第九十七話 竜退治
ドラゴンの鉤爪を掻い潜り、側面へ。
「ハァッ!」
ガラ空きの胴に向けて全力の突きを繰り出す。魔力も十分練り上げ、ついでに筋力増強ポーションをキメたおかげで常より強力な一撃。
僕の攻撃はドラゴンの鱗をブチ抜いて胴を抉ることに成功するが……内臓までには届かない。
「ガァッ!」
痛みと僕への敵意からか、アイスドラゴンが咆哮を上げ、痛みの元に向けて尾で薙ぎ払ってくる。
とっとと如意天槍を引き抜いて躱……肉が締まって抜けねえ!?
「わっ、と!」
それで一瞬、逃げるのが遅れて腕を尾が掠めた。
掠っただけで、その凄まじい威力がよく分かる。じんじんと腕が痛んだ。
「……武器が如意天槍じゃなきゃ、この時点で詰みだったな」
ボヤきながら、ドラゴンに突き刺さったままの槍を引き戻す。如意天槍の『帰還』の能力は、武器の喪失を防いでくれる、地味に優秀な能力である。
しかし、半ば予想が付いていたことだが、僕の攻撃力じゃ仕留めんのが面倒だな。頭蓋に槍ぶっ込めば一撃だろうけど、ソロだと狙う隙がない。ドラゴンはそこまで鈍くないのだ。
遠間からチクチク投げまくってダメージの蓄積を狙おうとすると、向こうの生命力が切れるのが先か、こっちの体力と魔力が底をつくのが先かの泥沼勝負になってしまう。
集中できる時間があれば、四重術式の投擲で仕留められるかもしれないが、結構な博打だ。
火力の高い仲間……例えばアゲハがいれば、僕が適当に時間稼ぎしている間に首クリティカルの能力持ちの短刀でサクッと首を刈って終わってんだが。
……流石にソロでドラゴンとやんのは初めてだしなあ。
「ガァ!」
と、攻め方を考えていると、ドラゴンがブレスを放ってくる。
最初は不意打ち気味だったから当たりそうだったが、ちゃんと相対している状況であれば余裕で避けられる。……が、あっちもそれは理解しているのか、威力を弱めてブレスを連続で放ってきた。
青い魔力の砲弾がガッツンガッツン飛んできて、僕はそれを避けるのに専念せざるを得なくなる。
「あー、くっそ、動きにくい! 《火》+《強化》!」
足元には万年雪が積もっており、それに足を取られて回避行動もやりづらい。
このままだと順当にブレスで押し潰されそうなので、僕はブレスとブレスの間の隙に槍投げ。初撃で痛い目を見たドラゴンは、それに全身の魔力を高めて迎え撃ち……結果、鱗は貫いたものの、殆ど突き刺さることはなかった。
……が、それだけ時間を稼げれば十分だ。
「じゃあな!」
うん、今の状況でドラゴンを相手にすんのは面倒臭え。そんな状況で無理に戦う必要性など一切ない。まともにやりあったとしても十中八九勝てると思うが、一、二割の負けがあるのに突っ込むほど、僕は無謀ではない。
僕はポーチから煙玉を取り出し、地面に叩きつける。煙幕が素早く広がって付近一帯を埋め尽くし……僕はブレスを警戒しながら、転進。
次はシリル連れて来るかんな! あいつの魔法の威力はすげえぞ!
などと、内心悪態をつきながら距離を離し、煙幕の範囲外に出て、
「……失敗した」
念の為背後を確認すると、ばっさばっさと翼を翻らせて、煙幕の範囲の上から地上を睥睨するドラゴンさんがいらっしゃった。
そうだよ、竜って飛ぶんだった。風竜以外には結構疲れる行為らしく、普段は地上にいるが……やべー、逃げられっかな。
ポーションは、筋力増強、魔力増強、耐久向上の三本を服用している。……追加で速度上昇を急いで飲み干し、僕は本格的に逃げに舵を切った。
……少なくとも、雪に足を取られないトコまで逃げないと、上からのブレスはいつまでも避けきれねえ!
