第八十八話 ジェンドの師匠
フローティア領軍の練兵場。今日は軍の訓練の予定は入っておらず、広い練兵場にはほんの数人しか人はいない。
そんな練兵場の真ん中で、僕は片手半剣を持つ相手と対峙する。構えは、火神一刀流流炎の型。ジェンドが好んで使う猛火の型よりやや防御的な姿勢であり、その構えに僕が見出だせるほどの隙はない。
相手となっているのは、フローティアの兵士長にして火神一刀流の師範。几帳面に整えられた髪と髭が特徴的なこの人は、リカルドさんという。ジェンドのお師匠様だ。
顔は知っていたし、話したこともあるが、こうして模擬戦をするのは今日が初めてである。
じり、とリカルドさんの動きに合わせ、摺り足で移動する。
緊張感に焦れて、僕が動き出そうとする直前、
リカルドさんは剣を振り上げ、その剣が炎を纏う。
剣どころか僕の槍の間合いより更に離れた距離で一体どうするつもりなのか……と、警戒していると、
「飛炎剣!」
リカルドさんはその場で剣を振り抜く。当然刃は僕に届いていない……が、剣から吹き出ていた炎が弧を描いて飛んできた。
「んなっ!?」
驚愕に一瞬反応が遅れる……が、僕はギリギリ横っ飛びして躱す。
逸れたその攻撃は、後方の地面を叩いた。小さな爆発めいたものが巻き起こり、砂塵を噴き上げる。
……火の刃がなんでこんな物理的な衝撃まで伴ってるんだ。
「そら、いきますぞ!」
「チッ!」
飛炎剣を躱して硬直している僕に向けて、リカルドさんが間合いを詰めてきていた。振り下ろされる刃をなんとか槍で弾き、やや崩れた体勢のまま反撃をする。……そんな半端な攻撃は、あっさりと捌かれた。
「そらそらそらそら!」
「こンの――!」
如意天槍を取り回しのいい片手剣に変化させて、続く連撃を防いでいく。
しかし、やりづらい。リカルドさんの剣がなんかぼやけていて、軌道が読みきれない。
これはエッゼさんに聞いたことがある。剣から発する熱で大気を歪ませ、間合いを微妙に誤認させる火神一刀流の奥義の一つだ。
対処方法は確か、剣ではなく相手の腕を見て予測すること。
予測……予測……話に聞いただけで実現できりゃ苦労はねえよ!
「……ふン!」
「おっと」
とりあえずまともに防ぐことは諦めて、如意天槍を伸ばしながら思い切りぶん回し、リカルドさんが防御せざるを得ないようにする。
勿論、リカルドさんはそれを防ぐが、こうも急激に伸び縮みするような武器の経験はそうないのだろう。距離を離すことに成功する。
「《強化》+《拘束》+《投射》!」
拘束の魔導矢を放つ。見事な足捌きで避けられるが、更に距離が離れた。
「オラァ!」
槍をブン投げる。
一直線に伸びてくる槍を、リカルドさんは容易に避ける……が、ところがどっこい!
「分かれろ!」
「なんと!?」
眼前で三つに分裂した如意天槍を、慌ててリカルドさんは弾いた。
……あのタイミングで防御間に合うのか。もうちょい分裂を遅らせられればいいが、これ以上ギリギリを狙ったら今の僕だとタイミング掴めないな。要訓練だ。
槍を引き戻しながら、改善点を確認する。
「……フム。今の能力は聞いておりませんでしたな」
「絶対に秘密、ってわけでもないですけどね。あまり使うコトないので、ちょっとした伏せ札みたいになってます」
リカルドさんの言葉に返す。
「どうします? 続行しますか?」
三つに分かれた如意天槍のうち二つは弾かれたが、もう一つはリカルドさんの脇腹を掠めた。胴鎧に凹みが入っており、それなりの衝撃があったのだろう。リカルドさんは少し当たったところを庇っている様子だ。
万が一直撃しても死にはしないところを狙ったが、加減はあんまりしなかったからな。
「無論です」
勝負あり、としてもいいが、リカルドさんは続きを促した。
こっからは僕の反撃だ。
手傷を負ったリカルドさんを攻め立てていく。リカルドさんは僕の攻撃を巧みに防いでいくが、いかんせん怪我の影響で先程までの完璧な捌き方はできない。そして、まともに受け止めるには残念ながらリカルドさんは膂力不足だ。
戦いあぐねたリカルドさんは仕切り直しを求めて後方に思い切り飛ぶが……狙い通りだ。
「ハッ!」
大体タイミングは読めていたので、それに合わせて槍を振りかぶり、投げる。
狙うはその土手っ腹……の訳がなく、投げた槍はリカルドさんが着地した地面の、その隣に突き刺さった。
「……はは、先程参ったをしておけば良かった。私の負けですな」
「ええ、僕の勝ちです」
ふっ、と全身の力を抜いて、リカルドさんは手を上げて降参の意思を示す。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
模擬戦は終了。僕たちは互いに礼をした。
それを見て、少し離れたところで観戦していたジェンドがやって来る。
今日リカルドさんと何でもありの模擬戦を実施したのは、互いの鍛錬もあるが、一番はジェンドにこの戦いを見せるためであった。
純度の高い火神一刀流の使い手であるリカルドさんの全力。……それを傍から見せるための対手は、この領には他にいないらしい。
