第八十話 光
鬱蒼と茂る大森林。
フォーウッドの森は、フローティアの森より随分と薄暗い印象がする。瘴気もあちらより随分濃く、足を踏み入れた途端ポイズンウルフが襲いかかってきた。
フローティアの森より格段に難易度が高い狩場だ。
「ポイズンウルフの牙かー。これ、いい毒薬の材料になるんだよなあ」
と、襲いかかってきた十匹のポイズンウルフの首を一瞬で刎ねたアゲハが嬉々としてドロップをかき集める。
……まあ、フローティアの森がそもそも駆け出し向けの狩場である関係上、アゲハ辺りにとっては大差のない狩場である。
「毒薬なら僕も作りたいから、ちょっと分けてくれよ」
「ヤだ。これ、アタシ一人でやったんだから、アタシんだ」
ちぇっ。まあいいや、どうせこの調子ならポイズンウルフもばんばか出てくるだろ。
「というか……相変わらず、疾いですねアゲハさん」
「へっへ。凄いだろ?」
シリルが感心して、アゲハが調子に乗る。……まあ、確かにこいつの速度は大したものだが。
「っと、ウッドゴーレムもお出ましだ」
三メートルほどの大きさの、木でできた人型の魔物が、のそりと現れた。
ゴーレム系はその素材により大きく強さが上下する。
ただ、木とは言え結構固いし、基本的にデカいしで、ゴーレムの中では最弱の部類であるウッドゴーレムであっても、中級下位に位置づけられている。なお、金属系になると中級上位以上のランクだ。
「っし、今度は俺が行くぞ!」
ジェンドが気合の声を上げ、大剣を構えて突っ込んでいく。
見た目通り鈍重な動きでウッドゴーレムが拳で迎撃しようとするが、ジェンドは屈んで躱し、一気にダッシュ。懐に飛び込んで、ウッドゴーレムの胴を横一線薙ぎ払った。
ジェンド得意の火炎斬り。固く締まった木材の体を容易に切り裂き、切った端から炎上させる。
初めて戦う相手なのに、危なげない立ち回りだ。これまでの経験を確実に血肉に変え、色んなことを想定した動きになっている。
その証拠に、
「ジェンドさん! 上です!」
「わかってる!」
ティオの鋭い警告の声が飛び、ジェンドは弁えていたように大剣を直上に構える。
……もし気付いていないようなら割って入る必要があったが、木の上から降ってきた大きな影の攻撃を、ジェンドは問題なく防いだ。敵に攻撃を仕掛けても、周囲への警戒は欠かしていない。うん、本当に見違えるように上手くなった。
「あれが魔猿というやつか」
「そう」
フェリスの呟きを肯定する。
中級上位の魔物、魔猿。
体長二メートル少々、黒い体毛のごっつい猿だ。狡賢く、非常に好戦的。木などに飛び移ったりする身軽な魔物で、それでいて力も強く、結構脅威度は高い。
「僕らが森に近付いていた頃から狙ってたな、これは」
「ええ。囲まれていますね」
少し周囲に視線を巡らせると、樹上からこちらを睨んでいる魔猿が六匹ほど。僕たちを囲むようにして、こちらを睨みつけている。
……さっきのウッドゴーレムやポイズンウルフも、こいつらが誘導したな、多分。
「さて、と。これを振るのも久し振りですが」
ユーが、背負っていた棒を構える。それは先端に拳大の鉄球の付いたもので、ユーが意思を込めると棒の先端から鉄球がゴトリと落ちる。
……しかし、単に外れたというわけではなく、棒の先端と鉄球は光の鎖で繋がれていた。
「よい、っしょ」
くるくると棒を動かし、ユーは鉄球を回転させる。徐々に光鎖が長くなっていき、それに釣られ鉄球も大きく、そして棘が生える。
所謂、モーニングスターと呼ばれる類の武器だ。
「やあ!」
そして、十分に遠心力が乗ったところで、ユーは樹上の魔猿の一匹に向けてそのモーニングスターを振った。
際限のないかのように光の鎖が伸び続け、棘付きの鉄球が魔猿の一匹に向けて直進する。
「!?」
所詮、手元で振り回す武器だと勘違いしていた魔猿は、その予想外の射程に躱そうとする。
しかし、ユーが手元の棒を操作することで鉄球の軌道が微妙に変わり、魔猿の片足に突き刺さった。
「ッッピギィ!?」
魔猿が更に悲鳴を上げる。足に突き刺さった棘の側面から、更に追加の棘が生えて肉を中から突き刺したんだろう。
そして、ユーが手元の棒を思い切り引き、同時に光の鎖を短くすることで、哀れ魔猿は地面に叩きつけられる。ついでに、突き刺さっていた鉄球に引っ張られて肉が削げ落ちた。
