第2話 我、破壊神ぞ?
ずっと暗い海の底を漂っているような感覚だった。
暗く、冷たく、重い。
我はずっとそこで機会を待ち構えていた。
一年が過ぎ、十年が過ぎ、百年が過ぎても待ち続けていた。
そして……そして、千年の時を経た今、ようやく我に光が差した。
暗い海底に一筋の月光が届くように、それは弱弱しかったが確かに我を照らしたのだ。
「ふははは! 誰か知らんが、どの神が封印を弱めたのか知らんが、致命的な隙を見せたなぁ!」
我はカッと目を見開いて、その光へ突き進んだ。
封印は強力なものだ。この我の力を以てしても、一度かけられたものを打ち破ることは難しかった。
だが、ほころびが生まれてしまえば……脱出するのは容易である!
ガシャァン! とガラスが割れるような音が鳴り響いた。
と、同時に我の身体が急速に引っ張りあげられる。
そして……次の瞬間、我の目に入ったのはあの暗い深海のような場所ではなく、現実の世界だった。
見上げれば、青い空と白い雲が広がっていた。
前に視線を向ければ、緑豊かな森が広がっていた。
我がいるのは岩肌がむき出しになった場所のようだが、この色すら懐かしい。
「ふっ、ふふふ……」
我の口から笑い声が漏れ出す。
それは、最初こそ小さな噴き出すようなものだったが、どんどんと大きくなっていき……。
「ふははははははははははっ!!」
いつの間にか、そんな大笑いになっていた。
だが、それも仕方ないだろう。千年だ。千年、我は封印されて身動きすらままならなかったのだ。
我は、ようやく自由を手に入れた……!
「我、復活!!」
バッと両腕を広げて宣言する。
大喝采が沸き起こってもいいくらいだが、どうやらこの辺りに反応してくれる者はいないらしい。残念だ。
「んもう! うるっさいわねぇ……。もっと静かにしてよねぇ……」
いや、いたな。我に反応してくれる者が。
しかし、周りを見渡しても誰もいない。動物すらいない。
なら、どこから?
それは、我の中からである。
ポウッと我の胸から黒い光の珠が飛び出してくる。
グルグルと我の周りを回ったそれは、次第に光を大きくしていき……。
「ふわあああ……。ねむ……」
パッと我の目の前で光が弾けるとともに現れたのは、小さな……そう、我の手の大きさくらいの小さな人間であった。
サラサラの黒い髪が腰のあたりまで伸びていて、真っ黒な目とあわせて闇を想起させる小さな女。
せっかく綺麗な髪なのに、寝起きということもあってかガシガシと遠慮なくかいている。
むにゃむにゃといかにも眠そうに顔を歪めているのは、我の……なんだろう? なんかよくわからないけど一緒にいる妖精である。
「久しいな、ヴィル」
「おはよ、バイラ。てか、いきなりうるさいわよ。何騒いでんの? しかも一人なのに。こわっ」
我がそう気さくに挨拶をすれば、めちゃくちゃ辛辣に返ってくる。なんだこいつ。
「でも、本当に久しぶりよね。何年くらい経ったの?」
「我の体感時間だと、千年」
「マジ!? そんなにあたし寝てたのかぁ。道理で肩が凝るわけね」
グリングリンと小さな肩を回すヴィル。
仕草がおっさんである。
「……周りにあのウザったい神とかはいないみたいね」
「千年も経ったからな。流石にスタンバってたら我もビビる」
キョロキョロと周りを見渡しながら言うヴィルに、我も答える。
流石に千年間ずっと目の前でいつ封印が解かれるか、なんてことを待ってはいないだろう。
いや、そもそも、あの封印は千年以上確実に効果を発揮し続けるものだった。
我が隙あらば抜け出そうとしていたことも一因だろうが、何よりも封印がほころんだことが原因だ。
我を封印した四大神に、何か異変があったに違いない。
我のことを気にする余裕もないのではないだろうか?
「あの女神だったらやりそうじゃない? めっちゃ甘々だったし」
「甘々で人類や魔族を庇護していたからこそ、やつは今も頼られて多忙を極めていることだろう。我を監視したくても、できないのだ。ふっ、馬鹿なやつめ」
「あっそ。まあ、あたしも出てこられたのは良かったわ。ずっと封印されているなんて、絶対嫌だからね」
ヴィルの言っているのは、四大神紅一点の女神のことである。
やつは我のことすら更生させようとしていたほどだからな。
いや、破壊神が破壊しなくなったらそれもアイデンティティの喪失だからね?
