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第133話 最大最悪の異世界侵略

 










 時はさらに進む。

 破壊神バイラヴァが、この世界に侵攻して定着していたすべての精霊を打倒した後のことだ。


「ふわぁ……平和だなあ」

「まったくだ。尖兵たちがいなくなっただけで、こんなに生きやすい世界だったんだなあ」


 男が二人話している。

 彼らは、商人だ。


 街から街へと渡り歩き、その先々で必要な物資を売りさばき、金銭を得る。

 彼らの一番大きな脅威だったのは、精霊の尖兵たちである。


 彼らは賊よりもたちが悪かった。

 普通の賊が相手ならば、国に助けを求めればいい。


 治安の悪化と経済の停滞を求めない国は、必ずや騎士団を派遣して賊の討伐をしてくれることだろう。

 しかし、その相手が精霊の尖兵となると、話は変わってくる。


「お国は精霊どもにビビって、何もしてくれなかったからな。まあ、世界征服しちまうほどの力があれば、警戒してビビるのも仕方ねえが……」

「だからって、俺らが虐げられているってのに知らんぷりは困るぜ」


 そう。尖兵が相手となれば、国は動いてはくれない。

 その後ろ盾となっている精霊の反感を買い、国を滅ぼされてはたまらないからである。


 馬鹿げた話だと思うかもしれない。

 しかし、精霊には国を滅ぼすことができる力があった。


 だから、国は市民を見捨てる。

 彼らが一部命を落とし略奪されても、それを見過ごせば国家は維持できるのだ。


 それゆえに、ただ黙り込む。

 それが、当たり前であり、彼ら商人も尖兵たちから略奪されるのをただ見過ごすことしかできなかったのだが……。


「だな。そう考えると、やっぱり……」

「ああ。破壊神には大感謝だな」


 その常識は、少し前に変わってしまった。

 破壊神バイラヴァ。この世界を支配していた精霊たちを、一人残らず駆逐してしまった最強の神。


 後ろ盾となる精霊たちが皆殺しにされたことによって、尖兵たちはその姿を消した。

 最初は半信半疑だった人々も、尖兵たちの横暴が一気になくなったこと。


 そして、それが続いて平穏な日常が戻ってきたことによって、嫌でも信じることになったのであった。


「昔は世界征服を企んでいた悪神だって話だが……」

「昔のことは関係ねえよ。今、この時代に生きている俺たちのほうが大切だ」

「だな。破壊神様には感謝するぜ」


 この世界で生まれ育ったのであれば、必ず知っているようなおとぎ話。

 その中に、破壊神バイラヴァは出てくる。


 それも、ヒーローではなく、主人公でもなく、悪役……ラスボスとして、だ。

 この世界を破壊しようとして、世界中が一致団結し、神々の手によって封印せしめられた悪神。


 このおとぎ話は、たとえ種族や国家が違えど、協力して助け合うことが大切だという教訓を伝えるために作られたものだ。

 バイラヴァは、そこにおいては引き立て役にしかすぎない。


 団結、協調などのことを子供たちに教えるための、踏み台役だ。

 だが、現実では……今の時代では違うのである。


 彼は、この世界を救い、自分たちを助けてくれた救世主だ。


「無駄話はこれくらいにしようぜ。ほら、仕事だ仕事だ」

「ああ」


 伸びをする二人。

 休憩は終わりだ。次の街に向かわなければならない。


 必要最低限の護衛をつけるだけで街から街へと行き来できるようになったことは、なおさらバイラヴァの力を感じさせられる。

 馬車を動かし、次の街へと向かおうとする二人であったが……。


「……ん?」

「どうした?」


 一人の男が目をパチパチと瞬きさせる。

 じっと彼が見据える先に何があるのかともう一人が視線を追わせるが、そこには何もない普通の空間が広がるだけだ。


「いや……なんか、目がおかしくなったみたいでな」

「はあ?」


 ゴシゴシと自分の目をこする男に、首を傾げる。

 彼に何が見えているというのだろうか。


 普通に心配になってしまう。

 すると、彼はスッと指さす。


「あそこ、なんか歪んでないか?」

「……なに?」


 男の指の先を追えば……確かに、その空間に突然渦ができたように、グルグルと蠢いていた。

 異常な光景だ。


 空間がゆがむだなんて話、聞いたこともない。


「……なんだ、これ」


 男たちはもっとよく観察しようと、身体を近づけて目を凝らす。

 それが、いけなかった。


『オオオオオオオオオオオオオオ!!』


 その空間のひずみから飛び出してきたのは、大量の人影。

 雄たけびを上げて進撃するのは、異世界からの乱雑者たち。


 彼らは近づいてきていた商人たちのことなど目もくれず、次々に飛び出してくる。

 そのため、商人たちは逃げることすらできず、軍勢に踏みつぶされて命を落とすのであった。


『さあ、異世界侵略じゃ。もはや、慣れたものじゃろう? この世界も、ワシらのものにしようぞ』


 そして、のそりと最後に現れたのは巨大な人影。

 屈強な軍勢よりも、もはや身体の作りが違う。


 立派な髭を蓄え、彼はついにこの世界の大地を踏みしめた。

 忌々しい結界のせいで、一切手出しのできなかったとてつもなく魅力的なこの世界。


 その男――――精霊王の口角が自然と上がるのも仕方ないだろう。


『この世界をすべて破壊し、魔素を手中に収めるぞ』


 精霊たちによる、最大最悪の異世界侵略が始まるのであった。




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