「……やっぱり、ちょっとなまっちゃってますね」
「そりゃわかるけど、相変わらず見た目エッグいな、お前のそれ……」
一撃で胴体にぶち当てられなかった辺り、確かにちょっと腕は落ちているようだが、棘付きの鉄球で相手の部位を破壊するその見た目は、ちょっとお子様にはお見せできない光景である。
ユーの持つエピック神器『破壊の星』。能力は『光鎖』、『形状変化』、『軌道操作』。
半実体の魔力の鎖でどこまでも伸び、形状操作で鉄球の大きさを変化させたり棘を生やしたりし、飛ばした鉄球の軌道を変えることができるという……まあ、要はモーニングスターに似てるのは見た目だけで、全然別の運用をする武器である。
なお、『形状変化』は僕の如意天槍と同じ能力だが、対象が鉄球だけに縛られている関係上、破壊の星の方が細かい調整が効く。
……でも、棘から更に棘を生やして相手の内部から突き刺すとか、控えめに言って鬼畜の発想だと思うんだ。
「ティオ、やってくれ」
「はい」
それはそれとして、ティオに言ってユーが叩き落とした魔猿へ矢を射掛けさせる。足をやられたことで避けられず、魔猿はそのまま絶命した。
ユーが先端をただの鉄球に変え、光鎖を短くすることで手元に戻し……といったところで、いきり立った魔猿が全員上から襲いかかってきた。
「おら!」
一番狙いやすいところにいた魔猿に向けて槍を投げ、地面に到着する前にその頭蓋を貫く。
「シリル、お前は僕の後ろ! フェリスとティオはタッグでやれ! ジェンド、そっちはテメェでなんとかしろ!」
自分のパーティのみんなに指示を飛ばす。初めて戦う場所で初めての相手だから、指針を与えるべきだろう。
「俺の扱い雑じゃね!?」
ジェンドが文句を言うが、これは信頼の証である。いや、実際に純粋な前衛としての完成度が高いジェンドは、魔猿相手に十分ソロで戦えるし。
後、ユーとアゲハは流石に指示する必要はない。アゲハはとっくに落ちてくる魔猿の一匹に向かって飛んで、交差しながら首を飛ばしているし、ユーは僕の斜め後ろで鉄球を刃に変えて構えている。
鎖をなくした破壊の星の棒の先端に、刃。……要は槍だ。昔、ちょっとだけ手解きをしたら、意外と近接の才能もあったらしく、自衛くらいはできるようになった。
まあ、本職治癒士なので、フェリスと同じくゴリッゴリに戦うというタイプではないが。
「じゃ、やりますか。ヘンリー」
……うん、まあ、頑張るか。
「『アイシクルコフィン』!」
シリルの放った青色の光線が、フェリスとティオが足止めしていた魔猿に命中し、その体を凍りつかせる。
……これで、今襲ってきた魔猿は全て討伐完了だ。
フォーウッドの森に入って大体一時間。都合三度目の襲撃である。
「お、多いですね」
魔力はまだまだ余裕といった感じだが、戦って、歩いて、戦ってのサイクルが短すぎるため、シリルが泣き言を言った。
「あー、好戦的で、知恵の回る魔物ならこんなもんだ。気付かなかったみたいだけど、森の入り口んトコ見張ってた魔猿は十匹くらいいたぞ。多分全部別の群れの見張り役で……んで、準備のできた群れから襲ってきてる」
「それでですか……」
「縄張り意識が強いやつらだから、群れ同士連携してこないからまだ楽だけどな」
ある程度の社交性まで持ち合わせた魔物――巨人とかまさにそうだが――であれば、もっと厄介だ。
「っと、ジェンド。お前、怪我大丈夫か」
「平気……って言いたいところだけど、駄目だな。腕が上がらん」
フェリスとティオのコンビに対し、魔猿が五匹がかりで襲ってきて。
流石にそれは不味いとジェンドがそのカバーに入った結果、こいつは手痛いダメージを負っていた。
鎧の上からだったからまだマシだが、強烈な膂力を持つ痛烈な打撃が三、四発左腕に入っている。おかげで力が入らないのか、だらりと腕を垂らしていた。
……まあ、この状態で二人を守りきり、ティオ、フェリスと一丸となってアゲハが援護に入るまでに三匹も倒し切ったのは素直にやるな、ってところだが。
本当は転げ回るほど痛いだろうに、ジェンドは平静なフリをしている。ただ、脂汗がダラダラと流れている辺り、強がりなのはバレバレだ。
