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ジュニアさまの変貌

「くっくっくっ。これは見事な成果だ」

 上半身裸になったジュニアが、大きな鏡の前でポーズを取っていた。

 筋力養成ギプスを使い始めてから一か月ちょっと。ジュニアの筋肉は見違えるほど立派になっていた。それを、

「おお〜、すっかり野性的になったねぇ」

 シンシアが楽しそうに見ているが、

「思っていた精悍(せいかん)なジュニアさまは、どこですの?」

「プリシラ。これはいくら何でも……」

 ダグマナとマリカは、ジュニアの新しい姿に戸惑いを覚えている。

「ジュニアさま。今日の試験の準備は、よろしいのですか?」

「うむ。プリシラのおかげで、身体を鍛えながら勉強が続けられたぞ」

 ジュニアたちがいるのは、お城のロビーだった。そこは来客を迎え、その客が身支(みじ)(たく)を再確認するための大鏡がいくつも置かれている。

 ジュニアは出かける前なのに、大鏡の前でいきなり自分の筋肉を見たくなったようだ。それだけ立派な筋肉にご満悦(まんえつ)なのだろう。

 そのジュニアがまた筋力養成ギプスを着け、その上に服を着ていく。

 今日はいよいよ卒業前に行われる文官試験の当日だ。試験場に出かけるため、近衛士官学校の制服に身を包んでいる。

「ジュニアさま。試験中はギプスを(はず)してくださいね」

「外さんといかんのか?」

「ギチギチと音が出ますから、周りの方に迷惑がかかります。それに不正を疑われるかもしれませんし……」

「不正だと? いったい、どんな不正を疑われると……」

「自動書記とか、器具にカンペが隠されてるとか……」

「なるほど、疑われる要素になるのであれば、外した方が得策だな」

 プリシラから(かばん)を受け取り、ジュニアが出発の準備を終える。

 その様子を、お城を出入りする多くの職員たちが見ていた。

「それでは、行ってくるぞ」

「はい。行ってらっしゃい」

 出かけていくジュニアを、プリシラが見送る。一緒にいる侍女たちも、

「ガンバってねー」

「全力を出してくださいませ」

「ジュニアさまの学力なら余裕だよ。変に気負(きお)わないようにね」

 と声をかけた。

「ふむ。あやつも、いよいよ文官試験に(いど)むか」

「あ、これは国王さま」

 ジュニアが出かけたところで、ゼカリア(こう)が姿を現してきた。

「お見送りですか? もう少し早く来ていただければ……」

「いや、先ほどまで上から見ていたのだ」

 残念そうに言うプリシラに、ゼカリア候がそんなことを言ってくる。

「あやつとは今日の試験の件では、少々険悪(けんあく)だからな。試験前に不快な思いはさせたくないのだ」

「険悪……ですか?」

「あやつには勉強ではなく、武術の方で士官を目指してもらいたかったのだ」

「それは代々武官の家系だからですか?」

「そうだ。だが、家の伝統で言ってるんじゃない。あやつは必死に勉強して学校での成績は高いようだが、所詮(しょせん)はオレの息子だからな。まあ試験に受かれば、すべてオレの()(ゆう)に終わるのだが……」

