第六十九話 ティオの家
冒険と冒険の合間には、僕たちは大体二日か三日は空けている。
将来的には、最前線と同じペースにするため、この間隔を短くすることも検討しているが、僕の仲間は今が成長期。実戦実戦と積み重ねるより、前回の冒険の経験をじっくりと自分の中で消化する時間があった方が良いはずだ、という判断である。
幸いというか、冒険の成果を冒険で昇華するような生粋の冒険者はうちの仲間にはいないようだし。
「……お前の従姉だぞ、ティオ」
「流石はアゲハ姉ですね」
「そっか、そういう反応かー」
隣に座るティオに、雑談がてら話をしてみたが、目をキラキラさせるだけで僕の望んだような反応は返ってこなかった。
それは引くわー、みたいなのを期待していたのだが。
いや、いざ冒険となったら頼りになるやつなのだが、あいつのペースについていくのは、その、しんどいんだけどなあ。
「それより竿、引いてますよ」
「うお、っと」
本当だ、浮きが沈んでいる。
ぐい、と竿を引くと、中々の手応えが返ってきた。
こいつは大物か……? と、期待しながら徐々にこちらに寄せていく。
しなる竿を強く引き……果たして、中々の大きさの魚を釣り上げた。
「おっと、っと」
「あ、いいアジですね。美味しそう」
ぴちぴちと跳ねる魚を見て、ティオがそう評価する。
今日はティオと一緒に釣りにやってきたのだ。
先にも言った通り、冒険と冒険の間がそれなりに開いている。
訓練をしたり体を休めたり、ちょいとソロで冒険したり……で、時間は十分に潰せるが、そればかりでは味気ない。
折角、半引退してフローティアにやって来たのだ。仲間の面倒を見るのが楽しくなってきて予想以上に冒険をしているのはさておき、色々と趣味を増やすのもいい。
かといって、青春の殆どを冒険活動に費やした僕は、どうも娯楽に対する適性が低い。
カジノなんかそんな頻繁に行きたいものではないし、娼館通いは今はちょーっとやめといたほうがいい気分だ。酒を呑むのは楽しいが、流石に昼間っから呑むのは……たまにでいい。
こうして、飲む打つ買うの冒険者の三大娯楽が尽く却下され、なにをしたらいいかよくわからなくなってしまった。
というわけで、他の仲間が休み中、どんなことをしているのか聞いてみたところ。
休日は、たまにシースアルゴまで遠出して海釣りをしています、というティオの言葉にピンと来て、こうしてお供させてもらっているというわけである。
フローティア近辺の港町、シースアルゴ。その港の堤防の一角で、僕たちは釣り糸を垂らしている。
「あんまり釣りはやったことなかったけど、結構楽しいもんだな」
「今日はそれなりに釣果がいいですからね。一日ボウズだと、徒労感がすごいです。まあ、それも味なのですが」
「なるほど、さっき釣れたのがアジなだけに、か」
……………………………………
…………………………
………………
「無反応は悲しくなるからやめてくんない?」
黙殺が一番堪えるんだけど。
「私はシリルさんと違って、ツッコミを入れる気はありませんから」
「ノリ悪いなあ」
「ヘンリーさんたちは良すぎるんですよ。別に悪いとは言いませんが、もう少し落ち着きを身に着けては?」
僕、十分落ち着いているつもりなのだが。
しかしまあ、確かにティオのクールっぷりには敵わないか。
「……ん、おっと。私もヒットしました」
そうしてティオが釣り上げたのは、ぷっくりと膨らんだ魚。……毒持ちのフグだ。
ここまで、ティオはいい魚をばんばか釣り上げていたが、ここでハズレ引いたか。
「あー、ドンマイ」
と、声をかけるも、ティオは気にせず、針を外してフグを籠に入れる。
「? ティオ、それ毒持ちだけど」
「お父さんが捌けるので」
「捌ける……? え、どういう意味?」
「ちゃんと毒のある場所を避けて調理すれば、中々美味しいんですよ。こっちじゃ食べないみたいですが、リシュウでは薄造りにして食べたりします」