後ろから放たれるブレスは、勘で左右に横っ飛びして躱しつつ、山を下る。
……さて、どう攻略したもんか。
山の中腹まで降りてきた。
ここの瘴気の濃度だとドラゴンにとっては生きにくいはずなのだが、自分の縄張りを荒らし更には手傷を負わせた獲物を逃がすつもりはないらしい。
都合、何十度目かのブレスを、僕は前にジャンプして避ける。
「……どうすっかな」
これ以上下山しても振り切れはしないだろう。飛行できる、という向こうのアドバンテージは覆せない。
なら、足場も良くなったし、あっちの癖も大体掴んだし、ここで迎え撃つか。あるいは、みんなと合流してフクロにするか。
ちっと悩ましい。巨人を想定しているところに竜を連れてきては、混乱させてしまうかもしれない。対竜の戦術はまだ与太話程度でしか話していないのだ。
とは言え、ここまで一緒に頑張ってきたあいつらが、この程度の想定外で慌てふためく、なんてことはないとも思う。
……悩むまでもないか。
「みんなーーー!! これからドラゴン引き連れていくから、準備よろしく!!」
伝われと念じながら大声を張り上げる。
特にティオは耳がいい。多分、詳細は聞こえなくても、僕がなにかしら伝えようとしたことはわかるはずだ。
……んで、声を出した隙に向かってきたブレスが左腕を直撃した。
「痛ぅぅっ!」
《火》を二重に展開して氷結への対策としているが、ひりひりとした痛みが走る。凍りつく、ってほどでもないが、左手がまともに動かない。
「《強化》+《癒》!」
左手を治しながら、みんながいる方向へ走る。
その間、そろそろ魔力が不足してきたので、マジックポーションをポーチから取り出して飲んだ。走りながらだから大分こぼれたが、勿体ないとか言っている場合じゃない。
続くブレスの攻撃も避け続け、そして、
「飛炎剣!」
鋭い声とともに、僕の向かう方向からドラゴンに向けて一直線に炎の剣閃が飛んだ。
「ギャゥ!?」
思わぬ攻撃にドラゴンが声を上げる。……僕は急ブレーキをかけ、振り向いた。
頭辺りを狙われたのか、身を捻っているドラゴンは隙だらけだ。
「……《強化》」
狙うは、その片翼。皮膜は鱗がないため、他部分より脆い。
「ッッツォラァ!」
如意天槍の全力投擲。十数本に分かたれた投槍が、竜の翼の片方に穴を穿つ。
たまらず、ドラゴンは落下した。……勿論、ドラゴンの体型からして翼で飛んでいるわけではない。竜の飛行は魔法によるものだが、その魔法の発動のために翼は必須なのだ。これは、他の多くの飛行型の魔物にも共通のことである。
繊細な部位のため、再生には他の部分より時間がかかる。
「ヘンリーさん、お待たせしました!」
「リカルドさん、どうもです!」
「俺達もいるぞ!」
後ろからリカルドさんとその弟子二人が走ってきた。
「つーか、おいおい。ドラゴンかよ。ヘンリー、よく逃げてこれたな。たまにサウスガイアにも出てたが、周りの冒険者と力合わせてなんとか、って相手なのに」
「逃げるだけなら、まあな」
結局、ダメージらしいダメージは、みんなに警告飛ばした隙をつかれたあの時だけだし。知能が低いから、攻撃が単調だもんよ。
まあ、長い時を生きた竜は知恵もモリモリで厄介極まりないのだが、この個体はそこまででもない。
「へっ、ちっと武者震いがするな」
「ジェンド、あんま気負うなよ」
と、話していると、地面に落ちたドラゴンに一本の矢が飛んでいく。魔力の光を纏ったそれは、ドラゴンの鱗に傷をつけるもそこ止まりだ。
「……私の弓じゃ、目でも狙わない限り通用しそうにないですね。牽制に徹します」