「お疲れ様です、師匠。それにヘンリーも」
おーう、と手を上げて応えた。
「しかし……やっぱヘンリー強えな。まさか師匠にこんなにあっさり勝つなんて」
「んにゃ、技じゃ全然負けてたよ。武器の能力と力押しでなんとか、ってとこだ」
エッゼさん程ではないが、リカルドさんも達人だ。その技術は、まだまだ二十代の若造では届かない高みにある。
「いやいや。それらも含めてヘンリーさんの実力です。……私が後十五若ければもっといい勝負を、と思いはしないでもないですがね」
リカルドさんは肩を竦める。
確かに、リカルドさんは聞く所によると五十三歳。とっくにロートル……どころか、戦闘者としては引退していて然るべき年齢だ。それでこれだけ動けるのだから驚愕だが、若い頃であれば更に強かったのだろう。
「技は円熟しても、どうやっても肉体の衰えの方が早い。いや、私のような人種には中々に堪えますな」
「あー、そうですね。……たまーに、五十超えても日進月歩で強くなるような人もいますが。某大英雄とか」
「同年代最大のバグと一緒にしないでいただきたい」
リカルドさんは、一時期エッゼさんと同じ道場で鍛えていたことがあるらしい。
アルヴィニア王国屈指の武の都。四方都市の一つ、イストファレア。リカルドさんの出身地であり、十歳の頃武者修行と称して家出したエッゼさんの最初の拠点だったそうだ。
「まだ子供の頃、数ヶ月共に剣を振っただけでろくに話したこともありませんが……まあ、英雄になるのも頷ける才でしたよ、あれは」
数ヶ月で火神一刀流の奥義を修め、次の道場に。そこでもすぐに一通りの技を極め、更に次に。
……って感じで活動していたエッゼさんのことは、当時イストファレアで修行を積んでいた武人の記憶に鮮烈に焼き付いているらしい。
「まさか、我が弟子がその教えを受けるとは思っていませんでしたけどね。しかも、教え方もこの上なく的確で。……はあ、私の八年の教えはなんだったのか」
「う、い、いや。別に師匠の教えを蔑ろにするつもりはなくて。その、教えてくれるっつーから、じゃあって感じで……ていうか、それは随分前に謝ったじゃないスか、師匠!」
「ふふ、ごめんごめん。意地悪を言ったね、ジェンド」
恨めしげに言うリカルドさんにジェンドが反論し……リカルドさんは、茶目っ気たっぷりに謝った。
仲のいい師弟だな。
「それでジェンド。参考になったか?」
「ああ。師匠の動き、よく見せてもらった。試してみたいけど……」
ちら、とジェンドがリカルドさんを見る。うん、リカルドさん怪我してるしな。
「そういえば怪我の治療もまだでした。治しますよ」
「ああ、これはこれは。お願いしても?」
脇腹を掠めた槍は、鎧は突破できていないから、多分重めの打撲ってところか。僕でも少し時間をかければ治せる範囲だ。
《癒》をかけて、リカルドさんの怪我を治す。
そうして怪我を癒やした後は、ジェンドとリカルドさんの訓練。勿論、僕も混ぜてもらい、その日は大いに鍛錬をした。
たっぷり半日の訓練の後。
せっかくだし呑みに行こうぜ、とジェンドと話したはいいものの、流石に汗でびっちょりの風体でお店に行くのは憚られた。
なので、酒場に行く前に、ジェンドと二人公衆浴場に寄った。
「ふっ、うううう~~~~」
「あ゛ーー、体が溶ける……」
疲れ切ったところに、やや熱めの湯に肩まで浸かると、自然とだらしのない声が出る。これ以上の幸せはそうそうないだろう。
「はあ……フローティアの公衆浴場って初めて来たけど、広いし綺麗だしいいとこだな」
「ああ。俺はたまに来るぞ。家の風呂もいいが、たまにはここに入りたくなる」
「いい香りのする花も浮かべてあって……どこの王侯貴族の風呂だ、って感じがするな」
花と水の都を象徴するような風呂である。
「飾り用とかには使えない形の悪い花の流用だよ……」
「そっかー」
ジェンドの解説に、なるほどーと頷きながら湯を堪能する。
うう、いい気分だ。
「あー、そうだ、ジェンド。言い忘れてた。あれ、リカルドさんの使ってた、飛炎剣? あれお前覚えろよ。『手が長い』ってのは便利だぞ」
しばらく湯船に浸かってから、ふと思い出して僕はジェンドに提案した。
「あれなあ。師匠のオリジナルなんだけど、武術と魔導の合いの子みたいな技で、剣に術式刻まないと使えないんだよ。動作と組み合わせて発動させるから、そんな複雑な術式じゃないんだけど」
ジェンドの武器である大剣は神器。……加工できるのは超一流の鍛冶師に限られる。そりゃ無理だ。
「そっか」
「ああ。普通の剣買って覚えるのは検討しなかったわけじゃないけど、ブレイズブレイドは優秀な神器だしな……」
何度かレアの武器をジェンドは引いているが、『炎纏』の能力を持つブレイズブレイドを越えるものは未だ出ていない。いや、火神一刀流との相性が良すぎるんだよな、アレ。
「まあ、一朝一夕に、とはいかないか」
「ああ。……ま、一歩一歩頑張るさ」
それなら、微力ながらお手伝いはしよう。
そうなんとはなしに思いながら、僕は風呂から上がるのであった。
この章はジェンドにややスポットを当てた日常編となります。




