第七十三話 ジェンドとフェリスの今後
「ジェンドとフェリスさん、遅いですねえ」
グランディス教会に併設された酒場。
その一角、もう定位置となりつつあるとあるテーブルで、シリルがボヤく。
今日はいつもの定期ミーティングの日。シリルとティオは来たが、残り二人がまだ来ていない。
「ジェンドさんもフェリスさんも、あまり時間に遅れることはないんですが……なにかあったんでしょうか」
「二人同時だし、病気とかじゃないとは思うが。なんだろうかね」
一緒に行く約束をして、片方が寝坊してそれに釣られて……とかかなあ。
待ち合わせ時間が過ぎること、十五分程。もう少し待って来なかったら、念の為家に迎えに行ってみるか、と考えていると、
「あ、来ましたよ」
果たして、ジェンドとフェリスが教会の入口に現れた。
僕たちの視線に気付いて、申し訳無さそうに会釈する。
そうしてこちらに歩いてくるのだが……あれ、なんだろう。フェリスの歩き方がなんだかぎこちない。ひょこひょこと、腰辺りを庇うような変な動き。
それに、いつになくジェンドとの距離が近い。ナチュラルに手を繋いでおり、二人寄り添うような形になっている。あいつら、普段はあそこまであからさまに恋人っぽくすることはないのに。
「……成程」
へー、ほー、ふーん。
なんとなーくそれで察して、僕は知らず生暖かい笑顔を浮かべた。
「どうしたんです、ヘンリーさん。なんか顔キモいですけど」
「ええい、うるさい」
シリルのツッコミに反論する。誰がキモいのか。
しかし、流石にそこまでストレートに言われるとちょっとショックなので、顔を抑えていつもの表情に戻す。
「よ、よう、おはよう、三人とも。悪いな、遅れて」
「みんな、すまない。少々朝寝坊をしてしまってね。お詫びに飲み物でも奢るから、それで勘弁してくれ」
そうしてテーブルまでやって来た二人は、いつもの風を装おうとしている。うーわ、なんていうか、雰囲気があからさま過ぎる。
「やった。私、ミックスジュースが良いです。でも、ジェンド? フェリスさんまで寝坊に巻き込むのは駄目ですよー」
「い、いや、シリル。今日は寝坊したのは私でね。本当に申し訳ない」
「? そうなんですか。昨日、なにか疲れることでも?」
多分、シリルは純粋にフェリスのことを心配しているのだろう。彼女が借金返済のため、冒険にいかない日には割と過密なスケジュールでクエストを入れていることは周知の事実だ。しかし、どれだけ疲れていても、真面目なフェリスは時間に遅れることはこれまでなかった。
もしや、頑張りすぎてダウンしているのでは……と心配すること自体は普通だろう。
しかし、やめろシリル。今日のフェリスに、そういうことを言うんじゃない。
「つ、疲れ……!? い、いや、そんなことはしていないぞ、うん!」
「でもほら、お仕事毎日忙しそうですし」
「あ、ああ、そういう……ま、まあ、そんなところだ」
そして、思いの外誤魔化し方が下手くそである。
「ジェンドさん。フェリスさん、腰か股の辺りを痛めているようです。彼氏なのですから、労ってあげてください」
「えっ!? そ、そうだな! わかってる、わかってるから」
「そう大声を出さなくても……なんか今日は落ち着きが無いですね」
そしてティオの方は、これまたド直球な指摘をしていた。二人のことはわかっていない様子ではあるが、ジェンドの立場からすると『労って』の言葉が滅茶苦茶意味深に聞こえるだろう。
「しかし、なぜ魔導で治さないんでしょう?」
「治癒魔導は体に負担がかかるから、余裕があるなら自然治癒のほうがいいらしいぞ。豆な」
「へえ」
ティオの疑問に答えて、助け舟を出してやる。
まあ、実際のところは多分違うんだろうが。
ちらっとユーに聞いたことがあるが、初めての後、痛みを魔導で直しちゃうと……こう、あれも元通りに復活するらしい。
次も同じ痛い目に遭うことになるので、その痛みは魔導で治しちゃいけないそうだ。
「あれ? なーんか、周りの人達がこっち見てるような」
「なんでだろうな!」
「ああ、さっぱりわからない!」
シリルの言葉に、ジェンドとフェリスが必死になってとぼける。
朝っぱらから教会の酒場で管を巻いている敬虔な冒険者の方々。
彼らの中にも、ジェンドとフェリスが付き合っていることを知っている人間は多いため、初心な二人の様子を見て見てニヤニヤしている。良い酒の肴になってらあ。
そのことに、二人も当然気付いたようで、顔が真っ赤だ。
どうしよう……ミーティングぶっちして、あっちの仲間になってきちゃ駄目かな。
「ほ、ほら、シリルはミックスジュースだったな。ヘンリーさんとティオも、遠慮せず頼んでくれ」
「じゃあ、口ん中が甘いから、珈琲、ブラックで」
「私は林檎のジュースで」
フェリスがそそくさと注文をウェイトレスさんにしに行く。
……ふむ、さて。
「ジェンド」
「な、なんだ、ヘンリー」
「ちっと大事な話があるから、今日、ちょっと時間くれ」