「お、おう」
いつの間にか来ていたティオが無念そうに告げる。つーか、ドラゴンに目をつけられるかも知れないのにノータイムで射掛けるとか、相変わらず度胸がある奴だな。単に向こう見ずなだけな気もするが。
「さて、ヘンリーさん、どうします? この中でドラゴンとの戦闘経験が一番多いのは、ヘンリーさんかと思いますが?」
「そうですね……ちなみにティオ、シリルは?」
「後ろで歌ってます」
なら、適当に時間稼いでりゃ、一発で終わるな。
「つーわけで、適当にあしらっておきましょう。正面は僕が立つんで、引き気味に、絶対に無理しない感じで足止めを!」
『了解!』
「ガァァァ!」
そう決まるのと、ドラゴンが特大のブレスを放ってくるのは同時だった。
全員散開し、それを躱す……っと、リカルドさんがその場に残っていた。
「飛炎剣・薙!」
と、喝破する声とともに剣を振るう。
極大の炎が壁のように立ち塞がり、ドラゴンブレスを真正面から受け止めた。
「ふン!」
更にリカルドさんは剣を操り、それに伴って炎の壁が変化する。ブレスを受けきった後、そのまま炎の壁が津波のようにドラゴンへと殺到した。
ドラゴンには然程のダメージはないようだが、向こうは慌てて防御の姿勢を取っていた。
「リカルドさん、なんて無茶を!」
結果的に上手くいったようだが、あんなん不要なリスクだ。僕は声を上げるが、
「いや、一度やってみたかったので!」
……そうですか。やってみたかったのなら仕方ない。
まあ、さっきの炎でドラゴンの視界が塞がれ、接近するこっちのことを一時見失ったようなので、結果論だが良しとしよう。
ジェンドが左、アシュリーが右から回り込んで攻めようとしている。僕は正面、ドラゴンからよく見えるよう意図して接近。
「《強化》+《強化》!」
強化の魔導を槍にかけ、走りながらドラゴンへと投擲。これは防ぎきれないと向こうも学習しているため、守りの魔力を高め急所に当たらないよう姿勢を変えている。
結果、ドラゴンの生命力からすると、かすり傷といった程度に収まってしまうが……そっちが目的ではない。
「はあっっ!」
「ッッツエァ!」
ジェンドとアシュリーが、左右から会心の一撃を決める。流石に攻撃力は高く、鱗もろとも肉を切り裂く。大剣に纏わせた炎が傷口に更なるダメージを与え、竜が痛みに咆哮を上げた。
痛みに、ドラゴンが無茶苦茶に暴れ……あ、これいけるわ。
「《火》+《強化》+《強化》+《強化》」
左右から攻めてきた二人に気を取られているうちに、僕は四重の魔導を発動させる。集中を高め、一気に振りかぶり、
――投擲。
アシュリーに視線を向けていたドラゴンは迫ってくる死に気付く事はできず、その頭蓋を散らした。
「うお!? なんだぁ!?」
いきなり頭が爆散したドラゴンにアシュリーが声を上げる。
「……あーあ。結局俺達、あんま役に立たなかったな」
ジェンドがぼやいているが、いやいや。二人が隙を作ってくれなかったら、こう簡単に当てられなかった。
いやしかし。……終わってみれば、割と呆気なかったな。パーティで立ち向かえば、ドラゴンクラスも問題ない、か。
これはよく覚えておくことにしよう。
そう考え、僕はドラゴンのドロップを取得するべく、しゅうしゅうと音を立てて瘴気へと還るドラゴンへと歩み寄っていった。
「あのー、私が折角高めた魔力、どうすれば」
「……そこらの適当な魔物にぶつけとけ」
なお、結局出番のなかったシリルに文句を言われた。
……解せぬ。




