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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第六章 冒険者たちの日々
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第七十四話 仕立て屋

 フローティアの西の街区に広がる職人街。

 その中でも、服飾関連のお店が連なる一角に、その店はある。


 仕立て屋フローレンス。

 フローティア伯爵家御用達のお店で、その縁でシリルの冒険用の服は殆どここで作ってもらったらしい。


「……で、合ってたよな」


 ここまで案内してくれたシリルに、念の為確認する。


「はい、そーですよ。じゃ、入りましょう」


 こんにちはー、と、なんの気負いもなくシリルはお店に入っていく。

 ……慣れってすげえな。領主様御用達というだけあって、店構えがすごく高級感溢れてて、僕は若干の気後れを感じているのだが。


 こういうお店ってあれだよ。戦う人種であれば、爵位持ってるような騎士様が訪れるお店だよ。いくら強くても、野卑なイメージのある冒険者が軽々に足を踏み入れられるお店じゃない。


「? なにやってるんですか、ヘンリーさん。お店の前で立ったら邪魔になりますよ」

「わ、わかってるよ。うん」


 僕は居酒屋も高級店より大衆酒場派なんだけど。

 と、内心キョドりながら、僕はお店の中に足を踏み入れる。


 そうして、目に入るのは華やかな見本の服の数々。ディスプレイもなんか凝った感じで、よくわからんがこれがセレブっぽいというやつなんだろう、多分。


「やあ、いらっしゃい」


 そうしてお店の内装に目を奪われていると、唐突に声を掛けられる。

 ……お店なのだから当然店員さんもいるわけだ。声を掛けられた方を見てみると、妙齢の美女がカウンターに座って面白げに僕を眺めていた。


「シリル、彼が君の冒険者仲間ってやつかい?」

「はい。ヘンリーさんです。ヘンリーさん、こちら、このお店の店主のフローレンスさんです」


 お店の名前そのまんまか。


「あー、どうもはじめまして、フローレンスさん。ヘンリーです」

「ご挨拶どうも。フローレンスだ」


 頭を下げて挨拶をする。


「あ、そうだヘンリーさん。フローレンスさんは私達と同じ、フェザード王国の出身なんですよ」

「そうなんですか?」


 そういや、前にシリルが言ってたっけ。昔は、フェザード王国の元王女であるアステリア様を頼ってこの領に来た人間もいたって。


「ああ。十年前の魔国の攻勢から命からがら逃げてきた一人さ。……そういう君の噂も聞いているよ、ヘンリー。我らが故郷を滅ぼした魔国の指揮官を打倒したそうじゃないか」

「知ってるんですか」

「アステリア様の服を仕立てているのは私だからね。茶飲み話くらいはする」


 そっちからかー。


「フローレンスさん、元はフェザードの王室に出入りしていたお店のお針子さんで、私もたまに会ってたんです」


 そうか。そういえば、シリルはフェザード王国に仕える従者の家系で、住み込みで仕事をしていたご両親とともに城で暮らしていた……ってことだっけな。


「はは。そろそろ腕も上がってきたし、独立しようかな……って考えていた時にあの侵攻だ。いや、参ったよ……実際ね」


 フローレンスさんは肩をすくめて、遠い目をする。

 こうして立派な店を構えているところからは想像はできないが、きっと大変な苦労があったんだろう。


 少ししんみりとした空気となったが、フローレンスさんはすぐに気を取り直し、僕に向き直った。


「さて、それで? 今日のご用件はなんでしょうか、お客様」

「ええと、それはですね。今日来たのは、フローレンスさんにお願いしたい仕事がありまして」

「そりゃそうだろうね。そうじゃなきゃ逆に驚くよ。……まあ、たまに私を口説きに来る奴もいるがね」


 あー、うん、気持ちはわかる。なんていうか、退廃的な雰囲気のするエロい美人さんだもん。ちょっと僕が相対するには難易度が高い相手だが。


「うちは今、少し仕事が立て込んでいるんだけど……他ならぬシリルの紹介で、我が故国の英雄の依頼だ。まずは内容を聞こうじゃあないか」


 うーわ、すげえ恥ずいな、そういう言われ方。と、とにかく、モノを出すか。


「ええと、はい。この、僕の冒険用の戦闘服なんですが。ちょっと、魔物との戦いで傷ついて」


 と、袋に詰めて持ってきた服を広げる。

 ロッテさんと一緒にフェンリルと戦った時、大きく破れた戦闘服。


 ひとまず、予備の戦闘服でこれまでやってきたが、やはり防御力に不安が残る。オーガくらいなら別に問題はないが、また巨人とかとやり合うかも知れないので、早急に直したい。

 しかし、少々特殊な素材を使っているので、それなりの腕のある仕立て屋さんに任せないといけないのだが……と、この前のミーティングの場でみんなに相談したところ、シリルがこのお店を紹介してくれたという流れである。


