小説第1巻発売記念
レナはのんびりと村を歩いていた。
小鳥が鳴いて、温かい日差しが差し込んでくる。
まさに、平和という言葉がぴったりな村の様子に、慈愛を標榜しているヴィクトリアの使徒である彼女は、心の底から幸せになる。
アールグレーンに虐待を受けて衰弱していた身体も、すっかり回復している。
小さな白い翼も、見事なまでに快復していた。
それは、昔は嫌悪していた一人の神のおかげなのだが、うまく感謝を表現することができず、モヤモヤとしてしまっていた。
そんな彼女の前に、幸せそうなカップルがいた。
「トーマス、お弁当美味しい?」
「う、うん、もちろん美味しいよ。ありがとう」
ニコニコと二人して楽しそうにしているのは、リーリヤとトーマスであった。
食べるものにも困っていた彼らは、今では自分たちの好きなものを自由な時間に食べることが許されていた。
「えへへ、嬉しいな。こんな感じで、のんびり過ごすことができるだなんて、思ったこともなかった」
「確かに、ずっと搾取されるだけだと諦めていたしね。カリーナに守ってもらっていたことも、知ろうともしなかったし」
「それもこれも、全部バイラヴァ様のおかげだよね!」
リーリヤはそう言って、村の中心に立つ巨大な石像を見る。
それは、自分たちを救ってくれた偉大な神、破壊神バイラヴァを称える像だ。
除幕式は、盛大に開かれていた。
モデルとなったバイラヴァも呼ばれるほどである。
その時、白目をむいて失神しかけるほどのダメージを負っていたのは、内緒である。
「……一度も信仰したことのなかった俺たちのことを救ってくれた。しかも、尖兵を追い払うだけじゃなく、大元の精霊まで滅ぼして。凄いとしか言いようがないよ」
「これから、一生懸命信仰して、恩返しできたらいいね! カリーナちゃんも頑張っているし」
「そうだな」
そう言うと、トーマスとリーリヤは楽しそうに会話を続けるのであった。
そんな幸せそうなカップルを見ていたレナは、満足そうに頷く。
「……いい光景だな。皆、幸せそうに生活している」
ヴィクトリアの使徒として、こんな幸せな光景はとても嬉しく思う。
こういう生活が続いていけばいいと、心の底から願う。
「ヴィクトリア様を信仰していないというのは少し残念だが……こんな光景がずっと見られるのであれば、それもいい」
彼ら村人たちの信仰対象は、一人残らず破壊神バイラヴァである。
強い信仰は神の力となるため、ヴィクトリアを信仰してくれていたら嬉しかったのだが……。
しかし、彼は自分たちをも助けてくれた。
こんな幸せな空間を作り上げているのであれば、何も言うことはない。
「……バイラヴァ教の下に着くというのは、何とも言い難いものがあるが」
そこだけはちょっと不満だった。
ヴィクトリア自身が決めたことだから何とも言えないのだが、まさか千年前あれほど激しく殺し合った宗教の下につくというのは、思うところがある。
それに、今は姿が見えないが、千年前彼を信仰していた奴らは全員が狂信者で、頭がぶっ飛んでいた。
まあ、世界を破壊しようとする神について行こうとするような連中だから、頭のネジがぶっ飛んでいないとおかしいのだが。
彼らと肩を並べるというのはごめん被りたいが、バイラヴァの下に着くのが嫌というわけじゃなく……。
「このイチャイチャを見るのが嫌なんだよなあ……」
「だったらこのバカをどうにかしろ、貴様ぁ!」
半裸になって覆いかぶさろうとするヴィクトリア。
そして、それを必死に迎撃しているバイラヴァ。
それを見て、レナはがっくりと肩を落とすのであった。
◆
我は今、最大のピンチを迎えていた。
かつて、世界を敵に回して戦争を仕掛けた時でさえ、これほどの恐怖を味わったことはなかった。
目の前には、目をギラギラと輝かせて満面の笑みを浮かべている女神がいる。怖い。
掴みかかってくる腕力が凄まじい。
貴様、こんなに力なかっただろうが……!