マジか。
昔、魚を生で食う刺身って料理があるということを知ったときも驚いたが、まさかフグまで食うとは。
リシュウ……島国だけに、海の魚については色々と発展しているらしい。
しかし、初めに調理した人は、なにを思って食おうと思ったんだろう。毒があることくらい知られていただろうに。
「ヘンリーさんも食べに来ますか?」
「あー、そうだなあ」
ちょっと怖いという気持ちがないでもないが、僕には『耐毒』の神器『守護の祈り』がある。万が一があっても平気だろう。
……いや、そんな万が一を想定するのは失礼な話ではあるが。その、普段食ってない僕からすると、やっぱちょっと怖いのだ。
「お父さんとお母さん、二人共料理が趣味ですから、色々作ってくれますよ。お母さんもフグは無理ですが、普通の魚なら捌けますし」
ふむ……いかん、口の中が魚の気分になってきた。
まあ、そろそろティオの近況でもご報告しに行こうと思っていたし、丁度いいか。
「じゃ、お世話になろうかな。じゃあ、お土産でも……」
「ちなみに、お刺身はリシュウのセイシュがよく合いますよ。オススメです」
「……それ、お前が呑みたいだけだよね」
「否定はしません。でも、うちの家族はみんな結構呑みますから」
まあ、そういうことなら、それでいいか。
シースアルゴはリシュウとの貿易拠点の一つだから、普通に買えるだろう。
「さて、じゃあ肴をもうちょっと釣っていきましょうか」
「……今、サカナの意味、ちょっと違ってなかった?」
やっべ、こんだけ娘さんを呑兵衛にしてしまって、僕はどう言い訳すれば良いんだろうか。
……ちょっと怖い。もうちょっと土産を奮発しても良いかも知れない。
「ティオ。僕、もうちょっと大物狙ってくるわ。潜って突いてくる」
「突く……?」
「槍で、魚を」
ほれ、といつも腰につけている如意天槍を指差す。
いやあ、懐かしい。
リーガレオも少し足を伸ばせば海があったので、あの辺りに冒険に行ったときは僕が突いて飯を確保していた。
さて、釣りスポットはちょっと危ないから、少し別のところに行って……ああ、ここの漁師会に一応言っといたほうがいいかな。
「釣りじゃあそっちが上手みたいだけど、こっちなら負けないぞ」
「いや、ヘンリーさん相手に槍で勝てるなんて思っていませんよ……」
よし、やるか。
夕方になる少し前に、僕たちは撤収した。
フローティアとシースアルゴ間は、駅馬車で二時間くらい。ただし、僕たちが走って行けば、多少のんびりしても三十分とかからない。
まあ、このくらいであれば、冒険者じゃなくても普通に出来る人も多い。荷物ありだとちょっと厳しいかもだが。
そうして、ティオの家に到着。
ティオんちは貿易商として生計を立てているが、社屋とは別に家を持っている。
二、三度来たことがあるが、ジェンドの家の屋敷程でなくても立派なお家だ。
しかし、領主館に住むシリル、フローティア一の商家でお屋敷も立派なジェンド、そしてティオ。
改めて考えると、うちのパーティ、いい家に住んでるやつばっかだな。フェリスも、親が捕まる前はご令嬢だったっぽいし。
いや、熊の酒樽亭に不満があるわけじゃないよ? あそこはいい宿だ。
「ヘンリーさん……今更ながら、捕りすぎたのではないでしょうか」
「うん、魚がうようよいたから、ちょっと張り切りすぎた」
タイとかブリとか、五十センチ超の魚を五匹程突いてきた。普通に釣った魚も、二十はある。
……これは、あれだな。
「私はお母さんに料理をお願いしてきます。ヘンリーさんは皆さんを誘ってきてください」
「だなあ。了解」
ティオの家の前で、一旦別れる。
ひとまず、いつものメンバー集めだ。
シリルは家でトレーニングしてたので、即確保。
そのまま連れて行こうと思ったのだが、シャワーくらい浴びさせてくださーい! と暴れたので、とりあえず身綺麗にしたらティオの家に集合と伝えておいた。
