第九十二話 兄弟子 後編
冒険者パーティ『輝きの剣』と呑み明かしたその翌日。
朝一番で仲間に脇を固められ実家へと連行されていったアシュリーを見送り、まったりと午前を過ごし。
顔に見事なまでの痣を作って戻ってきたアシュリーに誘われ、僕はジェンドの家にやって来ていた。
「ふぅ……」
「ん」
アシュリーとジェンドがそれぞれ大剣を構えて対峙する。忙しいだろうに、久方ぶりに戻ってきた愛弟子のためにやって来たリカルドさんが間に立ち、二人の気が高まるのを見計らって声を上げた。
「始めッ!」
まず踏み込んだのはジェンドだ。大剣を器用に操り、コンパクトながらも強烈な一撃を放つ。
アシュリーはそれを少し下がりながら弾き、ジェンドの剣が戻る前に刺突を繰り出した。
それをジェンドは躱すが、刺突に纏わされた炎に少し肌が焼かれる。
「ッッつ!」
一瞬ジェンドが顔を顰め、なにくそと反撃に移る。
二人の攻防は一進一退で繰り広げられる。しかし、ジェンドが一撃不用意に攻撃したところから、徐々にアシュリーが優勢になっていき、
「フッ!」
「ぐぁ!?」
最後は、アシュリーが肩から体当たりを仕掛けてジェンドを転がし、剣を突きつけて決着となった。
「それまで!」
リカルドさんが試合終了の声を上げる。残心の体勢のまま油断なくジェンドを見据えていたアシュリーは、それで肩から力を抜いた。そして倒れたジェンドに手を差し伸べ、不敵に笑う。
「よっ、っと。これで俺の五戦三勝……まさか二つも取られるとは思わなかったけど。なんとか兄弟子の面目躍如ってとこか」
「ちぇっ、もしかしたらアシュリー兄に勝ち越せるかも、って思ってたんだけどな」
「生意気に育ちやがって」
ゴス、と軽く小突かれ、ジェンドはなんとなく嬉しそうにする。久方ぶりに会う兄貴分だ。そりゃ心も弾むだろう。
「ああもう。二人とも火傷だらけじゃないか。ほら、見せてくれ」
試合が終わると同時に、待機していたフェリスが二人の元に向かう。
二人とも急所に直撃はしないように立ち回っていたとは言え、剣に炎を纏わせてブン回す火神一刀流使い同士の戦いだ。それぞれ火に高い耐性はあるものの、細かな火傷は避けようがない。
「ああ、悪いフェリス」
「そのー、えっと。ありがとう、フェリス」
慣れているジェンドは普段通りに、対してアシュリーはどう応対したものか悩んでいる様子だった。
弟分の恋人……うん、ちょっと距離感に迷うな、確かに。
「二人とも、お疲れ様。特にアシュリー。久し振りに腕を見せてもらったが、良く鍛錬を積んでいるようだね」
「はい、ありがとうございます、師匠!」
ビシッ、と直立不動に立ち、アシュリーがリカルドさんに礼を言う。……火神一刀流ってこういう気風なのか。この辺りの雰囲気は流派によってかなり変わるからなあ。
と、ニコニコ笑っているリカルドさんがアシュリーの肩に手を置く。
「ただ……確かに強くなったようではあるが、いささか剣筋が歪み過ぎではないかな? 基礎の型の反復を怠っていただろう」
「お、押忍……」
「なに、そう恐縮することはない。矯正すればいいだけのこと。……可愛い弟子のためだ。何千、何万でも型稽古に付き合ってやろうじゃないか」
あっさりと告げられた数に、アシュリーは固まった。……ぐぐ、とアシュリーの肩を掴んでいるリカルドさんの手に力がこもっている気がする。
そしてリカルドさんはフッ、と不意に表情を消して、
「……返事はどうした。アシュリー」
「は、はい! ありがとうございます!」
うわ、今の言葉すっげ冷たかった。アシュリーの奴もビビったのか、ひっくり返ったような声を上げている。
「ジェンド。リカルドさん、もしかして結構怒ってる?」
