ジュニアさま、筋トレを始める
「きゃあ〜。これは幸せですわ〜!」
お城に帰ったジュニアは、さっそく筋力をつける要素を運動に加えた。
最初にやったのは、ダグマナをお姫さま抱っこして走ることだ。先日、ダグマナが腕力をつけるためと提案したものである。
「ジュニアさま。いきなり筋力も鍛えるなんて、何かあったのかな?」
「たぶん学校で何かあったんじゃないのかな?」
二人のあとを追いながら、三人の侍女たちがそんな疑問を言い合う。
そんな筋力作りだが、
「き、きつい……。腕の力が落ちてきた」
いきなりこの筋力トレーニングは厳しかった。腕が疲れてダグマナを落としそうになっている。このままではお城半周も保ちそうにない。
「ジュニアさま。下ろさないでください。ぶら下がりますから」
このままお姫さま抱っこを続けてもらいたいダグマナが、ジュニアの首に腕をまわしてきた。それでぶら下がって、ジュニアの腕の負担を減らそうとしたのだ。
「あ〜、ダグマナ、ずるい! ここは軽いあたしに交替だよ」
横を走るシンシアが文句を言った。一番小柄なだけに、体重ももっとも軽いだろう。
「いきなり、一番重いダグマナを抱っこなんかするから」
と言い出したのはマリカだ。
「え? わたしが一番重いんですの?」
「ダグマナは一番背が高いから、体重もそれだけあるんじゃないの?」
次にプリシラが、そんなことを言ってくる。
それを聞いていたジュニアが、
「いや、一番重かったのは、プリシ……」
と言いかけるが、その口をプリシラが慌ててふさいだ。そのプリシラが、
「ジュニアさまにはデリカシーがないんですか? デリカシーが!」
と、真っ赤にした顔で言ってくる。
「なぜ怒る。プリシラは、この中で一番しっかりした筋肉を持ってるんじゃないか」
「ジュニアさまは、プリシラが一番身が締まってると言いたいらしいよ」
プリシラを挟むように走るマリカが、ジュニアの言葉を意訳する。
「そういう言い方もあるか。まあ、今のオレにとっては、体力でも知力でもプリシラみたいになるのが目標だぞ」
「やめてください。それ、誉め言葉になってませんから……」
プリシラにとっては、複雑な物言いだった。そのため走りながら、
「ジュニアさまにとってあたしは、体力バカで筋力バカで使えない文官資格持ちで……。あはは……」
またダークサイドに落ちている。
ちなみにジュニアはダグマナを抱いたまま、なんとかお城を一周した。ただし後半はプリシラの提案で、ジュニアの疲れ具合に合わせて、ダグマナが体重を減らすように浮いてくれたおかげだ。
もっとも、お城を一周し終えた時、
「抱いていただくのが、こんなにつらいものでしたとは……」
ダグマナはジュニア以上に霊力切れでグッタリしていた。普段やらない『完全に浮かずに体重を減らすだけ』という浮游術を使ったため、加減がうまくできずに霊力を使い果たしたのだ。
そして、お城の前の広場で腕立て伏せを始めようとしたジュニアも、
「う、動けない……」
もう筋力がなくて、一回も身体を持ち上げられなかった。
ちなみに体力作りを始める以前のジュニアは、学校では霊力で身体を浮かせる手抜きをしていた。そのため筋肉がついていなかったのだ。
まあ、この手抜きは教官にはバレバレだったようだが……。
その日の夜。
「くく……。腕の力が……」
ジュニアは字を書くにも困るほど、腕の脱力感を味わっていた。
そのジュニアは机に向かって自習中。その後ろでは家庭教師役のプリシラが、出番を待って待機中だ。
そのプリシラは端末計算機から空中にいくつもの画面を浮かべて、
「ジュニアさまがご卒業までに十分な筋力をつけるには……」
筋力トレーニングに関する調べ物をしている。
その時、ジュニアが本を落とした。そのバサッという音に、プリシラが顔を上げる。
「ジュニアさま。大丈夫ですか?」
立ち上がったプリシラが、そう聞きながら本を拾いにいく。そこに、
「ダメだ。今日は勉強にならん」
と言って、ジュニアが顔を向けてきた。それにプリシラが本を拾いながら、
