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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第一章 フローティアの冒険者達
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第八話 ジェンドとの休日

「そういえば、シリルに聞いたぞジェンド。好きな人がいるんだって?」

「あいつ……」


 ジェンドの繰り出す一撃を槍で逸らす。一撃が重いから苦労するが、それでも力をうまく受け流していく。


「まあ、別にいいけどな。単に、話す機会がなかっただけだし」


 僕のカウンターの柄打ちを、ジェンドは肩のプロテクターで受け止める。ダメージはないだろうが、構わず僕はそのまま押して、間合いを空けた。

 距離が離れたので、突きを繰り出す。ジェンドは押されたままの勢いで後ろに飛び、槍の間合いから逃れる。


「へえ、どんな人、なんだ!」

「美人だ!」


 追いかけて横薙ぎ。遠心力の籠もった薙ぎ払いを、ジェンドは剣をしっかと構えて受け止める。


 うへぇ、頑丈。


「そいつはひと目会ってみたいな」

「あいにく、この街の人間じゃないから、会えないぞ」


 軽口を交わしながら、応酬は激しくなっていく。


 ……もちろん、別にふざけているわけではない。僕もジェンドも、真剣も真剣だ。

 訓練用の木剣と先に布を巻いた棒だが、勢いよく当てれば怪我をする。軽い気持ちで会話しているわけではない。


 だけど、冒険中は互いの意思疎通が重要だ。相手への警告や救援依頼、その他諸々。


 ギリギリの場面はともかく、『戦いながらも、口をきける』ってのはそれなりに意味がある。


 まあ、鍛えてないと難しいんだけどな。息が上がるし、噛み締めないと力出ないし。

 でも、魔力を体に通して戦える人種であれば普通の行為だ。


「そこっ、っと」

「うっ」


 防御の隙間を縫って、僕の突きがジェンドの首元に飛ぶ。寸止めをし、しばし残心。


「まいった」

「お疲れー」


 本日の模擬戦、十戦七勝三敗。なんとか勝ち越して、先達としての面目を施したといったところだろうか。


「あー、くっそ。五、六戦目連続で取れた時は、イケると思ったんだけどなあ」

「六つも年違うのに、そうそう負け越してたまるか」


 ……なーんて言っても、多分、後一年もあれば武器だけの勝負じゃ分が悪くなるだろう。ぶっちゃけ、才能的にはジェンドのほうが上だ。

 剣技で上回られても、魔導なり戦術なり、色々と勝ちに繋げる要素はあるが、悔しいは悔しい。


「ジェンド、タオル」

「おう、ありがと」


 庭木にかけておいたタオルを取り、ジェンドに投げる。


 ここは、ジェンドんちの庭である。


 ちょっと、僕は困っていたのだ。訓練する場所に。


 定期的に冒険に出かければ勘は鈍らないが、実戦だけで強さが維持できれば苦労はない。ちゃんと素振りなり、型稽古なりして技が崩れないようしないと、いずれ強さは下降線をたどる。

