第八十二話 リースフィールドの一日
さて、エルダートレントをとりあえず半分ほど間引いて、リースフィールドの街の教会で報酬を受け取ったその翌日。
今日、もう一回フォーウッドの森に突撃カマそうと思っていたのだが、これ以上魔境を潰しても浄化がおっつかないという理由により、取りやめとなった。
この街としては前代未聞の戦果に慌てて出てきた教会のお偉いさんが語る所によると、後はこの街に常駐する冒険者の方達に任せて、一年計画くらいでフォーウッドの森の魔境を全て叩く予定らしい。
魔境の件は大分悩みの種だったらしく、僕たちは大いに感謝された。
いやあ、流石は英雄。わが町の誇り、可憐なる救済の聖女様、と大いに持ち上げられたユーは物凄く居心地が悪そうだったが。
「てーかおかしいよなー、アタシも英雄なのに、ユーばっかり褒められてさあ」
「別にお前、知らない人に褒められて嬉しいわけじゃなかろうに」
愚痴ってはいるが、割と周囲の評価は気にしない女だ、アゲハは。
「そーだけどさー。納得いかないじゃん?」
「納得もなにも、実際にエルダートレント相手にしたの僕とユーだろ……」
「魔境を見つけたのはアタシ!」
いやまあ確かに、アゲハの索敵がなければもっと撃破数は少なかっただろうが。
「そうです。アゲハ姉の活躍をヘンリーさんは軽視し過ぎだと思います」
「いや、別に軽く見てるわけじゃないんだけど……あー、ごめんごめん。悪かったよ、アゲハ」
「わかりゃいーんだ」
ティオの非難に僕は素直にアゲハに謝る。
「しかし、暇だから来たけど、なにか買おうって気にはならないな。ティオは欲しいのあるか?」
「そうですね……」
と、話しながら僕たちは適当に周囲に並んだ店を冷やかしていく。
「ヘンリーさん、ヘンリーさん。こっちのカップ、良くないですか?」
「あー、確かに。綺麗だし、使い勝手も良さそうだな」
露店の一つに並べられているカップを指してはしゃいでいるシリルに、僕は適当に同意する。
今日は、月に一回やっているリースフィールドの陶器市の日。この町は特に観光地というわけでもなく、見所がさしてあるわけではないのだが、間が良かった。冒険の予定がなくなって、さてなにしようかと悩んでいると、フィーネさんが教えてくれたのだ。
ただ、来ているのは僕とシリルとティオ、アゲハの四人だけだ。
ジェンドは実家のカッセル商会が付き合いのある商家に挨拶に行き、フェリスは前の約束通りユーから魔導の手解きを受けている。
まあ、全員でぞろそろ市を歩くのも他の人の迷惑になりそうなので、四人というのは丁度いい。
「ヘンリーさんもどうです? お揃いのでも買いませんか」
「いや、僕宿暮らしだし……」
カップを購入したシリルが提案してくるが、宿の部屋に荷物増やしてもなあ。
頑丈なやつなら冒険用に買ってもいいんだが、もう外で使う食器類は揃えてるし。
「あ、そうでしたね。っていうか、いつまで宿暮らしなんですか。お金もかかるでしょう?」
「つい、楽で」
まあ、色んな製品があって見物だけでも楽しいし、今日は見るだけでもいいか。あ、いや。折角だし、ラナちゃん一家に土産くらいは買うかね。
「ふーん。あ、この人形かわいい」
陶器製の人形が並んだ店にシリルは引き寄せられ、目を輝かせる。
僕には人形のなにが良いのかイマイチわからないのだが、楽しんでいるのであればいいだろう。
「なあ、ヘンリー」
「ん? どした、アゲハ」
「アタシとティオ、あんま興味ねーから帰るわ。土産は買ったし、帰って訓練でもする」
ええ……
「お前、来て十分も経ってないぞ」
「いやー、もうちょっと面白いと思ってたんだけどな。じゃな」
「では」
