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第114話 なんだこいつ

 










 精霊が全て駆逐された。

 その知らせは、瞬く間に世界中に広がった。


 自分たちを抑圧し、略奪し、殺していた精霊たちがこの世界から消え去ったことは、多くの人々にとって喜ばしいことである。

 しかし、その情報をうのみにして、喜びを露わにする者はほとんどいなかった。


 それもそうだろう。

 数百年にも及ぶ、精霊による苛烈な支配は、彼らの心をへし折るには十分すぎた。


 これも、罠かもしれない。

 情報をうのみにして喜んでいる者を見つけ出し、精霊の尖兵たちが笑って虐殺をするかもしれない。


 そんな恐怖を拭うことができなかった。

 喜んで裏切られるくらいなら、期待なんてしない方がいい。


 精霊たちによる反吐が出るようなお遊びの可能性がある以上、彼らは表だって喜ぶことができなかった。

 罰と称して拷問を受け、殺されるくらいだったら……。


 そう思う者たちが大勢いて、精霊たちの駆逐を喜ぶ者は誰もいなかった。

 しかし、それが数日、数週間と過ぎると、少し事情が変わってくる。


「なあ。あの情報、本当だと思うか?」


 とある場所で、二人の男が話しあう。

 彼らはこの世界の普通の住人だ。


 普通に働いて、普通に生きて……普通に精霊たちに怯える人間だ。

 その一人が、そんなことを言ってくる。


 あの情報、という非常にあやふやな言葉だが、友人の彼は理解していた。

 というよりも、今もっぱら噂になっていることは、あのことしかない。


「精霊が全員殺されたっていう話か? あんなホラ話、誰が信じるんだよ」

「それがな、もしかしたら本当かもしれねえぞ」


 誰もが信じるはずのない、もっとも都合のいい噂。

 それが、自分たちを支配する精霊たちが、全て殺されたという噂だ。


 こんなバカげた噂、誰も信じない。

 鼻で笑って、終わりだろう。


 それなのに、友人は真面目な顔をして本当かもしれないと言う。

 心底呆れかえり、また彼のことが心配になってしまう。


 こんなあからさまな嘘の噂に騙されるようでは、詐欺にでも引っ掛かってしまいそうだ。


「はあ? 何言ってんだ。そんなわけねえよ。精霊どもにどんな目に合わされるか分かったもんじゃ……」

「馬鹿! お前、気づかねえのか?」

「気づかない?」


 首を傾げる。

 気づかないとは、何に対してだ?


「精霊の尖兵だよ! あいつらがいなくなっただろ? 精霊は元々ほとんど見たことねえが、あいつらはずっと威張り倒してただろ」

「確かに……」


 精霊の尖兵。

 この世界を支配していた精霊よりも、むしろ彼らに対する憎悪と恐怖を抱いている者の方が多いだろう。


 実際、精霊自身が苛烈な支配をすることは、あまりない。

 好き勝手行動する中で、人々を抑圧して虐殺することに喜びを見出す精霊は少ないからだ。


 魔族たちの国を支配したマルエラが例外的なのであって、研究に心血を注いだヴェニアミンやペットの飼育を楽しんだアラニス、そして破壊神を復活させるために世界中を飛び回ったヴェロニカ。

 皆自分たちの好き勝手生きて、積極的に人々を虐げようとすることはなかった。


 その無関心さをいいことに、尖兵たちは自分たちの欲望のままに暴虐を振るっていた。


「あいつらは精霊の後ろ盾があったからこそ、暴れまわっていた。精霊が怖くて、国も規制できなかったからな。そんな奴らがいなくなったってことは……」

「その後ろ盾……精霊がいなくなったってのか!」


 ハッとする。

 まるで、最初から存在しなかったように、彼らは忽然と姿を消していた。


 強大な精霊がいなくなったことで、今まで虐げてきた人々から逆襲されることを恐れたのだろう。

 ……いや、彼らは知らないことだが、世界の各地で尖兵たちが復讐されることは起こっていた。


 それこそ、ここで記述するにはあまりにもおぞましい報復を受ける者もいたが……これは余談である。


「でも、いったい誰が……」

「それも知らねえのかよ。いいか? 俺たちを精霊から解放してくれた救世主の名前は……」


 数百年もごく少数で世界を支配していた精霊たち。

 彼らを誰が倒したのかと気になる友人に、男はわざわざ教えてやることにした。


 その救世主の名は……。











 ◆



「バイラヴァ様、全精霊破壊おめでとうございますわー!」

「…………」


 パチパチという気が抜けるような拍手が沸き起こる。

 これが破壊神たる我に向けられた祝福の拍手だと、千年前の我は決して信じないだろう。


 今の我も信じたくはない。

 まあ、もうこの馬鹿女神はいい。


 もう期待していないから。

 あれなんだろ? もうあれなんだろ? どうしようもないんだろ?


