第13話 人の話聞いてる?
『でも、調べるったってどうするの? 千年ぶりに復活したばかりだから頼れる人はいないし……あいつらに頼むの?』
ヴィルがそう指摘する。
……あいつらって、あいつらのことだよな?
我と彼女にしかわからない言い回しだが、直接言葉にするのはあまりにもきつかった。
いや、流石に死んでいるだろう。千年だぞ?
普通の人間や魔族だったし、流石に……ねぇ?
……とりあえず、こいつに聞いてみるか。
「おい。何か『神』という言葉で心当たりはないか?」
「『神』、ですか? うーん……神様が出てくるのは、おとぎ話くらいしか……」
少し考えながら答えるが、やはりすぐに女神の情報を手に入れられるはずもなかった。
まあ、それもそうか。
ヘタをしたら、すでに精霊に殺されているのかもしれないしな。
それに、神はそうそう人の前には姿を現さない。
千年前の戦争のときのような、非常事態の時を除いてな。
うーむ……またいくつかの国を破壊するか?
そうしたら、豊穣と慈愛の女神なんて大層な二つ名までついているのだから、確実に出てくるはずだが……。
しかし、弱者を食い物にしていた尖兵に力がわたっていたことを考えると、やはり彼女も変わっている可能性が高い。
はて、どうしたものか……。
「あっ。一つだけ気になることが……。ただ、それが救世主様の求めることではないかもしれませんが……」
そう悩んでいると、カリーナがこちらを窺うようにしながら言ってくる。
今は少しでも情報が欲しいので、聞いてみることにする。
「いい、話せ。あと、救世主は止めろ。我は破壊神だ」
「はい、救世主様」
「人の話聞いてる?」
こいつ、マジで破壊するぞ。
何でニコニコ良い笑顔で話をすっ飛ばすんだ。あいつらそっくりじゃないか。
『将来有望ね』
止めろ。
「ここから数十キロ離れた街なんですが、そこである宗教がとても流行しているらしいんです。その教祖が、自分のことを神と呼んでいるらしく……。悪いうわさが聞こえてきます」
……カルトじゃないか。
いや、確かに神という言葉から連想されやすいけどね、宗教って。
『あんたを信仰していた宗教もカルトだけどね』
我は信仰しろとか一言も言っていないからね!?
気付いたら勝手に信仰者が増えていて組織になっていただけだからね!
『そっちの方がヤバいわよ』
ね。我もそう思う。
「ふーむ……女神に関係するかと言われれば、可能性は低いようだな……」
少なくとも、あの女神は自分を神と公称して悪い噂が流れるようなことはしないだろう。
だからと言って、これ以外にとくに心当たりがあるわけでもない。
これ以外にやることは破壊くらいしかないしなぁ……。
それに、かの女神が変貌を遂げているのだとしたら、可能性はないわけではないか。
よし、明日にでも行ってみるとするか。今日は色々疲れたしのんびりしたい。
「少し寝たいから、出て行ってくれるか?」
「はい、わかりました。では、石像も含めて頑張ります!」
「止めろって言ってんだろうが!」
次の日、起きたら外に何かしらの形ができかかっている大きな石を見て戦慄するのは余談である。
◆
薄暗い部屋の中で、男と女の影が交わっている。
部屋の中を照らすのは空に浮かぶ月だけであり、その怪しくも柔らかな光はぼうっと辺りを照らしていた。
小さなテーブルの上には酒と果物が置かれてあり、いつでも水分を補給することができるようになっていた。
「うっ、あっ、いたっ……! がっ……!」
「うるせえ! 黙ってろ!」
身体を揺らされる女は小さく悲鳴を何度も上げるが、男はそれを押さえつけて愉悦の表情を浮かべる。
少なくとも、愛を語らいあうような優しい空気は一切流れていなかった。
つまり、二人は恋人同士などといったような穏やかな関係ではないということである。
「ふー……」
事が済んだのか、男は仰々しくベッドに倒れ伏す女を見下ろす。
女は美しい容姿をしている。
だが、それを台無しにするように、その身体には傷が大量についていた。
痛々しいアザなどもあり、その魅力を損なわせている。
そして、何よりも目を背けたくなるのは、背中に生えている美しい白い翼がボロボロになってしまっていることだろう。
本来は汚れ一つない綺麗なものだっただろうに、羽は千切れ翼は折れている。
「くくっ。いやいや、楽しいなぁ。人間を自由に使うことができるというのは、恐ろしいほどの優越感がある」
ベッドから降りると、彼はテーブルに置かれてあった酒を口に含む。
激しい運動で、喉の渇きがあったからだ。
全裸であり、その鍛えあげられた身体を月光にさらす。
開かれた窓からは涼しげな風が入ってきて、彼の火照った身体を冷やしてくれる。
治安もあまりよろしくない街なので、しっかりと戸締りしていないのは不用心と言えるだろう。
しかし、そもそもここは街の中でも最も高い建物の一室である。
そう簡単に人は侵入してくることは不可能だし……たとえ侵入してきても、彼によってあっさりと殺されてしまうだろう。
それだけの力を男は持っていたし、だからこそこの街を支配し好き勝手欲望のままに行動できているのである。
「こんな楽しい時間をずっと続けないとなぁ。そのために、俺は……」
そう呟くと、男はチラリとベッドの上で倒れ伏す翼の折れた女を見やる。
「おら、さっさと出て行け。明日も虐めてやるから、安心しろ。……ここにいたいんだったら、また一日中虐めてやるぞ?」
「……失礼します」
フラフラと身体に負った傷をそのままに、女は頭を下げて部屋から出て行く。
もはや、壁に手を当てながらでないと歩くこともままならない。
彼女が生きていられるのは、ひとえに人間ではなく、人間よりも頑丈だからだろう。
常人なら、その虐待のダメージと精神的なストレスで命を落としていても不思議ではない。
「…………」
そんな仕打ちを受けても、彼女はもはや無表情で何の感情も抱くことはなかった。
悲しみも、怒りも……もちろん、喜びだって。
ただ、それでも……それでも、彼女が生きて男の虐待に耐えているのは、【あの人】を救いたいからである。
「誰か……誰か、私とあの人を……」
――――――助けて。
その言葉を聞いた者は、誰もいないのであった。




