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第七十七話 英雄二人と勇士一人

 とりあえず洗濯物取り込むまで中で待ってて。


 と、ユーに言われ、孤児院『林檎の家』に通された。


 中で応対してくれたのは、柔和な感じのお婆ちゃん、シスター・フィーネ。この孤児院の院長さんらしい。

 優しげな笑顔を常に浮かべており、安心できる雰囲気の方だった。孤児院を任せられているのにも頷ける。


 応接室に案内され、テーブルについた僕たちに、まずフィーネさんは深々と頭を下げた。


「今回はわざわざユーのお見舞いに来てくださってありがとうございます」

「いやー、仲間ですしね。アタシも、ユーのやつには色々怪我治してもらった借りがありますから」


 あっはっは、とアゲハが笑う。

 ……まあ、確かにコイツも、僕も、ユーがいなければ何回死んでいたかわからない。


 その点については感謝しかないのだ。


「あ~、いや、俺達は……その、ユースティティアさんの仲間だったヘンリーが行くっていうから、もののついでっていうか」

「あらあら、そうなのですか。この町はいい町ですから、楽しんでいってくださいね」


 バツが悪そうにジェンドが言うが、フィーネさんはころころと笑ってそう返事をした。


「はい、ありがとうございます。それで、その、見舞いと言うか、お土産と言うか。持ってきたので、皆さんでご賞味ください」


 ジェンドが菓子折りを手渡す。中はフローティア銘菓のフローティアクッキーである。


「これはこれは。ご丁寧に」


 フィーネさんは恭しく受け取る。


「ところで、アゲハさん、ヘンリーさん。リーガレオでのユーの様子はどうでしたか? 冒険者通信でたまに記事になるので多少は知っていますけれど、是非お友達の方からお聞きしたいわ」

「あー、そうですね。僕はまあ、最近後方に引っ込んだのでここ半年ばかりのことは知らないんですが」


 思い返す。

 リーガレオでの、ユーの様子。


 ……うん。

 そのまま伝えたらフィーネさん、ひっくり返っちゃうな。やめとこう。


「ええと、その。やっぱり英雄に認定される程だけあって、ユーの治癒魔導はすごくて。リーガレオの冒険者は、みんな彼女に感謝していましたよ」

「んで、二回も三回も自分を当てにして不用意に怪我してくる奴は、治した後ぶん殴ったりしてな!」


 アゲハテメェ! 僕の思惑をいきなり台無しにしやがったな!