 魔物と戦う者の装備は、ある程度の品になってくると、付与魔導と呼ばれる系列の技術を持つ専門の職人が作ったものになる。

 金属であれば錬鉱術、布であれば錬織術等と呼ばれる職人芸。これにより、元の素材からは考えられない強度や性質を持つ武具が誕生する。

 これらの技術は神器を模倣し、越えるために編み出されたものだ。今では、お金さえ出せば神器の特異な能力を再現したものも手に入る。


 このお店は普通の服も売っているようだが、シリルの装備を見る限りそちらの腕も一流だ。


「ふ……ん、まあこりゃ確かに、素人じゃ直せないね」

「はい。どうでしょうか」

「補修用の布はあるかい?」

「ありますけど、ちょっと直すには足りなくて」


 この戦闘服を買った時に一緒に渡された布を取り出して、フローレンスさんに渡す。

 布地の面積が足りれば、自分で応急処置くらいは出来たのだが。


「……ちょっと色々確認させてもらうから、少し待ってて。店の中でも見ててよ」

「はい、よろしくお願いします」


 言って、フローレンスさんは僕の服を見分し始める。

 い、一応洗濯はしてきたが、汗の臭いとか染み付いてないよな。うん、一応匂いも確かめたし、大丈夫のはず。


 とりあえず、これ以上気にしないことにしよう、うん。

















「ヘンリーさん、ヘンリーさん。ちょっとちょっと」

「ん? どうした」


 フローレンスさんのお言葉に甘えて店の中を見物していると、シリルがちょいちょい、と手招きしながら声を掛けてきた。

 あの辺は、なんか小物が並べられているとこだな。


「ほら、見てください。このハンカチ、綺麗じゃないですか?」


 と、シリルが広げて見せたハンカチは、細かな刺繍があしらわれ、色にも気品があり、確かに美しい一品だった。


「綺麗だけど……綺麗すぎて、普通にハンカチとして使うの、気が引けないか?」

「あー、それは少し思いますけど。でも、こういうの、もっと大きくなったら欲しいですねえ」


 ちらり、と見えた値札はまあモノに相応しいであろう値付けだった。


「……それ、買うの躊躇するほど、稼いでないわけじゃないだろうに」


 高級品ではあるが、中級上位を安定して狩れる冒険者にとっては、手が出ない値段ではない。


「うーん、お洒落は好きですけど、まだここのお店の品は私には早いかなーって。まだもうちょっと安いところで十分です」

「それは寂しいことを言ってくれるね、シリル。私は君がドレスでも注文してくれないかと、心待ちにしているんだけど」


 カウンターで僕の戦闘服をいじっていたフローレンスさんが、いつの間にか近付いてきていた。

 小さい頃から知っていると言うだけあって、随分気安い調子でシリルに注文をせかす。


「ドレスですかー。興味ないわけじゃないですけど、出歩くのには不便ですし。社交界のパーティなんかには、私は縁がないですし」

「勿論、ラフな服でも良い。冒険者用の装備だけじゃなくて、色々と着飾ってみないかい?」

「えー、うーん。でも今は、装備の方をグレードアップさせないと」


 シリルが少し悩んで、やっぱりとお断りを入れる。

 こいつ、私服は沢山持っているようだが、あまり大きなお金を掛けているわけではないらしい。


「やれやれ、今以上となると私の店でも少し難しいよ? ……ヘンリーの注文の方がもっと難しいけど」

「あ、もしかして直すの駄目でしたか……?」

「できないとは言わないけど、だいぶお金も時間もかかるね。なにより、足りない分の素材の仕入れが大変だ」


 あー。

 素材に関しては、上級の魔物のドロップ品を自分で狩って冒険者仲間にも手伝ってもらって……って集めたやつだからなあ。


「? そんなにすごいんですか、ヘンリーさんの服」

「エルダートレントの樹皮、ケルベロスの獣毛、オリハルコンの金属糸……辺りがメインの複合素材で、染料もかなり特殊なものだね。作った人の腕も、私よりやや上……直せなくはないけど、材料の仕入れだけで五十万ゼニスは飛ぶかな」


 た、高い……


「そ、そんなにするんですか。足りない分はちょっとでしょう?」

「この手の素材はある程度まとまった数でしか売ってないからね。少量を手に入れようとしたら、冒険者にクエストで依頼するのが王道だけど」


 ……この辺にんな魔物いるわけねえじゃん。オリハルコンの鉱脈(という別名の、上級上位オリハルコンゴーレム)もない。いれば適当に狩ってくるんだが。


「そうだ。もしかしたら戦闘服を強化できるかも知れないって思って持ってきたフェンリルの毛皮があるんですが、これで……」

「ドワーフの一流どころを当たってくれ。最上級の魔物の素材なんて、私は扱ったことがない」

「あ、はい」


 にべもない。

 そして、種族総職人と名高いドワーフを頼れときたか。たまーに街で工房構えていたりする奴もいるが、基本的にドワーフと言えばヴァルサルディ帝国の『偉大なる鉱神の山脈』に住んでいる。……遠すぎてちょっと無理だ。


「現実的な落とし所としちゃあ、補修用の布でできる限り直して、足りない分は私の店の最高級の素材で賄う、ってとこかな。流石にこんな贅沢な代物ほどじゃないが、そう見劣りはしないはずだよ」

「……ちなみに、お値段は?」

「技術料込みで二十万ゼニス」


 二十万かあ。


「……じゃ、それでお願いします」

「はいよ、毎度。五日ほどくれ」


 痛い出費であるが、致し方がない。


「破れを直すだけなのに、また随分かかりますね……」

「あー、冒険者の装備は上になってくると値段が天井知らずになるから」


 この服も、素材は持ち込んだが製作料でかなり取られた。


「神器でいいのを一発当てられればいいんだけどな。ジェンドとフェリスの鎧なんか、上級相手でも十分な代物だし」

「……私とヘンリーさんの運じゃ無理ですね」

「い、言うなよ」


 フローティアに来てから賜った品は尽くハズレだから、否定のしようがない。


「……ま、神様の腕は認めるがね。人の業も、そう馬鹿にしたもんじゃないって見せてやるよ」


 プライドを刺激されたのか、フローレンスさんが挑戦的な笑みを浮かべる。


 ……うん、安心して任せられそうだ。


 その期待は裏切られることはなく。

 五日後、僕は元の状態とほぼ遜色ない戦闘服を手にしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 意外とシリルはヘンリーからのドレスのプレゼントを待っているのかも?w
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