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第八十一話 エルダートレントの消える日

 僕がエルダートレントの群れの中に飛び込むなり、無数の枝が襲いかかってきた。

 醜く節くれ立った、黒い枝の切っ先。

 ただの植物ではない、フルプレートアーマーすら紙のように貫く魔の枝だ。


 都合、二十七本。

 ユーの支援により研ぎ澄まされた感覚のおかげで、背後から襲ってくるものも含めその全てを把握する。


「ハァッ!」


 如意天槍を二度、大きく振る。

 それで、半分程は直接叩き落とし、その他の枝も叩き落とした枝に邪魔されてその軌道を捻じ曲げた。


「$$$%”##!##」


 エルダートレントの、顔のように見える木の洞を風が吹き抜け、不気味な呪文めいた音を響かせる。

 その音が魔法の合図だったのか、樹毒領域の毒素を含んだ地面から石の槍が突き出始めた。


 それはどんどんと僕の立つ所まで影響を広げ……


「舐めんな!」


 槍で地面を払って抉り、エルダートレントの魔力を断って魔法の発動を止めた。

 残った石の槍を払いながら、魔樹の一つに駆け寄る。懲りずに伸ばされた枝は、僕の速度に付いてこれないので無視だ。


 そうして、間合いに入る。

 なにも、気合を入れる必要などない。いつものように槍を魔力を纏わせ、突きを繰り出す。


 ……それだけで、普段に倍する威力が吹き荒れ、エルダートレントの中心部に直径一メートル程の穴を穿った。


 一突きで上下に分断されたエルダートレントの上部が地面に落下する。


「うん」


 感触を確かめるように、拳を二度、三度握る。

 ……ユーのティンクルエールを受けるのは久し振りだが、いつもの通り絶好調だ。


「ちょっとヘンリー! 動き確かめたんだったら、こっちのフォローお願い!」


 やや離れた位置であるものの、それでも数本のトレントに攻め立てられているユーが救援を求めてきた。あいつは近接でも中級の群れを余裕で蹴散らせるくらいの腕はあるが、上級中位複数はちと厳しい。

 短槍に変化させた破壊の星で防いでいるが、いつまでも続かないだろう。


「悪い!」


 ユーを襲っているエルダートレントは丁度良く少し固まっていたので、如意天槍を投擲、分裂させ、まとめて粉砕した。

 槍を投げて引き戻すまでに、残ったエルダートレントの枝が襲いかかってきたが、全て躱す。


「うっし、やるか」


 大体感覚は思い出したので、本格的に攻めることにする。


 そのために、如意天槍の形状を変えた。

 刃部分を片手剣並にし、柄も伸長。イマイチ苦手なのであまり使うことのないグレイブ型。だが、パワーを叩きつけるのであれば向いた形状だ。

 こいつを《強化(ハザク)》三つと《(イグニス)》二つの五重術式で強化し、僕は駆け出した。


「ふン!」


 走りながら一閃し、エルダートレントを二本根本から切り飛ばす。


「はっ!」


 続いて二閃。五本を伐採。


「オラァ!」


 この群れの長だと思われる、十メートルを越える巨大なエルダートレントを、大ジャンプからの唐竹割りで仕留める。


 そうして、ひとしきり暴れ、


「……ふぅ」


 一息をつく。

 ほんの数分暴れただけで、四十はいたエルダートレントの群生地は潰れていた。


 如意天槍をいつもの短槍に戻し、周囲を改めて見渡す。

 エルダートレント達は、瘴気となって空気に溶けようとしている。仕留め損ねはなし。


 普段の僕であれば、こいつらの枝も魔法もそれなりの脅威で、こんなに早く倒すことはできない。パワーとスピード任せの雑な戦い方だったが、そんな戦い方で倒せるほど、ユーの支援は強力だ。


「ヘンリー、お疲れ様です」

「ああ、ユーもな。それなりに魔力使ったが、まだいけるか?」

「誰に聞いているんですか。余裕ですよ」


 ユーの魔力量は僕の倍はある。そして、ティンクルエールの効果で、僕はユーの魔力を使うことも出来る。

 おかげで、普段使いはできない五つの術式を組み合わせた魔導を維持したまま戦えた。


「でも、湯水のように使わないでくださいね。五重も必要ないでしょう、エルダートレントであれば」

「だな。手応え的に、《強化(ハザク)》なしでもイケる。でも、魔導も使わないと鈍るし、折角なんで」

「折角だから、なんて理由で人の魔力を好きに使わないの」


 いやいや、重要だぞ。クロシード式の魔導は組み合わせを増やすごとに難易度が爆発的に上がっていくのだが、五つは僕の技量的に割とギリギリだ。しばらく使わなかったら、いつの間にか使えなくなっていた……なんてことが普通にありえる。


 フローティアに引っ込んだ僕が、そんな技量を維持する理由があるのか? と問われたら答えに窮するが。

 いや、ほら、あれだよ。最上級出たし……


「あ、みんなが来ましたよ」


 ユーの言葉に振り向くと、戦いが終わったことに気付いたのか、アゲハを先頭にみんながこちらにやってきていた。


「おーう、トレントの退治、お疲れさん」

「ああ。アゲハ、そっちは魔物どうだった?」

「魔猿がまた来たけど、ちっちゃい群れだったからすぐ蹴散らした」


 またか。魔猿も随分倒したな。ドロップする魔猿の皮はいい革鎧の材料になるし、ティオの鎧でも作っても良いかも知れない。後でみんなに相談しよう。


「ていうか、ヘンリーさん。ユースティティアさんと二人でエルダートレント退治に向かって、まだほとんど時間が経っていないと思うんだが。この短時間で、こんなに倒せるものなんだね」

