第九十九話 輝きの剣の帰還
シリルとクエストに行き、その帰り。瘴気にやられているというティオの見舞いに二人でやって来た。
なお、フェリスの方はジェンドが見舞いに行くって言ってたし、そうすると僕達はお邪魔虫になるので遠慮することにしている。
「ティオ、起きてるか? 見舞いに来たんだけど」
「こんにちはー、ティオちゃーん」
ティオの部屋のドアをノックし、呼びかける。
家に上げてくれたティオのお母さん――ティナさんが言うところによると、朝から水くらいしか飲んでいないらしい。一応、消化に良さそうな果物なんかを土産に持ってきたが、食べられっかな。
「……お二人とも、どうぞ入ってください。鍵は開いてます」
思ったより元気そうな声で返事があった。
……そういえば、女の子の部屋、か。
ユーは割と宿の部屋はきっちり片付けていたが、アゲハは片付けができない系女子だったな。
まあ、ティオの性格からしてそこまで面白みもないだろう。必要最低限の家具と、後は実用書の詰まった本棚……そんなイメージ。
「こんにちはー」
と、シリルが部屋を開け……目に入ってきたのは、とりあえずピンク色である。
「……お、おう」
僕は思わず呻き声を上げた。
ティオの部屋は、こう……物凄く乙女趣味であった。ピンク色のフリルカーテン、カラフルなクッション、大小様々なぬいぐるみに絵本の詰まった本棚。
……部屋の隅に立て掛けてある弓とマチェット、及び怪しげな道具一式がひでえ違和感を振り撒いている他は、実に少女らしい部屋である。
「ヘンリーさん、シリルさん。お見舞いどうも」
「はい。……あ、この前来たときよりぬいぐるみ増えてる」
ティオと個人的にも親しいシリルは何度か訪れているのか、熊ちゃんのぬいぐるみを手にとってキャッキャと嬉しげにする。
「で、ティオ。なにしてんの、お前」
ティオは、ベッドの上でなにか変な座り方をしていた。一応、見覚えはある。結跏趺坐、だったっけ? アゲハがなんか集中を高めるときにやってたやつだ。
「はい、今朝から瘴気汚染が酷かったので、呼吸法で内気を整えていました。おかげで大分良くなっています」
「呼吸ねえ」
リシュウの技術はよくわからんな。なんでも、魔物より人同士の争いが多い国だったから、大陸より繊細な技術が発達した……とは聞くが。
魔物相手の技術って、究極、いかに強い攻撃をいかに当てるか、に収束するところがあるので、こちらではそこまで細かい技術は発達はしていない。
無論、程度問題であり、そういうのを得意とする人は勿論いるだろうが。
「そっか。瘴気でぶっ倒れたらしいって聞いて心配してたけど、平気そうだな」
「朝は本当に酷かったですけどね。でも、美味しかったのでまた食べたいです」
前向きだなあ。瘴気に重度に当てられると、マジでこの世の地獄かって思うくらい気持ち悪いんだが。
「ま、そういうことなら安心だ。……とりあえず、土産に果物とか買ってきたけど」
「それと、薬草もあります! 今日、ヘンリーさんと一緒にクエストでフローティアの森に行ってきたんで、ついでに取ってきました」
ああ、気持ち悪いのが和らぐやつな。別の薬草集めのクエストだったんだが、丁度これも群生してたので取ってきたのだ。
「わざわざありがとうございます。果物はありがたくいただくとして……この薬草は、毒薬にでもしますか」
「ん? それ、毒になんの?」
「はい。やや弱いですが、とある植物と混ぜ合わせると、痺れ薬に」
興味が湧いたので、レシピを教えてもらった。聞いてみたところ、安価で作れそうだし、割と使えそうだ。
その代わりに、僕もいくつかレシピをティオに教える。
冒険時の作戦会議とかはよくやっているが、こういう話をするのは初めてなので割と盛り上がった。リーガレオのあった最前線とこの辺りでは植生も大分違うので、知ってるレシピが使えないこともあったが、これは毒系解禁できそうだ。
「……あのー、なんでお見舞いに来てそんな物騒な話になっているんですか」
そうして三十分程。
終わることなく毒薬談義に盛り上がる僕とティオに、シリルが呆れてツッコミを入れてきた。
……いや、放置してたのは謝るから、拗ねんな。
さて、そんなことがあった更に三日後。
フローティアの正門近くにある乗合馬車の駅。
予定より二日遅れで帰る事になった『輝きの剣』のパーティの見送りに、僕とジェンドはやって来ていた。
あまり見送りの人数が多すぎてもなんなので、うちのパーティからは僕達二人だけだ。
「それじゃあな、アシュリー。これからは年に一回くらいは顔を出すんだぞ。手紙も二月に一度くらい出せ。……ポールさん、フォルテさん。不肖の息子ですがよろしくお願いします」
「ちょっ、やめろよ親父! 俺たちはんな堅っ苦しい関係じゃないって!」
「馬鹿モン。世話になっている相手に、親として挨拶くらいさせろ」
あはは、とポールとフォルテはアシュリーのお父さんの反応に、半笑いで応える。
「アシュリー。じゃあ、体にだけは気を付けるんだよ。……後、いつかお嫁さんを連れてきてね」