「悪い、僕が行けばよかったな」
「へっ、いつまでもヘンリーにおんぶにだっこじゃ……いでててっ!?」
怪我の具合を見るべく、フェリスがジェンドの腕にそっと触ると、ジェンドは取り繕うこともできず悲鳴を上げた。
「かなりひどい打撲だ。骨もかなりイってるね」
「そ、そうか?」
「ああ。まあ、任せておいてくれ。……『慈悲深き女神よ、癒やしの光を賜わしたまえ』」
フェリスが魔導の始動のためのキーを唱えると彼女の腕輪型の呪唱石が光を灯し、その光がジェンドの腕を包む。
「『ヒールライト』」
癒やしの光が数秒瞬き、消えた頃にはジェンドのしかめっ面も和らいでいた。
「おお、サンキュ、フェリス! 助かった!」
「なに、お互い様じゃないか。私も助かったよ」
「私からも、ありがとうございます、ジェンドさん」
互いに礼を言い合う三人を見ていると、ふとユーの視線もあいつら……っていうかフェリスに向いている事に気付いた。
「なんだ、やっぱりスカウトしたいのか?」
「正直、そうね。彼女、現時点でもニンゲル教の上級治癒士以上ですよ。魔導をどこで習ったのかヘンリーは知っていますか?」
「セントアリオのニンゲル教会だってさ。師匠とかは知らないけど」
「アルヴィニア王国の王都ですね。そこのニンゲル教会というと……ルーン導師かしら」
心当たりでもあるのか、ユーは呟く。
「まあ、それは後で聞けよ。それより、そろそろ近いぞ」
「ええ、そうね」
森の奥を睨む。
ここまでは、やや見通しが悪いとは言え、普通の森と言えた。
しかし、もう二十メートルも進めば、瘴気が格段に濃い魔境に入る。
ピリピリとした敵意が肌を刺すようだった。
……地面に根を張る植物の魔物の性質上、即座に移動して襲ってくるということはないが、奴らの間合いに入った途端、四方八方から攻め立てられることは間違いないだろう。
エルダートレント。その魔樹の群れが、もうすぐそこだ。
「さて、と。おーい、お前ら! アタシ達はこっからヘンリー達の援護だ。首がないとかいうつっまんねー魔物より、もっと面白いのを狩ってこう!」
アゲハめ、やる気の削がれること言いやがって。
まあいい、あいつのああいう態度を気にしても仕方がない。
「さて、ユー」
「はい」
反動が割とあるので、ここまでは強化してこなかったが、そろそろユーの強化魔導の出番である。
「おお、いよいよお披露目ですか。私、どんなのか結構楽しみでした」
「あはは、シリルさんの期待に答えられるかはわかりませんが、見ていてくださいね」
見学モードに入ったシリルに対し、ユーは微笑ましそうに手をひらひらする。頑張ってくださいね! とシリルは無邪気に応援していた。
「では……『天に坐す神々よ、この者、ヘンリーに祝福の光を賜わし給え』」
ユーが朗々と詠唱を始める。
呪唱石に物理的に刻まれた術式を用いるものとは違う、少しの音程のズレにより効果が変わってしまう……戦闘用としては殆ど用いられない、詠唱式の魔導発動形態。
強化の術式自体は呪唱石のものを利用するが、それを個々人用に最適化するためには、この詠唱式の補助が必須なのだ。これを作り上げるのに、普通であれば年単位の時間がかかる。
「『我が英雄よ、貴方の力を見せてくれ。私の光とともに、その剣で邪悪を打ち払ってくれ』」
しかし、やはり少し恥ずかしい。古式に則った詠唱なのだが、こう、『我が英雄』とか言われるとくすぐったいぞ。
……イカン、余計なことを考えるな。
「『ティンクルエール』」
視界に光が満ち溢れる。
ユーの魔力が僕の力を遥か高みへと引き上げ、かつてない……じゃない。久し振りの全能感が全身を包んだ。
能力増強ポーションやロッテさんの歌より、ずっと強烈なバフ。
かつては、この魔導を用いて二人で一つの英雄と呼ばれた人もいたらしい。
ま、そういう称号はないが。この状態の僕は『そこそこ』のつもりだ。エッゼさん、ロッテさんらの領域に、一歩踏み入れているってくらいには。
「……す、すごく光ってますね」
「ああ。目立つのがこいつの唯一の欠点だ」
ま、そんなのは些細なことだけどな。
「んじゃ、行ってくる」
離れすぎると効果が切れるので、ユーも一緒に付いてくる。
んじゃ、やるか!




