第15話 二人きりになれたな
アールグレーンはとても上機嫌だった。
昨夜弄んでやったあの女を、今度は公開処刑として広場に連れてきている。
「(もう少し虐めてやってもよかったが……もう十分に楽しませてもらった。最後は、盛大に死んでもらおうぜ)」
ニヤニヤとした嗜虐的な笑みは隠せていない。
あの使徒は、すでに何十年も虐待し続けている。
最初こそ面白い反応を見せてくれていたが、今ではほとんど反応を見せない。
痛みはなおさらで、強姦する時にだけ少し表情を崩すのが面白かった。
一番効果があるのは、【あいつ】のことをほのめかしたときだが……。
「(もはや、俺のことなんて一切信用していないからな。【あいつ】のことを口に出しても、それほど面白い反応はしなくなった)」
だとしたら、用済みである。
なに、これ以外にも面白いことは山ほどある。
寿命は数えきれないくらい残っているし、安全や立場も確立されている。
最後の最後に、盛大に愉しませてもらうとしよう。
「そして、それを見届けてくださるのは、我らが神、アールグレーン様です!!」
「おお、アールグレーン様だ……!」
「私たちの神よ!」
「俺たちを救ってくださった神様だ!」
司会の言葉によって視線を誘導された街の住人たちは、自分を見て拝んだりひれ伏したりしている。
アールグレーンはそんな彼らに軽く手を振ってやる。
「(くくくっ、楽しいじゃねえか! なるほど、人間どもが身分制を作って王や貴族を気取っていた気持ちが、今になって分かったぜ)」
称賛され、慕われることがこんなにも気持ちがいいことだったとは。
今になってその味を知り、彼は心底楽しんでいた。
「どう、して……! あなたの言う通りにしていたら、殺すことはないって……!」
「あ? そんな約束していたか? 悪いな、忘れちまった」
「……ッ!!」
舞台に頬をこすり付けながら、痛々しい使徒は問いかけてくる。
それをせせら笑えば、久しぶりに彼女は感情を露わにする。
ああ、いいぞ。その顔が見たかったんだ。
「くくくっ! ずっとそんな感じで俺を楽しませていたら殺さないでいてやったんだがなぁ。まあ、いいじゃねえか。あいつの元に行けるんだからよ」
彼女の慕う人物のことを口に出せば、またもやカッと表情を変化させる女。
なんだ。まだあいつを使う効果はあるじゃないか。
「あの方は! 死んでなど……!!」
「死んではないかもなぁ……。死よりも辛い思いをしているかもしれねえがなああああ!!」
大笑いするアールグレーン。
一方で、女は絶望する。
今まで、どれほど苦しくても辛くても痛くても死にたくなっても、彼女が耐え続けてきたのはあの人を救うためである。
あの人の情報が欲しい。あの人のことを助けてあげてほしい。
アールグレーンには、それをするだけの力があったはずだ。
だから、女として死ぬようなことをされても、人間の尊厳を破壊されるようなことをされても、彼女は耐えてきたのだ。
だというのに……アールグレーンは、そんな彼女を心底憐み、蔑み、嘲った笑顔を浮かべた。
「俺の言葉を信じて、何十年もご苦労だったな。俺を存分に楽しませてくれて、感謝してるぜ。じゃあな、ゴミ」
「アールグレーンんんんんんんんんんんんん!!」
今までに発したことのないような怒声が、彼女の口から飛んでくる。
だが、翼の折れた使徒に何ができるというのだろうか。
アールグレーンは顔色一つ変えず、処刑人に合図を下す。
それに従い、大きな剣が振りかぶられる。
狙うは、女の細い首である。
ろくに食事もとらせてもらえず、身体もやせ細っているので、あっさりと落とすことができるだろう。
「あいつに、よろしくな」
ニッと笑い、最後に最高の言葉をかけてやる。
激情にかられて声を張り上げようとするボロボロの女。
だが、この街において彼女の言葉を聞いてくれる者は誰もおらず、その細い首が斬り落とされ……。
「――――――そうか、アールグレーン。なら、我にもよろしくしてくれないか?」
「あ……?」
トンと舞台に降り立った一人の男。
当然、公開処刑の舞台に躍り出ることは許されない。
処刑の邪魔をする者は厳罰が待っており、アールグレーンの機嫌がいい時は街の外への追放、悪い時は死刑である。
尖兵が幅を利かせている外に放り出されることは、死刑とそう変わらないのだが。
しかし、何よりも許せないのは、自分の名を呼び捨てにしたことである。
これは、間違いなく死刑だ。
女を痛めつけて楽しんでいたというのに、台無しである。
早速、信徒たちに命令して殺させようとするが……。
「なにせ、千年ぶりにあった旧知の仲なんだからな」
「お、お前は……」
改めてその顔を見たことで、アールグレーンの顔は蒼白へと変わる。
そんな……そんな馬鹿な。どうして、この男がここに……!?
