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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第一章 フローティアの冒険者達
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第九話 とある少女

 熊の酒樽亭で朝食をいただき、珈琲をいただきながらまったりする。


 熊の酒樽亭は、朝は宿泊客向けの食事しか出していない。今日は遅い時間に起きたのもあって、店はガラガラだ。

 くあ、と欠伸を噛み殺し、ちょこまかと清掃しているラナちゃんを見る。


 しばらく泊まっているが、この子も偉いよなあ。普通なら遊びたい盛りだろうに、朝から晩までお店の手伝いをしている。

 一応、休みの日もあるらしいのだが、その日でもあれやこれやと雑事をこなしていたりするので、働きすぎじゃないか心配だ。


「ラナちゃーん、珈琲おかわりー」


 それはそれとして、注文をお願いする。


「はーい。ちょっと待ってくださいね」


 ラナちゃんは僕からカップを受け取り、珈琲を淹れに向かう。


 さーて、と。今日はどうすっかな。

 ジェンドとの訓練の約束は夕方からだし、それまでどうやって暇を潰そうか。フローティアの散策は大体終わったしなあ。


 こっちで冒険に出るのが二、三日に一回(これでも結構なハイペース)になったせいで少し時間を持て余している。


 ……そういえば、僕って趣味とかあったっけ。前線にいた頃のたまーの休みは疲れを取るため一日中寝てたし。普段は魔物退治、依頼、訓練で暇な時間は殆どなかった。

 えと、楽しかったこと、楽しかったこと……酒と飯くらいしか楽しみがなかった気がする。


 い、いや待て待て、僕。そこまで寂しい奴じゃないだろう。一年前に目標達成したから、直近一年はそこまであくせく働いていなかったし、なんかやってただろう、ええと。


 ……宿で、ぼーっとしてたっけか、そういえば。

 燃え尽き症候群というやつで。


「ヘンリーさん、お待たせしましたー」

「ありがとう、ラナちゃん。ときに聞きたいんだけど、ラナちゃんって趣味とかある?」


 僕は仲間を探しにかかった。

 ラナちゃんも、この年にして働き詰めだ。きっと、僕と同じく無趣味に違いない。


「私ですか? 私はお勉強が趣味です」

「お勉強」

「はい。寝る前の一、二時間くらいですが、教本見ながら勉強していますよ」

「それって、趣味なのか……?」


 いや、だって趣味って楽しみながらやるもんだろう。

 僕もクロシード式の検定とか、魔物や魔族の生態とか、採取する植物のこととか、必要であれば勉強はするが、断じて楽しいものではない。


「立派な趣味です。ここのお仕事やるんだったら簡単な読み書き計算できれば不足ないですけど、楽しいからやってるんです」

「そ、そうなんだ」


 基本、体を動かす方が得意な僕にはよくわからない感性だ。


「だったら学校とか行かないのか? 確か、フローティアにもあるだろ」


 アルヴィニア王国は教育に力を入れている国だ。

 無論、無料(タダ)ではないが、結構安い学費で通えるはずだ。このくらいの繁盛店なら、何の問題なく払える範囲だろう。


「お店の手伝いのほうが大事ですから」

「そうか……なんか勿体ない気がするな。そんだけやる気あるんだったら、将来学者さんとか」

「いーえ。別にそこまでしたいわけじゃないですし」


 まあ、部外者が無理に言う話でもないが。


 しかし、さて……

 当初の目的である、同じ無趣味の仲間を探すことには失敗したわけだ。


 うーむ、ちゃんとした趣味を見つけた方がいいかなー。自分で考えといてなんだが、『無趣味の仲間を探す』ってすげぇ暗い発想だよね。何の進展性もないと言うか。


「あ、ところでヘンリーさん。一応、宿泊は今日まででしたけど、また延長します?」

「お願い」


 財布を取り出し、向こう一週間分の宿代を渡す。


「はーい。でも、うちとしては大歓迎ですけど。ヘンリーさん、アパルトマン探すとか言っていませんでしたっけ」

「いや、まあ、その。あれだよ」

「どれですか」

「掃除とか、洗濯とか……めんどい」


 食いもんは外で賄えるとして、掃除と洗濯……洗濯も、最悪洗濯屋を利用すればいいから、ネックは掃除だな。

 とにかく、面倒なのである。十年、宿暮らしなので、その辺人に頼るのが当たり前になってしまっている。


 こっちに来て一週間くらいで、地理も大体把握したし部屋探すかー、と思い立ったところで、一人暮らしに必要なあれこれを思いついて……そのままズルズルと熊の酒樽亭に滞在している。


 実家がまだ残ってた頃は手伝いくらいはしてたんだがなあ。いざ一人でやることを考えると、げんなりしてしまう。


「はあ。意外と生活力ないんですね、ヘンリーさん」

「……言い訳はしない」

「もう。あ、お洗濯物あるなら早めに出してくださいね」

「はーい……」


 二杯目の珈琲を啜りながら、僕は打ちひしがれる。


 生活力、生活力……やっぱ身に着けないと駄目かなあ。まさか一生宿暮らしというわけにもいくまい。今のところ冒険の報酬と生活費はトントンで、溜め込んだ貯蓄には手を出さないで済んでいるが、将来に渡ってそれがずっと続くわけがない。


