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第105話 最初で最後の

 










 バイラヴァという、愛する人(おもちゃ)を見出したヴェロニカ。

 しかし、すぐに彼の元へと向かい、遊ぶようなことはしなかった。


 そんなことをしたら、すぐに終わってしまうではないか。

 それだと、つまらない。


 気が遠くなるほど長生きをしてきて、本当に久しぶりに心が躍るようなことなのだから、時間をかけて楽しまなければ損である。


「さてぇ、あなたはどんなことをしでかしてくれるのかしらぁ……?」


 しばらくは、演劇を見るような感覚だ。

 バイラヴァという主人公が、何を為して、それを見ている観客のヴェロニカを楽しませてくれるのか。


 高みの見物を決め込んでいた彼女のことなどもちろん知らない破壊神は、思うままに行動する。


「あはははははははっ! まさかぁ、精霊を殺して回るだなんてぇ……最高だわぁ!」


 はたして、それはヴェロニカにとってとても素晴らしいものだった。

 腹を抱えて笑う彼女は、心の底から楽しそうだった。


 長い年月共にいた精霊でさえも、こんな笑顔は見たことがないだろう。

 普段の退廃的な雰囲気は吹き飛び、まるで少女のようなカラカラとした笑み。


「誰もが諦め、抵抗せずに支配を受け入れていた精霊ぇ。それを、たった独りで破壊して回ろうだなんてぇ……どれほど私を楽しませれば気が済むのぉ?」


 決して誰も逆らおうとしなかった精霊。

 破壊神は、それに真向から立ち向かい……そして、打ち破る。


 とても新鮮で、刺激的である。

 まるで、とても引き込まれる続きものの演劇のようだ。


 早く続きが見たい。早く早く早く!!


「あぁぁ……好き好きぃ。いっぱい好きぃ! 早く逢って遊びたいわぁ……!」


 自身の身体を抱きしめるヴェロニカ。

 ほうっと熱い息を漏らす。


 豊満な胸が押しつぶされ、歪んでいる様は非常に淫靡だ。


「でもぉ、今はまだ時期尚早よねぇ。分かっているわぁ。ちゃんと待ってぇ……その方が、会えた時に感動が生まれるものねぇ」


 昂り、今すぐにでもバイラヴァの元へと駆けていこうとする自分の身体を必死に押さえつける。

 深く息を吐き出せば、少しずつ身体が冷えていく感覚がする。


 しかし、心は……ドロドロと煮立つ心は、少しも温度が低くなることはなかった。


「興味深くてぇ、面白くてぇ……本当ぉ、大好きよぉ」


 まるで、小動物を可愛がり過ぎて殺してしまうかのような、そんな危うさを秘めた盲愛を、バイラヴァへと向けるのであった。











 ◆



「っていうことがあったのよぉ。だからぁ、私は神様のファンなのよぉ」

「ほへー。なるほどですわー」


 語り終えた精霊に、女神は馬鹿みたいな顔をして頷く。

 とりあえず、頬を膨らませている食べ物を何とかしろ。


『あんたって、昔からヘンテコなものに好かれるわよね。なんかそういう体質だったりするのかしら?』

「…………」


 ヴィルの言う昔とは、おそらく千年前……そして、その当時我を信奉した『バイラヴァ教』信者たちのことだろう。

 封印されていてよかったと思ったことはないが、奴らと違う時代に生きることができるということだけは感謝してもいいかもしれない。


『お? バイラのくせに無視するわけ? また中でゲロ吐くわよ』


 貴様……! やっぱり我の中でとんでもないことをしでかしやがったな……!

 しかし、それでも我はヴィルの言葉に反応しない。


 窺うようにヴィルが我の心を覗き込み……戦慄した。


『し、死んでる……』


 死なんわ! 神は不死だぞ!


『心が』


 …………否定できん。

 三馬鹿の対応に、最後の精霊のこの性格と過去話。


 我の心がボロボロになるのも、当然と言えよう。

 はぁ……早くこの精霊を破壊し、この世界を再征服して暗黒と混沌を齎したい……。


 精霊はそんな風に考えている我の心も見透かしているのか、カップを傾けながらクスクスと楽しげに笑っていた。

 そして、ようやくテーブルにカップを置く。


 そこには、すでに飲み物は残っていなかった。


「ふう。さぁてぇ……私の話はこれでおしまい。本当ならぁ、神様のお話も聞いてみたいのだけれどぉ」

「貴様に話すようなことは何もない」


 そもそも、他人に話して聞かせるようなことなんて何もない。

 我のことは、我だけが知っていればそれでいいのだ。


「って言うと思っていたしぃ、それにぃ……」


 にんまりと嗤う精霊ヴェロニカ。

 途端に、彼女の華奢な身体からドロドロとしたおぞましい魔力が吹き荒れる。


「もぉ、我慢できないからぁ……!」


 目を光らせ、艶やかな唇をベロリと舐め上げる。

 煌々と光る眼に見据えられると、まるで天敵に睨まれたような感覚に陥ってしまう。


 だが……それは、我がずっと求めていたものだ。

 ああ、そうだ。それでいい。


 好意的な目や感情なんて、一切向けて来るな。

 冷たく、硬く、重い。そんな負の感情だけぶつけて来い。


「だからぁ、戦いましょう。殺し合いましょう! 私はこの日のために、数百年も待ったわぁ。いっぱい、いっぱい……楽しませてねぇ?」

「いいだろう! 最初からそうしていればよかったのだ。貴様に刺激的な最期をくれてやろう」


 立ち上がる精霊にあわせて、我も立ち上がる。

 腐った湖の真ん中にある小島が中心となり、暴風が吹き荒れる。


 訳のわからない小さな生き物が湖から飛び上がり、湖面に叩き付けられてグチャリと潰れる。

 テーブルも吹き飛ばされ、その上に乗っていたお茶菓子などは……ちゃっかりと避難していた女神が腕いっぱいに抱え込んでいた。


 何だこいつ……。


「さぁ、始めましょう。私とあなたのぉ、最初で最後の素晴らしいお遊びを」




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