最終話 破壊神様の再征服
「……ちゃんと倒せましたね、よかった」
バイラヴァも来た白い空間で、その女は無表情のままつぶやいた。
感情なんて何も持ち合わせていないように見えるが、しっかりと安堵していた。
「精霊王。あれは特異点ということができるでしょう。本来であれば、決して認識することのできない管理者のことを知っていたのですから」
彼女の頭に浮かぶのは、バイラヴァと激しい戦闘を行った精霊王だ。
彼は、管理者を殺すために行動していた。
通常ならば、生きている際に管理者のことを知ることはない。
次元が違う存在なのだ。
二次元が三次元に干渉できないように、下界の存在と管理者もその関係性にある。
だというのに、精霊王は管理者のことを知り、管理者を殺そうとした。
「……それも、管理者の手の内だったのでしょうが」
女は、それも管理者によるものだということを確信していた。
おそらく、精霊王は自分で気づいたと思っていたことだろう。
自分自身で管理者の存在に気づき、怒りを抱いて殺そうとした。
しかし、女はそれはないと確信していた。
管理者によって、そのような存在がいるということを知らされ、管理者によって、そのような存在に殺意を抱かされたのである。
それも、管理者たちの暇つぶしによって。
一生懸命あがいていたが、彼もまた管理者の手の上で踊っていたにすぎない。
「バイラヴァ。早く私を殺してくださいね」
あなたは、そんな無様はさらさないでしょう?
そう続けようとして……。
「おーっす! ひっさしぶりー!」
誰も感知し、入ることのできないはずの真っ白な空間に、彼女以外の存在が現れる。
小さな体躯は子供のようだが、見た目そのものではないことは知っている。
「……あなたですか。来ないでくださいと言っているでしょう」
管理者からも忌避される存在である女に、こうまでも気安く接してくるのは、目の前の存在しかいない。
無表情だが、心底面倒くさそうな雰囲気は醸し出ていた。
それを受けても、ケラケラと平気そうなのが小さな存在だ。
「だから、全然来てなかったでしょ? 最後にあったのは、お気に入りの子供が封印された時だっけ? すんごい落ち込んでいたよね」
「…………」
落ち込んでいた……?
いや、それよりも正しいのは、『失望』だろう。
たかが、たった一人で世界を相手にした程度で封印されるなんて、思ってもみなかった。
たとえ、【管理者たちによる介入があった】としても、だ。
「でも、復活したんでしょ? どんな感じ?」
「頑張っていますよ。私を殺すために」
その時は、少しばかり自慢気な雰囲気が出てしまうが、仕方ないだろう。
自分を殺してくれるという存在なんて、自慢したいに決まっている。
「うわー……管理者を殺せなんて、そんなの無理でしょ。ひっどー」
「そんなことありません。バイラヴァなら、絶対にやってくれます」
ちゃんと約束もした。
自分のことを、殺してくれるとうなずいてくれた。
それだけで、女は幸せという感情を抱くのであった。
「っていうか、管理者なのに全然管理してないじゃん」
「それは、私だけではなくあなたたちにも言えることです」
「だねー。ほんと、私たちって何でいるんだろ」
へらへらと笑う小さな存在。
人は、神が自分たちを作ったという結論に至った。
では、管理者は?