ジェンドとフェリスはどうせセットだろ、と思ってたら今日は別行動。店の手伝いをしていたジェンドを誘い、個人で医療系のクエストを受けていたフェリスを帰り道で捕まえる。
あまりにも多すぎて調理の手間もかけてしまうし、ついでにジェンドの家のカッセル商会が運営する複合商店で追加の酒を購入した。
そうして、フローティアに帰ってきてから小一時間後。
「と、いうわけでだ。僕とティオが取ってきた魚介と、リシュウの酒、そしてティオのお母さんの調理に感謝して」
『乾杯!』
ティオんちにあったセイシュ用の小さな盃を、みんなでチン、と重ねて中身をぐいっと煽る。
透明で透き通った見た目に関わらず、強い酒精が喉を焼いた。
すかさず箸を持ち、見事なお造りとなったタイを一切れ。
これまたリシュウ名産の調味料であるショウユをつけ、口に運んだ。
淡白な白身の味と濃いショウユの味、そしてちょこんと乗せておいたワサビの辛味が渾然一体となり、実に旨い。
そこへ追いかけるようにセイシュを口に運べば、これはもうたまらない味だった。
「ふっっ、う~」
「美味しそうに食べますね、ヘンリーさん」
「やっぱ自分で捕った魚は格別だな」
「それは同感です」
言いながら、ティオも堂に入った様子でお猪口を傾ける。
……堂に入っているのはおかしいような気がするが、スルーだ。
「よ、っと。ほっ」
「あー、シリル。箸の持ち方が違う。こう持つんだ、こう」
と、手本を見せる。
ぎこちなく箸を掴み直したシリルが、恐る恐る刺身を一切れ口に運んだ。
「お箸はあんまり使うことないですからねー。この領はリシュウに近いんで、存在は知ってるんですが。ヘンリーさんはどこで覚えたんですか? やっぱりアゲハさんから?」
「んにゃ。リシュウの作法は別の人からだな」
リシュウ出身者は珍しいは珍しいが、なにもアゲハ一人というわけではなかった。
魔王に対抗するため、リシュウからの義勇兵という人達も来ていて、その人達との共同作戦の折、飯を一緒に囲んだ時に覚えた。
と、言うようなことを話していると、
「へえ、そうなんですか。それは是非お話を聞いてみたいですね」
追加の料理を運んできてくれたティオのお母さん、ティナさんがにっこりと笑いながら話しかけてきた。
しかし、相変わらず、ティオほど大きな娘がいるとはとても思えない若々しさだ。最初会った時は姉妹かと素で勘違いしたっけな。
「あ、すみません。運ぶの手伝います」
「いえいえ、お客様なのですから、どうぞ座っていてください」
フェリスが慌てて立ち上がろうとするが、ティナさんはやんわりと押し止める。
「フライにしてきました。お刺身よりは、皆さんの舌に慣れていると思います」
「おお、これも美味そう」
ジェンドが目を輝かせる。
「そう言ってもらえると嬉しいです。……さて、後は火にかけているお鍋ができれば、一通り終わりですね。フグの方は、あの人が帰ってこないと手がつけられませんし」
「すみません。突然、こんなに」
「いえいえ。余った分をいただいてもいいとのことですし、これでも料理は好きなので」
それに、とティナさんは続ける。
「いつもティオがお世話になっているんですもの。ああ、先程の義勇兵さんの話の他に、ティオのことも聞いてもよろしいかしら?」
「それは勿論ですよ」
「……ヘンリーさん、恥ずかしいんですけど」
ティオが小さく抗議する。
まあ、ティオくらいの年だとそう思うかも知れないが、すまん。これはある意味僕たちの義務のようなものなのだ。
あらあら、とティオの様子にティナさんが笑う。
……どうやら、和やかな雰囲気で報告ができそうだった。
そうして、しばらくすると魚介と野菜を煮込んだ特大の土鍋が運ばれてきて。
帰宅してきたティオのお父さんとお爺さんも交えて、僕たちは楽しい時間を過ごした。
注意:この物語はフィクションです。現実ではお酒は二十歳になってからです。