「あらあら。でも納得ですわ。あの子、昔からお転婆だったもの。聞こえてくる噂みたいに、絵本の聖人様のような振る舞いをしているなんて、違和感があったんです」


 さ、流石は生まれた頃から知っているだけあって、フィーネさんも心得たものだったか。

 なら、全部ぶっちゃけてもいいか。


「あとそうですねー、あいつ、モーニングスター使ってそれなりに近接もこなすんですが。やめろって言うのに頭に血ぃ上ると突撃する悪癖があって」

「そーそー。夜襲かけてきた魔物に安眠妨害されてめっちゃキレて突っ込んだことあったよな。アタシとヘンリーも、釣られて目が覚めて」

「お肌が荒れるー! つってな! あれは笑えた。……まあ、寝間着のまま戦おうとすんのは笑えなかったけど」


 待て落ち着けコラ! と、僕が止めに行ったんだっけ。


「あん時はヘンリーめちゃ焦ってたよな」

「防具も付けずに魔物の群れに突っ込むなんて、焦るに決まってんだろ」


 と、僕とアゲハは同時に部屋の入口の方を見る。


「そういえばあん時のお礼の言葉、聞いてなかった気がするなあ!」

「アタシも頑張ってうるさい魔物共を倒してやったっけー」


 ドアが開き、ぷるぷると拳を握り締めているユーが登場した。


「……ヘンリー、アゲハ。貴方達、私の見舞いに来たの? それともからかいに来たの?」


 笑顔を引きつらせて、ユーが僕とアゲハを睨む。

 この距離からなら、たとえ殴りかかられたところで余裕で躱せるぜ。


 ふふふ、とユーの反応を窺っていると、奴は一つ息を吸い拳を解く。

 ……ん? こうもあっさり怒りを鎮めるとは珍しい。


 そう訝しんでいると、ユーはにっこりと笑顔を浮かべ、


「そうそう、ヘンリーのお仲間の皆さん。知っていますか? ヘンリーは神器の槍を投げるのが必殺技ですが、あの技は『殲天大槍・一投千滅』っていうんですよ!」


 ぎぃやあああああああーーーーー!?


「やめろ! 僕の恥ずかしい過去をほじくり返すな!」

「過去って言うほど昔じゃないだろ、ヘンリー。ありゃ確か、ジルベルトの奴をお前が倒して二ヶ月くらいだっけ」


 時期までバラすな! それまでの復讐者モードの反動でちょっと変になってたんだよあの頃は!

 単に槍投げ、とか言うの味気なく感じて。適当に考えた技名を披露したんだが……そういえば、こいつらあの時もめっちゃ笑ってたな!


「アゲハも、アゲハ・ネックスラッシュとか変な技使うんです」

「? 変とはなんだ。カッコいいだろ、アゲハ・ネックスラッシュ」


 ……ユーも甘い。センスが壊滅的にズレているアゲハへの嫌がらせなら、


「そういえばアゲハ。お前、首刈りを信条にしているくせに、昔ケルベロスやったとき、首じゃなくて頭カチ割ったことがあったよな」

「なっ!? ヘンリー、お前なにバラしてんだ!」


 いや、自分で言っといてなんだが、こいつなんでこれを恥ずかしがってんだ。


「チッ、こーなったらエッゼのオッサンから仕入れたお前らの恥ずかしい秘密を暴露してやる! なーなー、ティオ。この二人、昔付き合ってた頃、ケーキを食べさせ合ってたことがあったんだってさ!」


 それはユーにやりたいって言われて渋々付き合ってやったやつぅ!


 ……はっ!?