人よりも、神よりも上位の存在である自分たちは、どのようにして生まれ、存在しているのだろうか。
それは、女にもわからなかった。
「まあ、どうでもいいや。それよりも、この子がバイラヴァ?」
「ええ。私の大切な子供です」
「ふーん……。あ、ゲロかけられてる」
女が見ていた窓をのぞき込む。
そこには、彼女がご執心の破壊神バイラヴァの姿が映っていた。
ヴィクトリアの嘔吐を受けて悲鳴を上げている彼を見て、思わずゲラゲラと笑ってしまう。
「あははははっ! ……ね。ちょっとちょっかいかけてもいい?」
「ちょっかい?」
いぶかし気に視線を向ければ、小さな存在はにやにやと厭らしい笑みを浮かべていた。
「うんうん。面白い感じにしようと思って。ほら、あの子も強くしないと、あなたを殺せないでしょ?」
そういわれて、女はしばらく考え込む。
小さな存在は、かなりの時間が流れるのだが、黙って待っていた。
待つことは慣れている。
時間の流れなんて、気にしない。
数百年であろうが、ぼーっとして待っていることだろう。
幸いにして、今回は下界の時間で言うと数日待つだけで答えが出た。
「……ちょっとだけですよ」
「え!? いいんだ? ダメって言われると思っていたよ」
ダメ元で尋ねてみたのだが、まさか了承されるとは思わなかった。
無論、ダメと言われてもこっそりとちょっかいを出すつもりであったが。
「あの子にほかの管理者が手を出すのは許せませんが……あなたの言うことにも一理あります。強くなってもらわないと……修羅場を潜り抜けてくれないと、私を殺せませんからね」
女の行動原理は、すべて自分を殺せるかどうかである。
今のままでも、バイラヴァは規格外の力を持っている。
精霊王を殺す際に見せたあの圧倒的な力は、管理者をも傷つけることが可能だろう。
まあ、【かすり傷程度だろうが】。
いや、それでもすごいのだ。
次元そのものが違う存在を、かすり傷とはいえ傷つけるということは、次元を超えた干渉が可能だということに他ならない。
ひとえに、バイラヴァの努力の結晶である。
女は誇らしかったし、うれしかった。
だが、その程度ではだめなのだ。
それだけでは、自分を殺せない。
だから、目の前の存在のちょっかいくらい、どうにかしなければならない。
「自己中だー。あなたも管理者らしいよ」
「ケンカ売っているんですか?」
「そ、そんなことないってば」
慌てて首を横に振る。
こんなことで女の機嫌を悪くするわけにはいかない。
管理者は下界の存在に殺されることはないが、管理者の手によれば殺される。
それゆえに、管理者は管理者を最も恐れるのだ。
「でも、どのようなちょっかいをかけるんですか?」
「んー……それはねぇ、久しぶりに世界に【あれ】を投げてみようと思って」
主語も何もない言葉だ。
だが、女はそれをしっかりと理解した。
「世界を滅ぼす終末の化物。私たちが管理する世界が、意にそぐわないことをしたときに送り込んで、世界をリセットするための調整装置」
「……あれをですか? まだ早いのでは……」
難色を示す女。
確かに、バイラヴァにちょっかいをかけていいと言ったのは自分だが、さすがに終末の化物を差し向けるとは思っていなかった。
あれは、世界をリセットするためのものだ。
もちろん、世界なんてたやすく滅ぼすことができるほどの力がある。
たとえ、すべての生物が結束して立ち向かってもかなわないのが、終末の化物だ。
世界と大戦争をし、敗北したバイラヴァには荷が重いのではないかと危惧する女。
「まあまあ。試してみようよ。ダメだったら、その程度だっていうことだよ」
「バイラヴァはその程度なんかではありません。ちゃんと私を殺してくれます」
むっと頬を膨らませる女。
見損なわないでほしい。
バイラヴァは、必ず自分を殺してくれる。
「じゃあ、いいでしょ?」
「……どうぞ」
誘導されているのがわかっていても、うなずくことしかできなかった。
「やっほーい! 暇つぶしできるぞー!」
嬉々として姿を消す小さな存在。
女はもはやそれに気を向けず、思い浮かべるのは自分の心臓に突き刺す刃であるバイラヴァのことだけだった。
「バイラヴァ、信じていますからね」
◆
「…………」
背筋がゾクゾクする。
なぜだ?
これ、我にとってとてつもなく都合の悪いことが起きようとしていないか?
「どうしたのよ、バイラ?」
怪訝そうにヴィルが覗き込んでくる。
最近、やけにスキンシップが激しくなってきている気がする。
まあ、我の体内に入り込んできていたのだから、今更だが。
そんな彼女に、我は伝える。
「ろくでもない奴が、ろくでもないことをしようとしている気がする」
「ふーん……。それって、あいつらじゃないの?」
そう言ってヴィルが指さす先には、三バカがワイワイとはしゃいでいた。
「とりあえず、バイラヴァ様の銅像を世界中に10メートル間隔で作りましょう」
「ええ、さすがにきもくない?」
「いいじゃない。あいつが苦しむんだから」
ふっと笑みを浮かべる。
そうか、なるほどなるほど。
先程の悪寒も理解できる。
「いい報告だ。とりあえず、あいつらを破壊してくる」
女神と勇者と魔王か。
よし、我の破壊を見せてやる。
「我の胃を痛めることは止めろ、貴様らぁ!!」
『破壊神様の再征服 ~世界征服をしたら救世主として崇められるんだけど~』 終わり
今回の話で完結です!
一年以上にわたりお付き合いいただき、ありがとうございました。
よろしければ評価などをしていただけると嬉しいです。
活動報告にあとがきでも載せておくので、興味があればご覧ください。
また、新作も投稿しておりますので、良ければ下記からご覧ください。
今までありがとうございました!