 実戦オンリーで腕を磨き続けるナチュラルボーンファイターな奴もたまにいるが、そういうのは例外だ。


 ……いや、この街で冒険するだけなら正直多少腕が落ちても構わないのだが、これもある種の強迫観念と言うか。


 ともあれ。

 訓練するなら教会の訓練場に行けば……とも思ったが、あそこの申請、ぶっちゃけ面倒臭い。


 かと言って適当な広場で槍を振り回すわけにもいかず、ジェンドにお前普段どこで訓練してんの? と聞いたところ。


 自分ちの庭を紹介された。

 流石大きな商会やってるだけあって、家も庭もでかい。


「そういえば、改めて庭貸してくれてありがとうな、ジェンド。今の常宿にも近いし、正直助かる」

「そりゃ俺の台詞だよ。師匠は忙しくて、普段は一人で筋トレと素振りするだけだったからな。打ち合える相手がいるのは助かるんだ。しかも、今んとこ格上だしな」


 ウィンウィンというやつか。

 しかし、『今のところ』と付ける辺り、結構負けず嫌いだな。戦闘者として、当然と言えば当然か。


「あ、おーい、キヨさん。なんか飲み物持ってきてくれないかー。二人分!」

「はいはい、かしこまりました、坊ちゃま」


 丁度通りすがった使用人さんに、ジェンドは飲み物を依頼する。


「……この歳で、坊ちゃまはないと思わないか?」

「はは、まあまあ」


 なんとも言えず、曖昧に笑って誤魔化す。

 僕の経験上、あの手のおばあちゃんはお前が中年になっても坊ちゃまって言い続けるぞ。


「おっと、そうだ。それで、続き聞かせろよ。フローティアにいない、美人ってどんな人なんだ」

「食いつくな、お前」

「そりゃ、面白いからな」


 失恋でもしてりゃ遠慮するが、そうでもなきゃ好いた腫れたの話は良い娯楽だ。別に色恋話が好きなのは女だけの話ではない。


「まあ、黙っててもどうせシリルから漏れるだろうから白状するけどさ」

「うんうん」

「年は二個上。普段は王都に住んでる。騎士の家系でさ、四年くらい前までは、年二度この街に来てたんだよ。別荘があってな」


 騎士……ねえ。


 いや、別荘持ちの騎士って、結構なおえらいさんでは? 平騎士の給料じゃ、ちっとハードル高いぞ。この街、観光地だし、前線から離れていて安全だしで、結構地価は高い。


「まあ、小さい頃なんで正直良く覚えてないんだが。ひょんなことから仲良くなって、俺とシリルとそいつと、こっち来るたび遊んでたんだ」

「で、惚れたのか」

「ああ」


 照れが見えねえ。つまんない。


「ん? それじゃ、最近はこっち来てないのか」

「まあ……別荘も売られたって話だし。不幸があった、とは聞かないけど」


 ジェンドは普段らしからぬ不安そうな顔になる。


「ま、フェリスに限って心配はいらないだろ。もしなんかあったとしても、俺が強くなってないと助けにもなれないからな。今は訓練と冒険だ」

「……お前、物語の主人公タイプだな」

「は? なんのこっちゃ」


 でもねー、強くなくてもできることはあると思うぞう。

 王都行きの護衛依頼とかないか、目を光らせておいてやろう。


「ていうか、俺ばっかりに聞いて、お前はどうなんだよ、ヘンリー」

「僕?」

「ああ。最前線で、勇士として冒険者やってたんだろ。いい人の一人や二人、いなかったのか?」


 うーん、いい人、いい人ねえ……


「いないなあ……」

「え? そうなのか」

「僕と付き合いのある女冒険者って物騒なやつばかりで、んな気にはならなかったし。たまにいいなって思った子は大体彼氏付きだし」

「冒険者以外は?」

「町娘さんなんて、いつ死ぬかわからない冒険者と付き合う気がある子、ほとんどいなかったなあ」


 いないことはない。でも、そういう子と付き合うのは、やはり冒険者の中でもイケている男だ。

 僕は自分で自分がイケているなどと自惚れてはいない。詩集も読めないし。


「じゃあ、誰かと付き合うってこと、なかったのか。いや、俺も経験あるわけじゃないけど」

「娼館には行かなかったわけじゃないけどな」


 あの街での娯楽と言えば、呑む、打つ、買うだったからなあ。

 まあ、僕はどちらかと言うと呑んだり、食ったりの方が好きだったので、あまり通っていたわけじゃない。


 特定の嬢に入れあげて、身代を持ち崩す奴もいたし。……それは酒も一緒か。


「しょ、娼館、か」

「お、興味あるのか? じゃ、ちょっと行ってみるか?」


 フローティアだと、そういうお店は特定の街区のみ営業を許可されている。