そんな考えが頭の中で浮かび上がるが、ニヤリと笑ってこちらを見据える男は間違いなく彼だった。
「久しぶりだなあ、アールグレーン」
「は、ははは破壊神……バイラヴァ……!?」
千年前、世界を蹂躙した最悪の破壊神が、アールグレーンの前に立ったのであった。
「貴様ぁ! アールグレーン様に対する無礼はなんだぁ!?」
「引きずりおろして八つ裂きにしてやる!」
そんな彼に激怒し殺意を向けたのが、アールグレーンを神と慕う信徒たちである。
舞台に登壇するだけでも不敬なのに、神を呼び捨てにするなど許されるはずがない。
武器を持って、一斉に襲い掛かる。
「随分と血気盛んな人間を飼っているようだな。いやはや、羨ましい限りだ。我にもこんなに思ってくれる者がいたらなぁ」
そんな彼らを見ても、破壊神は……バイラヴァはのんきなものである。
『いたじゃん』
「止めろ」
アールグレーンはほんの少し期待してバイラヴァに迫る信徒たちを見る。
千年だ。バイラヴァが封印されてから、千年も経っている。
力が衰えていても不思議ではないし、自身の信徒たちは力も持っている。
これなら、殺すことはできなくても多少疲労させるくらいは……。
そう思っていたアールグレーンの希望が打ち砕かれるのは、直後のことだった。
「だが、邪魔だ。破壊する」
そう言うと、バイラヴァは足を振り上げ……地面を踏みつけた。
「うわああああああ!?」
「きゃあああああ!!」
たったそれだけで……地面を踏み抜いただけで暴風が吹き荒れ、迫ってきていた信徒たちを一気に吹き飛ばす。
地割れが起き、近くの建物がヒビを入れて倒壊する。
それは、バイラヴァを中心にして全方位に衝撃波が広がるような形になり、集まっていた群衆はもちろん吹き飛ばされた。
また、翼の折れた女を殺そうとしていた処刑人は瓦礫が頭部に当たり吹き飛ばされ、血を飛び散らせて命を落とす。
その女もゴロゴロと地面を転がり、さらにボロボロになってしまう。
その惨状によって、もはや立っているのはバイラヴァと何とか防ぐことのできたアールグレーンだけであった。
「ようやく二人きりになれたな。まったく……千年ぶりに親交を温めようとしているのだから、無粋なことはしないでほしいな」
女は倒れた状態で、アールグレーンに立ちはだかる男を見る。
自分を何十年にもわたって痛めつけ続けてきた彼が、初めて見るほど狼狽していた。
そして、それを為している背中は……彼女にとっても見覚えのあるものだった。
それは、悪い方の記憶として頭に残っていた。
「さあ、話をしよう。我を封印した四大神の一柱、アールグレーンよ」
だが、今この瞬間だけは、彼女にとってまさに救世主のように輝いて映るのであった。