ジェンドとフェリスが一線を越えたっぽい。
……いや、勿論二人から報告があったわけではないのだが、二人の間に漂う雰囲気からして、もうバレバレである。
まあ、ジェンドとフェリスは二人とも真面目で、冒険中はちゃんとやってくれるだろうから、僕としては別に文句はない。
なお、この二人の件について、ミーティングが終わるまで、シリルとティオは結局まるで気付くことはなかった。
……まだ成人もしていないティオはまだしも、シリルはジェンドとは長い付き合いだろうに、なぜ気付かん。『今日は二人、仲がいーですねー』とか呑気に言っている場合か。
コホン。
とまあ、そんなわけで。ミーティングが終わり、一旦解散した後。僕は土産を買ってから、ジェンドの部屋にまでやって来た。
「ほれ、お土産」
「ああ。……また強い酒買ってきたな」
「たまたま見かけてな。まあ開けようぜ」
ちょっと待ってろ、とジェンドが言って部屋を出ていく。
戻ってくると、グラス二つとアイスペール、つまみのチーズを持って戻ってきた。
「ああ、悪いな」
ウィスキーの瓶の蓋を開け、氷を入れたグラスに注ぐ。
琥珀色の液体がトクトクと注がれる音は、結構好きだ。
「んじゃ、ま。乾杯」
「ああ、乾杯」
チン、とグラスを重ね、一口口に含む。
芳醇な香りがふわ、と鼻を突き抜け、なんとも芳しい。喉を焼くような強いアルコールは慣れないとむせそうだが、これもまた良い。
ウィスキーみたいな強い酒はフローティアに来てから覚えたが、段々と好みの銘柄もわかってきたところである。
「……んで、なんだ、話って。大事なこととか言っていたけど」
「ああ。その前に……あー、僕の勘違いだったらあれなんだが。下世話な話、フェリスとはヤったんだよな」
ぶほっ! とジェンドが吹き出す。
「お、おまっ……いや、気付いているとは思ってたけど、言うなよ、そういうこと!」
「いや、悪いとは本気で思ってるんだが……でも、大事なことなんだよ」
なお、リーガレオの男冒険者であれば『よお、ジェンドク~ン? もしかしてぇ、大人の階段登っちゃった~?』みたいな感じでウザ絡みに行く奴もいるが、僕は自分の時にそれやられてめっちゃ不愉快だったのでやらない。
「大事って……いや、わかったよ。まあ、お前の想像通りだ。……で、それがなんだよ」
流石に機嫌を悪くして、ジェンドが聞いてくる。
……いや、デリカシーが無いとは思うけどね、まあ、その、僕一応パーティリーダーだしさ。
「あー、その、だな。もし結婚するってなったら、報酬の割合も考えないといけないし。それに子供とかできると、フェリスが冒険に出れなくなるし。プライベートだけじゃなくて、仕事にも影響が色々出るんだよ。どう考えてるのかくらいは、一応聞いとかないと」
「あ、ああ……そうか、成程」
納得してもらえて何より。
アルヴィニア王国では、成人前に結婚することも農村とかでは珍しくはない。そっちに比べれば晩婚の傾向のある都市部であっても、二十歳前に結婚するやつは結構いる。
成人しており、冒険者として立派に稼いでいる二人であれば、当然結婚も視野に入れているだろう。
今回のことを機会に、もしかしたらそのように一気に関係を進展させるかも知れない。そのため、今のうちに聞いておくべきだと判断したというわけである。
「でも、今子供作るなら最前線は諦めろ。あそこは子供を生んだり育てたりする環境じゃないから」
「……あー、そうか。そりゃそうだよな」
実際、結婚や出産でリーガレオを離れる冒険者はよくいる。ユーからの手紙でも、ヘレンのやつが結婚を機に故郷に戻るとか書いてあったっけ。
……上へ上へと駆け上っていた冒険者が、家庭をもつことで一気に守りに入るというのもよく聞く話だ。
もしかしたら、ジェンドとフェリスは最前線を諦めるかも知れない。そうすると、狩りの方針もだいぶ変わる。
「子供は欲しい……って話はちらっとしたけど。俺も、多分フェリスも、自分がどこまでやれるのか試したいって気持ちのほうが、今は大きいかな」
「そうか。まあ、それならそれでいいんだ。お前らの人生なんだから、好きにすればいい」
「ああ。しかし、悪いな。考えてみれば、俺達の関係ってうちのパーティにダイレクトに影響するんだよな……あんまり考えたことなかった」
まあ、若いんだから仕方ない。……実際、まだ冒険者始めて一年経ってねえんだよな、こいつ。
「んじゃ、今の所方針は変えなくても良いんだな? 近い将来リーガレオに拠点を移すために、実力をつけるのと装備を整えるって方向で」
「ああ。一応フェリスにも確認しとくけど、それでいい」
ふむ。さて。それなら、だいたい要件は済んだんだが。
折角、土産の酒を開けたのだ。後は適当に、男同士ぐだぐだしていくか。
ああ、いや。そうそう。一つ忠告はしておかないと。
「……覚えたてで盛るのはわかるけど、避妊は忘れんなよ。真面目に」
「忘れねえよ!」
そんな風に、ジェンドと夜が更けるまで馬鹿話で盛り上がった。




