第八十九話 カッセル商会での買い物
「ヘンリーさん、これなんかどう思います?」
「似合ってる似合ってる。それでいいんじゃないか」
「……あのー、せめてこっち見てから感想言ってくれません? 寂しいんですけど!」
やれやれと思いながら話しかけてくるシリルの方を見る。
シリルは店に陳列されているマフラーの一つを手にとって試着している。白いふわふわしたマフラーは、実際結構似合っている。
……だから、僕なんかよりよっぽどセンスがあるんだから、服飾品の一つや二つ自分で選べというのだ。
「あー、うん。やっぱり似合ってるって」
「えへへ、そうですかね? じゃ、シリルさんかわいーって言って褒め称えてください」
「それは断る」
なぜ僕が公衆の面前でそのような羞恥プレイをしなければならないのだ。
……いや、マジでお客さん多いしな。
この店は、ジェンドの実家であるカッセル商会本店の三階。服飾品が並べられたエリアだ。
各階毎に違った種類の商品が並べられた百貨店形式と呼ばれるお店。ここ数十年程で流行りだしたスタイルだが、規模が規模だけに一つの商会だけで実現することは少なく、複数の商会が資金を持ち寄って運営するのが普通だ。
……なお、カッセル商会はいくつか専門店向けのテナントを用意はしているものの、基本的には単独運営。しかも、もう少し規模は小さいものの、同じ形式の店をフローティアに他に二つも持っている。
近場の主要な街にも出店しており、アルヴィニア王国北方辺境の雄と言えるだろう。
まあ、あくまで辺境での大店であり。近くで言うと、四方都市ノーザンティア一の商会であるゲルト商会辺りとは資金力も販路も影響力も、流石に比べ物にはならないのだが。
それはそれ、戦うステージが違うというやつである。
「うーん、じゃ、マフラーはこれにします。そうするとー、手袋も色合わせてー。ヘンリーさん、こっちです、こっち」
「はいはい」
んで、そんなカッセル商会になにをしに来たのかと言うと、シリルの冬物の服の買い出しの付き添いである。
もうそろそろ肌寒くなってきた。そのため、いつもの熊の酒樽亭のランチ時に、シリルがそろそろ冬用の新しい服とか小物が欲しいんですよねー、と零したのである。
その次の台詞は、僕はとっくに見当がついていた。
……予想通り、『そんなわけで、買い物に付き合ってください』とお願いされ、こうして一緒に来たわけだ。リーガレオからこっちに来る時、余計な荷物は大体処分したので、僕も冬物は欲しかったし。
「……ん? おやおや? あれはジェンドでは」
「ああ、みたいだな。なにやってんだ、あいつ」
手袋の並ぶ陳列棚に向かう途中、店の中を歩き回っているジェンドを発見した。
向こうもこちらに気付いたようで、軽く手を上げながらこっちにやって来る。
百九十はある筋肉質の巨漢がカッセル商会のエプロンを身に着けているその姿は、何度か見たことがあるがやはりあまり似合っていない。
「お客様、いらっしゃいませ。我がカッセル商会自慢の品揃えはいかがでしょうか?」
「おう、相変わらず品揃えがいいから満足してる。……で、喋り方直せ」
やや芝居がかった調子で話すジェンドに、しっしと手を振る。いつもと調子が違いすぎて気持ちが悪い。
「へいへい。今日は二人でデートか?」
「ただの買い物の付き添い……デートっちゃあデートなのか?」
シリルにはいつも色んな所に連れ回されているから、なんかそういう特別感って全然ないんだけど。
「あ、そうそう。ときにヘンリーさん、デートといえば男の人があれこれ奢ってくれるのが定番なのでは?」
「ほうほう。ちなみにシリル。男が金を出すのは、その後の色んな下心込みだったりすることも多いんだが……」
あえて好色な笑みを浮かべて、シリルの姿を上から下までじっくり見る。
「……デートなら定番、って言っただけです。買い物に付き合ってもらっているだけなんですから、自分の支払いくらい自分のお財布から出します」
「そうか、それは重畳」
万が一据え膳出されたらほいほい乗っかる気は満々であったが、まあこうなるよな。
「というわけで、ただの買い物の付き添いってことになった」
「……いや、まあ俺はいいけどな、それで」
ジェンドが疲れた顔になってボヤく。
……いや、悪いとは思ってるよ。実際、ちょっとじれったい状態であることは重々承知している。
しかし、色々と僕も考えているのだ。もう少しこのぬるま湯みたいな関係にさせておいてくれ。
「で、ジェンドは店番の手伝いか?」
「あー、人手不足になったら手伝うけど、どっちかっつーと視察だな」
「視察?」
よくわからん。
「どんな商品がよく売れてるのか、お客さんはどういうルートで売り場を回っているのか、商品を手に取って悩んでいる時間は、客層は、人の多い時間は……とかな。他にも色々目ぇ配ってるんだ。次の仕入れとか商品の並べ方とかの参考にする」
すらすらと出てきているが、それ全部見てるんだとしたら観察力すげぇな。
「なんか普通の店員さんがやる仕事じゃないんじゃないですか、それ?」
「……シリル。俺一応、ここの商会の息子で、兄貴になにかあったら会長になるかもしれない立場なんだが」
普通じゃないぞ、とジェンドは言外に伝える。
ジェンドの六つ年上の兄、シェイドさんは会長――ジェンドの父付きの秘書として働き、将来のための経験を積んでいるらしい。
僕と同い年の彼は、成人と同時に幼馴染と結婚。既に二歳の息子もおり将来的な跡継ぎの心配はないが……今なにかあった場合、ジェンドもそれなりの立場とならざるを得ないのだろう。
冒険者仲間としてのジェンドは大変頼もしい。そのような事にならないよう祈るばかりである。
「それに、ヘンリーとかティオに索敵教わってから、目の配り方も良くなってきたからな。折角なんだから生かさないと」
「そ、そういうもんか?」
確かに、僕とティオで索敵技術の手解きはしたが、それって商会の仕事の役に立つもんなのか? それとも、ジェンドが特別応用が得意なだけか?