 場所はチェックしてある。……なんだよ、悪いか。興味は薄いが、ないわけではないのだ。


「ええい、悪い遊びに誘うな。大体、俺結構顔知られてるんだから、バレたら困るんだよ!」

「ほう、バレなきゃいいってことか。任せろ、軽い変装術なら知り合いのシーフに習ったことがある」


 髪型を変えてちょっと化粧するだけで印象は随分と変わるのだと、僕はそれで初めて知った。


「いや、行かないっつーの!」

「よいではないか、よいではないか」

「しつこい!」


 僕とジェンドのじゃれあいは、キヨさんが冷たいお茶を持ってきてくれるまで続いた。
















「ったく、ああいうのやめてくれよ。キヨさんの誤解解くの大変だったぞ」


 どうもキヨさんは会話が聞こえていたらしく『坊ちゃまもついに大人になるのですね』と、遠い目をしていた。


「悪い悪い」

「ったく。一杯目は奢りだからな」

「はいはい」


 あの後。


 軽く汗を流してから、僕とジェンドは酒場に繰り出していた。

 ジェンドの行きつけらしく、大将に声を掛けられていた。


「ここは何が美味いんだ?」

「大体は美味いが、魚がいいぞ、ここは」


 こういう時は、常連の言葉に従うに限る。

 そういえば、大陸でも相当北にあるフローティアは海に近い。馬車で一日くらいのところに、港町もある。もしかしなくても、そこからの仕入れかな。


「んじゃ、魚の煮付けとエールにする」

「俺もエールで。あと、適当におすすめ頼むぞ」

「任せた」


 ジェンドが慣れた様子で注文すると、待つこともなくエールがお通しと一緒に届く。

 お通しは、野菜を炊いたもの。ほほう、なかなか美味そうじゃないか。


「んじゃ、乾杯」

「おう、乾杯。訓練お疲れさん」


 エールを呑む。

 いや~、体を動かした後の酒は美味い! そして、どこの店でもフローティアンエールが出てくる嬉しさよ。


「お前、ほんっと美味そうに酒呑むな……」

「いや~、この街で生まれ育ったお前にはわからんだろ」


 フローティアンエールは、リーガレオじゃ普通のエールの倍じゃ効かない値段してたし。


 お通しの野菜を食べる。

 うむ、いい味が染みている。


「次の冒険はどうする? コボルト相手も慣れてきたし、僕としてはそろそろ次の段階かなー、と思うんだが」

「そうだな。次っつーとワイルドベアか。一回だけ戦ったけど、そんなに強いとは思わなかったな」

「お前もシリルも攻撃力あるから、どっちかっつーと鈍いワイルドベアの方がやりやすいんだよ。あれの売りはタフさだからな」


 大きな図体で生命力が強いし、強靭な獣毛に覆われて生半可な刃物を通さない。

 火神一刀流ドーン、魔法ドーン、な二人にとってはカモだ。


「だとすると、ジャイアントスパイダーか……」

「あー、それはやめといたほうがいい。今のままだと不意打ち食らう」


 普通の巣を作る蜘蛛と似たような習性で、基本『待ち』の戦法なのだ。

 動きがないし、隠れるのが上手いのでよほど注意しないと見つけるのは難しい。


 僕が先行して偵察に行ってもいいが……


「いや、まあ順序よく行こう。ワイルドベアも、複数いると厄介だぞ。攻撃力も高いから、ちゃんと爪避けないといけないし」

「そっか。まあ、そうだな。っと、料理届いたな」


 料理もつまみながら、ジェンドと酒を呑む。冒険の話に、好みの女の子の話に、近況にと、盛り上がる。


 いやー、いいね、気兼ねなく話せる男友達。


 できれば、これからも仲良くやっていきたい。


 そう、強く思う夜になった。

お通しとか日本の文化っぽいですが、そのあたりはふわっとしています。


2019/10/1

ジェンドの想い人の名前を変えました。

キョウカ→フェリス

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― 新着の感想 ―
[一言] キヨ…坊ちゃん…いずれコヒナタのヨウゲンジにお墓が建ちそうな人だ(ぉ
[良い点] 前の回のシリルの話と合わせて程よいキャラ回でした。フェリスへの変更は印象が柔らかくなったので、登場時の描写を期待します。
[一言] キヨさんの名前が最初だけキミさんになってるのが気になりました。 まだ読み始めたばかりですがとても楽しく読ませてもらっています。
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