第130話 あなたのこと、愛しているわ
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「なっ……」
雄叫びを上げてもだえ苦しむ怪物。
どのような攻撃も効かないような硬い身体を持っているというのに、その業火に焼かれては流石の怪物も苦痛を感じるようだった。
ヴィルは、自分でもなければ妖精でもない第三者である男が現れ、助けてくれたことに驚愕していた。
「ふん。所詮は侵略者だな。よくもやってくれたものだ」
チラリとヴィルを見る男。
彼は妖精が殺されたことも理解しているのだろう。
冷たい……敵を見る目で見据えられ、背筋が凍りつく。
「ち、違うんです! 10号は……姉は、望んでこのようなことをしたわけではないんです! 精霊王が……!」
「理由など、過程などは知らん。興味もない。今、現実でしていることが問題だ」
「……ッ」
自分たちが望んでこのようなことを……妖精を殺したわけではないと伝えるも、男は冷たく切り捨てる。
過程ではなく、結果である。
彼女たちは妖精を殺したという結果がある。
ならば、聞く耳など持つ必要はない。
「随分と姿かたちが変わっているではないか。ん? クソガキ妖精どもと我にしょうもないことを仕掛けてきた時と、大きく違うなあ」
『■■■■■■■■■■■■!!』
ようやく業火を振り払った怪物は、怒りの咆哮を上げる。
大気が悲鳴を上げ、ビリビリと強烈な殺意と敵意がふりまかれる。
直接向けられていないヴィルでさえも、身体がすくんでしまうほどだ。
しかし、男が怯える様子を見せることはなく、むしろ憐憫のまなざしを怪物に向けていた。
「言葉も話せんか。哀れなものだ。望んでそのような姿になる者はいないだろう。であるならば……」
男の身体から殺意と魔力が溢れ出す。
彼の近くの空間が歪んでいるように感じるほどの、濃密なものだ。
「終わらせてやろう。この破壊神バイラヴァがな」
彼……破壊神バイラヴァが、怪物を破壊すべき対象であると認めたのである。
すなわち、怪物に……エスターに待っているのは、死以外のなにものでもない。
だから、ヴィルは声を張り上げる。
「待ってください!」
「なんだ? 我に見逃せと言うつもりか? それは不可能だ。妖精が殺された時点で、奴が無事でいられることはない。報復だ」
ヴィルの言葉に、苛立たしげに睨みつけてくるバイラヴァ。
この期に及んで命乞いなど、ありえない。
怪物をこのまま野放しにしておくわけにはいかない。
猛威を振るい、妖精たちを殺し尽くすことだろう。
そして、それは仲間であるエスターを苦しめることにもなるのだ。
「……勘違いしないでください。誰があなたに彼女を見過ごせと言いましたか?」
「……なに?」
しかし、ヴィルは命乞いをしていたわけではない。
今の状況が、何よりもエスターを苦しめていることは彼女だって分かっている。
怪訝そうな顔をするバイラヴァをしり目に、彼女は一歩前に出る。
それは、怪物の前に立つということだった。
「姉のけじめは、妹がつけます」
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』
ヴィルの決意を感じたのか、怪物が形容しがたい雄叫びを上げる。
自分よりも強大な存在による威嚇。
ひるんでも不思議ではないのだが、ヴィルにもはや恐怖はない。
「お姉ちゃん。苦しいですよね。辛いですよね。そんな怪物の身体にされて、自分の意思に反することをさせられて……。だから、あたしが終わらせます」
手に持つのは、エスターが持っていた剣。
姉を助けるのは、妹の責務だ。
今まで散々助けられ、庇われ、導かれてきた。
だから、せめて姉を終わらせてあげるのは、自分がしてあげたい。
『ギョアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
声を張り上げ、鋭い爪を振り下ろす怪物。
それほど戦闘能力に優れているというわけではないヴィルにとっては、それも致命傷になり得る危険な攻撃である。
『ッ!?』
だが、ズガン! と音を立てて怪物の腕が吹き飛ぶ。
それは、少し離れた場所にいるバイラヴァの攻撃だった。
「……ふん。雑魚のくせに、一人で調子に乗るな」
「……感謝します」
小さく呟くヴィル。
それだけでも、十分に伝わると思ったからだ。
腕を吹き飛ばされ、大きく身体をのけぞらせられた怪物。
今の怪物ならば、ヴィルでも懐に入り込むことは容易であった。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「はああああああああああああ!!」
怒声を上げる怪物。
その懐に飛び込み、その勢いのまま……剣を腹部に突き刺したのであった。
強固な背中や腕とは違い、腹部は柔らかかった。
剣が何の抵抗もなく突き刺さり、抱き着くようにして全体重をかけているヴィルの全身を血で濡らす。
『ガッ……アッ……』
怪物は小さくうめくと、ぐったりと全身から力を抜き……倒れこむのであった。
「…………お姉ちゃん」
倒れこんだ怪物の頭の近くで、ヴィルは座り込んだ。
こんな姿かたちでも、彼女は自分の姉なのだ。
目を瞑り、涙を流すヴィル。
せっかく記憶を取り戻したというのに、その矢先に自らの手で殺さなければならなかったという現実。
それは、あまりにも辛く、重たいものだった。
すると……。
「まったく……遅いわよ、もう。大変だったんだからね、11号ちゃん。……いいえ、ヴィルちゃん」
ハッと目を見開くヴィル。
見下ろせば、そこには怪物の悍ましい顔はなく……優しい笑顔を浮かべる10号……エスターの姿があった。
「お姉ちゃん……!」
「でも、あなたは優しいから。それは、ずっと分かっていたこと。だから……あなたのそういうところが大好きだったわ」
エスターはそう言って笑う。
これが、姉妹としての最期の会話になることが分かっているから。
だから、自身の想いを隠すことなく打ち明ける。
「大丈夫。ヴィルちゃんなら、幸せになれるわ。絶対に」
「あたしだけじゃ無理です。あなたが……お姉ちゃんがいてくれないと……」
「お姉ちゃんのお墨付きよ? 間違いないわ。それに……どうしても一人だと難しいのなら、あの人に助けてもらえばいいわ。とってもいい人な気がするから」
エスターが目を向ける先には、離れた場所でこちらを見ないようにしている男がいた。
恐ろしい男だと思っていたが……。
ふっと笑う。
何とも素直になれない男だ。
今、こうしてすぐに命を失うことなくヴィルと話すことができているのも、彼が何らかの対処をしているからだろう。
「私はずっとあなたを見ているわ。じゃあ……」
しかし、いくらバイラヴァが尽力しようとも、死が確定している彼女に命を吹き込むことはできない。
もっと話していたいが、どうやらここまでのようだ。
「お姉ちゃん!」
キラキラと光の粒子となって天へと昇っていくエスターを見て、ヴィルは悲痛な声を漏らす。
最期の最期に記憶を取り戻し……そして、ヴィルからもう一度お姉ちゃんと呼ばれたこと。
それだけで、エスターは満足だった。
「さようなら、ヴィルちゃん。あなたのこと、愛しているわ」
その言葉を最後に、エスターはパッと光になって消えるのであった。




