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第146話 言われなくとも

 










「きゃっ!?」


 ズドン! というすさまじい音とともに、世界そのものが揺れた。

 ガクガクと震え、立っていることがままならなくなる。


 幸い、ヴィルは宙に浮かぶことができるために平気だったが、ヴィクトリアはそうではなかったらしい。


「ぎゃあああああああ!! あっついですわああああ!」


 ゴロゴロとのたうち回っていた。

 いろいろと衣服が乱れて、暴力的なまでの肢体がところどころあらわになるが、まったく気にしている様子はなかった。


 というか、その衣服に火が燃え移っていて、それどころではなかった。

 空間にひびが入ったと思えば、そこからあふれ出す白い光が世界を満たした。


 かなり離れた場所に着弾したのだが、その際の衝撃はすさまじいものだった。

 世界そのものが揺れたのかと思うような大地震に、すべてを灰燼に帰すような大爆発。


 非常に距離が離れているここにまで火の粉が飛んできて、ヴィクトリアがのたうち回っていることから、その余波がわかるだろう。


「何してんのよ、あんた……」

「今の、なに? 精霊の攻撃?」


 ヒルデはあきれた様子でヴィクトリアに水をぶっかけ消火し、エステルは首を傾げながら周りを警戒する。

 しかし、これほどまでの強力な攻撃手段を持つ精霊なんて、存在するのだろうか?


 精霊は確かに強い。

 少数で世界を征服することだって可能だ。


 だが、【世界を破壊することができるほどではない】。


「でもぉ、近くには何もないし誰もいないわよぉ? 敵意も感じなかったしぃ……」


 精霊であるヴェロニカも、心当たりがない。

 それどころか、その攻撃を行った者の姿すら見当たらない。


 しかし、ヴィルだけはポツリとつぶやくのであった。


「……バイラ?」











 ◆



 精霊王がバイラヴァを殺すためだけに用意した世界は、文字通り崩壊していた。

 空には亀裂が入り、大地は深く陥没している。


 木々などの生命の色はすべて失われ、ここが最果ての場所であることを示していた。

 これは、いくつもの大量破壊兵器が何度も使用されたわけではない。


 たった一度の攻撃で、このように崩壊してしまったのである。

 それを成し遂げたバイラヴァは、ゆっくりと地面に降り立つ。


 そして、白く神々しい姿もふっと消える。


「……ちっ。やはり、そうそう使えるものではないな」


 身体の疲労感もあるが、何よりも【力の喪失感】。

 それが大きい。


【彼女】を殺すためだけに作り出した力だが、それは破壊神としての力の多くを失うもろ刃の剣だ。

 だからこそ、今まで使うことはなかったのだが……試運転ということもあるが、やはりまだまだ改良の余地はある。


 そこまで考察をして、バイラヴァはさて……と視線をやる。

 そこには、身体の大部分を失った精霊王の姿があった。


『……ワシが、こんなところで……』

「まだ息の根があるか。その執念は、もはや賞賛されるべきことかもしれんな」


 死んでいても不思議ではない。

 むしろ、これだけの身体がまだこの世界に残っているほうが驚きなのだ。


『か、管理者にも届いておらん……。今まで、すべてを犠牲にして……それでも、見ることすらできんとは……』


 精霊王は、バイラヴァの姿が見えないようにポツポツと独り言を続ける。

 彼にとって、管理者への反逆こそが生きている意味だった。


 それが果たされることなく、今まさに命を落とそうとしている。


「この世界ももう終わりか。作った者が死ねば、そうなるだろうな」


 地鳴りがして、世界が崩壊していく。

 精霊王がバイラヴァを殺すためだけに用意された世界は、終焉を迎えようとしていた。


 製作者である精霊王の命が、もはや長くないことを示している。

 バイラヴァもこの世界とともに死ぬつもりは毛頭ない。


 世界から抜け出そうと歩き出す。


『……気をつけろよ、破壊神』


 そんな彼の背中に、かすれた声で精霊王が忠告をする。


『奴らは、手を出してくるぞ。暇つぶしで、ちょっとした思い付きで、世界を壊そうとする』


 管理者に目的なんてない。

 いや、正確には、自分たちの退屈をつぶし、楽しむ。


 それこそが、彼らの行動原理である。

 何の関係性がなくても、何の負い目がなくても、管理者が手を出してくることもあるだろう。


『貴様に、世界を守ることができるのか……?』


 精霊王のそれは、もちろん世界を危惧して心配しているわけではない。

 自分にとって、魔素を吸収することしか価値のないそれを、心配することなんてありえない。


 挑発である。

 お前なんかに、管理者に対抗することなんてできない。


 力不足だ。そう言っているのである。

 当然、バイラヴァもその言外の言葉を理解している。


 理解していて、彼はあきれた目を精霊王に向けた。


「もともと、世界を守るつもりなんてないわ。そんなことは、あのバカ女神などの仕事だ」


 世界を守る存在だと、世界の住人に思われるだけでもイライラするというのに、この精霊王までも同じことを言うのか。

 わからないのであれば、もう一度教えてやろう。


「我は破壊神。世界に暗黒と混沌を齎す存在だ。今回は、貴様が我を差し置いてそのようなことをしようとしたから出張っただけのことよ」


 世界に脅威を与え、畏怖を集めるのは精霊王ではない。

 破壊神バイラヴァである。


 彼はそう言ったのであった。


「貴様には関係のないことだ。さっさとくたばれ」

『冷たいものじゃ。はあ……言われんでも、もうくたばる』


 最後の言葉に、精霊王は失笑する。

 腹立たしい。苦しい。


 今でも目の前の破壊神を殺してやりたいと思っている。

 しかし、その願望が叶えられることはない。


 管理者を殺すこともできず、おそらく自分が死した後は、侵略している精霊たちも皆殺しにされることだろう。

 完全敗北である。


 だから、せめて……。


『地獄でお前のあがきを見ているぞ。管理者との戦いもな』


 その言葉を最期に、精霊王の身体はボロボロと崩れ落ちていき、炭となった。

 バイラヴァの攻撃は、それほどの威力があった。


 ここまで身体を形成できていたのは、ひとえに精霊王の意地だろう。


「……言われんでも、戦うさ」


 本格的に崩壊を始めた世界を歩きながら、バイラヴァはつぶやく。


「【あれ】は、我が殺さねばならんからな」











 ◆



 ビシリと空間にヒビが入ったのを見て、ヴィルはそこを注視した。

 間違いなく、バイラヴァか精霊王である。


 そして、後者であるならば、この世界は終わり自分もここで殺されることは分かっていた。

 バイラヴァでさえ勝てない相手に、自分がどうすることもできないのは明白であった。


 抗おうとすら思わない。

 その力の差は明白である。


 それに、バイラヴァが敗北したのであれば、殺されても納得できる。

 だから、彼女は逃げることはなかった。


 じっとその亀裂を見て……。


「バイラ!」


 そこから出てきた男に飛びついた彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいたのであった。




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