「さあ、バイラヴァ様! わたくしを安心させるために、さっさと抱いてくださいまし!」
「いい加減にしろこのクソ女神がぁ! 近づいてくるなと何度言えば分かる!? というか、鍵はどうした!? ちゃんと閉めていただろうが!」
「あんなもの、わたくしたちの愛の前には無力ですわ」
「力づくでこじ開けておいて、何が愛だ!!」
精霊に長年囚われ、拷問を受けていた女神。
たまたま、本当に不本意ではあるが救い出してしまったが、その後こいつはこんな感じになっていた。
……いや、もともとおせっかいな女だったが、こんな肉体関係を迫ってくるようなバカではなかったぞ!?
「一発やらせてくれたらそれで終わりますのに……」
「言い方ぁ!!」
なかなか諦めない女神にイライラしつつ、この女の使徒が入ってきてぼーっと突っ立っているのを発見する。
「おい! 貴様の女神だろうが! 何とかしろぉ!」
「……イライラします」
「はあ!?」
こっちのセリフだわ!
お前は何をしているんだ!
「大丈夫ですわよ、レナ。バイラヴァ様は、二人ともちゃんと相手してくださいますわ」
「…………検討しておきます」
「勝手なことを言うな!」
女神は何か悟ったように穏やかな笑顔を浮かべて頷く。
なんでここだけ慈愛と豊穣の女神らしいムーブをしているんだこいつ……。
ただ、やろうとしていることは最低だ。
あと、何が検討しておきますだ。こっちを見ろ。
「……こんな二人を見て、あのバイラヴァ教徒たちはどう思うか」
レナはポツリとそう呟いていた。
……あ、あいつらはもういないから。千年前だから。
◆
「……? なんだか最近、とても心地いいですね。特に何もいいことはなかったはずなのに、意味もなく気分が高揚しています。なぜでしょうか?」
世界のどこかで、ボロボロのドレスを身にまとい、全身を包帯で隠した女が首を傾げながら呟いた。
血のにじんだ包帯は痛々しいが、その傷を何ともないように振舞っている女の異常性が伝わってくる。
「わたくしだけでなく、信徒たちは皆感じているようですし……。とくに、一定以上の地位の者は、より強く感じているようです」
最近、彼女だけではなく、世界の裏側に潜んでいる同胞たちも、テンションがやけに高い。
とくに、彼女のように教団の中でも一定以上の地位にある者は、それがより顕著だ。
信仰するものは同じではあるが、別に仲良しこよしというわけでもないので、彼女からすると彼らが嬉しそうなのは別にどうでもいい話であったが。
「まあ、分からないことを考えても仕方ありませんね。悪影響はないみたいですし、攻撃ではないでしょう。攻撃していただけるのは、わたくしを罰することにつながるので、とても嬉しいのですが」
他者からの攻撃は、心から歓迎しよう。
それこそが、女の考えである。
もっと自分を痛めつけてほしい。
無論、だれかれ構わず攻撃を受けたいというわけではない。
その痛みが、神からの罰であると認識できるのであれば、受け入れるというだけである。
「となると、この胸の高鳴りは、我らが神の復活に一歩ずつ近づいていることによるものでしょうか? ならば、ゴールも近いということ。興奮しますね……」
うんうんと頷く全身包帯だらけの女。
まさか、彼らの強く信仰する神が、すでに復活しているとは思っていない。
本能的な部分でそれを悟ったため、彼らのテンションが跳ね上がっているということも。
「さあ、もっと多くの精霊を殺し、その力を神にささげましょう。そして、最も愛おしく、尊いこの世界の支配者、破壊神バイラヴァ様を復活させるのです」
バイラヴァ教の高位使徒、ドローア。
彼女は、今日も元気に精霊を捕らえて殺し、彼らの信仰する神にささげるのであった。
小説第1巻が、本日発売されました!
書籍版では数万字加筆しておりますので、なろう版では出てこなかったバイラヴァ教徒も出てきます。
メロンブックス様では、レナとバイラヴァのイチャイチャ(?)特典SSもありますので、ぜひよろしくお願いいたします!
(書影は下になります)