第九十八話 竜の心臓
さて、ドラゴンを倒したらお楽しみなのがドロップ品である。
竜の鱗、牙、爪などなど。最上級の魔物には流石に敵わないものの、どれを取っても一流の素材だ。いや、最上級のドロップ品は数が出回っていないため加工のノウハウが足りず、装備にしようとすると馬鹿高い料金を払わないといけないことを考えると、ある意味ドラゴンの方が優秀かもしれない。
さて、そんな風にワクワクしながら手に入れたドロップ品を、熊の酒樽亭にたむろしていたポールとフォルテに披露した。
持ち帰った品を見て、二人とも驚愕に顔を引き攣らせる。
「……ウッソだろ。竜の心臓なんて、俺ぁ初めて見たぞ」
と、ポールの言う通り、今回はレアドロップであるドラゴンの心臓が手に入った。
「僕も見るのは……えーと、十……何回目、くらいか? 自分とこのパーティが手に入れたのは勿論初めてだ」
「ヘンリーでもそのくらいの回数なんですね。ええと、噂に聞くところによると、強力な魔導の触媒になるとか」
「あー、名前忘れたけど、そういう話も聞くな」
「リンドクリス流ですよ、確か」
魔物のドロップ品を触媒に発動するという、冒険者にとってはクッソマイナーな魔導流派だ。呪唱石を使わないタイプなので、切った張ったの場面では役に立たないが、軍隊での儀式魔導部隊では一部採用されているとかなんとか。
フォルテもよく知ってるもんである。
「他にも、強力な魔導薬の材料になったり、でしたか」
「うん、普通そっちがメインだな。でも、この街にこんな高級触媒を扱える薬師はいないらしい」
一応、グランディス教会と提携している薬師は当たってもらったが、当然というか、そんなもん扱えねえと全員から門前払いを食らった。近隣にもいなさそうなので、売る先がない。
「んで、こいつは足も早いし。贅沢な話だけど、食っちまおうってことになったんだ。ポールとフォルテには、まあお裾分けだな」
「マジか。いいのか?」
「量食ったら体調崩すし。この街の冒険者でこいつ食って無事でいられんの、殆どいなさそうだからなあ」
ドラゴンに限らず、魔物はたまに食べられる部位をドロップすることがある。
しかし、その食材には魔物の強さに応じた瘴気が残留しており……体が強く、魔力が高くないと体調を崩してしまうのだ。当然、たくさん食べれば食べるほど、より強靭な肉体でないと耐えられない。
この街の他の冒険者だと、食べて平気そうなのは僕達と同じくアルトヒルンで冒険しているラッドさん、グウェインさんのパーティくらいか。でも、そちらに分けるには量が足りない。
つーわけで、功労者の一人であるアシュリーの仲間である二人に上げることになったのだ。それと、うちのパーティメンバーとリカルドさんで切り分けて、丁度いい量となった。今頃各自の自宅で焼いていることだろう。
「と、いうわけで。ラナちゃん、聞いてたよね」
「あはは、珍しいものなので、ついつい」
もう大分遅い時間。お客さんも相応少なくなってきており、手持ち無沙汰だったラナちゃんは、僕が持ち帰ったドラゴンの心臓を興味深そうに見ていた。この辺りは年相応に好奇心があるらしい。
「とりあえず、スライスしてきたから。ステーキにしてもらっていい? 確か、焼き方は普通の牛とかと一緒でいいはずだから」
「はい、大丈夫だと思います」
「ああ、それとエールも三人分ください」
「はーい」
フォルテが追加で注文し、ラナちゃんは僕が渡したドラゴンのハートステーキ肉を持って厨房に向かう。
「流石に、タダでいただくわけにはいきませんから。これで全部返したとは思っていませんが、一杯どうぞ」
フォルテが気障ったらしくウインクする。しかしそういう仕草が似合ってんだよな……僕がやっても、バチコーン、バチコーン、みたいな擬音が似合うなんかダサい感じにしかならない。
この年になってまで自分の面構えに文句があるわけがないが、もちっと格好いい感じになれたらなあ、と思う。思うだけでなにかするつもりはないが。
「しかしドラゴンねえ。俺らもいつかはそんくらいの魔物をバッサバッサとやりたいもんだ」
「今の僕達の実力だと、もう一つ二つくらい似た実力のパーティと組んでやっと、ってところですからね」
「馬鹿。半年位前、三パーティで共同で討伐に行って、一人殺られただろ? まだリスクたけーよ」
おうふ。やなことを思い出させてしまったな。
「なあ、ヘンリー。ドラゴン退治のコツってあるのか?」
「……コツねえ。ドラゴンって、基本弱点ないからなあ」
膂力、速度、体力、防御力、魔力……どれを取っても隙がない。単体であれば上級上位最強の魔物なのだ。強いて言えば知能が低めなのと、特殊能力がないことが救いだろうか。
「それなら、ヘンリーが最前線にいた頃はどう戦ってたんだよ」
「どうって……基本僕とかが適当に牽制して、そうすると背後から近付いた馬鹿が首をこう、ザシュッと」
「ザシュッとって……」
適当言っている自覚はある。でもそうとしか表現できねえんだもん。
あいつの首刈り。決まった型があるわけでもなく、なんとなく最適っぽい太刀筋を適当に繰り出しているだけなのだ。……それが実際に必殺になるのだから、文句を言うわけにはいかないが、納得はできない。
