第九十話 兄弟子 前編
振り下ろされた剣を、横っ飛びで躱す。躱した先に叩きつけられた斧は、如意天槍で防ぐ。腕に洒落にならない負荷がかかるが、なんとか軌道を逸して事なきを得た。
勢い余って地面を叩いた斧が、地面を大きく震わせる。
「あっぶね! 《火》+《投射》!」
大強撃の連続を回避しきった僕は、牽制の火の矢を放ち、転進した。
……それぞれ、斧、剣、槍を持った巨人が、逃げまどう僕を追撃してくる。火の矢は完全に無視された。……魔力ケチりすぎたか。
「Муз ок!!」
お返しとばかりに飛んできた氷の礫。僕は速度を上げてその射程から逃れる。
……しまった、ちょっと距離を離しすぎた。
「おら、こっちだ! ウスノロ共!」
声を上げ、挑発する。
巨人は知能の高い魔物だが、それだけに自分たちより遥かに小さい人間一人に小馬鹿にされていることも理解しており、顔が怒りに染まった……ような気がした。巨人の表情とかわかんないが、多分頭に血が登っている。
「《強化》+《拘束》+《投射》……三連!」
強化した拘束の矢。このくらいの魔導の矢なんて、鬱陶しいとばかりにそれぞれの武器で払われるが、残念。巨人が矢を叩いたその瞬間、その矢は光の鎖へと変化し、鎖同士が絡んで連中の武器同士が繋がってしまう。
「Булжигиттилтр!」
それにますます怒りを感じた巨人たちは、僕じゃ理解できない言語で憤怒の声を上げ、光の鎖を力任せに千切る。
僕は一瞬立ち止まり、へいへーい、と手を振って、更に挑発。
その効果もあって、巨人達は地面を震わせながら凄まじい勢いで突進してきた。
……よし、そろそろ予定のポイントだ。
ちら、と事前に打ち合わせておいた潜伏地点に目をやると、ティオが少しだけ顔を覗かせ、親指を立てる。
準備万端ってコトか。上等!
僕は『その地点』を駆け抜け、巨人たちも当然のようにそこを通り過ぎる――瞬間、地面の色に偽装されていたロープが跳ね上がり、巨人の足を払った。
「Эмне!?」
ずずん、と巨人たちが倒れる。
「重っっも! かったけど、やったぞ、ヘンリー!」
「おう、やるぞ!」
罠に使ったロープの片方の先端は大岩に括り付けられ、もう片方はジェンドの手の中だ。全力ダッシュの巨人三人分の勢いをよく受け止めた。
「《強化》+《強化》!」
慌てて立ち上がろうとする巨人の一人に、《強化》込みの投槍を叩き込む。
頭蓋を貫いたので、これで一匹は倒せた。
「おらぁ!」
ジェンドも、痺れているであろう手は一旦無視して、この千載一遇のチャンスに全力の一刀を見舞った。ジェンドの位置的に、足を一本取るだけだったが、十分な戦果だ。
最後の一体も無傷で立ち上がる、とはいかず、ティオの放った矢が突き刺さっている。
「魔法、始めます!」
「こっちは任せろ!」
シリルの魔法歌が始まり、そのガードにはフェリスが付く。いつものフォーメーションだ。
「私はジェンドさんの援護に!」
「ヘンリー、そっちの足取ったやつ頼む!」
「あいよォ!」
ティオとジェンドが矢傷を負った斧の巨人の方へ行き、僕の相手は槍の巨人だ。
ジェンドに足をたたっ切られているが、無理くり足を切断面にくっつけ、ひとまず立っている。傷口がシュウシュウと煙を上げており、再生中のようだ。
だが、いくら巨人の再生力でも、切断された四肢が完全にくっつくにはそれなりに時間がかかる。しかも、ジェンドの火神一刀流の太刀は傷口を焼いているため、再生には難儀するだろう。
……ロクに踏み込めない状態で、槍などまともに振るえるわけがない。
「爆!」
「おらぁ!」
向こうの巨人は傷は浅いが、ティオの魔導符とジェンドの剣で見事に足止めされている。脆いティオが前に出るのは少々不安がないでもないが、フェリスがユー直伝の『オーラバリア』の魔導で守っているため、過度の心配は不要だろう。
「……Жамандаамы」
後方のシリルは、歌を歌うごとに天井知らずに魔力が高まっていく。それに巨人は危機感を持っているようだが、僕は向こうに通させるつもりは一切ない。
「さて……無理せず、適度に足止めさせてもらうぞ?」
そうして、僕は振るわれた巨人の槍を捌く。
……一分後。
シリルの必殺魔法が、生き残りの巨人を焼き滅ぼした。
「ほい、ヘンリー。お前の分」
「おう」
あの後。似たような感じで巨人や雪の女王といった上級の魔物を狩って帰ってきて、今は教会の酒場のテーブルを借りて報酬の分配時間だ。
パーティの共同資金に入れた残りを等分するのがいつもの僕たちの分け方なのだが、最近は僕がちょっと多めにもらっている。
