第九十四話 アシュリーの仲間たち
「ツーペア」
「ブタ」
「……フルハウス」
カードをオープン。流石に、この役だと順当に僕が勝利し、テーブルの上に置かれたチップをいただく。
「いやー、負けた負けた。じゃ、次な」
「ええ。そうしましょう」
昼下がりの熊の酒樽亭のテーブルで僕とカード遊びをしているのは、アシュリーの仲間のポールとフォルテ。
この二人は熊の酒樽亭に泊まっており、割と仲良くなった。ひとまず観光を一通り済ませたということで、暇していた彼らと僕はこうして遊んでいるのだが、
「……おかしい。勝率は悪くないのに、なんでチップがこんなに」
今回は勝ってチップは増えたのだが、最初二十枚あったチップが今や五枚。……さっき勝てなかったら、ゲームオーバーだった。
「ヘンリーはわかりやす過ぎるんですよ。強い手の時は強気にレイズして、弱い手の時はすぐドロップする。もう少しブラフを覚えないと」
「おかげで、俺がドベにならずに済みそうだけどな。いやあ、仲間内だと俺が一番弱くてなあ」
現在一位独走中のフォルテがアドバイスをしてくれ、ポールはニヤニヤ笑って囃し立てる。
「悪かったな。ポーカーフェイスは苦手なんだよ」
だから、素直な手筋を打つのだ。しかし、カジノとかだと他の人も多いからこの戦術で程々に勝って程々に負けるのだが、三人だとちっと不利過ぎる。
「はい、ご注文の紅茶とラズベリーパイ、お持ちしました」
「お、来た来た」
ラナちゃんが紅茶のポットと人数分のカップ、そして切り分けられたパイを持ってきてくれた。カードやチップを脇にどけ、注文の品を置ける場所を確保する。
焼きたてのラズベリーパイがいい匂いを漂わせていた。
「じゃあ、ポーカーは小休止として、早速いただきましょうか」
「おう、熱々のうちに……っと、美味ぇな、これ」
ポールが早速パイを食べ、目を輝かせる。
僕もそれにならってパイを口に運んだ。甘酸っぱいラズベリーとサクサクのパイ生地が口の中で合わさり、滅法美味い。紅茶で口の中を洗い流し、もう一口。
「へえ、これは本当に美味しい。ヘンリーが勧めたのもわかります」
「ふふん、伊達に長期滞在しているわけじゃないからな。ここのメニューは全部制覇したし。ここは食事も美味しいけど、実は菓子の類も美味いんだ」
なんでも店主のノルドさんが、奥さんであり甘党のリンダさんを口説き落とすために修行したのだとか。
「お褒めいただきありがたいのですが。こんな天気のいい日に、賭け事というのはちょっと……」
「大丈夫大丈夫。最終的にチップの数が多い方に一杯奢るだけの健全な遊びだから」
ラナちゃんの指摘に、僕は笑って手を振る。
誰か一人のチップがなくなった時点で、ドベは上位二人に、二位は一位に一杯ずつ酒を奢る……
違法なレートの金が飛び交う闇賭博なんかと比べれば、平和過ぎて欠伸が出そうなくらいである。賭け事を規制する法律はあるにはあるが、この程度で目くじらを立てられるほど厳しいものではない。
「いえ、そうではなく。折角の快晴なんですから、外に出てはどうかと思っただけなんですが」
……ラナちゃんの指摘は、僕の想像していた方向ではないらしい。
「午前中、槍振りまくって疲れてるから出歩きたくない」
「僕は元々出不精なんで」
「俺、昨日カジノで思いっきりスったから、今日は節約日なんだ」
三者三様に言い訳を並べる。
はあ、とラナちゃんは呆れのため息を残して、踵を返した。
残されたダメ男三人は、紅茶とパイを頂きながら雑談を交わす。
「いやしかし、ラナちゃんいい子ですね。明るいし、距離感を図るのが上手くて。さっきの注意も、普通に言われたらちょっと癪に障ると思うんですが、そんなこともありませんでしたし」
と、フォルテが厨房に引っ込んだラナちゃんを評する。確かに、彼女はその辺そつがない。
「結構可愛いしな。惜しい、後五つ程年上だったらなあ。またその頃に来るかね?」
「遊びで手ぇ出したら、手足の一本くらいはブチ折るぞ、おい」
怖い怖い、とポールが降参のポーズを取る。まあ、冗談だとはわかってるが。
「ふーむ」
しかし、考えてみれば、後二、三年もすればそういう軟派男も現れるだろうな。酒場の看板娘の尻を撫でようとする酔漢など、物語の定番だ。
