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第九十一話 兄弟子 中編

 ジェンドの兄貴分がフローティアに帰省してくる、という話を聞いた翌日の夜。

 熊の酒樽亭にとある冒険者風の三人の客が訪れた。


 そのうちの一人はジェンドと似たような大剣を背負っており、それでピンと来た。


 酔客で熊の酒樽亭の食堂が混み合う中、給仕を一旦切り上げたラナちゃんが彼らに応対する。たまたま近くのテーブルで酒をかっくらっていた僕は、耳を澄ませた。


「あー、急ですまない。泊まりをお願いしたいんだけど、部屋は空いてるかな?」

「はい! 空いておりますよ。三名様、別々の部屋にしますか、同室にいたしますか?」

「一つでいいよな?」


 リーダー格らしい大剣の男が言うと、後ろの二人もおう、と返事をした。


「それでしたら、三人部屋、一泊九百ゼニスになります。三連泊以上ですとお得になりますが、いかがいたしますか?」

「あー」


 大剣の男は視線を彷徨わせる。コツ、コツ、と靴で床を叩き、落ち着かない様子だ。

 そうして少し悩んだ後、男は恐る恐るといった感じで、


「……さ、三人部屋、一週間で頼む」


 その言葉に後ろの魔導士風の男が一つため息をつく。

 やれやれといった雰囲気で、大剣の男に話しかけた。


「アシュリー。お前は実家があるんだろ。今日はもう遅いからアレだが、明日からは家に戻ればいいじゃないか」

「簡単に言うなよフォルテ。六年も音沙汰無しだったんだぞ。親父にぶっ殺されるし、お袋には泣かれる」

「そりゃ親不孝なお前が悪い。手紙でもう知らせたんだろ? いい加減観念しろ」


 フォルテと呼ばれた男がこんこんと説教をし、アシュリーとやらは項垂れる。……いや、うん。改めて聞くと、確かにとんだ親不孝者である。

 まあ、子供の頃に家を飛び出して、そのままがむしゃらにやって。分別が付くようになった頃には、年単位で家に顔を出していない……なんて冒険者は、実はそこそこいるが。


 冒険者で身を立てようって奴は、どうもそういう傾向がある。リーガレオでも、同じ人種は結構いた。


「えー、と?」

「ごめんな、お嬢ちゃん。今日は三人部屋で、明日から二人部屋を六日分だ」

「あ、おいポール!」


 残り一人の仲間が勝手にそう告げて、アシュリーが抗議の声を上げる。フォルテが『いいから』と彼を抑えた。

 ラナちゃんは今の会話から大体の事情を察したのか、少し悩んでから、


「えーと、わかりました。三人部屋で一泊、明日から二人部屋を六泊ですね」

「ああ。後、ここは飯と酒も美味そうだ。荷物だけ置いたらここで飯を済ませたいんだが、席取っといてくれるかい?」


 ポールが小粋に告げ……そこまで聞いて、僕は手を上げた。


「ここ、三人なら座れるから、どうだ?」

「? え、あ。ああ」


 急に声をかけられ、アシュリー一行は戸惑う。

 っとと、ちょっと逸りすぎたか。いつ声をかけようかタイミングを図っていたから、つい先走ってしまった。


「あー、ごめんごめん。アシュリーってあんただろ? この街のジェンドって奴知ってるよな。僕、あいつのパーティの仲間で、話を聞いててさ」

「そっか、ジェンドも冒険者に――って、あんた、勇士じゃないか。なんで勇士の冒険者がこんな後方に……この街、そんなにいい狩場あったっけ」


 一応アルトヒルン上層があるにはあるが、立ち入りに領主様の許可が必要な関係上、地元民以外は知らない狩場だ。地元民にとってもそれほど知名度が高いわけではないことは、アシュリーの言からわかる。……攻略してんの、三パーティしかいないしなあ。


 と、なると、そんな街になぜ勇士がいるのか……そこを深く突っ込まれると、僕はちょっと弱い。いや、こっちでもなぜか結構頑張る羽目にはなってるんだけどね。でも、初期の動機はちょっと情けないし、それになんだかんだで最前線に比べればここはぬるま湯だし……


「ま、ま。それはいいじゃないか。ほら、僕の奢りで注文はしとくから、荷物置いてきな」


 僕は曖昧に笑って誤魔化して、とりあえず三人を部屋に送り出した。

















 剣士アシュリー、魔導士フォルテ、斥候ポール。アルヴィニア王国の四方都市、その中でも最もリーガレオに近い南のサウスガイアを拠点とする『輝きの剣』という冒険者パーティである。