アルトヒルン上層に挑む前に、上級の魔物を『釣って』きて危険の少ない状況で戦闘経験を積む――その釣り役として、他のみんなより負担が重い役割をしているためだ。
技能的にはティオもできなくはないが、万が一逃げ切れない状況に陥った時の対応力の差があるため、僕が引き受けている。
今は僕の持ち出し分が多い感があるが、こいつらが慣れてくれてアルトヒルン上層で狩れるようになれば、余裕でペイできるだろう。
「でも、今日はうまくハマりましたね。ロープ、高かったですけど、買って正解でした」
「ああ。ティオの偽装も上手かったしな」
巨人の足を払ったロープ。当然、生半可なものでは簡単に千切れてしまうため、特別性だ。
鉄とミスリルの合金。非常にしなやかで頑丈なもので、その分お値段も結構張る。
「他の罠も試してみたいんですが、どんなのがいいでしょうか」
「そうだなあ」
ティオの質問に、僕は考え込む。あんまり複雑な罠だとコスパわりーしな。
「私は罠はそう詳しくないが、例えば落し穴などはどうだろうか?」
「掘る労力がなあ。その分、戦いに回したほうがよっぽど効率がいいと思うぞ」
「それもそうか……」
「はい! シリルさんは、爆弾とか使ってみたいです!」
「高い、却下」
といった感じで、戦術について活発に話し合う。いい雰囲気だ。こうして自由闊達に議論できるパーティは、実はあんまり多くはない。やっぱパーティ内でも立場の強弱ってのは発生するし。
ひとまず、今日のところは新しい戦術は出てこなかったが、もう何回か冒険すれば、改善点も見えてくるだろう。
「それで、次はいつ行きます? なんか最近調子いいので、中一日で明後日くらいですかね?」
「あー、そうだな」
僕はちょっと悩む。
えーと、女三人の、例の日のスケジュールは……大丈夫だったはず。……いやあ、そういえばこれ聞き出すのすっげ恥ずかったなあ。でも、冒険の予定を組み立てる上で、聞かない訳にはいかなかったし。
なんて、少し懐かしんでいると、ジェンドが手を上げる。
「あー、スマン。明後日は、俺の都合が悪い」
「そうなのか。んじゃ、別の日だな」
別にそう急ぐ必要もない。各自の予定を聞いて、その結果次の冒険は四日後となった。
注文した珈琲を啜りながら、適当にダベる。
「ジェンド、明後日の用事って、またお店の手伝いかい?」
「あー、違う違う。知り合いがフローティアに帰省するんだよ。兄弟子なんだ」
ほう、兄弟子。
「兄弟子さん、ですか」
「おう。アシュリー兄っつってな。フローティアにいた頃はティオの家の近所に住んでたぞ、確か」
「アシュリー……アシュリー……そういえば、いた気もします。おっきい剣を持って、いっつも笑っている感じの」
「そうそう、その人その人。十四の時、冒険者になるって言ってフローティアを飛び出して。ついこないだまで音信不通だったんだけど、ちょっと前に帰省するって手紙が来たんだ」
……中々破天荒な兄ちゃんだな。
「アシュリーさんですか。一応、私も話したことはありますけど、あまり覚えていませんねえ」
「シリルとはあんまり接点なかったしな。それに、アシュリー兄が出てってもう六年も経つんだし」
六年、って。
「そんだけの期間音信不通だと、もう家族の人は半分死んだものと思ってたんじゃないか?」
「だなあ。俺も、手紙届くまでは諦めてたし。多分、親父さんにカンカンに叱られるだろうな。ったく、アシュリー兄は昔っから筆不精なんだから」
いや、それは怒られても仕方がない気がする。
「ちなみに、兄弟子ってことは火神一刀流の?」
「おう。リカルド師匠に師事してたのはアシュリー兄の方が先だ。強かったぞ。流石に十四歳当時のアシュリー兄よりは、今の俺の方が強いだろうけど……冒険者としては結構成功しているらしいし、腕も上げてるんだろうな」
ふーん。まあ、リカルドさんの直弟子であれば、半端な実力ではなさそうだ。
「そうそう。骨休みがてら、パーティの人も一緒に来るんだってさ。一週間くらいのんびりする予定らしい」
「他の街の冒険者かあ。ちょっと話聞いてみたいな。フローティアは田舎なせいか情報がイマイチ入ってこないし」
「田舎って……そうだけどさあ」
いや、いいところだとは思ってるよ? でも、教会が発行している冒険者通信以外、外の冒険者の情報が入ってこねえんだもん。
他の街の冒険者がクエストとかで訪れて、噂話といった形で色んな話を聞く……なんてのが普通の街なのだが、フローティアではそういった機会はあんまりない。
「まあ、それなら話通しておくよ。俺も、アシュリー兄の冒険については色々聞いてみたいって思うし」
「おう、頼んだ」
その後も、しばらくぐたぐだと雑談に花を咲かせ。
その日は、解散となった。