……そういう輩が出た場合、ちょいと『お話』する必要があるだろう。
「ヘンリー、なんか怖い顔になってるぞ」
「おっと、なんでもないなんでもない。……しかし、甘いものが沁みるなあ」
昼飯もたらふく食ったのだが、甘味はやはり疲れた体によく効く。
「そういや、今日も訓練してたんだよな。精が出るねえ」
「アシュリーのお師匠様に見てもらっているんだっけ。……そういえばそのアシュリーは? いつもは午後は僕達のところに顔を出すのに」
「疲労が重なってぶっ倒れてた。午後は寝て過ごすってさ」
リカルドさんの訓練が始まって三日目。そろそろ疲労が抜けきらなくなったそうで、今日は実家でおネムだ。ジェンドも同じくである。
「アシュリー、相当タフな方なんだけど……相当厳しいトレーニングなんだね」
「まあ、かなりな」
二日目から重り入りの剣振ってっし。
「……そういえば、あの体のでかいアシュリーと同じ訓練やってんのに、ヘンリーは平気そうだな」
「体力は結構自信あるから」
後は慣れの問題もある。僕も体はかなり疲労しているが、この状態で動き回らざるを得ないことが多々あったので、意識的にある程度疲労を無視することができるのだ。
「二人も参加したらどうだ? アシュリーの仲間ならリカルドさんも嫌な顔しないだろうし」
「この街にゃ休暇に来たんだ。そんなハードトレーニングは勘弁してくれ」
「僕は魔導一本なので。いやー、残念だなあ」
戯れに誘ってみるが、やはりというか断られた。
僕は苦笑しながら、次のパイを一切れ摘み口に運ぶ。
大きめのパイだったが、体が資本の男冒険者が三人もいるのだ。ぺろりと平らげた。
そして再びカードが並べられる。
「……さて、続きだな。ここから僕の大逆転が始まるぞ」
「ハッタリかましすぎです」
「言っとくが、イカサマしたらその時点で負けだぞ」
僕の戦略は確かになっていないのかもしれない。
しかし、ポーカーの手札自体は運だ。そう、ティータイムを挟んだことで、僕の運気は上昇している……ような気がする!
……負けムードで挑むのもなんなので、僕はそうして己を奮い立たせ、次のポーカー勝負に臨んだ。
なお。結局、二回の勝負で僕のチップは底をついた。……口ほどにもないとはこのことである。あっはっは。
……はあ。
『かんぱーい』
「……乾杯」
フォルテとポールは僕の奢りのジョッキを掲げる。僕も乾杯はするが、くそう。
「いやあ、勇士の奢りの酒は美味いな」
「それそれ。まあ、俺は差し引き得も損もしないんだが、他人の奢りってだけで普段より二割増し美味い」
ぐぐぐ、明日だ。明日は総当たりの賭け将棋を持ちかけよう。あれなら勝てる。
と、リベンジを誓いながら僕もエールをぐいっとやる。
爽やかな苦味が口に広がり、ゴクリと呑み干すとたまらない喉越し。はあ、と一つ息をつけば、フローティアンエール特有の花のような薫香が吹き抜けた。
うむ、こうして酒を一杯やると、賭けに負けたことなどどうでも良くなってくるな。
「ラナちゃん、おかわり頂戴!」
「はいはーい」
丁度近くを通りがかったラナちゃんに注文する。
「あ、俺もエールおかわり!」
「わかりました」
ポールも僕を追いかけるように注文する。
「二人とも早いなあ。折角のいい酒なんだから、もうちょっと味わったほうがいいんじゃないか」
「へっ、お前みたいなちびちびシケた呑み方してられっかよ」
「ご挨拶だね」
フォルテが嘆息する。このくらいのやり取りは日常茶飯事なのだろう。ポールの口は悪いが、フォルテは特に気分を害した様子ではない。
「フォルテは酒弱いのか?」
「さあ。飲酒量を誇る趣味はないので」
「ヘンリー、こいつはとんでもない大酒呑みだぞ。呑むのは遅いけど、エールだろうがワインだろうがウィスキーだろうが、ずーっと同じペースで一晩中呑み続けるからな」
「……祝い事のときくらいだけどね。毎回それだと、お金がいくらあっても足りやしない」
なんて適当に騒ぎながら呑んでいると、ふと熊の酒樽亭に見覚えのある来客があった。
二人、連れだってやって来たその客は、きょろきょろと店内を見渡し、僕らを見つけて手を上げた。
その二人は客で一杯の店内を器用にすり抜け、こちらにやって来る。
「よお、やってるな」
「こんばんは」