「エルダートレントって、基本動かないからなあ。移動しないから、追いかけたりする必要もないし」


 しかし、根を張ってるということから、魔境を作るのは得意な魔物である。

 そうして、広げた魔境で新しいエルダートレントが発生して……って形で、移動するのではなく同種を増やして自分たちの領域を広げていくのだ。


「無駄にピカピカに光っているわけじゃないんですね」

「シリル、お前はどこから目線なんだ、それ」


 ったく。


「あー、そうだティオ。ここマッピングしといてくれ。後で浄化かけてもらおう」

「そうですね、わかりました」


 ティオが鞄からメモを取り出し、この場所について記していく。

 エルダートレントがいなくなったとは言え、魔境に変わった場所は自然に元に戻るわけではない。この瘴気でまたエルダートレントが発生した場合、元の木阿弥だ。


 なので、後で街の浄化術士に来てもらい、ここを普通の場所に変えてもらう。

 そうして初めて、魔境を潰し終えるというわけだ。なお、昔、浄化術が未発達だった頃は、人が自然に持つ浄化力を使うため、冒険者が何日も魔境のところでキャンプしていたとか。


「あー、ヘンリーこの野郎。人の従妹を顎で使いやがって」

「言い方が悪い。仲間なんだから助け合うのは当たり前だろ。っていうかアゲハ、次のエルダートレントの群生地でも探してきてくれよ」

「はいはい、わかったわかった」


 突っかかってきたアゲハにお願いすると、素直に探しに行く。魔猿より更に身軽に木の上に登り、一瞬で視界から消えた。

 ……さっきのは、多分ティオが地図描いてる間暇だからとりあえずでイチャモンつけてきたな。落ち着きのない奴だ。


 そうしてしばらく。


「メモ取り終わりました」

「アタシ、帰還!」


 ティオのマッピングが終わるのと、アゲハが戻ってくるのがほぼ同時だった。


「ありがとう、ティオ。アゲハ、そっちはどうだったんだよ」

「アタシにはお礼の言葉はないのか!」

「はいはい、助かった助かった。で?」

「あっちとあっちに一つずつ。両方走って五秒もかかんない」


 お前基準の速度で換算すんな。えーと、普通に歩いて十分くらいかね。


「後、あっちの方角に二つ、ちょい離れたトコに百本くらいあるでっかいやつが一つ、後はー……ティオ、ちょっと貸して」


 ……アゲハは、暗殺が大の得意だが、索敵も軽く化け物である。

 この短時間に、どうやらこのでかい森の三分の一くらいの範囲を調べ切ったようだ。ティオのメモ帳に、さらさらと調べてきた群生地の位置を描いていく。


 僕はそれを頭に叩き込んだ。


「ここまでわかってんなら、僕らだけで行って潰してくるよ。後で適当に合流しようぜ」

「そだな。よし、お前らー、あっちにでかい魔猿の群れがいたから、アタシ達はそっち行こうぜ!」


 一旦、ここで別れることにする。

 合流の場所も時間も決めてないが……まあ、なんとなくわかるだろう。


「ジェンド。ちゃんとみんなをまとめてくれよ。……ああ、アゲハも適当に使っていいから」

「あー、アゲハさんはともかく、他は承った」


 一応、僕らのパーティはリーダー僕、サブリーダージェンドである。

 僕が抜けるのであれば、ジェンドが指揮を取ることになる。


「シリル、頑張れよ」

「はい、シリルさん頑張ります! ヘンリーさんも頑張ってください」

「ありがとな」


 ぐっ、とガッツポーズで激励してくれるシリルに礼を言う。


「あ、ユースティティアさんも頑張ってくださいね。ヘンリーさんをよろしくです」

「はい、ありがとうございます」


 よーし、お前ら行くぞー、とアゲハが声を上げ、ててて、とシリルもそっちにくっついていく。

 さて、こっちも向かうか、と思っていると、


「可愛い子ですね、シリルさん。ヘンリーに随分懐いているようで」

「あー、まあ。そうだな」


 面と向かってそういうこと言うのは、あいつが調子に乗るので言わないが。


「それに、ティオちゃんも可愛いし、フェリスさんは美人さんですね」

「……なにが言いたい」

「手紙でも書きましたが、あまりデレデレして不覚なんて取らないくださいね」


 するか! 失礼な奴め。


「つーか、ユーも面構えだけなら異様に整ってんだろ。そんなお前と一緒に冒険してきたんだぞ、僕は」

「だけ、は余計ですけど、褒められて悪い気はしませんね」


 ふふ、と笑うユー。ったく、なにが楽しいのやら。


「ええい、さっさと行くぞ。日が落ちる前に、アゲハが調べたトコは全部潰すつもりで」

「ええ、そうしましょう」


 そうして、僕とユーは次のエルダートレントの群れに向けて走っていく。




 そうしてその日。

 近隣でも有数の危険地帯とされているフォーウッドの森の魔境が、半分攻略され。


 翌日から浄化術士の方々がひーひー言いながら浄化する羽目になったらしい。


 ……あー、ちょっとやりすぎたか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 浄化術士の皆さん、お疲れさまですw
[良い点] ヘンリーが格好いいのにのんびりでやっぱり恰好いい [気になる点] シリルさんのご機嫌のほど [一言] ユーさん的には、ヘンリーは大事すぎて恋愛とか超えちゃってるのかなー? 今のところユーさ…
[一言] エルダートレントは犠牲になったのだ… ヘンリーとユーの引き立て役としてな… 勇士の中ではヘンリーってトップクラスの強さですかね、これ。 ソロでも割と器用万能だし、ドーピングorユーの支援貰…
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