「っていうか、首というと。首刈りアゲハ、なのかい……?」
「それ」
首、という単語からフォルテは思い当たったようだ。それで思い当たるのもなんというか大概な話ではあるが。まあ、あいつも英雄として、エッゼさんやユー程でなくても有名だからな。
「アゲハって、あれだろう。英雄の……その、問題児とかいう」
逆に問題児じゃない英雄ってなんだ。僕の知らない生き物だ。
「おいおい、救済の聖女サマの他に、そんな大物と知り合いなのかよ」
「あ、アゲハさんなら、ヘンリーさんを訪ねて二回ほどこの街に来てましたよ」
エールを運んできたラナちゃんが余計なことを言う。
「ヘンリーに会いに……? わざわざこんな遠くの街まで?」
「奔放な英雄とは聞くけど、そこまで……?」
ひそひそと、ポールとフォルテが内緒話をする。
……うわーあ、碌でもない話になってそう。
「一時期組んでただけだっつーの。あいつはふらっふらしてる奴だから、リーガレオで冒険者やってりゃそれなりに一緒に冒険する機会はあるんだよ。ほれ、それより乾杯」
「あ、ああ」
「乾杯」
誤魔化すように、ぐいっとエールを煽る。
……いつもながら、フローティアンエールは格別な美味さだ。するすると、いくらでも呑めそうなほど軽快なのに、確かな味と香気がある。
それに今日は、
「はい、お待たせしました。ドラゴンの心臓ステーキです。シンプルに、塩だけ振って焼きました。お熱いうちに召し上がってください」
と、ラナちゃんが丁度運んでくれたドラゴンのステーキがある。
熱された鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てており、いかにも美味そうだ。漂ってくる匂いは、今まで嗅いだことのあるどの肉とも違う、しかし食欲を刺激する香り。
「おおう」
「これは美味しそうです」
二人も、アゲハの件の追求よりステーキの方に吸い寄せられている。
ゴクリ、と喉が鳴った。
逸る気持ちを抑えながら、僕はステーキをナイフで切り分ける。強い弾力の感触が返ってくるが、流石に本人……本ドラゴンの鱗程の硬さはなく、するっと刃が通る。
一口大に切った肉を口に運ぶと……
「~~~っ!?」
脳天に突き抜けるほどの、絶大な旨味が襲いかかってきた。噛み締めるごとに肉汁が溢れ出し、半端ない多幸感に包まれる。
「うおお……こいつは、ヤベェな」
ゴクリと飲み込んで、僕は思わず呟いた。
下手をすれば家が買えるほどの値段で取引されるドラゴンの心臓。……売り先がなく、腐らせるだけだから食ってしまおうってことになったが、まさかここまで美味いとは。
食べれば十年若返る、向こう一週間寝ないで済むほどの活力を得られる、三日三晩ギンギンに勃つ……等と噂されていたが、ここまでとは思わなかった。
普通のドラゴン肉は何度か食べたことあるが、心臓ってここまで違うんだ。
「美味しい……けど、これ、瘴気も相当だね」
「ああ。腹ン中から侵食しようとしてくる感触があるぞ」
言われてみれば、なんか変な感じがなくはない。
しかし、この美味の前では些細なことだ。僕はエールをかっくらい、次の一切れを口に運ぶ。
「ラナちゃん、エールおかわり!」
そうして、酒も追加し。
僕達は大いにドラゴンの肉を堪能するのであった。
そして、その翌日のことである。
「あー、フェリスも駄目だったか」
昨日はドラゴンの件で時間が取れなかったので、報酬の山分けのためにグランディス教会に今日集まる約束だったのだが……なんと、ドラゴンステーキの瘴気に当てられたせいで数人が体調を崩してお休みしていた。
「あんなに美味しいのに、体には悪いんですねえ」
「そーだな。食べれば十年若返る、とか噂は単なる噂だったか。ちゃんと加工すればすげー精力剤になるらしいんだけどな」
影響が一切なさげなシリルは呑気に『また食べたいですねー』と言っているが、ちょいと軽率だったらしい。
なお、全然ヘーキ組は僕とシリルだけ。
ちょいヤバだが普通に出歩けるのがジェンドとアシュリー。二日酔いレベルがポール。重度の二日酔いレベルがフェリス、ティオ、フォルテにリカルドさん。
馬鹿高い魔力で心臓の瘴気を弾いたシリルはともかく、他は大体肉体強度による差が出た感じだな。リカルドさんは若い頃なら平気だっただろうが、流石にあの年では仕方ない。
「俺もちょっと胸焼けしてる感じがするんだよなあ。家でゆっくりしたい」
「……本当は、明日にはサウスガイアに戻る予定だったけど、フォルテの体調次第じゃ少し伸ばす必要があるな」
なんとか出てこれたこの兄弟弟子も、なんとなく億劫そうだ。やれやれ、近々拠点に戻る予定のアシュリーには取り分渡したので、残りのメンバーの分は後日でいいか。
「どうします、ヘンリーさん。私、折角教会まで来たんで、てきとーにクエスト受けようかなあって思ってるんですが」
「そだな。付き合うよ」
「はーい! じゃ、いいの見繕ってきまーす」
瘴気の影響など一切見せず、元気よく返事をしたシリルが受付の方に小走りで向かっていく。ハリキリガールめ。
なんて、微笑ましく思いながら、
その日はシリルに付き合って、クエストをこなすことになったのである。