疾風のように二人は帰っていく。……あー、もう。
「おや、ヘンリーさん、アゲハさんとティオちゃん、どうしたんです?」
人形の店から帰ってきたシリルが、姿が見えない二人のことを聞いてくる。
「飽きたから帰るってさ」
「えー」
気持ちはわかる。
「ヘンリーさんも帰ります? あんまり買う気ないみたいですし」
……………………
「んにゃ、付き合うよ。お前一人だと色々心配だし」
「心配とはなんですか! これでもシリルさんは立派な成人ですよ!」
成人ではあるが、立派な、ってのにはちょっと物申したいぞ、僕は。
「はいはい、荷物持ちくらいしてやるから」
「むう。ヘンリーさんの私への認識が、全然改まる様子がありませんね」
シリルが不満そうに口を尖らせる。
いや、そうは言っても、出会った当初からすると色々と変わっちゃいるんだけどな、シリルへの印象。でも、それを口にするのは色んな理由で憚られるので、直接言ったりはしない。
「ほれ、行くぞー」
「あ、ちょっとー。待ってくださーい」
そうして、なんか二人になった僕たちは、リースフィールドの陶器市を存分に楽しんだ。
「ただーいまー」
「ああ、ヘンリーにシリルさん。おかえりなさい」
孤児院、林檎の家に戻ってくる。
庭でフェリスと魔導の訓練をしていたユーが、顔を上げて迎えてくれた。
「……あ、ああ、帰ってきたのか、二人共。おかえり……いいものは買えたかい?」
「はい。色々目移りしちゃいましたが、カップとお皿。後、猫の人形買ってきました。後、領主館で普段使いする大皿が欠けてたので、代わりを」
「僕は世話になってる宿の人へ、商売繁盛の置物をな。……で、フェリス、大丈夫か?」
憔悴している様子のフェリスも迎えてくれるが、こう、息も絶え絶えって感じだ。
「だ、大丈夫さ。そう心配してもらう必要はな……ないよ。少し魔導を使いすぎて、魔力が足りなくなっているだけだ」
「はい、フェリスさん。マジックポーションです」
「……そして、魔力がなくなるとこうして補充して、エンドレスで回復魔導の訓練というわけさ。はは」
ユーが待ってましたと言わんばかりに差し出したポーションを受け取り、フェリスが乾いた笑いを浮かべる。
「魔力はあるに越したことはありませんが、冒険中ならともかく、街中で治療するならこうしてポーションをがぶ飲みすれば魔力問題は解決しますからね。リーガレオでは、ある程度の腕の治癒士であれば無償で提供されます。治癒魔導の精度を上げるのも重要ですが、こういう連続運用に慣れておくと色々と役立ちますよ」
「いや、役立ちますよ、って」
シリルがドン引いているが、実際一番忙しい時期の最前線の治癒士ってこんな感じである。
特にユーの場合、こいつ並の医療ができる奴が他にいないので、重傷者が多いとダースでポーション揃えていた。
……ユーが英雄に叙されたきっかけである大攻勢においては、三十本くらい無理に飲んで吐いてたっけ。
話によると上級の治癒士の派遣を増やすとのことだから、ああいう事態は少なくなるだろうが。
「うっ……」
ポーションに口をつけたところで、フェリスが呻き声を上げて口を抑える。
……こいつ、何本飲ませやがったんだ。他の治癒士への指導をしているところを見たことはないが、意外とスパルタだったんだな。
「はいはい。フェリスさんはこのような訓練は初めてなのでしょうから、そろそろ上がりとしてはどうですか、ユー」
「先生」
と、いつの間にか現れたフィーネさんがそう助言した。
「……私の時は、一向にやめてくれなかったのに」
「それは貴女がいつまで経っても音を上げないからですよ。まったく、負けず嫌いは誰に似たのかしら」
