第八十五話 林檎の家の子供
二方向から迫る剣の軌道を見極める。どうやらタイミング自体はバッチリ合っているようだが、あいにくと攻撃する位置が悪い。
僕は体をズラし、片方を躱す。もう片方は僕も持っている剣……何重にも布を巻き付けた木剣で受け止めた。
「わっ!?」
ついでに、空振った方は迂闊にもそのままの勢いで体が流れそうだったので、軽く足を引っ掛けて転がす。
「ケイ!」
「ほら、余所見してる暇はないぞ」
相方を心配して声を上げるレッドの剣を押し返す。剣を手放しはしなかったが、レッドはそれでたたらを踏んだ。
「よっ」
その隙に、転げているケイの肩口に剣を軽くヒットさせる。これで、ケイは敗退。
「くそ!」
「無駄口叩く暇はないぞ。来い」
「うう~~、ヤァ!」
大上段に構えて、レッドが突っ込んでくる。
……大振りすぎだ。
「ヤケになったらその時点で負けだ!」
その剣を振り下ろす前に、僕は一歩先んじて踏み込み、胴打ちをレッドに食らわせた。
「痛っ!」
勢いに押され、レッドはごろごろと転がる。
実戦であれば、これでレッドの上半身と下半身は泣き別れだ。
「はい、これで五戦目終了」
トン、と肩に剣を乗せて、僕は試合の終了を宣言する。
子供たちは疲労からか少しよろけながらも、しっかりと立ち上がり、礼をする。
『ありがとうございました!』
「おう、どういたしまして」
林檎の家の庭。この家の子供である男の子、レッドとケイ。
僕は彼ら二人に剣の稽古を付けていた。
初日に彼らが語った通り、レッドとケイは将来は冒険者を目指している。そのための訓練は日々積んでいるらしく、昔は立派な神官戦士であったフィーネさんの指導の元、今は素振りや体作りに励んでいるそうだ。
……しかし、やはり模擬戦とかやってみたいなあ、と思っていたらしく。
丁度暇をしていた僕に白羽の矢が立ったというわけである。
「レッド、さっき痛いって言ったけど、どこか痛めたか?」
「あー、いや。全然。剣が当たったから、思わず言っちゃっただけ」
へへ、とレッドはバツが悪そうに笑う。
まあ、気持ちはわかる。別に痛くも痒くもなくても、なんか衝撃があったら思わず口走っちゃうことあるよね。
しかし、良かった良かった。まさかユーの奴がヘマするとは思っていなかったが、万が一がある。
「ユー! 念の為聞くけど、効果切らしてないよな!」
「大丈夫に決まっています! ヘンリーにかける時より、十倍は気を付けていますので!」
少し離れたところで、フェリスと対峙しながら神器・破壊の星を構えるユーに声をかけると、トンデモナイ返事があった。
……十倍て。もう少し僕のことを気にかけてくれてもいいんだぞ?
「あー、ちなみにフェリス! 途中、弱った時が何度かあったぞ! 気を付けてくれよ!」
「は、はい!」
気を引き締め直したのか、僕の周囲を巡る魔力がどこか不安定なものから少し強固になる。
ニンゲルの手の魔導の一つ、『オーラバリア』。要は、見えない魔力の鎧を対象に纏わせる魔導である。
強化魔導とはちょっとニュアンスが違い、個々人への調整は必要ない。魔力を対象の中にまで浸透させるか、そうでないかの違いだ。
ただ、自分にかける分には割とお手軽な魔導なのだが、自分以外に付与しようとすると一気に難易度が上がる。ニンゲル教では、自分とそれ以外の二人に付与できれば一人前とされるそうだ。
……で、一応フェリスも自分を対象にする分には使えるし、普段の冒険でも利用していたのだが、それ以上は使えなかった。街の治癒士としての活動が主だったフェリスは、回復系以外の魔導はあまり得意ではないのだ。
しかし、『怪我を治すことより、怪我をさせないことの方が大切に決まっているでしょう!』というユーの一声により、こちらの訓練もすることにしたそうだ。
フェリスは自身と僕にオーラバリアをかけながらユーとの近接の模擬戦。
模擬戦相手のユーも、ついでとばかりに自分と子供たち二人にかけている。
万が一があるので、勿論手加減はしているが、この状態であれば、マジで殴っても子供達に怪我をさせる心配はない。身体強化を用いなければ、の話ではあるが。
「ヘンリー先生、もう一戦、よろしくお願いしますのだ!」
「次は全力だぜです!」
「あー、はいはい」
一応指導してくれる相手に対する敬意らしきものはあるのか、レッドもケイも丁寧な言葉を心がけようとはしているのだが……まあ、九歳と八歳だしな。
「おっけ、次は一人ずつかかってこい。僕は防御に徹するから、好きに攻めるといい」
「よし、ケイ、俺が先に行く!」
「あ、ズルいぞレッド! 俺が先だ!」
ぎゃいぎゃいと。
子供達はどちらが先にやるのかで言い争いを始める。
まあ、喧嘩するほど仲が良いというやつだろう。決闘ではなく、じゃんけんで決める辺り、微笑ましい争いである。
……ん?