 気になる言葉を残して、ゼカリア候がお城の奥へ戻っていく。その背中をプリシラが気になる目で見送っていた。

 その間にジュニアの方も、試験会場へ向かって見えなくなっていた。


 その試験を終えてお城に戻ってきたジュニアは、

「ジュニアさま。すっかり上機嫌ですね」

「おう。手応えが十分すぎる。もしかしたら満点合格の可能性もあるぞ」

 と語りながら、プリシラをお姫さま抱っこしてお城の周りを走っていた。

「すべてはプリシラが協力してくれたおかげだ。感謝してるぞ」

「いえ、あたしはお任せされたので、その役目をこなしただけで……」

「何を言う。頼まれただけで成果が出るなら、感謝なんて気持ちが生まれるものか!」

 ジュニアが笑顔を浮かべて、プリシラの言葉をさえぎった。

「これからもオレに協力してくれないか」

「え? それって……」

 白い歯を見せるジュニアの言葉に、プリシラの顔が赤くなった。

「今の……。まさかジュニアさま、プロポーズしましたの?」

 後ろを走るダグマナが、二人の会話に聞き耳を立てていた。

 その隣をシンシアが走っているが、

「ジュ、ジュニアさま、速い、速いよ……」

 彼女はついていくのがやっとで、会話を気にする余裕がなかった。

 今日のジュニアは気力が充実しているのか、いつもよりかなり速いペースで走っているのだ。それもプリシラを抱きかかえた状態で……。

 それだけ体作りによって、十分に体力がついた証拠だ。

 そのおかげで完全に引き離されたマリカは、

「ひぃ〜。みんな、待ってよぉ〜」

 ジュニアたちのはるか後ろを、一人、アゴを上げて走っている。

 そして、ついには立ち止まって脱落していた。



 それほど手応えを感じた文官試験であったが、

「なに? オレの合格証が届いてない……だと?」

 士官学校に届いた合格者名簿と合格証の中に、ジュニアの分はなかった。

 初級文官の試験は不合格だ。


「ふむ。やはり思った通りの結果になったか……」

 その(しら)せは、ゼカリア候の(もと)にも届いていた。そのゼカリア候が、

「だから幼い頃から参謀(さんぼう)などを目指さず、身体を(きた)えて武官になれと言ってきたのだ」

 学校から帰ってきたジュニアを前に、そういう小言を聞かせる。

「どういうことだ?」

「きさまはオレの息子だ。必死に勉強して見せかけの知力だけは高めても、肝心の()(あたま)が、どーにかなる素材(うつわ)じゃねーってことだ」

「な、何だと……」

 父王の言葉に、ジュニアが怒りで肩を震わせる。

「文官試験が点数を(かせ)ぐだけの試験なら、きさまも受かっただろう。だが、今の文官試験は性格に問題のある者を合格させない仕組みができているんだ」

「性格に問題がある……だと」

「まあ、物の言い方は悪いが、要するに考え方の浅さが、今の検出精度を上げた文官試験にはモロバレだったってことだ。いや、浅くても考えているのなら、まだマシだ。もしかしたら豊富な知識に(おぼ)れて、考えてるつもりで誰かが用意した答えを探しているだけかもしれんぞ」

 父王の話に、ジュニアは何も言い返せなかった。そのジュニアに、

「心当たりがないと言わさんぞ。きさまは参謀になるからと、身体を(きた)える努力を(おこた)っていた。きさまに考える力があれば、周りから入ってくる情報を見て、どこかでその勘違いに気づいたはずだ」