フィーネさんをユーは恨めしそうに睨むが、当の本人はどこ吹く風だ。
……ていうか、ユーの師匠はフィーネさんなのか。いや、院長先生なのだから自然といえば自然ではあるのだが。この人の良さそうなお婆さんが、『あの』ユーを育て上げたとは信じられない。
「はあ……じゃ、フェリスさん。今日はここまでとしましょう。そのポーションは、落ち着いたら飲んでくださいね」
「は、はい……」
へなへなと、フェリスは腰を落とす。
「んー、それにしても、明日はどうしましょうか。先生、治癒院に明日私とフェリスさんを捩じ込むことは可能ですか?」
「ええ。あそこはいつでも人手不足ですからね。私が一声かければ、臨時の治癒士として入れると思いますよ」
「じゃ、それでお願いします」
あー。
そりゃ、訓練のためわざわざ自分で傷付けるはずもないか。僕も《癒》の術式を覚えた時は、実際の怪我に使う前に、同じ術を使える人にかけて魔力の浸透のさせ方や術式が破綻していないかとか見てもらったっけ。
「訓練ついでに入るということなのですから、お給金はあまり出してもらえませんが、それは構いませんね?」
「はい」
「……勿論です」
ユーははきはきと返事をし、フェリスはぐてっとしながら頷いた。
それに、フィーネさんは一つ微笑んで、
「さあ、それでは中に戻りましょう。おやつとお茶を用意したので呼びに来たのですよ」
「……フィーネさん。ありがたい申し出ですが、私はお借りしているお部屋で休ませていただきます」
よろよろとフェリスは立ち上がって、林檎の家に向かう。
「フェリスさん、大丈夫でしょうか」
その後ろ姿を、シリルが心配そうに見送る。
はあ、と僕はため息を一つついて、ユーをジトっと睨んだ。
「やりすぎだ、馬鹿」
「馬鹿とはなんですか、ヘンリー。今日のこの訓練一つで、将来救える命が一つ増えるかもしれない……と考えると、実に有意義ではないですか」
「反論しづらい理屈こねやがって」
そりゃ、理想を言えばユーの意見はもっともだ。
しかし、人間そこまで他人のために滅私奉公とはいかない。適当でいい……とまでは言わないが、自分の信念と自分の都合のバランスは重要だと僕は思うぞ。自分の都合最優先でフローティアに引っ込んだ僕が言うことではないかもしれないが。
「それに、フェリスさんは本気で訓練に臨んでいました。手を抜くほうが礼を失するかと思いますが、いかがですか?」
むう。まあ確かに、訓練自体はフェリスが望んだものだったか。
「あー、はいはい、わかったよ。でも、体を壊さないようにだけは注意してくれよ」
「ふふ、誰に向かって言っているんですか、ヘンリー?」
……言われてみれば誠にごもっとも。こと人間の体に関して、僕がユーに気を付けろなんて、ちとおこがましかったか。
僕の意見、全部真正面から打ち返されちまった。
「まあ、仲間を心配する気持ちはわかります。その辺りは変わってませんね」
「普通だろ、普通」
「ええ、普通ですね」
なにが楽しいのか、ユーはニヤニヤ笑っている。
あー、くそ。こういう表情の時のユーに、僕は勝てた試しがない。
「ほら、フィーネさんが折角おやつ用意してくれたんだ。冷める前にいただこうぜ」
「はいはい」
と、わかってますよ風を吹かせるユーに、苦々しい思いを感じながら、家に戻る。
その後は、フィーネさん手製のアップルパイとアップルティーを美味しく頂いた。
庭の林檎が生る季節の定番らしい。
毎年作っているだけあって非常に美味しく、シリルのやつはレシピをせがんでいた。
……はあ。まあ、なんだかんだで、平和だ。
ちょいと最近忙しいので、更新ペース落ちるかも知れません。