「フェリーーースッ! 今気ぃ抜いただろ!」
「す、すまない! 気を付ける!」
戦わない様子だったからか、今少しだけ僕を守るオーラバリアが弱まった。あまりしたくはないが、フェリスに叱責を飛ばす。
勿論、実戦であれば細かく強弱を付けることもある。しかし、慣れないうちは徹底して一定の強度を保つのがコツなのだ……と、ユーが言っていた。
考えてみて欲しい。
例えば、盾があるとする。この盾の強度を知っていて、十分に防げると思った攻撃を受け止める。……しかし、実は盾が劣化していてあっさりと突破されてしまった。
逆に思ったよりずっと強度があったとしても、それを知らなければ攻撃を無理に躱そうとして体勢を崩してしまうこともあるだろう。
だから、一定を保つ。それがオーラバリアの初心者の使い方なのだと。
……ちなみに、かけられる側から言わせてもらうと、オーラバリアの不安定性など百も承知なので、ギリギリの場面であれば基本ないものとして立ち回るのだが。
この辺りの議論を始めると、ユーに言い負かされる未来しか見えないので口には出さない。
「よし、俺からだ! 行くぜヘンリー先生!」
「はいはい、来なさい」
じゃんけんに勝利したケイがうおおおおおー! と雄叫びを上げながら突っ込んでくる。
……いや、無意味に声を張り上げながら走るんじゃない。力入らないだろ、それ。
後でちゃんと言わないとなあ、と思いつつ。
僕はケイの第一撃を防いだ。
「はぁっ、はぁっ」
「ふっ、ふっ」
あの後。
ケイが十五分くらい攻撃しては僕に防がれるのループを繰り返し、同じくらいの時間レッドの相手もして。
最後は二人がかりでかかってこい、と告げて、更に二十分程攻撃を捌き続けた。
おかげで、二人共息も絶え絶えだ。
「二人共、タオルとレモン水持ってきましたよ」
「あ、あんがと、シリルのねーちゃん」
「ありがとう……」
途中から見物していたシリルが、二人を労っている。
えらいねー、と汗だくの二人を撫でて、こちらにトコトコとやってきた。
「はい、ヘンリーさんも」
「おう、ありがと」
別に疲れてはいないが、動き回って喉が渇いた。受け取ったレモン水をありがたくいただき、タオルで少しだけ汗ばんだ肌を拭う。
「でも、一発も当たらないなんてすごいですねー」
「いや、流石に二人がかりとはいえ、子供相手の模擬戦で褒められてもな……」
これを自慢したらすごい嫌なやつじゃね、僕。
「そうですか? でも、ちゃんと指導もしてたじゃないですか。ヘンリーさん、剣もそんなに使えたんですか」
「如意天槍は片手剣にもなるからな。閉所の戦いとか、防御に専念するときとか使うから、結構修練してるぞ」
一応、フェザード騎士団の武術にも片手剣の扱いはあったしな。
片方の手がフリーになるから、道具を使いまくる戦いなんかでも便利だ。
まあ、そういう使い方をする僕が二人にアドバイスできたのは、精々がちゃんとした剣の振り方と簡単な心得程度だった。しかし、教えたのは実戦に即したもののつもりである。うまく活かしてくれればいいなあ。
「ヘンリー、お疲れさまです。子供達のお相手、ありがとうございます」
「おう、そっちもお疲れ。……フェリス、大丈夫か?」
ユーとフェリスも、訓練を切り上げて戻ってきた。
……そして、フェリスは相変わらずボロッボロだ。
「だ、大丈夫。平気だよ」
「そうですか? なら、後三時間くらい」
「ひっ……い、いや、お時間があるなら、是非続きをお願いします。ユースティティアさん」
ユーの言葉に一瞬怯んだフェリスだが、すぐに背筋を伸ばして教えを請う。
