第六十八話 駆け出し冒険者
「おっと、エニシルダケゲット」
フローティアの森の浅いところ。
今日は一人で来たのだが、早速目当ての素材の一つを発見した。
木の根付近に自生する青っぽい茸。食べたらかなりの中毒を起こすものだが、食用にするわけではないので問題ない。
慎重に収穫し、たくさん持ってきた袋の一つに詰める。
「前見つけたハオマ草取って……後はシルフィニウムとマンドラゴラ辺りがあればいいんだけど」
この森で見かけたことのあるいくつかの薬草を思い出しながら散策する。
マンドラゴラは一回しか見たことないので、見つからなかったら買うしかないなあ。
……と、まあこうして僕が植物を採取するのは、別にクエストのためというわけではない。
僕は、冒険用に色んな道具とかを取り揃えているが、全部買うとそれなりの出費になるし、細かい調整ができない。
技術的に難しいものも多々あるが、この前のフェンリル相手に使った臭弾とか毒薬とか、一部自作できるものは自作しているのである。
毒とかは調合のために免許いるけど、これでも僕は二種危険物取扱資格を持っているのだ。
材料集まったら貸工房借りて、まあ作るのに半日くらいかな。
なんて算段を付けながら歩いていると、ふと耳に小さな悲鳴が聞こえた。
「!?」
ダッ、とそちらに向かって走る。
聞こえた音的に、結構距離が離れている。身体強化を全開にして僕は走った。
藪を掻き分け、邪魔くさい木々を小さな動きで躱し、十秒弱で声が上がった場所にまで辿り着く。
「くっそ、来るなよ犬共!」
「エルス! 私のことはいいから、一人で逃げて!」
「できるわけないだろ! ――やあ!」
まだ成人したてと思われる男女二人が、キラードッグの群れに囲まれている。
エルスと呼ばれた少年が、襲いかかってきたキラードッグを剣で迎撃しようとするが、刃筋がちゃんと立っていない。傷は付けたものの、そのままキラードッグに押し倒された。
「エルス!」
「ニーナ、逃げ……」
倒れたエルス少年が、キラードッグに噛みつかれようとし、
「そこまでだ!」
その辺りで僕が到着して、エルスにのしかかったキラードッグを蹴りでぶっ飛ばした。
遠くの木に叩きつけられたキラードッグは、そのまま潰れて瘴気へ還る。
「よっ、大丈夫か?」
「あ、え……?」
「あー、僕はヘンリー。冒険者だ。割って入って良かったんだよな?」
二人共混乱している様子。
……あ、ニーナって子の方、足怪我してる。これで逃げられなかったのか。
しかし、間に合って良かった。
腰に下げた如意天槍を引き抜き、ナイフから短槍へと変化させる。
僕が背を向けているからって、愚直に襲いかかってきたキラードッグを、槍を後ろに突いて迎撃。
槍を引き抜き、振り向く。キラードッグがひーふーの……二十か。結構デカイ群れだな。駆け出しと見える二人にはちょっとキツイ数だ。
「まあ、ちょっと待っててくれ。すぐ片付けるから」
さて、やるかー。
キラードッグ。
単体だと下級下位レベルだが、群れる事が多く巧みな連携を見せるので、下級中位にランクされている魔物である。
シリルとジェンドは元々冒険者になるべく小さな頃から訓練を積んでいたので、最初からそれなりの群れを相手に戦えていたが、エルス、ニーナの二人にとっては十二分に危険な相手だった。
あのくらいの群れを安定して倒せるようになれば、冒険者としてはひとまず一端と認められる。
「どうも……改めてありがとうございます、ヘンリーさん。怪我の治療まで」
「いや、こんくらいはな。怪我もそんなに深くなかったから気にする必要はないよ」
頭を下げるニーナに、ひらひらと手を振って応える。
エルス、ニーナ。そういえば、教会でちらっと見かけた覚えがある。仲の良い男女の組み合わせで、良くクエストを受けていた。
しかし……
と、僕はニーナの装備を確認した。
いかにも村娘といった感じの服に、申し訳程度に皮製のジャケットを着ている。対して、魔導の効果を増幅するための杖は、中々立派なものだった。
「ほら、エルスも不貞腐れてないで、お礼」
「……ありがとう、ございます」
「あー、うん。どういたしまして」
落ち込んでいる様子のエルスに、ニーナが言うと、渋々と言った感じでエルスは頭を下げた。
失礼といえば失礼な態度ではあるが、僕としてはこれくらいの跳ねっ返りはなんとも思わない。いやー若いなー、と思う程度だ。
なにせ僕自身、駆け出しの頃とか無茶ばかりで、周りに迷惑かけまくっていたからな。態度も相当無愛想だったし、ちゃんと礼を言えるだけこいつは全然マシだ。
……危ないところを助けたと思ったら、獲物を横取りしやがって! と怒り出す輩もいるからな。その手の連中の中には、その魔物のドロップだけでなく、慰謝料もよこせ、と意味不明な主張する奴もいる。
まあ、そういうのと比べるのは、流石に失礼か。