「アゲハ。そこまで言うなら私にも考えがあるぞ……」

「ん?」

「実はアゲハのお尻にはそれはもう見事な三連星のほくろがあるんですよー! やだ、恥ずかしー!」


 マジか。


「ヘンリー、想像すんじゃねえ!」

「してねぇ!」


 反論する。


「……なんでこの人達ノーガードで延々と殴り合ってるんです?」

「知らん」


 シリルとジェンドの声も、興奮した僕には届かない。

 そのまま、ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあと。


 ……リーガレオでは若手冒険者筆頭扱いだった僕たちは、シスター・フィーネが『そろそろおやめなさい』と諌めるまで言い争いを続けた。
















 あの後。


 是非にとご招待され、僕達一行は孤児院の夕食の場に招かれていた。また、今から宿を探すのも大変だろうと、泊まっていっては、とご提案いただいた。


「ええと。本当にいいんですか。フィーネさん」

「ええ、全然構いませんよ。最近巣立った子が多くて、今子供は三人しかいませんもの。部屋は余っているんです」


 それは、ユーが今世話をしている三人の子か。

 男の子が二人、女の子が一人。確か名前は……えーと、ケイ、レッド、ジール、だったかな。さっき教えてもらったばかりで自信がないが。


「まあ、そういうことならありがたく」

「はい。じゃ、ユー、お夕飯の配膳、手伝ってくれる?」

「わかりました。みんな、もうすぐご飯だから手を洗っておいでなさい」


 はーい、と子供たちは元気よく返事をして、手洗い場と思しき方向に走っていく。


「こら! 家の中で走らない!」


 ユーのお叱りが飛び、どたどたとうるさい音が静かになった。


「ほら、ヘンリー、貴方達も。子供たちの立派な手本にならなきゃ」

「……はいはい」


 ユーに言われ、僕達も手を洗いに行く。


「アゲハ姉。倒れたって言ってたのに、ユースティティアさんって割と元気そうですね」

「あいつはタフな女だからな。まー、アタシも心配はしてなかったよ」


 手洗い場に向かう途中、ティオがアゲハに話しかけ、アゲハは笑って答える。

 ……まあ、アゲハの言うことも事実だ。事実ではあるが。


「? どうしました、ヘンリーさん」

「なんでも」


 シリルに聞かれたが、適当にひらひらと手を振る。まあ、あえて言うほどのことでもないだろう。


 そうして、手を洗って戻ってくると、食堂の大きなテーブルに晩御飯が配膳されていた。芳しい香りが漂っている。

 ……部屋も借りるし、六人も増えて食材を余計に使わせてしまったし、後でお金は渡しておこう。代金だと言うと固辞されそうだが、寄付という体であれば断られないだろうし。


「はい、それでは皆さん。神様に今日の糧を感謝しながらいただきましょう」


 フィーネさんが食事前の簡易的なお祈りを捧げる。僕は普段の食事では省略しているが、仮にも教会経営の孤児院であるここは、毎回やっているようだ。

 僕達もフィーネさんに習って行う。子供達も慣れているのか、堂に入った様子でお祈りをしていた。


「では、いただきます」


 メインのシチューを一匙掬って口に運ぶ。

 中々変わった味付けだが、結構イケる。薄味ではあるのだが、ハーブを強めに効かせており、物足りないという感じはしない。


 パンは……あ、クルミが練り込まれてる。僕、ナッツ系好きなんだよね。


 今日はフローティアから走ってきて体力を使ったこともあり、自然と食事が進む。


「ヘンリー、おかわりはいりますか?」

「頼む」


 ユーが見計らっておかわりを促し、僕は素直に皿を渡す。

 大盛りで返ってきたシチューに、子供たちがやっているのを真似て卓上の調味料を軽く振る。


 ……ふむ、これもハーブの類か。味が変わって面白いな。


「冒険者の方は沢山食べますから、シチューはたっぷり作っています。皆さんも遠慮しないでくださいね。ほら、ええと……フェリスさん、だったかしら? お皿が空ですけど、いかがですか?」

「ありがとうございます、救済の聖女様。いただきます」


 神妙に皿を差し出すフェリスに、ユーは困った顔になる。


「あのー、二つ名呼びは勘弁してください。普通に、名前で呼んでいただければ」

「そ、そうですか? で、ではユースティティア様とお呼びさせていただきます」

「様もいりませんから……。多少、魔導の腕が達者なだけで、私はニンゲル教においてはただの一神官ですよ」


 英雄の称号を持っているから、グランディス教じゃ司祭と同等の地位なんだけどな。なお、ニンゲル教の方からも昇格の話はあったそうだが、面倒だから蹴ったらしい。


「それではユースティティアさんと」

「はい、それでお願いします。はい、おかわりですよ。パンもありますから、どうぞ」


 積極的にみんなの世話を焼くユーの姿は、記憶にあるものと変わらない。


「……フィーネさん、ユーのやつ、倒れたって聞きましたが」

「ええ。ここに帰ってきてから数日は体調を悪くしてそうでしたが、一週間ほどで元気になりましたよ」


 にこにこと笑顔を浮かべるフィーネさんも嘘はついてないんだろう。


 さて、まあ。

 ……後で話すかあ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全話を通してとても読みやすく、ストーリーのテンポも丁度良い感じでストレスなく読むことができました^ ^
[一言] 魔法を使う代償の有無については魔力の消費以外触れられてなかったので、他に致命的な何かがあったり? まあ、そこまで深刻な何かじゃないのかもですが。 ユーは良いお母さんになりそう。 昔馴染み…
[一言] ノーガードで打ち合いまくり…w まぁ、仲がいい事は良き哉。
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