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第145話 喜べ、精霊王

 










『さて、これをどうしようかのう……』


 悩むしぐさを見せる精霊王。

 彼の前には、倒れて動かなくなった破壊神バイラヴァの姿がある。


 目も当てられないほどの惨状だ。

 顔は大きくはれ上がり、身体にはいくつもの火傷やあざがある。


 身体を貫いて穴までできており、そこからはとめどなく血が流れていた。

 最強の救世主であるバイラヴァは、間違いなくこの瞬間精霊王に敗北していた。


『この世に生きてきた痕跡を一切残さないほど粉々に砕いてやりたいが、それだと破壊神を殺されたという絶望を味わわせることができなくなってしまう。どうにも、こいつは救世主としてはやし立てられているらしいからのう』


 バイラヴァに対する憎しみは、かなり強い。

 彼さえいなければ、もっと早くスムーズにこの世界を侵略することはできていたかもしれない。


 邪魔をする者に対して、非常に強い怒りを覚えるのも当然だろう。

 この破壊神は、世界に暗黒と混沌を齎すとか言っているくせに、救世主としてあがめられているという。


 それも、うっとうしいことこの上ない。

 奇遇にも、バイラヴァと意見が一致していた。


『よし、そうじゃ。胴体は粉々にして、首だけをもっていこう。どちらの欲求も満たすことができるのう』


 おぞましいことを、笑顔でのたまう精霊王。

 しかし、彼は本気である。


 バイラヴァの胴体を粉々にすることでうっ憤を晴らし、首を持ち帰ってあの世界の住人に絶望を与える。

 とくに、いい反応をしてくれそうなのが、自分の元から去った11号……今では、ヴィルという名前か。


 彼女は、ずいぶんとこの破壊神に懐いている様子だった。

 そんな彼が、無残な首だけの姿で戻ってきたら、どのような反応をしてくれるのだろうか……。


 想像するだけで、心が躍る。

 精霊王はそんなことを考えながら、バイラヴァに向かって無造作に腕を伸ばし……。


「調子に乗るなよ、クソジジイ」


 その腕を握りつぶされる。


『っ!?』


 ブシャッと血が噴き出す。

 ゴキゴキと骨が砕かれ、激痛が走る。


 すぐに精霊王はその手を振りほどき、距離をとる。


『なんじゃ。まだ息の根があったか』


 精霊王の視線の先には、フラフラとしながらも立ち上がるバイラヴァの姿があった。


「……ああ。貴様のせいで、会いたくもない奴と会ってしまった。目覚めて早々気分は最悪だ」

『何のことを言っているのかさっぱりわからんが……また起き上がったことは、愚かと言わざるを得んな。そのまま寝ていれば、楽に死ぬことができたものの』

「寝ていられるか。貴様を破壊することができんだろうが」

『ふはっ! まだそのようなことを言っておるのか』


 あまりにもばかばかしいことを言うので、鼻で笑ってしまう。

 自分を破壊する?


 今、そのようなことを口にできるのは、この世界に誰もいない。

 この破壊神であってもだ。


『確かに、お前の力はなかなかのものじゃ、破壊神よ。正面衝突、全力でぶつかり合えば、どちらが勝つかわからん。それほどの力じゃ。だがなあ……もはや、勝負は決まっておるのじゃよ』


 精霊王は髭をさすりながら、物覚えの悪い子供に教示するように話す。

 わかりやすく、わかりやすく……絶対に勝てないという絶望が伝わるように。


『そのボロボロの身体で、蓄積したダメージを内包した身体で、どうやってワシと戦うというのじゃ? 言っておくが、ワシは貴様の攻撃を一度たりとも受けていない。ダメージは皆無じゃ』


 バイラヴァが圧倒していたのは、精霊王に見せかけたただの精霊だ。

 幻覚に踊らされる彼を見て、高みの見物を決め込んでいた精霊王に、被害は一切ない。


 一方で、バイラヴァは破壊神でなければとっくに命を落としているほどの重傷である。

 致命傷に致命傷を重ねた状態の破壊神。


 そんな彼に、おそれを抱くはずがなかった。


『わかったら、さっさとひざまずいて首を伸ばせ。お前の首をもっていき、お前を救世主としてあがめる連中に絶望を与えねばならんのじゃ』


 意気揚々と腕を大きく広げる精霊王。

 それを聞いて、バイラヴァは……。


「もういいか? 貴様の話は長くてかなわん」


 あっさりと、バッサリと切り捨てた。

 精霊王の眉がピクリと上がる。


「悪いが、我も気分がすこぶる悪い。それに、催促されてな。貴様の相手をしているほど、暇ではなくなったのだ」


 何をふざけたことを!

