第七話 シリルとの休日
フローティアの昼下がり。
僕はお洒落なオープンカフェで一服していた。
こういったお店も、リーガレオではとんと見なかった。
香り高い紅茶を一啜りし、本を開く。
本のタイトルはダニエル詩集四巻。ダニエルと言えば、王国でも名高い詩人で、新刊らしきこの本は本屋に何冊か置いてあった。
良い詩は心を豊かにする。柔らかい日差しの下、カフェでお茶を喫しながら、詩集を読む。
オイオイオイ、パーフェクトじゃないか。いかにもイケてる男の休日だ。
ぺらり、と一ページ目を捲る。
「ふむ」
ぺらり。
「ふむ、ふむ」
ぺらり、ぺらり。
「なるほどなー」
ぱたん、と本を閉じた。
……格好つけて詩集なんて買うんじゃなかった。教養のない僕には何がいいのかさっぱりわからん。これだったら、フローティアグルメガイドブックでも買っとくんだった。
しかし、本が読めないとなると手持ち無沙汰だ。茶だけさっさと飲んでとっとと出るかな。
……でもなあ、場所代も値段に含まれてて、お茶一杯なのにたけーんだよな。勿体ない気がする。
「あれー、ヘンリーさんじゃないですか。こんにちは」
「ん? シリルか」
聞き慣れた声に振り向くと、もう大分一緒に冒険し、親しくなったシリルだった。
今日はいつもの冒険用の服ではなく、普段着。そういや、普段着のシリル見るの初めてか。
「このお店に目をつけるとはなかなかお目が高いですね、ヘンリーさん。ここ、私のお気に入りなんです」
「そうなんだ。適当に目についた店に入っただけなんだけどな」
なんとなく、イケてる感を感じたので。
「シリルは買い物か?」
「はい、ちょっと……って、あっ、ダニエル詩集じゃないですか。私、それ買いに来たんですよ」
……は?
「え? 詩集とか読むのか、お前」
「読みますよ。良い詩を読むと心が豊かになりますよねー」
クッソ煽られている気がする。
「……じゃあやるよ」
「え? いいんですか。はっ、もしや一度読んだ文章は完璧に記憶できるとか、そういう?」
「詩集読むのってカッコいいなー、と思って買ったけど、全然意味がわからなかったんだよ」
「ぷっ」
あはははは、とシリルが遠慮なしに笑う。
詩集で頭を叩いてやった。
「いたーい」
「痛いわけあるかい」
叩いた、というより、乗せたという程度の威力だったっつーの。そのまま頭に乗せたままにしてやった詩集を、シリルは手に取る。
「まったく。ジェンドもそうですが、ヘンリーさんも淑女への対応がなっていないと思います」
「なるほど。じゃあその対応すべき淑女とやらをここに連れてきてくれ」
「むきー!」
怒りを見せるシリルをどうどうと抑える。
「もう。あ、すみませーん、私、ローズヒップティーとクッキーください」
はーい、とウェイトレスさんの元気な返事。
注文をしてから、シリルはテーブルの対面に座る。
「お前勝手に……いや、別にいいけど」
「お買い物の目的は済んじゃいましたし。でもこれで帰るだけっていうのも虚しいじゃないですか」
そうかね。
渡してやったダニエル詩集を、シリルは大事そうにかばんにしまう。
「でも、いいのかお前」
「はい? なにがですか」
「いや、僕と二人きりでカフェとか、ジェンドに見られたらさ」
ジェンドはさっぱりとした良い奴だが、恋愛関係が交じると人間色々と別の側面が出てくる。
僕はあいつと喧嘩をしたくない。
「なんでジェンドに見られたら駄目なんです?」
「いやなんでって……お前ら、付き合ってんだろ。パーティメンバーとはいえ他の男と一緒だなんて、あいつも面白くないだろうに」
「???」
なぜこいつは首を傾げているんだ。
「あのー、ヘンリーさん、すごい勘違いをしているみたいですけど」
「うん?」
「私とジェンドは別に付き合っていませんよ?」
「……え、マジで?」
「はい」
えー、嘘ー。
冒険者としてペアでやってて。あんだけ仲良くて、遠慮のない関係で。僕はてっきり。
「大体ジェンド、好きな人いますからね。何を隠そう、ジェンドが英雄目指しているのは、その人が『結婚するんだったら英雄しかいない!』って昔言ってたからで」
「それ、本人いないところで勝手に言っちゃいけないやつ」
「良いですよ別に。パーティ組んでるんだからそのうち話すんでしょうし。それに知り合いはみんな知ってます」
そうなのかー、それで英雄かあ。
……まあ昔の話だってことだし、今も本気でそんなこと思ってないだろう。だって、今の八英雄半分女だし、そうすると世界に四人しか候補がいないことになってしまう。
「まあ強い人が好きな人でしたから。英雄はちょっと難しいにしても、勇士の肩書があれば告白する時有利かなー、って思ってるんだと」
「それであんな上行きたがってるのか」
誰もが尊敬する英雄になりたい、とか、とにかく強くなりてえ、とか、人類を守るのは俺だ、とか。
そういうのじゃなく、わかりやすい理由で良かった。
そういうことであれば、勇士への道のりを応援することは吝かではない。
冒険者の等級は、功績を上げた人間に対して教会が認定するモンだから、どういう風に活躍すれば目に止まりやすいのか、今度教えてやろう。
「はっ。私がフリーだからってそう簡単に落とせるとは思わないでくださいね、ヘンリーさん」
腕をクロスさせるシリル。