アシュリーとジェンドだ。
挨拶をする二人に、僕達も返事をし、
「ポール、そっち詰めてくれ」
「はいよ」
椅子を移動させ、二人が座れるようにする。僕達がついていたのは四人掛けのテーブル。ちょっと窮屈だが、空いている椅子を持ってきて、二人も一緒に座ることができた。
「なんだ、ダウンしてたんじゃないのかよ」
「流石に昼からずっと寝てたら目が覚めた。まだ体は疲れてるけど、眠れないんでな。折角の機会だし、うちの弟分を紹介しようと思って連れてきたんだ」
くい、とアシュリーがジェンドを促す。
「あ、こんにちは。ヘンリーと同じパーティで冒険者やってる、ジェンドっていいます。アシュリー兄とは兄弟弟子で」
「おう、聞いてる聞いてる。俺はポール、よろしくな」
「フォルテです」
それぞれ挨拶が終わる頃には、ささっと僕が注文しといた二人の分のエールが届く。
そうして、改めて乾杯。
「ジェンドだったな。アシュリーの弟弟子っつーことは、結構できるんだろ?」
「それなりに自信はありますが、まだまだ上は遠くて。……特に身近に、ちょっと勝てない奴がいますし」
ちらり、とジェンドがこっちを見る。
「いや、勇士っていうのは冒険者の中でも上澄みですから。普通は三十代くらいの脂の乗った冒険者が取るもので。……この年で勇士のヘンリーに勝てなくても、それは仕方ないのでは」
「つっても、武器だけならもうすぐ追いつかれる気配がするけどな」
後半年……いや、一年は粘りたいが、剣一本に全ての才能を注ぎ込んでいるジェンドにはそのくらいで追いつかれてしまうだろう。
無論、魔導とかその他諸々込みなら、向こう十年は負ける気はないが。
「ああ、実際俺と腕前自体はそう遜色ないぞ。経験の差があるから、冒険者としてはまだ俺が上だと思うけど……俺より才能は上だろうなあ」
若干の悔しさと、弟分の成長への喜びを滲ませてアシュリーが言う。
「へえ、将来有望ってわけだ」
「ああ。そのうちリーガレオに行きたいんだってさ」
へえ! と、ポールとフォルテが驚く。
「一攫千金を狙ったり、人類を魔王から守る! みたいな志を持つ冒険者が行くところだけど。ジェンド君はどういう理由で?」
「ちょいありきたりですが。自分の力がどこまで通用するか試してみたい、もっと強くなりたい……って感じですね」
ぷっ、とジェンドの言葉を聞いて、ポールが吹き出す。
「やっぱ似てんなあ。会ったばっかりの頃のアシュリーと同じようなこと言ってら」
「あ、おい、ポール」
「でも、気ぃ付けろよ。どっかの間抜けみたいに、自分の力量を見誤って死にかけるとかはすんなよ」
……どっかの間抜け、と思われるアシュリーが項垂れた。
「あの時のことは散々謝っただろ……そろそろ忘れてくれよ」
「いや、アシュリー。教訓として、あれは忘れちゃ駄目だろう」
「そうだけどさあ」
フォルテの言葉に、アシュリーがなんとも言えない顔になる。
……終わったことだから笑い話にできるのだろうが。多分、無茶な魔物に突っかかったりしたんだろうな。
まあ、そういうリスク管理のことは僕からも叩き込んでいる。そもそも、フェリスと一緒に冒険するであろうジェンドが、そう無茶をすることもないだろう。
「後はそうだな。強くなりてえ、ってストイックな目標もいいけど、もうちょっと俗な目標も持っといた方がいいぞ」
「俗、ですか?」
「ああ。なにを隠そう、アシュリーの奴も恋人との結婚資金貯めるために頑張り始めてから、明らかにやる気が……」
「そこまでだポール!」
顔を真っ赤にしたアシュリーがストップをかける。
……そっかー、結婚かあ。そりゃやる気出るよねえ。
「そういえば、実家とケジメを付ける決心がついたのも、カレンさんとの結婚が決まったからでしたね」
「フォルテまで! ちょ、勘弁してくれよ!」
アシュリーが必死で止めようとする。
でももう聞いちゃったし。そういうことであれば、色々と追求するのがマナーというものだろう。
ふっふっふ。
と、僕は内心ほくそ笑みながら、アシュリーの結婚相手とやらの話を聞き出しにかかるのだった。
なお、酒の入ったアシュリーは途中から惚気話全開となり。
逆にこちらがうんざりすることになってしまったのだが。……まあそれもまた、悪くない。




