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第八十六話 救うもの

 全力でリースフィールドの門まで疾走する。

 誰かと接触でもしようものなら、その人を吹っ飛ばして大怪我をさせてしまうかもしれないので、慎重に。


 ただ、幸いにして――というか、リースフィールドの町はフローティアよりずっと田舎で、人通りは少ない。たまにすれ違う人が、全力疾走する僕を何事かと振り返って見ている。お騒がせして悪いが、生憎と構っている暇はない。


 ……冷静に考えれば、なにを焦っているのだ、という気はする。

 怪我人が出たといっても、見ず知らずの人間だ。仮に運悪く死んでしまったとして、可哀想だと思いはしても、一晩寝れば忘れる程度のことに過ぎない。


 が、これは僕の感性である。


 救えなかった人間の数を昔から懲りもせず数えているユーの奴に、良くないものを残したくない。

 僕が走ってるのは、八割くらいはそれが理由である。


 ……後はまあ、助けられるんだったら助けたい、くらいの思いは僕にもある。


「……あそこか!」


 門が見えてくる。門のすぐ内側に見るからにボロボロの馬車と、それを遠巻きに見る野次馬達。


 速度を落として、あの野次馬を掻き分けないと馬車のところには行けないが……面倒くせえ。


「な、なんだ!? 誰か来るぞ……!?」

「よっ!」


 野次馬の一人が凄い勢いで向かってくる僕に気付く。その直後、僕は強く地面を蹴って、集まった人たちの頭上を飛び越える。


「……とっと」


 勢いをつけすぎて、少しつんのめった。ざわざわと、無闇に注目を集めてしまったが、今は速度が優先だ。


「だ、誰だ? 一体なにをしに来た?」


 いきなりジャンプで野次馬を飛び越えて現れた胡散臭い僕に、馬車の警護をしていた兵士さんが誰何する。

 コホン、と僕は一つ息を整え、挨拶をすることにする。無理矢理押し通っても、余計に時間がかかるだけだ。


「林檎の家に世話になっている者です。怪我人が出たと聞いて、助っ人に来ました」

「シスター・フィーネのところの……? いや、しかし。貴方のような男性があの家にいるとは聞いたことがありません。それを証明できるものは?」


 ……くっ、じれったいが、兵士さん側からすれば当然過ぎる質問だ。


「いえ、私はただちょっとした縁で泊まらせてもらっているだけでして。証明といえば、これを」

「! 勇士の冒険者さんですか」

「はい」


 冒険者の身分を証明するタグを見せる。勇士というのは、これでも相当の信用があるのだ。それだけに、授与されるには厳しい基準がある。


「然程強力なものではありませんが、治癒の魔導の心得があります。通していただけませんか?」

「……お願いします」


 そちらに、と案内される。


 馬車の隣にシーツが敷かれ、その上に男四人が横たえられていた。

 三人は冒険者、もう一人は御者と思われる人。その隣に、彼らを心配そうに見ているもうひとりの冒険者がいる。


 横になっている四人は、そこかしこに包帯が巻かれている。その包帯に血が滲んでおり、見るからに痛々しい。


「!? 誰だ、あんたは!」


 四人の側に立っている冒険者が僕に気付いて、怒鳴りながら睨んでくるが、慌てずに対応する。

 知り合いが怪我をしているのだ。こうして冷静さを失い取り乱す人も当然いる。怪我が日常茶飯事だった最前線では、このくらいで狼狽していてはやっていけなかった。


「治癒士の助手をやっている者です。僕は足が早いので、先行して診に来ました」


 相手を落ち着かせるため、丁寧な口調を心がけて話す。

 しかし、咄嗟に出てきた言い訳だが、治癒士の助手……というのは、別に完全に建前というわけではない。ユーの奴の相棒として、治療の手伝いくらいは何度もしてきた。あいつに叩き込まれた知識と自分自身の怪我の経験から、外傷の具合の診断ならそれなりのものだ。


「そ、そうか。怒鳴ってすまない。ヴァルスだ」

「ヘンリーです。早速診ますから、少し待っててください」


 ヴァルスに一言断って、僕はうめき声を上げている四人を診ていく。本格的な医療行為なんて出来るわけもないが、ユーの到着まで間に合いそうか、そうでないかくらいは診ないと。


 冒険者の男二人は、重傷は重傷だが、数日放置でもしない限り大丈夫。幸いにして頭部には怪我をしていないし、呼吸も割と安定している。


 翻って、


「う、うう……」

「…………」


 ……御者のおじさんと、残り一人の冒険者は危ない。


 全身を強く打ち付けており、そこかしこを骨折している。その折れた骨がどこか内臓を傷付けでもしたのか、顔色が悪い。随分体力も消耗している様子で、冒険者の方は声も上げられない様子だ。

 二人の命の炎が、急速に尽きつつあるのがわかる。ユーが来るまでの数分、持つかどうか。


 ……あまり重傷過ぎる相手には効きは悪いが、


「《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》+《(ティオー)》! 《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》+《(ティオー)》!」


