした陽気と木々をざわめかせる爽やかな風も相まって、眠りへと誘ってくる。
うつらうつらとしていると、彼の太ももに小鳥が止まる。
こてっと首を傾げて覗き見てくる小さな鳥に、彼は思わず笑みを浮かべてしまう。
「のどかだなぁ。またこの世界をゆっくりと歩くことができるなんて思っていなかった。……まあ、俺一人だけっていうのが、以前までとは違うことだが」
この穏やかで美しく居心地のいい場所も、かつての仲間たちと一緒にいられたらもっと素晴らしいものに感じていただろうが……仕方のないことだろう。
彼は自分を納得させると、ゆっくりと立ち上がる。
小鳥もそれに合わせて飛び立ち、仲間たちと共にどこかへと飛び去っていく。
「この平和な世の中を、ずっと続けていかないとな。だから、これを覆そうとするやつは許してはおけない」
道を歩きながら、男は強い決意を秘めた顔を作っていた。
しばらく歩いていると、木々が減っていく。
それと同時に、畑や家々も見えるようになっていき、一人の中年の男が歩いていた。
彼はその男に近づいて行き、驚かせないように注意しながら話しかける。
「すまない。少しいいか?」
「な、なんだ? 尖兵……ってわけじゃねえみてえだな」
一瞬驚いたように身体を震わせた中年の男は、おそるおそる尋ねてくる。
精霊の尖兵に絡まれたらろくなことになりはしないので、こうして警戒するのも当然だろう。
「ああ、怪しい者じゃないんだ。それに、あなたに危害を加えるつもりも毛頭ない。少し聞きたいことがあるだけだ」
「……なんだ? 答えられなくても許してくれよ?」
まだ少し訝しげにしながらも、中年の男は応える様子を見せる。
ここで断って逆に恨みでも買ったら、そっちの方が面倒だ。
お金や食糧をよこせというものでもないようだし、話を聞くくらいはする。
「もちろんだ。この男がどこにいるのか知っているか?」
そう言って男が差し出したのは、一枚の手配書だった。
大きく書かれているのは似顔絵である。
それを覗き込んだ中年の男は、悩む仕草を見せる。
「うん……? そう言えばどこかで……ああ、あの空に映った男か?」
「どうやら、そうらしいな。俺はまだいなかったから知らないが……。で、どうなんだ? こいつの居場所を知っているのか?」
ふと思い出す。
少し前に空に投影された男の顔に似ていた。
あれは衝撃的なことだったので、彼も忘れていなかった。
空中に投影されるというだけでも驚きなのに、彼の口から飛び出た言葉にそれ以上の驚きを与えられた。
「いや、知らねえ。ただ、尖兵の活動がこの地域じゃほとんどなくなったんだ。ってことは、この辺りを支配していた精霊がいなくなったってことが考えられる。あいつは精霊を殺したって言うから、もしかしたらこの近くにいるのかもしれねえなあ……」
「……そうか。変わったことはないか?」
精霊を殺したということは半信半疑だったが、尖兵が好き勝手しなくなった時期と被る。
そのことから、中年の男も破壊神ということは信じていないが、しかし精霊を倒してくれる存在であることは信じていた。
その評価に眉をピクリと動かしながらも、男はさらに尋ねてみる。
「そうだなぁ。さっき言った通り、尖兵の活動がなくなったってこと以外には……一つあるな」
「それは?」
重要な手掛かりになるかもしれないと、耳を傾ける。
「宗教が広まり始めていることだな。名前は知らねえが、空中に映し出されていたあの男を崇める宗教。俺たちの村でも、尖兵から助けてくれたって救世主扱いで信仰する奴も増えている。あっちの村から伝わってきたらしいが……」
宗教というのは、いくつか存在する。
それぞれ、この世界に存在するとされている神を崇めたものだ。
たとえば、ポピュラーなものでいえば豊穣と慈愛の女神を崇める『ヴィクトリア教』がある。
それほど対価を求められることなく、ただ信じればいいというとても優しい宗教だ。
残念ながら、ヴィクトリア教に限らず、全ての神を信仰する宗教は衰退の一途をたどっているのが現状だが。
四大神のうち二柱は居場所が知れず、ヴィクトリアは精霊に捕らえられていたのだから当然だろう。
例外として、アールグレーンを崇める『アールグレーン教』が勢力を拡大して一大勢力となっていたのだが、もはや彼も存在しないので、いずれ消滅することだろう。
それらに代わって急速に勢力を拡大させているのが、破壊神を崇める『バイラヴァ教』である。
世界を再征服し暗黒と混沌を齎すとされている神を崇める宗教なんて間違いなく邪教だし、信者もまた危険な連中しかいないのが普通だろうが、千年前と違い現代では少し異なっていた。
というのも、千年前は世界を滅ぼそうとする悪の象徴だったのだが、現在では悪逆非道を働く精霊を打ち倒してくれるかもしれない希望の象徴になっているのである。
しかも、実際にすでに一体の精霊を倒し、彼が支配していた地域から尖兵を一掃して解放したのである。
過去と比べて現在の方が、バイラヴァ教に入信する者が多いのは当然のことだろう。
まあ、カルトなのだが。
「そうか。色々教えてくれてありがとう。助かった」
「……おい。結局、あんたは何者なんだ?」
背を向けて歩き出す男に、中年の男が尋ねる。
すると、彼は振り返って笑顔を浮かべて言うのであった。
「俺は勇者。世界の平穏を脅かす破壊神を、この世から滅ぼす者だ!」
第2章スタートです。