「なに、それ」
「シリルさんはチョロくないのポーズです」
お前、適当に頭に浮かんだことを口から垂れ流しすぎだろ。
「……大体、お前を口説こうなんて考えもしなかったんだが」
「どういうことですか。私に魅力がないとでも?」
「うーん」
顔は可愛いが、胸はない。身長低い。後……どうにも言動に色気を感じない。こまっしゃくれた妹的な可愛さはある。
「もうちょっとこう、なんとかすれば、魅力が出てくると思うんだが」
「なんとかってなんですか」
「……乳?」
あ、すげぇ冷たい目で見られてる、見られてる。
「あ、シリル。クッキー届いたみたいだぞ」
「わーい」
シリルはころっと機嫌を直す。色気より食い気か。わかっちゃいたけど。
呆れながら、すっかりぬるくなった紅茶を僕は啜った。
店員さんにお願いしたお冷をちびちび飲みながらまったりする。
この街は水が豊富だ。
すぐ近くにある山、アルトヒルンを源流とした川が街を縦断しており、生活用水に困ることはない。なんと、大抵の飲食店で飲み水がサーヴィスされるのだ。水量も水質も安定しているらしい。
これだけ水に困ってないのは、魔導技術によるインフラが整った大規模都市か、同じように恵まれた水源を持つ一部の街だけだろう。
「そうだ、ヘンリーさん。ヘンリーさんがいたっていう、リーガレオ? のこと教えて下さいよ」
「ん?」
残ったクッキーを大事そうに齧ってたシリルが唐突に聞いてくる。
「別にいいけど、興味あるのか?」
「はい。いずれ私も、最前線で大活躍予定ですから」
「それはやめたほうが良いぞ」
「ヤです。行きます」
「やめとけ、な?」
「お断りします」
が、頑固なやつめ。
「まあいい。そういうことなら話してやろう。話を聞けば、諦めも付くだろうし」
「諦めるつもりはありませんが、どうぞ」
さて、どう話したものか。
「まああれだな。まず、街の特徴として城壁が二重になってる」
「要塞都市とか、後で大きく拡張したところとか、たまにある構造ですね」
そうだけど、リーガレオは一味違うぞ。
「外側の層は兵士や傭兵、冒険者の宿舎と、元そういう職業の奴らがやってる店しかない。なんでだと思う?」
「うーん、外に出ることが多いから、街の外に近いほうが良いとか」
「週四で城壁突破されるから、普通の人が怪我しないようにだよ」
瘴気が濃いせいで、城壁と合わせて張られている魔導結界の効果が薄れるのだ。特に、魔物の接近に気付くのが遅れる夜は突破されやすい。
「んで、内側の壁に取り付かれるまでに、僕たちが魔物を排除するわけだ。人は城、人は石垣……って昔どこかの偉い人が言ってたそうだが、比喩じゃなくガチで僕たちがそれだ」
「ええ……」
引いてる引いてる。
フリーの冒険者にとって『安眠』などという言葉は、リーガレオでは完全オフで内側の壁の中で休んでいる日しかありえないと言わせてもらおう。
女の子であれば、肌荒れとか気にかかるだろう。
……あ、嫌なこと思い出した。『お前らは美容の敵だァ!』とかキレ散らかしながら、夜中にモーニングスターぶん回して魔物ボコってたバカ。元気でやってっかな。
「後はまあ、こっちみたいに自由に冒険できるって感じじゃない。グランディス教会が冒険者連中を取りまとめてて、魔物退治のローテとか割り振ってくる」
「あー、それはちょっとつまんなそーですね」
「まあ、意見言えば、ある程度なら便宜は図ってくれるけどな」
冒険者は教会に雇われているわけではないので、やめることは自由だが、一人が勝手に行動すると他に迷惑がかかることも多々ある土地だったので、そのへんは統制されていた。
まあ、教会勢力としてまとまることで、国軍と連携が取りやすくなるとか、メリットもある。
「後は……街の外に出るととりあえず魔物に囲まれるとか、しかもそれが全部上級モンスターだったりとか、旨い飯食おうとすると高くつくとか、色々」
どーだ、行きたくなくなっただろう。少なくとも僕は二度と行きたくない。
「でも、功績も立てやすいんですよね」
「……そうだけど」
「英雄さんも、沢山認定されたとか」
街の存亡の危機を救ったパーティ、千人以上の冒険者を救済した聖女、魔国の軍隊を首刈り戦術で撤退に追い込んだアサシン……英雄と認められるに足る功績を立てた奴ら。
しかし、あいつらだって、それを実行する機会がなければ英雄にはなれなかっただろう。
実力があれば、確かに功績を立てる機会はいくらでもある。
「ま、今すぐってわけじゃないです。冒険頑張って、強くなって、イケる! と思ったらで」
「行ける、って思ったときって、大体駄目なんだけどな」
「なぁに、なんとかなりますって」
楽観的な。悲観的なのよりは良いのだが……
もし、本当に行くってなったら、ちゃんと止めてやろう。いや、若いからって進んで苦労する必要ないって。
「ほれ、僕は話してやったんだから、お前もなにか聞かせろよ。この街のおすすめスポットとか」
「あ、そうですね。なら、野良のにゃんこ共が集結するスポットでも……」
確かおかわりは半額だったな。
そんなことを思い返し、追加の注文など頼みつつ、話に花を咲かせる。
ノリが良く、テンポのいい会話をするシリルは、話していて楽しい。
とまあ、そんな感じで。シリルと過ごす休日は過ぎていった。