「……どうでもいいけど、いつまで全裸でいるつもり? あたし以外が見たらトラウマものよ」
ジト目で我を見つめてくるヴィル。
……やけにひんやりとすると思えば、我全裸か。こらこら、どこをガン見している。
「む? 衣服は流石に千年も経てば持たないか……。しかし、そんなガッツリ見られると流石の我も照れる」
「そんなに見てないわよ。別に目新しいものでもないし」
ケッと荒んだ表情をするヴィル。
妖精が男性器を目新しいものでないとか言っちゃっていいの?
だが、全裸でいたいという変態ではないので、魔力で適当な衣服を作ってそれを纏う。
「で? これからどうするの?」
我に窺ってくるヴィル。
言うまでもない。我のやることは、千年前から決まっている。
「ふっ……無論、我のやることは決まっている。我は破壊神。この世界に暗黒と混沌を齎す者だ。再びこの世界を征服し、破壊し、悲劇の物語の幕開けとしよう! ふははははははは!!」
「あんたの笑い声うるっさい!!」
怒られてしまった……。
しかし、我はめげない。早速、破壊して征服してやろうと近くに人間や魔族がいないか探る。
うーむ……どうやら、この辺りにはあまり集落などの集合地がないようだった。
我が封印されていたということも理由にあるのだろうか?
もっと索敵範囲を広げれば……いた。
「さて……ふむ、我の索敵に引っ掛かったな。数はそれほど多くないから、村か。よし、まずはそこを破壊するぞ、ヴィル」
「え、村でいいの? どうせだったら、でっかいところを破壊しましょうよ。王城とかいきなり破壊したら面白いわよ」
なんでこんなにデンジャラスなんだろう、この妖精。
我より破壊神らしくない?
とはいえ、確かにヴィルの言っていることには一理ある。
唐突に王城が破壊されたらインパクトは非常に大きいだろうし、我も派手なことは嫌いではない。
だが……。
「いいか、ヴィル。大きなことを為すには、まず小さな一歩からだ。我の破壊譚は、その村から始まるのだ!」
「ふーん。まあ、好きにしなさいよ。あたしはあんたについて行くだけだし」
そう言うと、ヴィルは再び黒い珠になり、我の身体の中に入ってきた。
封印される前も、確かこうやって入ってきたか?
別に逃げればよかったのに……変な妖精だ。
「よし、行くぞ!!」
グッグッと脚を屈伸させて準備運動をする。
そして、ズガン! と地面を蹴り砕いて一気に飛んでいく。
我の封印されていた岩肌がガラガラと崩れる音が聞こえてきたが、どうでもいい。
ビュンビュンと風を切り、我の身体は大空を滑空する。
しばらくそのまま突き進み……我の索敵に引っ掛かった村へと到着する。
その上空へとどまり、大きく腕を広げて宣言する!
……の前に、喉の調子を整えておこう。かすれたり上がったりしたら恥ずかしいからな。コホンコホン。
……よし!
「我は破壊神! さあ、恐れよ! おののけ! 跪け!! 再び、この世界を我が征服しよう!!」
完璧だ……決まった……。
我は自分のことながらほれぼれとしてしまう。
これで、村人たちは恐慌状態へと陥ることになるだろう。
我を見上げ、信じられないと叫び、そしてひれ伏すのだ!
そんな直近の未来を想像して、意気揚々と見下ろせば……。
「おらぁ! テメエら皆殺しだ!!」
「精霊様に逆らって、生きていけると思うなよ!!」
「ひいいいいいいいいい!!」
「助けてえええええ!!」
「ぎゃっ!?」
……なんかもうすでに村人たちは恐慌状態に陥っていた。
なにこれ、信じられない。
逃げ惑う村人たちを、武装した兵隊たちが追い掛け回している。
あ、一人殺された。あ、また一人……。
『めっちゃ盛り上がっているわね』
我の頭にそんな声が響く。我の中に入っているヴィルである。
いや、盛り上がりって……これそういうやつ?
なんか襲われてない?
とりあえず、呆然としながら村に降りると……。
「たす、けて……神様……」
血を流して倒れ伏している年端もいかない少年に、ズボンを掴まれた。
しかも、助けを求められて……。我、破壊神ぞ?
「えぇ……なにこれぇ……?」
我が困惑するのも、当然のことだった。