 精霊王がそう怒鳴らなかったのは、どうしてだろうか?


 それは、バイラヴァの身体の異変である。

 彼の身体が……それこそ、常人ならば1年経っても治らないような傷が、みるみるうちにふさがっていくのである。


 破壊神バイラヴァに、自身を回復させるような力はないはずだ。

 それは、今までの調査でも明らかだし、実際に使えるのであれば攻撃を受けているときに治して反撃に出ればよかった。


 とすると、この力はいったい……。


「だから、黙ってさっさと死ね」

『っ!?』


 ギラリとバイラヴァの目が赤く光ったと思った次の瞬間、彼の身体から暴風のように魔力が吹きあがった。

 その黒々としたおぞましい光は天に伸び、彼の姿を覆い隠す。


 あまりにも膨大な力の奔流に、精霊王の顔が引きつる。

 これは……これは、ありえない。


 だって、これは……自分の力を、はるかに超えていて……。

 黒い力の柱が収まる。


 そして、そこから現れたバイラヴァの姿に、目を見張った。


『な、んだ。その姿は……』


 バイラヴァの形態は、二つ見てきた。

 一つは、人型の姿。


 基本的な形態であり、先ほどまでいたぶるために無理やり精霊王が戻した姿もそれだった。

 もう一つは、異形の姿。


 破壊神としての力の塊。瘴気で構成されたおぞましい姿だ。

 これこそが、彼が……破壊神バイラヴァが、本気を出した状態だ。


 精霊王は、そう思っていたのだが……。

 今のバイラヴァの姿は、先ほどまでの彼とは明らかに違っていた。


 破壊神の力の色は、【黒】。

 魔力の色もそうだし、彼の二つ目の形態である瘴気も黒だった。


 しかし、今のバイラヴァの姿はどうだろうか?

 人型の形態に近い。


 だが、全身を覆う力の色は、【白】。

 汚れを一切知らない、美しさすら感じられる白だった。


「もともとは、これで【あいつ】を殺すつもりだった。殺してやるための力だ。サプライズという形で直接叩き込んでやるつもりだったが、まあ仕方ない。貴様は、それくらいの価値はある」


 精霊王には、バイラヴァが何を言っているのかわからない。

 彼が、あの時夢で出会った女のことを言っているなんて、思ってもいない。


 その意味が分からない言葉よりも、精霊王にとっては目の前に白く変貌したバイラヴァがいるということ自体が重要なのだ。


「これは、我の……破壊神の根源の力。世界に暗黒と混沌を齎す、破壊の力。破壊神そのものをぶつけると言っていい。そのため、我にとってもかなり負担と代償の大きなものだが……」


 バチバチとほとばしる白い雷。

 煌々と光るその姿は、まさしく神の力である。


 神々しさを感じさせる今の破壊神は、間違いなく精霊王を圧倒していた。


「喜べ、精霊王。貴様は、この破壊神最大の技をもって、命を落とすことになるのだ」


 構えるバイラヴァの手に、ギュルリと渦を巻く白い光。

 それは球体となる。


 轟々と音を立てるそれに、精霊王は生存本能からの恐怖を覚える。

 それは、初めてのことだった。


 生まれながらにして強者であり、一度たりとも敗北はない。

 命の危険なんて感じたことすらない。


 そんな彼が、恐怖を感じた。


『や、やめ――――――!!』


 制止の声をかけようとする精霊王。

 バイラヴァは当然それにこたえることはない。


 その球体を握りつぶし……。


「――――――【壊刻】」


 世界に光が満ち、音が消えた。




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