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第144話 早く私を

 










 目を開ければ、何もない白い空間が広がっていた。

 いきなりそんなところに放り出されたら、多少なりとも混乱するのが普通なのだが……。


「……またか」


 我は混乱よりもあきれのほうがはるかに強かった。

 というのも、この場所に来るのが初めてではないからである。


 何度も来たことがある。

 まあ、ここ千年ほどは来ていなかったが。


「そんなに嫌そうにしなくてもいいんじゃないでしょうか? 久しぶりに会うのですし」


 我以外の声が聞こえる。女の声だ。

 彼女の声も何度も聞いているため、今更驚くこともない。


 この空間にいるのは、我を除けば彼女しかありえないのだから。

 振り返れば、無表情の女がいた。


 容姿は整っていても、これほど人間味を感じさせない表情ならば、見る者に恐怖を与えるだろう。

 声音は拗ねているため、無感情というわけではない。


 長い黒髪に、ふんわりとした薄さを感じさせる衣装。

 身体の起伏がはっきりと出てしまっているが、彼女を見る……というより、認識できる者がほとんど存在しないので、問題ないのだろう。


 我も彼女を見てどうこう思うことはないし。


「久しぶりに会う、なあ……」


 当たり前だ。

 我が会わないようにしていたのだから。


「寝たら夢で逢えるようにしているのに、どうしてこんなにも会えなかったのでしょうか……」


 不思議そうに首を傾げる女。

 我が寝なかったからな。


 睡眠をとらなかった理由は、こいつに会いたくないからである。

 神は寝る必要はないが、脳内の整理をするために寝る者がほとんどだ。


 バカ女神など、四六時中いびきをかいて寝ているくらいだ。

 それでも、我は寝なかった。


「まあ、いいです。こうして会うことができましたし」

「そうか。じゃあな」


 背を向けて歩き出す我。

 ここ、出口どこだ?


 そんなことを考えていたら、背後に衝撃が!


「待ってください。どこに行こうというのですか」

「引っ付くな、うっとうしい!!」


 背中に抱き着いてくる女。

 薄い衣装のため、ぐにぐにと柔らかいものが押し付けられるが、うっとうしくて仕方ない。


 バカ女神でそういうのは十分だ。疲労を増やすな。


「今は戦闘中だ。貴様と話している時間などないわ。早く戻って、ズタズタに引き裂いてくれる」

「大丈夫ですよ。ここでの時間は現実世界には影響しません。どうせ、あなたは無様に気絶していますし」

「なん、だと……?」


 我が気絶している……?

 そんな弱い奴がなるような事象が、我に起きている……?


「いや、私と会えるのは夢の中だけなんですから、現実世界のあなたが気絶しているのは当然でしょう。寝ていないのですし」

「ありえない……」

「そんな現実逃避するようなことですか?」


 ガクガクとひざが震える我を見て、あきれたようにため息をつく女。

 表情は一切変わっていないが。


「とにかく、座ってください。お話しましょう」


 ぐいぐいと腕を引っ張る女。

 衝撃の事実に力が入らず、我は彼女の思うままに動かされてしまう。


 ……なんでこいつら我を座らせて話させようとするの?