 と追い込むように指摘する。

「きさまは何度も言うが、オレの息子だ。考えることは優秀なヤツに任せろ。これからは身体を鍛えて武術で士官を目指せ」

「く……。オレに筋肉バカになれと言うのか?」

「そういうことだ。もう卒業には()(おく)れだと思うがな」

 父王がジュニアを見下すように、そう言い放った。それにジュニアの顔が、

「なんだと?」

 カッと真っ赤になる。

「てめえが勝手に決めるな! 見てろよ。士官になれなかったら、なれるまで頭を丸めてくれるわっ!」

 頭に血が(のぼ)ったジュニアが、そう父王に言い捨てて去っていった。

「ふむ。そうやってすぐにカッとするから、あと一歩の思考力に不自由するのだぞ、我が一族は……」

 そう零すゼカリア候の目は、どこか(さと)ったような雰囲気を見せていた。自分の若い頃の姿を、今のジュニアに(かさ)ねてるのかもしれない。


「あのぅ、ジュニアさま?」

 一部始終を見ていたプリシラが、向かってくるジュニアに声をかけた。

「プリシラ。徹底的に身体を鍛えるぞ。次の目標は、卒業前の()(ぜん)試合だ」

「御前試合ですか? それはいつ頃……?」

「三か月後、卒業の直前だ」

 足早に廊下を歩きながら、ジュニアが質問に答える。

「身体はどのように鍛えれば……?」

「ふむ。そうだな……」

 プリシラの質問に、ジュニアが立ち止まった。

「対戦者を打ち(くだ)く力……だな。相手を一撃でねじ伏せるような打撃力を鍛えたい」

「打撃力ですか。わかりました。ご協力します」

 ジュニアの求めを聞いて、プリシラが鍛え方を検討し始める。


「ジュニアさま。体力の基本は足腰ですよ」

 さっそくその日から、新たな特訓が加わった。まずは足腰を鍛えるために、侍女四人を乗せた(そり)付きの船を引っ張ってお城の周りを走る特訓だ。

 ちなみにプリシラたちの乗った船は、お城で使われているもの。お城の周りは湿地であるために車輪が役に立たず、橇を付けた船が使われているのだ。霊力の弱い精霊たちが、大荷物を運ぶための道具である。

 とはいえ、これを霊力ではなく、筋力で引っ張る精霊は少ない。しかも乾いた陸上となると、なおさらだ。そのため、

「おお。ジュニアさまが、また新しい特訓を始めたぞ」

(むすめ)()たちが重しか。こりゃ、贅沢(ぜいたく)な訓練だなあ」

 この特訓は、お城から野次馬を集めることになっていた。

「これは(しゅう)()プレイですわ」

「ダグマナ。プレイって言うなーっ!」

 船の後ろに座るダグマナとマリカは、居心地の悪さを味わっている。一方で、

「お〜、速い、速い」

「ジュニアさま。ガンバレー!」

 前に座るシンシアとプリシラは、元気に声援(せいえん)を送っていた。

 更にジュニアの特訓は、

「ぬをぉぉぉ〜〜〜〜〜……」

 部屋に大量のトレーニング機材が持ち込まれ、これまで勉強に使っていた時間もすべて体作りに(つい)やされるようになった。

 今、ジュニアが使っているのは、バタフライ運動をする器具だ。

「プリシラ。これは首筋から背中に来るぞ」

「そうなんですか? 説明書には(だい)(きょう)(きん)を鍛えるものとありますけど」

 プリシラがトレーニングメニューを作って管理し、ジュニアはその計画に任せて筋肉を作っている。

 その様子を廊下から覗き込む侍女たちは、

「プリシラ。ジュニアさまの筋肉を太らせてるのは、何か間違ってますわ」

「うん。どんどんバケモノ()みてきてるようで、恐いよ」

「そうかな? あたしは、あのジュニアさまも『有り』だと思うよ」

 などと感想を言い合っていた。

「シンシアは、ああいうジュニアさまが好みですの?」

「一緒に森を駆けまわれそうで、(たの)もしくないかな?」

 シンシアは狩りのお付きにきた筋肉質の男たちを見慣れていたため、今のジュニアの姿に耐性(たいせい)があるようだ。それどころか体格が小さいため、前よりも大きくなったジュニアを頼もしく感じているのかもしれない。だが、

「生理的に限界ですわ。ご卒業して士官になられたら、運動をやめてくださるかしら?」

「あれは運動のやり方の問題だよね。プリシラ、何か間違えてないかな?」

 ダグマナとマリカには太った筋肉は、生理的に嫌悪感を覚えるらしい。

 その原因を作っているプリシラは、

「打撃力を付けるのなら、腕は太い方がいいですよね。効率的な鍛え方は……」

 ジュニアの特訓に付き添いながら、トレーニング方法を調べている。

 そんなプリシラを、ダグマナがドアの隙間から「おやめなさい!」と訴えるような目つきで(にら)んでいた。

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