第10話 我は破壊神である!
沈黙が流れる。
グラシアノはもったいぶるように、破壊神を見やる。
そして、ゆっくりと口を開く。
「さあなあ……。悪いがあ、お前が何を言っているのかさっぱりだあ」
「……そうか。まあ、まったく力を使いこなせていないようだし……何か変容しているしな」
破壊神はその女神の力が本来の彼女のそれとは少し異なっていることを感じ取っていた。
神とは思えないほど利他主義で、人や魔族のために何かと力を尽くしていた女神。
そんな彼女に当てられてか、魔力の質も柔らかく温かいものだった。
だが、グラシアノの持つ手甲からあふれ出ている彼女の魔力は、やけに無機質で冷たく感じる。
「これはあ、精霊様からもらったもんだ。よくわからねえが、丈夫で攻撃力もあるから使っているだけだ」
「千年も経っているからな。色々と変わったこともあるんだろう」
グラシアノとあの女神がつながっているわけではないということを確信する破壊神。
ただ、精霊とやらと何かあるのは間違いないだろう。
人を虐げているような連中と手を組むなんて、あの豊穣と慈愛の女神がするとは思えないが、千年も時があれば変わってしまうこともあるかもしれない。
神だって、不変ではないからだ。
「そんなことはどうでもいいんだよなああああああ! 俺とお前は今、殺しあっているんだからよおおお! 楽しい楽しい殺し合いをよおお! その女神とやらの力、テメエで試してやるよおおおおおお!!」
グラシアノは破壊神が自分を見ず、別の誰かを見通していることを悟り、いら立ちのままに攻撃を仕掛ける。
接近戦では歯が立たないと、先ほどの攻撃で察した彼は、手甲に女神の魔力をほとばしらせる。
それは次第に大きな塊となり、グラシアノが雄叫びと共にそれを突き出すと、巨大な魔力波となって撃ち放たれるのであった。
ガガガ! と地面を削りながら破壊神へと迫る。
攻撃無効化を貫通する神の力。それは間違いなく破壊神にもダメージを通すことのできるもので、グラシアノは狂喜に顔を歪め……。
「ああ、もういい」
その希望の攻撃は、破壊神が軽く手を払っただけで打ち払われた。
ベチンと、本当に軽く。冗談を言う友人を軽くはたくような、そんな感じ。
たったそれだけで、グラシアノの渾身の攻撃は……女神の力は弾かれた。
「…………は?」
ポカンとするグラシアノ。
いや、彼だけではない。
トーマスも、リーリヤも、カリーナも、村人たちも。
自分たちであればあっけなく殺されていたであろう大迫力の攻撃を受けても平然としている破壊神のその力に、開いた口がふさがらなかった。
「最初の攻撃と今の攻撃ではっきりした。貴様はまったく女神の力を使いこなせていない。使いこなせていないということは、貴様の力にはなっていないということだ」
破壊神はつまらなさそうにグラシアノを見る。
軽く攻撃を弾いた手を見て、何度か確かめるように握りしめる。
その手には、大地を削るほどの威力の攻撃を弾いたというのに、一切傷がついていなかった。
「なるほど、確かに貴様は何も知らないようだな。となると、やはり問いたださねばわからんな。人を虐げている精霊に、豊穣の女神が与している理由……ふはは! 面白い世の中になっているじゃないか!」
高らかに笑う破壊神。
千年ぶりに世界に出てみたら、興味深いことができてしまった。
最終目的はこの世界を破壊しつくして征服することだが、その前にあの女神のことを調べてみよう。
直近の目標が見つかり、ご満悦である。
「テメエええええええええ! 俺を無視してんじゃねえぞおおおお!!」
自分という存在がすでにいないようにふるまう破壊神に激怒したグラシアノは、怒りのままに襲い掛かる。
そして、後少しでその顔面を殴りつけることができる距離まで近づき……。
「貴様はもういいと言っただろうが」
ドッ! とグラシアノの腹部にカウンターが決まった。
弾かれたようにギュンと吹き飛び、身体がありえないほどしなった後、彼の身体は空中で耐えきれずに自壊するのであった。