ものの試しに、しばらく周囲を観察してみる。
「…………いや、関係ないと思うぞ、それ」
このフロアの人の動きは全部掴めたが、それ以外はさっぱりだ。なにが売れ線とか全然読めねえ。
「そりゃ商品の知識とかも必要だからな。冒険者としてはヘンリーが格上でも、その辺で負ける気はねえよ」
「勝ち負け以前に勝負にもなるかい」
流石に専門外だっつーの。
「さて、と。駄弁ってばっかりじゃ後で親父にドヤされる。じゃな、買い物楽しんでってくれ」
「ああ」
「はい、ジェンドもお仕事頑張ってください」
おう、とジェンドは返事をして踵を返し、
「っとと。そうだそうだ。折角だし、これやるよ」
と、なにかの券を渡してきた。
「? なんだこれ」
「今、一階のイベント会場で福引やってんだ。その補助券な。五枚集めれば一回引けるぞ」
手渡されたのは四枚。
「……いいのか、店員がこういうことして」
「いや、俺もここんちで普通に買い物してもらったもんだから。……でも、店主の息子が引いていいの当てたりしちゃったら、顰蹙買うだろ」
あー、そりゃそうか。
「んじゃ、ありがたくもらっとくよ」
「おう。それじゃあな」
今度こそ、ジェンドは去っていく。
「ヘンリーさん、手袋ですよ、手袋。その後はコートでも見ましょうか」
「ああ、わかってるわかってる。手袋なら僕も欲しい」
マフラーは首に巻くってのがなんとなく鬱陶しいと思うので買わなかったが、そっちは買う予定である。
とまあ、そんな感じで、僕とシリルは買い物を楽しんだ。
「……シリル、お前買い過ぎ」
「へへ、ごめんなさい」
その後、買い物は三時間も続いた。
悪びれもせずに笑顔で謝るこの女は、服一着買うのにも散々悩み、そうして悩んだものは『まあいっかー』と大体全部購入。
結果、僕は両手に紙袋を合計八つも持つ羽目になった。僕の分は紙袋一つに収まる程度なのに。
いや、別に重さ的には全然いけるんだよ。でも、歩きづらい。
「はあ、ちゃんと領主館まで運んでやるけど、次からはもうちっと加減しろよ」
「はーい。すみません、去年よりお小遣いとして使えるお金がずっと沢山あるので。今まで憧れてたやつをついつい」
装備品のために貯金はしていても、それだけでは冒険に張りが出ない。なので、適度に自分の遊興に使うのも必要なことだ。
……んで、確かシリルは儲けの一割を小遣いにしてると言っていた。今の僕たちパーティの稼ぎからして、一割でも結構な金額である。
「あ、ヘンリーさん、福引やってますよ、福引」
「そういやそうだったな」
カッセル商会の一階に降りると、真正面にあるイベント会場で数人のお客さんが並んでいた。
中に色付きの玉が入っており、ガラガラ回すと中の玉が出てくるというお馴染みの器具を前に、皆さん一喜一憂していらっしゃる。
張り出されている景品一覧を見やると……ほう、一等はリシュウ温泉旅行ツアーのペアチケットか。
「えーと、ジェンドにもらった補助券と合わせて……丁度二十回引けますね」
「……改めて、買いすぎだお前」
それなりに買い物しないと一回も引けないのに。
「僕の分も回してきていいぞ。確か二回分はあったはず」
片手の荷物を下ろし、ポーチから券を出してシリルに渡す。
「わかりました! シリルさんの豪運、とくとご覧ください!」
うおおおー、と福引会場に突っ込んでいくシリルを、僕は呆れ顔で見送った。
シリルは列の最後尾に並び、ワクワクが止まらない様子で順番を待っている。
……元気なやつだ。
「あれ、ヘンリー? お前、まだいたのか」
声をかけられて振り向くと、お店のエプロンを外したジェンドがいた。
「ああ。シリルのやつ買いまくりやがってな」
「そりゃ、売上に貢献してくださってありがとうございます、お客様……っと」
僕の持つ荷物を見て、ジェンドも苦笑する。
「ジェンドも仕事上がりか?」
「ああ、いや。休憩終わったら、今度は経理の手伝い」
確かに、ジェンドは計算が早いししかも正確だ。金勘定は大体任せている。
しかし、随分とまあガッツリ手伝ってるんだな。冒険者としてあれだけ活動してて、訓練もして。その上でこっちでも精力的に働いているのか。
……昔はともかく、今の僕には眩しいくらいの勤勉さだ。
「お、シリルの番が来たみたいだぞ」
「ヘンリー、シリル何回引けるんだ?」
「二十二回」
さて、どうなることやら。と、ジェンドと共に観察する。
……まあ、瞬発のブーツ以来、天の宝物庫から碌な下賜品を引けていないシリルのこと。
結果としては順当に五等の飴ちゃんを二十二個もらうという結果になったのであった。
ジェンドと二人、笑いながら出迎えてやると、『笑わないでくださーい!』とぽかぽか叩いてきた。
愉快な奴である。