 ヴェロニカも、精霊王も。どいつもこいつも話したくないのは共通している。


 真っ白な何もない空間であるはずなのに、いつの間にか簡素なテーブルと椅子が出来上がっていた。

 女はすでに座ってじっとこちらを見上げてくるので、俺もため息をついてその前に座った。


 テーブルの上にはいつの間にか湯気を立ち昇らせる飲み物とお菓子が並べられている。


「で、何の用だ。さっさと我をあの世界に戻せ。精霊王を破壊せねばならん」

「せっかちですね。誰に似たんでしょうか? 少なくとも、私じゃないですよね」

「当たり前だ。別にせっかちでもない」


 そもそも、つい先ほどまで殺し合いをしていた男に、座って落ち着いて会話をしようというのがおかしい話なのだ。

 それに、この女と似ているなんておぞましい言葉を聞いてしまえば、たとえ事実だとしても首を横に振って激しく否定する。


「お母さんに似ないということで当たり前っていうのはおかしいですよ」

「誰がお母さんだ。ぶっ飛ばすぞ」

「事実じゃないですか。あなたは私の子供ですよ、バイラヴァ」

「子供じゃない。貴様が作っただけだろうが」


 じっと見てくる女に、我は心底嫌そうに顔をゆがめてみせる。

 破壊神の母とか、どんな存在だ。


 もちろん、我は彼女が腹を痛めて産んだ子ではない。

 ……作られたというのは事実だが、それで母親だなんて認めるつもりは毛頭なかった。


 我に拒絶されても、もはやいつものことである。

 女は気にするそぶりも見せずに、別の話題を切り出してくる。


「しかし、精霊王。あれは面白いですね。下界の存在にしては、特異すぎます。力も、思想も。あれは、ほかの管理者も喜んで見ていることでしょう」


 管理者。

 それに対して異常なまでの敵対心と反骨心を見せていた精霊王だが、そんな彼も管理者からすれば暇つぶしのおもちゃにしか過ぎないという事実に、何とも言えない感情が沸き上がる。


 どれほど必死に抗っても、管理者からすれば虫が地面で動き回っているだけにしか見えないだろう。

 少し面白い動きをする虫がいて、それを観察する子供と同じだ。


 そして、飽きれば子供はその虫を踏みつぶして……。


「相変わらず趣味の悪い連中だ。自分たちを殺すと明言している男だぞ」

「それも、彼らからすれば退屈を紛らわす面白いことですよ。どうせ、管理者には届かないと確信していますしね」


 絶対に安全な場所から、必死に抗う虫を見て楽しむ管理者。

 なんともまあ悪辣な趣味である。


「さて、バイラヴァ。このままでは、あなたは殺されてしまうでしょう。神は不死というように作りましたが、過度なダメージはあなたでも殺されることになります」


 もともと、この女はそんな管理者と精霊王の話をするつもりはなかったらしい。

 我の知っていることを、得意げに話してくる。


「私としては、あなたに死なれるのは母として悲しいです」

「誰が母だ」


 こいつ、どこまでそれを押し通してくるつもりだ……。


「そのため、私の管理者権限で、あなたが勝つように仕向けてあげましょう。あなたの力を上げて、精霊王の力を下げましょう。世界がすべてあなたにとって都合のいいように動くようにします。運も上げます。精霊王が撃つ攻撃はすべて自然と逸れ、あなたの攻撃はすべて人体の急所にあたり甚大なダメージを与えるようにします」


 それは、とんでもない提案ということができるだろう。

 何の努力もせず、過程も経ず、精霊王に負けないような存在に持ち上げようとしているのだから。


 異世界をいくつも征服して滅ぼしてきた精霊王を、簡単に超えさせられる。

 それが、この女の力。


 あまりにもばかばかしいが、それを実現できてしまう。

 彼女の申し出を受ければ、我は何の苦も無く精霊王を破壊することができるだろう。


 それこそ、何もさせずに圧倒し、彼を完全に終わらせることが可能だ。

 しかし……。


「いらん」

「…………」


 我は大して悩むことなく、そう言い切った。


「貴様の手助けなど、必要ない。我は我の力で、精霊王を破壊する」


 もう十分だ。

 遺憾ながら気絶しているようだが、まだ死んでいないということは、精霊王は油断しきっているのだろう。


 ……腹立たしい。


「貴様は黙ってここで見ておけ」

「見るなとは言わないんですね」

「そういっても、どうせ見るだろうが」


 肯定も否定もしていないが、まあ見ているのだろう。

 別に、今更どうとも言わん。


 我は女に背を向ける。


「まあ、見ていろ。貴様にとっても、悪いものではないさ。貴様の望みを叶えられるかもしれん力だ」

「ええ。私はずっと待っています。ずっと信じています。だから……」


 我を信頼した声音。

 女神、勇者、魔王、精霊、人工妖精から向けられる声音と同じだ。


 そして……。


「早く、私を殺してくださいね」


 底冷えする絶対零度の冷たい声音で、女は……我を作り出した管理者は、背中を送り出すのであった。




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