「……アシュリー兄、本格的に剣腕が伸び始めるって時期に出奔したから。しかも、師匠に相談もしないで」
あー。
……うん、擁護のしようがない。家族にやられたのと同様、こってり絞られるべきだろう。
「ではアシュリー。明日以降、午前中は私の家に顔を出すように。型稽古くらいであれば私の家の庭でも十分だ」
「あ、あの、でも師匠。師匠はお忙しい身では」
「そろそろ休暇を取らねば体を壊してしまうのではないか、と部下に心配されていてね。なに、それに私も引退が見えてきた年だ。むしろ私が抜けた場合の仕事ぶりを見るいい機会と考えよう」
アシュリーの反論をリカルドさんは秒で封殺する。
竦み上がる弟子に、ふとリカルドさんは格好を崩し、わしゃわしゃと頭を撫でる。まるで子供にするように。
「まあ、なんだ。おかえり、アシュリー。元気でやっているようでなによりだ」
「……はい。ありがとうございます」
「お前のお仲間さんにも興味がある。フローティアに滞在中、機会があれば是非うちに招待させてくれ。妻の手料理と美味い酒で出迎えよう」
ではな、とリカルドさんは踵を返す。
「ああ、ジェンド。邪魔をして悪かった。積もる話もあるだろう? 私がいては話しにくいだろうし、これで失礼するよ」
「はい! 試合を見ていただいてありがとうございました!」
うん、とリカルドさんは頷いて、ジェンドの家の庭から去っていく。その後姿をアシュリーは頭を下げたまま見送った。
「アシュリー兄、明日から大変だろうけど」
「ああ、師に恥ずかしくないよう、頑張るさ」
……青春してんなあ。
フェリスもアシュリーとは話をしたかったそうだが、随分前から予約のクエストが入っていたらしく、試合が終わると仕事へと向かっていった。
なので、ジェンドの私室のテーブルでは、僕、ジェンド、アシュリーのむっさいメンツが向き合っている。
まだ日も高いので酒ではなく紅茶を喫しながら、僕達は雑談に花を咲かせていた。
とは言っても、この三人だと自然と話題は冒険のことになる。
「アシュリー兄の拠点はサウスガイアかあ。割とヘンリーと近いところで冒険してたんだな」
「ああ。昔は普通の街だったみたいだけどな。魔軍との戦争から始まってからは、リーガレオを抜けてくる魔物のせいでてんやわんやだ。ま、その分稼がせてもらっているが」
この大陸は、超大雑把に言うと砂時計みたいな形をしている。上半分が人間の三大国、下半分が荒野が過半を占めるものの全て魔国領である。
リーガレオは真ん中の管の部分――ビフレスト地峡と呼ばれる地域にある。そのため、戦力を集中させやすく防壁も築きやすい。
……しかし、海を渡る魔物がいないわけではないし、夜に空を飛んで行かれたら全て止めることは難しい。自然、北大陸の南端の方は、魔物の被害が増えているのだ。
余談だが、昔はビフレスト地峡付近は小国が乱立する地域であった。僕の故郷のフェザード王国は、南大陸の北寄りにあった国である。
「魔導結界がもうちょっと仕事してくれたら、そんなに沢山は逸らさなかったんだけどなあ」
「いやいや、リーガレオで活動する冒険者には頭が上がらないよ。何度か護衛のクエストで行ったことあるけど、昼夜休まる暇がないじゃないか」
……うん、まあね。
でも、二ヶ月もいれば慣れるよ? ちゃんと教会が役割を振ってるから、自分の仕事じゃない事についてはことさら気にしない、という風に割り切れるようになれば。
「へえ、アシュリー兄もリーガレオ行ったことあんのか。リーガレオだとヘンリーは結構有名だったらしいけど、噂とか聞いたことないのか?」
「……言われてみれば、聞いたことあるかもしれないな」
ふーむ、とアシュリーは顎に手を当て、記憶を探っている様子だ。でも、ヘンリーって名前は割とありふれているから、別のヘンリーさんと勘違いしてる可能性のほうが高い気がする。