 それに、結婚でもしたら、流石に宿暮らしは駄目だ。今の所、相手のアテはないが。

 ラナちゃんとか、五年後くらいに嫁に来てくれねぇかなあ。働き者だし、将来は美人になりそうだし。


 なんて妄想にふけっていると、まだ開店していない熊の酒樽亭の入り口が開いた。


「ん?」

「………………」


 目をやると、ラナちゃんと同い年くらいの女の子が一人。

 飾り気がなく、動きやすさを重視した装い。荷物は、肩掛け鞄ひとつ。


 さて、ラナちゃんの友達かね。

 見ていると、軽く会釈されたので、こっちも会釈を返す。


 そうして少し待っていると、入り口のベルの音に気付いたラナちゃんが来て、あっ、と声を上げる。


「ティオ! いらっしゃい」

「……うん、こんにちは」

「今日もお肉持ってきてくれたの?」

「うん。猪が一匹と、野鳥が十数羽。どう? いらないなら、自由市場で売るけど」

「そこはお父さんに聞かないと。ちょっと待っててね、呼んでくるから」


 パタパタとラナちゃんが厨房に取って返す。


 ……猪? え、売りに来たの?

 野鳥くらいなら街周辺で捕まえられるだろうが、そういう大型の野生動物……しかも、畑を荒らす猪なんて、見かけたら即駆除で、近場じゃ取れるわけがない。


 ていうか、あんな鞄一つに入るわけがない。

 ……外に荷車でも置いてあんのかな?


 疑問に思っていると、ノルドさんがラナちゃんに連れられてやって来た。


「……やあ、ティオちゃん」

「……こんにちは、ノルドさん」


 どっちも無口っぽいなあ。


「猪、もらおうか」

「はい」


 んで、ティオって女の子が自分の鞄の中に手を入れる。

 手を引き抜くと、ずるっ、と明らかに鞄の容量を超える袋が出てき――はぁ!?


「ぶふぉ!」

「あ、大丈夫ですかヘンリーさん。珈琲、変なとこに入っちゃいました?」

「がはっ、がはっ……ああ、ありがと」


 ラナちゃんが水を持ってきてくれた。それを飲んで、気を落ち着ける。


 ノルドさんとティオは、こちらのことはあまりに気にせず、次々取り出す猪肉の方の見分を行っている。


「……いや、ラナちゃん。あの子の持ってるあの鞄、神器だよね」

「あ、はい。『容量拡張』と『不壊』が付与されているレアの神器だとか」


 お宝じゃねぇか!

 『容量拡張』だけで大当たりなのに、装備の損壊を防ぐ『不壊』付き。僕もそういうの引いてみたい。


 なにせ、冒険の際、いかに荷物を少なくするかは超重要なのだ。

 動きやすさに直結するし、帰りはドロップ品を持ち帰らないといけないから持ち運びのための袋なりなんなりが必要となる。とは言え、必要な道具はちゃんと持っていかないといけないし……と、結構シビアだ。


 それを解決する手段が、稀に天の宝物庫から出てくる、『容量拡張』の能力を持った道具。この能力は、中に入れたものの重量も無視するというチート特性だ。

 こいつを引くと、どんなパーティからも引っ張りだことなる。持ち運ぶ荷物のことを気にせず済むのだから、何を置いてもありがたい存在だ。


「……ん、待てよ。なんであの子が天の宝物庫引けてんの? まだ子供なのに」


 成人まで、後三、四年といったところか。


「ティオは昔から、猟師のお爺さんの追い込み役として、フローティアの森で狩りをしてますよ。ついでに猟に邪魔な魔物を倒すこともあるからって、冒険者に」

「も、森で?」


 おいおいおい、あんな子供が魔物蔓延る森で狩りとか、マジか。

 卸しにきただけというのであればまだわかるが、ガッツリ追い込み役やってるとか。


「それで、この店たまに猪肉のメニューが出てたのか」

「はい。そのお爺さんとうちの先代のお祖父ちゃんが馴染みで、安く売ってくれるんですよ」


 なるほど、そうすると今日は猪のローストが出るかな。

 あれ美味いんだよなあ。


 おっと、今から涎が。


「しかし、危なくないのか?」

「ティオは基本的に魔物からは隠れているらしいので。隠れ方はすごく上手らしいです。ティオのお爺ちゃんが自慢していました」

「へえ~」


 僕も冒険者始めたばっかの頃は魔物と直接やり合うより、雑事とか偵察とかやらされることが多かったなあ。

 これまでちゃんとやって来たというのなら、わざわざ僕が口を挟むことでもないだろう。


 しかし。ふ~ん、変わった子もいるもんだ。


 値段交渉を始めたノルドさんとティオって子を横目で見つつ。

 僕は珈琲の残りを飲み干した。







 後日。いつもの三人でフローティアの森に冒険に来ると、丁度森からこの前会ったティオと、しっかりとした足腰の老人が連れ立って出てくるところに遭遇した。


「…………」


 僕のことを覚えていたのか、ぺこりと一つお辞儀をしてくれた。

 僕も軽く頭を下げ、返答する。


「あれ、ヘンリーさん。あの子と知り合いですか?」

「知り合いというか、ちょっと顔合わせたことがあるだけ。僕が泊まってる宿の子と友達なんだってさ」

「たまに見かけますが、あんな小さな子も頑張っているんですね。よーし、今日も頑張りますか!」


 と、シリルは気合を入れ直している。


 さてはて、まあ僕も頑張ろうか。

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[良い点] 読み応え軽い。スイスイ読めるしセリフ多めで説明文少な目。欠点無し(今の所) [気になる点] 主人公って凡人なのか実はすごいのかよくわからない。 つかみどころがない。 [一言] 素直に面白い…
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