「学校で何かあったのですか? いきなり筋力も鍛えようとするなんて……」
と、今日のことを尋ねてくる。
「教官から『たとえ学力が断トツでも、身体ができてない者は士官になれないどころか卒業前に退学』と言われたのだ」
「ジュニアさまは霊力がお高いのに、それでも……ですか?」
「そういうことだ。脅しで言った可能性もあるが……」
ジュニアが答えながら、不機嫌そうな顔をする。
「しかし、厄介だな。卒業の前にある文官試験を優先したいが、体作りには時間がかかるからなあ」
「まあ、そうでしょうねぇ」
話を聞いたプリシラが、拾った本をジュニアの横に置く。そのプリシラが、
「それで……ですね。ジュニアさまがお勉強をされながらでも効率的に筋力がつけられるように、いろいろ調べてみたんですよ」
と言って、調べかけのものを見せてきた。
「それで、ですね。筋力養成ギプスという器具が出てきたんです。本当に鍛えられるのかマユツバですけど、お試しになってみますか?」
「筋力養成ギプスだと?」
情報を聞いたジュニアが、空中に浮かべられた記事を覗き込んだ。そこには無数にあるバネの力で身体に負荷をかける、怪しげな器具が紹介されている。
「この写真はホンモノなのか?」
ジュニアの指差した写真は、器具で身体を鍛えた前後の比較写真だ。使用前のひ弱な体格の男が、使用後には筋肉隆々の体格になっている。
「いくらなんでも、これは誇大広告だと思うんですよねぇ。でも、常に身体に負荷をかけ続ければ、筋肉が育つという考え方は納得できるんです」
聞かれたプリシラが、自分なりの意見を聞かせた。それを聞いて、
「なるほど。こういう器具を使ってみるのも『有り』だな」
ジュニアの期待が膨らんでいく。
「お取り寄せしますか?」
「うむ。大至急、頼む」
「それでは、転送便を使っちゃいましょう」
プリシラが購買手続を取った。
商品を選び、支払い方法を指定。最後に商品を受け取る場所の座標情報を送る。すると画面に『ご注文ありがとうございました』と表示された。それが『ただいま商品をご用意しています』へと変わり、その下に『第一倉庫検索中』という新しい表示が出てくる。それが『第二倉庫に商品確認』『ただいま移動中』となったところで、残り時間のカウントダウンが始まった。そして残り五秒のところで『転送準備が整いました。転送しても良いですか?』という表示が現れる。
「いただきます」
プリシラが『受け取り』と書かれた転送ボタンを押した。
直後、指定された部屋の真ん中に、器具の入った箱が転送されてくる。ただ、ほんの少しだけ高さがズレたのか、出現直後にカチャンと音を立てて落ちた。
「おお、これが筋力養成ギプスか。さっそく使ってみよう」
ジュニアが箱を開けて、すぐ出てきた器具を身体に着けた。
「あ、ジュニアさま。説明書ぐらい読んでくださいよ」
そう注意したプリシラが、代わりに取り扱い説明書を読み始める。その横で、
「おおお、これは利くぞ」
ジュニアはバネの力に負けて、床に転がっていた。
それを見たプリシラが、
「ああ〜、ジュニアさま。ちゃんと読まないから……。『出荷時はもっとも負荷のかかる状態になってます。お手数ですが、ご自分の筋力に合わせたバネに取り換えてからご利用ください』と書かれてますよ」
と言って、同梱されていた細いバネを持って揺らしてみせる。
「は、謀ったな、プリシラ!」
「あたしは何も仕掛けてませんよ。ジュニアさまが自爆されただけです」
プリシラが動けなくなったジュニアを、楽しそうに見ていた。
だが、そのまま放置することはせず、バネを一つずつ弱いものと取り換えていく。
その様子を、また部屋の外から三人の侍女たちが覗き見ていた。
「なんか、新しいプレイを始めたね」とはシンシアの言葉だ。
「ジュニアさま。マゾに目覚められたのかしら?」と心配するのはダグマナ。
どうやら、おかしな想像をしているらしい。
それにマリカが「プレイとかマゾって……」と、あきれていた。