ぐちゃりと、空中で破裂し死んだグラシアノ。
こうして、精霊の尖兵たちは全滅せしめられることになったのであった。
たった一人の男に。千年ぶりに復活した、最悪の破壊神によって。
「……ね? 言ったでしょ?」
そう言ったのは、倒れるトーマスの側に寄り添っている、リーリヤであった。
トーマスが見上げると、彼女は涙を浮かべながら笑みを浮かべていた。
「神様は、私たちを助けてくれるって」
◆
ふっ……破壊、完了。
『なあに格好つけちゃってんのよ。あいつら、クソ雑魚だったじゃん』
千年ぶりの戦闘だぞ? 足元をすくわれなくてよかった。
明らかになまっていたはずだが……尖兵とやらには負けないらしい。それには一安心だ。
この世界を再征服しなければならない身としては、今世界を支配しているらしい精霊とやらの下っ端風情に負けるわけにはいかないからだ。
しかし……どうしてあの女神の力が精霊側にわたっているのか。
少なくとも人に仇為す連中に力を貸すような女ではなかったはずだが……。
なんだ。やってくれるのであれば、千年前も我の味方をしてくれたらよかったのに。
なんで我と敵対したんだ、あいつ?
『まあ、千年も経っていたら人も神も変わるわよ。色々あったんでしょうねー』
そんなものか。
『というか、あんためっちゃ注目されているわよ。何か言った方がいいんじゃないかしら?』
ヴィルの言葉に従い、周りを見渡す。
村人たち弱者が、我の一挙手一投足を見逃すまいとガッツリ見てくる。
……これは、我の名乗りを上げる大チャンス!
我はバッと両腕を広げる。
その大きく開いた腕は、この世界全てを征服するのだということを暗示させて。
「我は破壊神! 千年の眠りから復活した、暗黒と混沌を齎す者である!」
ゴウッと我を中心に風が吹き荒れる。
それと同時に、何故か空から光が差しこんできて、我を舞台の上に立っている役者のように照らす。
いいぞ! 天も我を味方している!
「この世界を支配しているのは精霊? バカバカしい! 見ろ、その精霊の手先を! 我はこいつらを簡単に殺せる!」
村人たちは我をただただ見ることしかできない。
いい、いいぞ! こういう感じのをしたかったのだ!
「怯えるがいい! おののくがいい! この世界は破壊神である我のものだ! 精霊? そんなもの、我が殺してやる! この世界を再征服する!!」
そして、高らかに名乗ろう!!
「我は破壊神である!!」
シンと静まり返る。
ああ……いい。こういうの、こういうのだよ。
ひっさしぶりに畏敬のまなざしを送られて、我超満足。
千年ぶりに復活した甲斐があったというものだ。
さあ、村人たちよ! 背中を向けて、不様に逃げ惑うといい!
サービスだ。貴様らは殺さないでいてやろう。
我はニマニマとしながら反応を見るためチラリと彼らを見やると……。
「……救世主だ」
ボソリと誰かが呟いた。
は? 救世主? 誰が?
もしかして、もう我の復活を知って村人たちを助けに来た者がいるのか?
それが、救世主か……。
ほほう。あの戦争で神や勇者、魔王とは戦ったが、救世主とやらは戦ったことがないな。楽しみである。
『現実逃避しててもダメでしょ』
おい、ヴィル。止めろ。言うな。
『これ、完全にあんたのこと言ってるじゃん』
止めろおおおおおおお!!
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「救世主様だ! 精霊から我らを助けてくださる、救世主様だあ!!」
「破壊神様、万歳! 万歳! 万歳!!」
わっと歓声が上がる。
どれもこれも、我を怯えるどころか歓迎するようなものだ。
こいつら馬鹿なのか!? 今からここを破壊してやってもいいんだぞ!?
「ありがとう、ございました……破壊神様……!」
何か我の脚に縋り付いてきたあの男も、涙を流して感謝してくるし。
その反応を見て、我は……。
「えぇ……?」
困惑することしかできなかった。
我、破壊神ぞ?




