第11話 気持ち悪いし
「あらあらぁ?」
村の外から、その破壊神と尖兵の戦闘を覗き見している女がいた。
ふわふわと空中に浮いている様子は、とても優雅で心地よさそうだった。
柔らかな風が吹くと、ボブカットの紫紺の髪がゆらりと揺れる。
穏やかそうな整った顔立ちで、目も少し細めで垂れており、優しい印象を与えてくる。
衣服の上からでも分かるほど豊満な胸は、男の目を強く引き付けることだろう。
幸い、そんな彼女を見られる者は、ここには存在しなかったが。
「面白そうな人ねぇ。あんなのぉ、この辺りにいたのかしらぁ?」
彼女の視線の先にいるのは、当然と言うべきか、破壊神であった。
何やら、村人たちに囲まれて心底嫌そうな顔をしている。
もし、彼らのために尖兵と戦ったのであれば満更でもない顔をするだろうから、本当に彼らのために戦ったわけではないのだろう。
では、何故尖兵と戦ったのだろうか?
尖兵に逆らうということは、すなわち精霊に逆らうこと。
この世界の支配者に逆らうなんて、常人であれば決してしないことだ。
となると、彼自身が言っていた言葉が重要になってくる。
曰く、千年ぶりに復活した破壊神。
彼女もその伝承のことは知っていた。
千年前、この世界で猛威を振るった破壊神。世界に暗黒と混沌を齎した、最恐最悪の存在。
彼女がこの世界にやってきたときには存在していなかったが、それが真実だとすると、なるほど精霊に仇為すということは十分に納得できる。
「尖兵に逆らってぇ、あまつさえ勝っちゃうんだものぉ。絶対に楽しい人だわぁ」
くねくねと身体を揺り動かす女。
その豊満な肢体と整った容姿も相まって、非常に危ない色気を放っていた。
普段の彼女はこのように無防備な姿をさらすことはない。
それほど、彼が……破壊神の存在が刺激的だったのだ。
「うふふ。退屈だったものねぇ。しばらくはぁ、あの人で遊ぼうかしらぁ」
この世界は、つまらなくなった。
彼女はそう考えていた。
世界中を回っていても、代わり映えのしないつまらない毎日。
精霊が頂点に君臨し、人間や魔族はそんな彼らの顔色を窺いながら怯えて生活をし、精霊の尖兵たちが我が物顔で世界を闊歩し好き勝手生きる。
これの何が面白いのか。
変化のしない毎日ほど、つまらないものはない。
それが、彼女のような長命で超常の存在だとしたら、なおさらである。
変化を、刺激を欲する。
その破壊神は、まさに彼女に変化を与えるものであった。
「……今からちょっかいかけてもいいかしらぁ? 好きな人には意地悪したくなっちゃうものねぇ」
うずうずと、我慢できなくなったように呟く女。
彼女の視線の先には、こちらには気づかずのんきな顔をしている破壊神の姿が。
精霊を殺すことができる、なんてたいそれたことを言っていたが……今、彼を遠距離から狙撃して痛めつけてやったら、周りの希望を持っている村人たちは、どのような反応を見せてくれるだろうか?
やってはいけないと。長く楽しむのであれば、悪手であるはずのことを、女は我慢できそうになかった。
ちょっとだけ、ちょっとだけ。
そう考えながら、小さな魔力の塊を破壊神に向けて撃ち出そうとして……。
「――――――ッ!?」
それよりも先に、その破壊神から彼女に向けて巨大な魔力弾が撃ち放たれたのであった。
ゴウッと一瞬で迫る剛球。
とっさのことに逃げることも避けることもできなかった女は、まともにそれを受けて後ろへと吹き飛ばされたのであった。
ビュッと身体が飛ばされる。
その衝撃は明らかに人が死ぬほどのものであり、ワイバーンすら一撃で仕留めることができるほどの破壊力を秘めたものだった。
何度か地面をバウンドしながら、ようやく止まる女。
彼女は生きていた。ポカンと今までで浮かべたことのないような間抜けた表情で、空を見上げていた。
青い……じゃない。
攻撃された? 自分よりも先に?
彼は自分の存在に気づいていたのか?
気付いていて、自分が攻撃しようとしたから先制攻撃をしたと……。
「ふ、ふふ……うふふふふふふふふふふっ」
彼女は笑い出した。
ダメージの苦痛に顔を歪めるのではなく、はたまた怒りを見せるわけでもなく。
楽しそうに、心の底から笑みを浮かべるのであった。
「凄い、凄いわぁ! あの距離からぁ、私に見られていたことに気づいていたのねぇ!」
すぐさま立ち上がる女。
ダメージはほとんど負っていないようだった。
だが、それでも通っていた。そのことにも、嬉々として喜ぶ。
「面白いわぁ。ああ、面白い。こんなにドキドキしたのぉ、この世界に侵攻してきて以来よぉ!」
豊満な胸を上から押さえつける。
小さな手ではとてもじゃないが覆いきれないので、卑猥に歪んでこぼれている。
だが、そんなこと気にならなかった。
彼女が思い出すのは、この世界に侵攻した時のこと。
自分たちを迎え撃つために戦った、あの女神。楽しかったなぁ……。
「……この辺りにいるのはぁ、ヴェニアミンだったかしらぁ? あいつとどうぶつかるのかぁ、楽しみねぇ」
この地域を支配している精霊のことを思い浮かべる女。
尖兵はまだしも、精霊となればあの男の勝機も薄いかもしれないが……できれば、彼に勝手もらいたいものだ。
一応同族と言えるのがヴェニアミンだが、彼女からすると面白い方が優先である。
「おーっと、お嬢ちゃん。とんでもない恰好してんな。ちょっと有り金全部置いて俺たちと楽しまねえか?」
そんな女の周りを囲むようにして現れたのは、盗賊だった。
彼らは尖兵とは一切関係のない暴漢である。
ヴェニアミンは別に治安向上などを推し進めているわけではないため、尖兵から逃れてこのように落ちぶれてしまった者もいる。
ニヤニヤと、女の色気のある肢体を舐めるように見る男たち。
そんな彼らに、女はぶるっと身体を震わせた。
そして、色っぽい流し目を送るので、盗賊たちは思わず頬を赤らめる者まで現れる。
「はぁぁ……。とりあえずぅ、この昂った気持ちをあなたたちで発散するわぁ。付き合ってねぇ」
ペロリと赤い舌で唇を舐める女。
その強烈な魅力に、男たちは思わず喉を鳴らす。
しかし、この直後、この場は彼らの死体と血で凄惨な場所へと変わり果ててしまったのであった。
それを作り上げた彼女の名前はヴェロニカ。精霊である。
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『ちょっと。いきなり何で攻撃してんのよ』
「いや、舐めまわされるように見られたら、我も気持ち悪いし……」
一方、そんなヤバめな精霊に目をつけられた破壊神は、のんきに妖精と話をしていたのであった。