そう、僕なんてこのくらいの知名度が関の山だろう。英雄みたいな称号を持っているわけでもないし、他に有名になる冒険者に比べ、華というものがない。
……まあ、周りにいる連中が凄すぎて存在が霞んでしまっていた、という理由もあるだろうが。
「あー、っと。それよりだ、アシュリー。お前達って普段どんな魔物を相手にしてるんだ?」
「そうだなあ。俺らは割と正統派……いや、搦め手とか苦手なパーティだからな。大体素直な動きをする動物系がメインだ」
パーティメンバーの相性や能力により、狙うべき魔物は当然違ってくる。
最も数も種類も多い、既存の動物が異形化したような魔物は、ある程度与し易い相手だ。
逆に、圧倒的不人気が非実体系の魔物。
そこらの障害物とか無視するし、基本浮遊するし、魔力ちゃんと込めないとダメージ通らないし。
アルトヒルンの雪の女王とか、実は結構な難敵なのである。
「この前は上級上位のキマイラをやったぞ」
「……あれ動物系か?」
「系は系だろ」
色んな動物の特徴をちゃんぽんにした魔物は、僕は普通の動物系とは分けて考えるべきだと思う。グリフォンもそう。
この辺りの分類については、学者さんの中でも説が分かれているらしいけどね。
「そういうヘンリーとジェンドのパーティはなにを狩ってるんだ? 勇士のヘンリーがいるんだし、やっぱグリフォンか?」
「いや、アシュリー兄。今は俺達、アルトヒルンで冒険しててさ」
「は? あの山?」
アシュリーが呆気にとられる。
それだけ、フローティアっ子にとっては意外な場所なのだろう。兵隊さん以外はあの山に近付いてはいけません、ってのはかなり徹底した躾らしいし。
「ああ、ちゃんと領主様に許可取れば入れるんだよ。中腹あたりにはオーガとかいて、上層に行くと巨人までいるんだ」
「上級上位までいんのか……そんなのがいて、よくこの街平和だったな」
「巨人は頭いいから、人間を侮っていない……とかそういうことらしい」
……花祭りの時、ロッテさんが来ていなかったらフェンリルによって平和じゃなくなっていた可能性が高いが。
まあ、しばらくこの情報は伏せておく方針らしいので、口には出さない。
「で、今は上層にチャレンジするために」
ジェンドがここ最近の僕達の狩りのスタイルを説明する。
僕が少数の巨人なり雪の女王なりを釣って、リンチをかます戦法だ。そういや、上層にはアイスドラゴンもいるそうだけど、そろそろやってみてえな。
「……随分贅沢な戦い方してんなあ」
アシュリーがジェンドの話を聞いて、感心したような呆れたような声を上げる。
贅沢……というのは、道具を惜しみなく使ったりとか、そういう意味ではないだろう。
「う……そりゃ、ちょっとヘンリーに負担掛けすぎだってのはわかってるけど」
「だろうなあ。まあ、兄貴分としちゃヘンリーに感謝しかないが……ヘンリー、お前無理はしてないんだよな?」
アシュリーの質問に、おう、と僕は頷いた。
「ちゃんと安全圏から釣ってる。いざとなったら、赤字になるけど能力増強ポーションキメるし」
「俺なんかが心配するレベルの冒険者じゃない、か」
いや心配してくれるのは嬉しいけどな。
「アシュリー兄。ヘンリーのこともいいけど、アシュリー兄の話もっと聞かせてくれよ」
「ああ、いいぞ。そうだな、フローティアを出てった辺りのことから話すか……」
そうして、アシュリーの成り上がりの物語が始まる。
お前、どこの冒険活劇小説の主人公だ、と突っ込みたくなるような、それはもう王道の物語だった。
……話盛ってないよな? アシュリー。
……むさい。
後、ようやく大陸周りの設定が出せた……