「ああ。それは約束するよ、お袋。本当は今回連れてきたかったんだけど、向こうも店の仕事があるからな」
家出していたアシュリーが実家に顔を出したのは、結婚の報告という理由も大きい。カレン、だっけ? サウスガイアのパン屋の娘さんで、新居が完成する春頃に結婚する予定だそうだ。
アルヴィニア王国の南の方では、男は自分の家を持って初めて一人前とされ、結婚もそれまではしないのが普通なのだとか。
逆に中央辺りでは華々しく実施するのが普通である結婚式は、南では信奉する神の前で二人で誓いを立てるだけの慎ましやかなものらしい。
この辺は割と地域性が出る。フローティアのある北の方はその辺割と自由なのだが。
「じゃあ、アシュリー。しっかりやりなさい」
「はい、師匠!」
「そうそう。次会った時、もしまた基礎を疎かにしていたら……わかるね?」
リカルドさんがアシュリーの肩に手を置き、笑顔で威圧する。昨日まで瘴気に当てられて寝込んでいたそうなのに、その威圧は離れている僕にすら伝わる程だ。
「勿論。この数日受けた教えは忘れません」
「……ん。いい返事だ。その調子で腕を上げるように。いつか、全盛期の私よりもな」
「ええ」
師弟はがっしりと握手をする。……うわー、いいなあ、ああいうの。熱血っつーか、こう、信頼感? みたいなの。
そうして、名残惜しそうに二人は離れ、アシュリーはジェンドの方を向いた。
「じゃあな、ジェンド。また会おう」
「ああ。っつーか、俺が会いに行くよ。リーガレオに行こうとしたら、サウスガイアは通り道だろ」
「そうだったな。お前なら、もう少し経験を積めば十分やっていけるさ。……前はああ言ったけど、俺はもう最前線行きは夢でしかないしな。応援してるよ」
そういえば、アシュリーも腕が上がったらリーガレオに行ってみたい、とか言ってたか。
新婚で、新居が完成するというのに、行けるわけがない、か。
「……いや、待てよ。子供をしっかり育てて、その後でなら夢見てもいいかな」
「へっ、その頃には俺が魔王倒して英雄になってっから、アシュリー兄のその夢は残念だけど叶わないな」
「大きく出やがって」
アシュリーがジェンドの胸に肘を当てる。頑張れよ、という激励が込められているのは、言葉にしなくてもジェンドに伝わっただろう。
「ヘンリー、生意気な弟弟子だけど、よろしく頼む」
「あいよ。……まあ、今時点でも結構頼りにさせてもらってる。そこら辺は持ちつ持たれつってことで」
「そっか」
そうしていると、ポールとフォルテもこちらにやって来る。見送りのメンバーの中では随分仲良くさせてもらったので、僕にも挨拶してくれるのだろう。
「ヘンリー、色々ありがとな。おかげで、思いの外楽しい休暇になったよ」
「ええ、同感です。僕としては、あのドラゴンの心臓のステーキが、良くも悪くも強烈に印象に残りましたが……」
フォルテ、結局二日ベッドから動けなかったしなあ。今も微妙に顔色悪そう。
「ああ! ありゃ一生の思い出だな! あんな美味いもん、これから食べられるかどうか」
「アシュリー……お前はいい思い出で終わったのかもしれんが、俺とフォルテが寝込んだこと忘れるなよ」
「鍛え方が足りないんだよ。リカルド師匠流のトレーニングを付けてやろうか?」
ぶんぶんぶん、と二人は首を横に振った。まあ、このタフなアシュリーが毎日ヘトヘトになっている様子を見て、付き合いたいと思う奴はそういないだろう。
そうして、一通りの挨拶が終わり。
「それじゃあ、みんな、見送りありがとう」
「いい街だった。きっとまた来るよ」
「それでは」
輝きの剣のメンバーは、それぞれ別れの挨拶を告げ、馬車に乗り込む。
御者は、僕達が王都に行く時にも世話になったウィルである。……本当は二日前出発するよう予約していたため、待機代を余計に払うことになったそうだが、そこはご愛敬だ。
僕とジェンドは、ウィルに目線で挨拶を交わす。どうか、この新しい友人達を無事送り届けてくれるよう、内心お願いしておいた。
「はい、それでは出発します!」
ウィルが告げ、愛馬に合図をする。ゆっくりと馬車が動き始め、正門の方に向かう。
門を出て、見えなくなるところまで見送り、
「……ヘンリー、今日暇なら訓練付き合ってくれよ」
「ん? いいけど、急にどうした」
いや、別にいいが、なんだ唐突に。
「結局、アシュリー兄には、滞在中の模擬戦で負け越しちゃったからな。次会った時に、あっと驚かせないと」
「意外と負けず嫌いだな、お前」
「いや、ヘンリーも随分だと思うけど」
「そうか?」
いやいや、違うだろ。なにせ僕はクール系冒険者。ちょっとした勝ち負けでムキになるほど子供ではない。
「前、アゲハさんに負けた時、すげぇ悔しがってただろ」
……負けん気は冒険者として必須である。いざ生死のかかった極限状態でモノを言ってくるのは、意地と根性だ。だから、負けず嫌いであることは、良い冒険者であることの証左ということにしといて欲しい。
とかなんとか、内心言い訳しつつ。
その日も、僕とジェンドは稽古に汗を流すのであった。
本章は以上で終了です。
さて、次回は……ちょっと、色々と動く予定




