第21話 ききき気持ちいい!
うーむ……やはり、千年のブランクは大きかったようだ。
我の納得できる破壊ができていない。
……まあ、おいおい復活していくだろう。
なにも、力を失ったわけではないのだから。
「む? ヴィルのやつめ、どこに……」
そんなことを考えていると、我の中にヴィルがいなくなっていることに気づく。
珍しい。我以外の人間や魔族がいるところでは、我の中に引きこもってろくに出てこないのに……。
「ここよ。まったく……あんたは周りの被害を考えずに攻撃するんだから。あたしが守ってあげなかったら、人が死んでいたわよ」
ふよふよと浮いてきて、我の鼻を指でつんつんしてくるヴィル。
彼女の言葉に周りを見渡してみれば……確かに、誰も死んでいないようだった。
倒れている女神の使徒も生きているようだ。
「いや、周りに被害を出すようにするのがいいんだろ。我、破壊神だし」
「なに言ってんのよ。あんたは救世主様よ、救世主様」
「止めろ」
ニヤニヤと笑うヴィル。
誰が救世主だ。
「で、あいつ殺さないの?」
ヴィルがチラリと視線を向ける先には、クレーターの中心で倒れているアールグレーンがいた。
立ち上がる様子どころか意識も失っているようだが、やつは死んでいない。
神を殺すことは不可能だ。消滅させることはできるがな。
「うーむ……神を消滅させるのはなかなか面倒なんだよな。力を使い切らせるしかないが、別にそれほど戦闘したいわけでもないし」
一番簡潔で楽なのは、その神に力を使わせることである。
ということは、戦闘を長引かせて無理やりにでも力を使わせる必要があるのだが……そんな面倒なことしたくない。
「……じゃあ、私が殺します」
そう言ってフラフラと立ち上がったのは、我の記憶の片隅の片隅の片隅にいた女神の使徒だった。
どうやら、それなりに酷い目に合っていたらしく、アールグレーンに対する殺意は並々ならぬものだった。
「ボロボロだったはずだが……」
「あたしが治してあげたのよ。優しいからね」
そう言うヴィルの表情は、穏やかで優しげな笑みが浮かんでいた。
ほほう……。
「……その手に持っている酒瓶はなにかな?」
「ぷひー」
口笛へたくそか!
「というか、使徒程度には神は殺せんぞ。しかも、貴様ろくに力が残っていないだろう。痛めつける目的で拷問したいというのであれば止めんが……好きにしろ」
我は一応そう声をかけてやる。
まあ、死なないだけでちゃんと痛覚はあるし、痛めつけることが目的ならばそれを果たすことができるだろう。
アールグレーンが拷問されるかされないか……どっちにしろ我は興味ないし。
さて、これからどうしようか。
ひとまず、リハビリがてら国でも滅ぼそうか。
「待ってください」
「む?」
しかし、我を呼び止める声。
普段なら無視だが……。
振り返ると、そこには膝を屈し地面に頭をこすり付ける使徒の姿が……。
「……何をしているんだ、貴様は」
「……敵対していた私がお願いするなんて、むしが良いなんてことは分かっているんです。それでも……! あなたしか頼れる人が……助けられる人はいないんです!」
喉が裂けんばかりの悲痛な声。
……だからと言って、我に響くわけではないが。
だったら、世界を征服する破壊神なんてやっていない。
「お願いします! ヴィクトリア様を……私の女神様を、助けてください!!」
「馬鹿か、貴様。我は破壊神だぞ。しかも、敵対していた神だぞ。どうして助けるなんてことをすると思っているんだ。論外だ、論外」
やはり、女神の使徒が求めてきたことはそれだった。
それに対し、我は即答する。
助けるはずがない。そもそも、破壊神に助けを求めるってどういうことだ。
こいつもおかしいし、破壊神が助けるはずがないだろう。
「お、お願いします! 私は何でもしますから!!」
……しつこい。
貴様、千年前だったら物理的に吹き飛ばしていたからな?