 かつては世界と人々のために我に立ち向かった女神は死んだのだ。

 もうそれは諦めるとしよう。


 だがなあ……。


「貴様らまで何をしている!? 怒りを覚え、我を止めようとするべきだろうが!!」


 我の目がギョロリと見据えるのは、馬鹿女神と一緒になってパチパチと気の抜けるような拍手をしている二人の姿。

 水の勇者エステル、魔王ヒルデ。


 こ、こいつら……! 世界の守護者として、怒って我に立ち向かわなければならんだろうが!


「って言われてもねえ」

「ゴミ虫と意見が一緒なのは腹立たしいけど、別に止める理由なんてないわよ。言っておくけど、今の魔族って顧問のあたしよりもあんたの方が人気あるわよ」


 顔を見合わせてそんなことを言う二人。

 ば、馬鹿な……! 我に人気があるだと……!?


 は、破壊神が人気の世界とかおかしいだろ!


「まあ、あたしたちは精霊の支配を直接受けていたからね。あんたのことが眩しく見えても不思議じゃないわ」


 そう言うのはヒルデだ。

 確かに……名前は忘れたが、あの女精霊は他の精霊と違って人々を支配することを好んでいた。


 直接的に支配を受けた魔族は、尖兵如きの支配に比べれば非常に過酷なものだっただろうが……だからといって、世界に暗黒と混沌を齎す破壊神を眩しく見てどうする!

 とはいえ、ヒルデが我に立ち向かわないというのも、昔の彼女を考えれば少しは理解できる。


 元より、世界のためという意識の低かった魔王ならば、こうなるのも仕方ないかもしれない。

 し、しかし、勇者ならば……!


 ただひたすらに、純真な善意だけで破壊神に立ち向かった勇者ならば……!

 かすかな希望を持って彼女を見れば、呆れたように見返される。


「いや、僕だって今更この世界のために君と戦おうなんて思わないよ。もちろん、全ての人が悪いというわけじゃないけど……やっぱり、気持ちはそう簡単にはね……」


 くっ……!

 こいつも、精霊と守るべき人間の裏切りによって、大分荒んでしまっていた。


 ……まあ、化け物を産みだす機械にされていたのだから、仕方ないかもしれないが。


「というか、世界征服手伝ってあげるから、アーサーを産むための子種をさっさと……」


 よし、こいつは無視だ。

 危ない。また我の精神を殺すような言葉を聞く羽目になりかけていた。


 もう二度と我に話しかけないでほしい。


「バイラヴァ様ばんざーいですわー!」


 両手を上げて飛び跳ねている馬鹿女神(あいつ)も無視。疲れる。

 ……となると、我が最後に目を向けるべきなのは、ただ一人。


「……一番納得できないのは貴様だ。どうしてここにいる!?」


 平然とこの場所にいて、馬鹿女神と一緒に両手を上げている退廃的な笑みを浮かべる女。

 精霊ヴェロニカ。我と殺し合った女が、何故かここにいた。


 ……本当に何故だ!!


「だってぇ、精霊王に殺されかけたのよぉ? じゃあ、もう私の帰る場所がないじゃない」


 知るか。

 ニッコリと笑いかけてくるヴェロニカに、我も笑う。


 本当に知るか。そんなの、貴様らの事情だろ。我、関係ないじゃん。

 どうして貴様を迎え入れねばならんのだ。


「こうなったのもぉ、神様と遊んだせいよねぇ。ちゃぁんと責任をとってぇ、最後まで面倒を見てねぇ?」


 何でだよ! そもそも、その遊びも貴様が一方的に仕掛けてきたんだろうが!

 一言でも、我の方から遊びましょうなんて声をかけたか!?


「ところでぇ、気になっていたんだけどぉ、そこの妖精と精霊王はいったいどんな関係なのぉ? 11号とか言われていたけどぉ」


 我の厳しい顔を見て、あからさまに話題を変えるヴェロニカ。

 話を変えても構わんが、貴様は追い出すからな。


 彼女が矛先を向けたのは、自分の身体よりも大きなジョッキをさかさまにしてお酒を飲み下していたヴィルだった。

 ……なんだこいつ。


 彼女がガンッ! と勢いよく酒をテーブルに叩き付けると、据わった目と真っ赤な顔で小さく呟く。


「次11号なんて言葉であたしを呼んだらバイラの中でゲロを吐くわよ」


 脅迫の仕方がおかしいだろ! 我完全にとばっちりだろうが!

 ヴェロニカに止めさせたいのであれば、奴が嫌がることをしろよ!


 どうして我が嫌がることをするんだ!

 我はヴィルの過去を知っていることもあって興味もないが、他の面々はそうでもないらしく、彼女の言葉を待っていた。


 ヴィルとしては別に話したくはないだろうが、その期待に満ち満ちた目を複数向けられ手いる中、無視することができなかったのだろう。

 彼女は一つため息を吐く。


「はぁ、別に大したことじゃないわよ。あいつも言っていたように、昔に少し……」


 過去の記憶を思い返すように、虚空を見上げた。


「――――――精霊王の下でこき使われていたってだけよ」




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