 強化を二重にかけた《(ティオー)》を二人にかける。

 ……治癒魔導は難易度が高く、《(ティオー)》を絡めると僕は三つの術式までしか組み合わせられない。


 効果が切れる前に、矢継早に《(ティオー)》を連発する。急速に魔力が尽きていくが、毎度身に付けているポーチからマジックポーションを取り出し、飲み干して続けた。


 ……これほどの重傷となると、僕の治癒魔導では多少の痛み止めと、生命力の補填による賦活効果くらいしか望めない。


 普通であれば、これは死までの時間をほんのわずかに伸ばすだけ。単に長く苦しめることになるだけだ。


 そう、普通であれば。


「ヘンリー! お待たせしました!」


 ……ほら、普通じゃない奴が来た。野次馬を物理的に押しのけて、こと怪我人の治療であれば、間違いなく当代随一の傑物が。


「なあ、おいあれ……」

「あ、ああ。救済の聖女だ。新聞で見たことある。なんでここに」


 なにやら野次馬がヒソヒソ話しているが、気にするのは後だ。


「ユー! こっちの二人、特に左の冒険者のおっちゃんはヤバい!」

「わかっています!」


 ささっ、と二人を診て、ユーは呪文を唱え始める。

 ……簡易的な分、多少大雑把でもいい僕程度のものと比べ、高位の治癒魔導は患者の状態をある程度把握する必要がある。


 こいつの見極めの早さも、ユーが稀代の治癒士として名を馳せた理由の一つだ。


「『ニンゲル神よ、死の淵にあるこの者たちを救い上げ給え』」


 強く、優しい光がユーの手の平から溢れる。


「『リザレクション』」


 その光は、重傷だった二人をまとめて包み、少しずつ体に浸透していった。


 ……やがて、光が収まる頃。


「ん……?」

「あ?」


 今にも死にそうだった二人はぼんやりと目を開けて、なにが起こったのかわからないように視線を彷徨わせた。

















 しきりに感謝する五人からの謝礼はとりあえず後日受け取ることにして。


 僕とユーは、野次馬連中から逃れるため、とっととその場を後にした。


 やれサインだやれ握手だと、ユーをどこかのアイドルとでも思ってんだろうか。……いや、まあ、ツラだけならやっていけるとは思うが。


 もう断るのも面倒だったので、走力で振り切った。ユーの奴の足は遅いが、普通の人を振り切れない程ではない。


「あ~あ、失敗してしまいましたね」

「ん? どうした」


 そうして、とりあえずあの場から離れることに成功し、のんびりと林檎の家に戻る道中。ユーはため息を付いてボヤいた。

 ……そういやこいつ、今更だが外出する時なんでこんなにフード目深に被ってんの? さっきは慌ててたせいで外れてたけど、この前冒険に出かけた時も町中ではこうだったし。


「もしかしたら、私がここ出身だってバレちゃうかもしれないなあ、と。そうすると、少し困ったことに」

「……? あれ、もしかして隠してたのか」

「そうですよ。知っているのは教会の上の方の人と、後はヘンリー含め数えるくらいです。こっちの知り合いにも口止めしてますし、ここの教会も責任者の人しか知らないんですよ?」

「また、なんで」


 うーん、とユーは少し悩んでから口を開いた。


「ヘンリーはこの辺ちょっと疎いですけど。私を勧誘するのに、穏やかな手段を使う人だけってわけじゃないんです」

「……ああ」


 言われてみれば。なるほど、と得心した。


「最近も、女だって甘く見て暴力でかかってきた人がいましたし。返り討ちにしましたけど」

「……その人、一応生きてるんだよな?」


 そういった連中の生死には興味はないが、かと言って殺してたらそれはユーにとって余計な重みだ。


「死んではいません」


 そっか、それなら安心――なんか僕の言葉とユーの言葉、ニュアンス違わなかった、今?


「まあそれで。仮に、私の出身がバレたりしたら……もしかしたらって、想像はつくでしょう?」


 怪我や病気にかかった権力者が、なりふり構わずユーを確保しようとした場合。……人質、など。実にありふれた、そして有効な手段である。


「まあ、精々集まっていたのは二十人くらいでしたし。院長先生にお願いすれば、多分大丈夫でしょうけどね。あの人、この町の人には随分顔が利きますので」

「そうなのか。まあ、なんかあったら手紙でもなんでもいいから伝えろよ。人質の一人や二人、もし取られたとしてもなんとか助けるから。僕、ここに近いしな」

「考えたくはないですが、そういうことがあったらよろしくお願いします」


 ……ただ、僕が出張る必要すらないようにも思う。

 ユーに恩のある奴は、そりゃもう多い。その中には相当上の貴族や実力派の冒険者、騎士も数多く含まれており、そういった妙な動きが発生した瞬間、首謀者を叩きのめしに行くだろう。政治的にも、物理的にも。


「……はあ、治癒魔導を使って疲れました。ヘンリー、甘味でも食べていきません?」

「お前があのくらいで疲れるタマか。まあ、さっきまで訓練してて小腹が空いたし、付き合うけど」


 ユーが指を向けたのは、雰囲気の良さそうな喫茶店。

 窓からちらりと見えたが、客の一人が食べているチーズケーキが美味そうだ。


「はい、決まり。行きましょう」

「はいはい」




 なお、僕の目利きは正しかったのか、その店のチーズケーキは滅法美味かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >死んではいません (社会的に)死んだか、(男として)死んだか……? 優秀な治癒師って優秀な拷問吏になれるよね(小声
[一言] ユー、ヘンリーお疲れ様~ チーズケーキって結構においがするんですよねぇ においをかぐとついつい食べたくなってしまうのはカレーとかと同じですよねぇw
[一言] 熟年夫婦感ある
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