病み上がりだから許してやるけど……。
「いや、貴様に何かしてほしいことなんてないし……なあ、ヴィルよ」
「お酒うまうま」
「聞けよ」
ラッパ飲みしているヴィル。
どうやってその小さな身体にそんなに飲み込むことができるんだ……。
「うーん……まあ、いいんじゃない? あんたも女神がどうなっているかは気になっていたでしょ?」
「確かにそうだが……もうアールグレーンから聞いたしな……」
ヴィルが使徒に助け船を出す。
彼女の言う通り、我は女神がどうなっているか興味があったが……もう全部アールグレーンが教えてくれたし……。
今どうなっているかは知らないようだったが、力を勝手に使われている時点で……もうあれだろう。
「ヴィクトリア様は、あなたのことをずっと思いやっていました! だから、少しだけでも……!」
「我、思いやってほしいとか頼んでないし。あと、あいつなら別に我じゃなくても思いやっていただろう。そういうやつだ」
我が特別だから、女神が祈っていたわけではない。
もし、我の立場にアールグレーンがいたとしても、彼女は同じように祈っていたことだろう。
そういう神なのだ。差別せず、平等に慈悲を与える。
別に、それをどうこう思うことはないが……。
「で、でも……!!」
めっちゃしつこい……。
ガバッと顔を上げる使徒。その頬には大量の涙が伝っていた。
……泣くなよ。
「あーあー。なーかしたなーかした」
「酒とるぞ」
「ごめんなさいでした」
さて、これからどうしようか……。
そう悩んでいると、こちらに走り寄ってくる者がいた。
「お、おい! あんた!」
「む?」
それは、屋台で酒を売っていた店主だった。
信じる神が倒されたことに対する早速の報復か?
大歓迎である。この破壊神の力を、今一度見せつけてやろう!
と、ウキウキで力を使おうとしていると……。
「あ、ありがとう! あの悪神を倒してくれて……!!」
両手を握られ感謝された。
……何してんだこいつ!?
「ば、馬鹿か貴様! 貴様の信仰する神を倒したのだぞ!?」
「やつを信仰する宗教に帰依しないと、この街で暮らすことは許されねえんだ。尖兵の脅威から守ってくれたことは感謝するべきなんだろう。でも、その代償があまりにもひどい……!」
さめざめと泣く店主。他所で泣け。
どうして我の周りで泣くんだ。止めろ。
酷い代償か……。まあ、そこで泣いている使徒のされていたことを考えると、アールグレーンも随分と好き勝手していたようだしな。
少なくとも、千年前はそのようなことはなかった。
というのも、人に優しい女神が見張っていたからである。
精霊同士は接触を避け合うと聞いたが、神もまた同様である。
近すぎれば勢力圏が重なり合い、信者の取り合いに発展することだってあり得る。
だからこそ、他の四大神の連中はこの近くから離れているのだろう。
例外として、我という強大な世界の敵が現れた時だけ、手を組むのだ。
「俺はあんたに感謝する。……が、あいつのことを本気で慕っていたやつもいる。気をつけねえと……!」
……なるほどなぁ。
店主の言う通り、我に向けてくる視線の感情には様々なものがあった。
この店主と同じような感謝の念を込めているものもあれば……我を恨み、憎んでいるものもある。
いや、むしろ、後者の方が圧倒的に多いだろう。
なんだかんだ言って、アールグレーンは彼らにとっての救いの光だったのだ。
「素晴らしい……」
そう! それが我に向けるべきものだよ!
なに感謝の念なんて送ってきてるんだ! ブッ飛ばすぞ!
我に向けるべきは、怒り! 悲しみ! そして畏怖!
これがあればいいのだ!
「よ、よくも……アールグレーン様を……!!」
……よし。これをもっとたきつけるか。
あのバカな村の連中のように、我を救世主だなんて言いだしたら最悪だからな。
「ふっふっふっ……ふははははははっ!!」
高笑いする我。
より注目が集まる。
ヴィルは黒い珠になって再び我の中に入っていき、ついでに使徒の女を担ぎ上げて空中へと飛ぶ。
ふわりと浮かぶ我を見上げるアールグレーンの信徒たち。
そんな彼らに、我は仰々しく両腕を開いて語りかける。
「我は破壊神! 世界に暗黒と混沌を齎すために千年の封印から復活した最悪の神である! 貴様らの主神は我が倒した!」
ざわりと畏怖が伝染する。
いい、いいぞ!
「どうだ? 憎いか? ならば、我を殺しに来るがいい! 何もしないのであれば、再びこの世界を我が征服しよう! さあ、気張れよ。世界の命運は、貴様らの肩にかかっている!」
そこまで言った後、我はギュアッと空を駆けて街の上空から去ったのであった。
きっ、ききき気持ちいい!!
これだよ! これが我だよ!
はぁぁ……復活して初めてよかったと思えたかもしれない。
我は思わず浮かれてしまうほどいい気分になっていた。
……だから、これはほんの気まぐれである。
「おい、使徒。女神の場所を話せ」
「えっ……?」
我の顔をポカンと覗き込んでくる使徒。
早く言えよ。気が変わってしまうだろう?
「今我はご機嫌である。助けに行ってやろうではないか。この我が、かつて敵対した豊穣と慈愛の神をな」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
助けたら勢力を再建してもらって、また我と激突してもらおう。
……だから、また泣くのは止めろ! 我の服に色々染みつくだろうが!!