ユーに近接でボコられ、僕からはオーラバリアが弱るたびに怒声を飛ばされ。
普通の女なら泣きが入ってもおかしくないところだが、フェリスの不屈っぷりも中々のものだ。
そうして気を引き締めたフェリスに、ユーは笑って、
「ふふ、冗談ですよ。こんなに疲れた状態でやっても、効率はよくありません。ここからは座学の時間です」
「ざ、座学……いえ、わかりました」
不屈なやつは折れたときが面倒だから、とりあえず一回折っとかないと……なんて使命感を抱いているんじゃないだろうな、ユーめ。
疲労困憊のところに頭を使うなんて、結構しんどいぞ。
「無理はすんなよ……」
「ああ、大丈夫さ」
フェリスの笑顔が引きつっている。……と、思いきや、ふと顔を明るくさせた。
「ん? ああ、ジェンド帰ってきたか」
林檎の家に伸びる道を、ジェンドとフィーネさんが連れ立って歩いてくる。
フィーネさんの買い出しの荷物持ちについて行っていたのだ。僕たちが来たことで一気に倍以上人数が増えたので、食材の買い出しも大変なのである。
……寄付金は弾んどかないといけないな。
たた、とジェンドを迎えにフェリスは小走りで向かう。
「いいですねえ、恋人」
ユーが微笑ましそうにするが、こいつそういうの欲しいとか思ってんのかねえ。昔、子供のままごとみたいな感じで付き合ってちゃいたが、それ以降男に興味なさげだし。
実は今でも僕を……と、妄想したことがないわけでもないが、仮にもそういう気のある相手にこの態度はないだろうし。……ないよね?
「おかえり、ジェンド」
「ああ。フェリス、ただいま。……随分とまたシゴかれたみたいだな」
「はは、確かに。ただ、上達していることが実感できるから、つらくはないよ」
まあ、フェリスの元気が出たのなら良かった。
……って、ん?
「あれ、誰でしょうか。こっちに走ってきますけど」
シリルが気付いて、そちらを指差す。
林檎の家は、少し町並みから離れた場所にある。一応城壁の内側だが、あまり人の手がつけられていない場所だ。
だから、こちらに向かってくる人がいればすぐに気付くのだが、なにか必死の様子で鎧を着た人がこちらに向かっていた。
あの装備、確かこの町の衛兵さんのだよな。
「……ただごとではなさそうですね。先生、こちらから迎えにいってきます」
ユーはその様子を見て、ジェンドと一緒に買物から帰ってきたフィーネさんに告げる。
「はい、お願いします」
「おう。護衛は必要か?」
「必要ではありませんが、お願いします」
まあ、ユーに限ってそこらの兵士にやられるとは思わないが、念の為同行することにする。
走ってこちらに向かってくる兵士さんのところまで来ると、彼は息を荒げながら口を開いた。
「じ、自分はリースフィールドの門番のニコラと申します! シスター・フィーネに取り次ぎをお願いします!」
「落ち着いてください。どうしましたか?」
「道中、魔物に襲われて乗員が大怪我をした馬車が町に到着しました! 治癒院より、こちらの方が門に近いので……そちらにも別の兵士を走らせていますが!」
その言葉に、ユーの顔が真剣なものになる。
「今、その馬車はどこに!?」
「こ、これ以上動かすとマズそうだったので、門のところで待機を。応急処置の心得がある兵士が対応しています」
「ヘンリー! 先に行ってて!」
「了解!」
僕は場所を聞くなり、全力で門に向けて走り出した。
ユーも、僕よりは遅いがすぐに来るだろう。
……さて、怪我の具合はわからんが、間に合ってくれよ。