 冒険者としてはかなりの実力者で、リーガレオを抜けてきた上級の魔物をメインターゲットにしているらしい。


 ……と、いう自己紹介を受け、僕も軽く名前と戦闘スタイル、来歴などを語る。その頃には丁度注文の品も揃っていた。


「とりあえず、乾杯といこう」

「ああ、そうだな。勇士ヘンリーとの出会いに乾杯だ」

「輝きの剣との縁に、乾杯」


 なみなみと注がれたフローティアンエールのジョッキを掲げ、三人と乾杯する。

 輝きの剣が来る前から僕はそれなりに呑んでいたが、ぐびぐびとエールを呑み干していく。……うむ、乾杯をするとこう、テンションが上がるよね。


「っぷは。あー、美味い。この街にいた頃は酒なんて呑んでなかったけど。こんなに美味かったんだな、ここのエール」


 アシュリーがフローティアンエールを味わって、しみじみと呟く。


「? サウスガイアならそれなりに流通してるんじゃないのか」


 フローティアンエールはどこでも人気の銘柄で、多少割高でも普通に呑んでれば一回くらい口にするものだが。


「こいつ、意図的に避けてたんですよ。故郷を思い出すからって」

「ポール、余計なこと言うな」

「余計じゃないと思うけどなあ」


 くっくっく、と含み笑いを漏らして、ポールがおかわりを注文する。負けじとアシュリーもおかわりをし、僕もついでに。

 フォルテはじっくり味わう派なのか、一口一口、確かめるように呑んでいた。


 そのフォルテが顔を上げて呆れたような口調で、


「僕達が散々説得してようやく足を向けたんですよ。まったく、うちのリーダーにも困ったもんです」

「フォルテまで……」

「はは……でも、ジェンド喜んでたよ。もしかしたら死んでるんじゃないかって思ってたみたいだから」


 冒険者を志す子供の死傷率は、決して低くはない。便りがないとなれば、覚悟の一つは決めるものだ。


「う……それは、悪いと思ってるけど」


 そこを突かれると弱いのか、アシュリーの反論は尻すぼみとなる。

 まあ、沢山怒られればいいとは思う。僕と違って、怒ってくれる人がいるのだから……というのは、いささか感傷的になりすぎか。いかんな、酒が回ってるか?


「それにしても、さっき奢りって言ってましたけど……いいんですか、ヘンリーさん」

「アシュリー、それに二人もヘンリーでいいよ。二つ、三つしか離れてないんだし。……まあ、奢りについてはサウスガイアとかリーガレオの情報を仕入れときたい、って打算込みだからな」


 サウスガイアは、リーガレオへ送る物資の集積地でもある。それだけに冒険者の行き来は活発だ。最前線の生の情報を聞けるだろう。

 ちょっと前、ユーんちに行った時、あいつに聞ければ良かったんだが……ユーは治癒士としての仕事のため、冒険者仲間との交流が薄めでその辺に疎い。

 一緒にいたアゲハ? 冒険の時以外で奴の情報を鵜呑みにするほど、僕はおめでたくはないぞ。


「成程。そういうことなら……フォルテ?」

「ああ。ヘンリー、そういうことなら僕から話そう」


 硬化加工された眼鏡に魔導士風のローブのフォルテが、懐からメモ帳を取り出して色々と話をしてくれる。

 ……うん、いかにも頭脳派って雰囲気だもんな。出てくる情報も要点を押さえてあって、酒の回った頭にもすんなり入ってくる。


「そういやユ……じゃなかった、救済の聖女サマの動向はわかるか? 一時期後方に下がって、最近復帰したはずだけど」

「精力的に活動なされているという話だよ。倒れる前よりずっと元気だとか」


 そっか。そりゃよかった。


「ユースティティア様と知り合いなのか、ヘンリーは」

「あー、ちょっとした馴染みでな。ここに来る前はリーガレオにいたって言ったろ? あそこで冒険者やってて前衛張ってれば、まあ一回や二回はあいつの世話になるさ」


 僕の場合、一回や二回どころの騒ぎではないが。

 でも、初対面の彼らにそこまで話すのは憚られる。ユーは故郷の人を人質に取られることを危惧していたが、そっちよりずっと狙うリスクは高くとも、僕が狙われないとは言い切れない。後はまあ、単純に紹介してくれー、とか言われても困る。


「へえ、ユースティティア様っつーのは美人なんだろ? お近付きになれるなんて、羨ましい話だ」

「……ソウダネー」


 ポールの言葉に、僕は心を無にして同意する。


「ま、俺はそういう高嶺の花より身近な花の方が大切でね。この街、見る限り美人が多そうだ。ヘンリー、色街の場所を教えてくれよ」

「ああ、いいよ」


 ポールに頼まれ、僕は色街について話す。

 僕はこっちに来てから数えるほどしか行ってないし、ここ最近は全然足を向けていないが、男冒険者と付き合っていると自然と界隈の情報には詳しくなる。何人かの情報通から聞いたおすすめの店も合わせて伝えた。


「はい、ヘンリーさん、おかわりです。……今の話聞こえちゃいましたけど、シリルさんには内緒にしておきますから安心してくださいね」

「ちょっ、ラナちゃん? 今のは僕、人伝に聞いた話をしただけなんだけど!」


 エールのおかわりを持ってきたラナちゃんが『わかっていますよ』風な顔で言うが、それ誤解だから!

 しかし、次の客に呼ばれて軽やかに去っていくラナちゃんは、僕の言い訳は聞こえていない様子だった。


「あー、もう」

「はは、お店の子と仲いいんだな。もうここは長いのか?」

「もう半年以上泊まってるよ。いい宿なんだ」


 質問に答えると、アシュリーは少し考え込み、


「そ、そんなにいい宿なんだったら、なあ? やっぱ俺もここにだな」

「いい加減にしろ」

「次ほざいたらふんじばって実家の前に転がすぞ」


 仲間二人に据わった目で怒られたアシュリーは、はあ~~~、と大きなため息をつき、残っていたエールを呑み干すのだった。

冒険者同士の何気ないやり取りとか、なんか書きやすいです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ふと読み直していて、気になったのですが、 > 三人部屋、一泊九千ゼニスになります。 これ、ヘンリーが最初に泊まった時の価格や、他の物価からして900ゼニスじゃないでしょうか? これだと…
[良い点] 男同士特有の、男の弱みをさらけ出した片意地を張っていない会合。
[一言] 良い仲間じゃないですか~ うん逃げ出す前に朝起きる前に簀巻きにして実家にお届けした方が良さそうですねw
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