「それで、二人はなんで森に? 失礼だけど、二人の装備や戦い方を見る限り、まだちょっと早いと思うんだけど」
「その、クエストとかで溜めたお金で武器が買えたので、一度試してみようと」
あー、それで武器だけそれなりなのか。
ニーナの杖もそうだが、エルスの剣も、数打ちではあるがそれなりの品だ。防具の方はニーナと似たようなモン。
「キラードッグも、二体くらいは斬れたんだ。……今回は運悪かったけど、一匹ずつ相手すれば」
「森の中ではぐれのキラードッグって珍しいぞ」
「そうだけど、折角いい剣買えたんだし」
あー、駄目だ。典型的な失敗する系の冒険者って感じだ。
冒険者は魔物を倒すことが仕事だが、そのために無理をするのは駄目である。
ちゃんと倒せるレベルの相手を安定して倒し、実力が付いたり装備がキチンと整ったら次の段階へのステップアップを検討する。
……うちのパーティの速度はちょーっと異常だが、この基本はちゃんと守っている。
この二人は、まだ森じゃなく平地で暴れ兎なりを相手にして、魔物を倒すことに慣れるって段階だ。
それに、装備を揃える順番も間違っている。なにが優先かってのは冒険者によって意見が異なるが、兎にも角にも足回りの防御を揃えるのは最優先――というのは共通認識だ。
なにせ、足をやられたら移動が出来なくなる。逃げるという選択肢が取れなくなるというのは致命的だ。
しかるに、この二人は脚甲どころか靴も普通のやつを履いている。……流石にちょっと迂闊すぎるな。
「二人共、コモン武器は取ってあるか?」
「一応……予備として」
「私も」
「なら、今の武器下取りに出して防具から揃えたほうが良いと思うぞ。あー、部外者のアドバイスだから、聞かなくてもいいけど。でも、下級相手にするんだったらコモン武器で十分だから」
冒険者としての誓いを建てることで、グランディス神から下賜されるコモン武器。
確かに、今の技術であればこの武器より良いものはいくらでもあるが、過去の人類はこの武器を持って開拓を進めていたのだ。決して粗悪品というわけではない。
なので、金のない駆け出しは、基本的に武器よりも防具を揃えるのが優先となる。
「でも……折角買ったのに」
「別にここで決める必要はないし、戻ったら二人でよく相談してくれ」
「はい。ね、エルス」
「わかったよ」
ふむ、しかし。
なんとも危なっかしいなあ。
……どうせ、道具の更新はもっと後でもいいし、たまにはお節介焼くか。
「二人共、ちょっとまだ時間ある?」
「え……っと。まだ、ここに来たばかりだから、時間はありますけど」
「じゃ、ちょっと見ててやるから、魔物退治続行するか?」
エルスの剣が、キラードッグを両断する。
「《投射》+《拘束》」
が、更にその後ろから襲いかかろうとしていたもう一匹の個体にエルスが気付いていなかったので、僕は拘束の矢を放って足止めをした。
「エルス! 目の前のやつだけ見てるなよ! 後、ニーナをちゃんと守ってやれ!」
「……っ、はい!」
拘束したキラードッグを突き刺して、エルスは剣を構え直す。
「《氷》+《投射》!」
と、後ろで魔力を集中していたニーナが氷の矢を作り、離れた距離から様子を窺っていたキラードッグを貫く。
「ニーナ! 魔導撃つ前に合図! 仲間巻き込むぞ!」
「わかりました!」
実戦での魔導の使い方がまだ今ひとつわかっていないようなので、アドバイスを飛ばす。
ニーナは僕と同じクロシード式魔導術を修めている。よく訓練は積んでいるようで精度は高いが、やや集中時間が長い。まあこれは言ってすぐ改善するものでもないので、地道な訓練あるのみだ。
組み合わせは二種までだそうだが、なんと現時点で九種類の術式を修めているということだから、将来が楽しみである。
「おっと」
エルスたちの背後に回ろうとしていたキラードッグを、槍をひょいと投げて貫く。
「はあ!」
キラードッグの攻撃を剣で受け流し、エルスが反撃の一撃を繰り出す。
また刃筋が立っていないが、ちゃんと相手の隙を作ってから攻撃したので、キラードッグの頭部を見事潰した。
……まあ、あれだと鈍器使うのと変わらないが、結果的に倒せれば良いのだ、結果的に。
「よーし、休憩!」
キラードッグが全滅したのを確認し、僕はそう告げた。
……そして、二人はへなへなとぶっ倒れる。
うん、まあそうなるよな。うちのパーティの面子は割と初期から連戦していたが、普通は二、三戦もすれば新人の体力なんて底をつく。
体力の問題だけではなく、戦いという緊張状態を長く続けるってのは、これは結構コツがいるのだ。油断しすぎるのは論外だが、気持ちを張り詰める時とそうでない時を上手く調整しないといけない。
「よっし、じゃ、ドロップ集めて帰るか」
「は、い……」
「わかりました……」
僕のしたことは、ただちょっとしたアドバイスを飛ばしながら、二人に危険が及ばないようにキラードッグを適度に間引いただけ。
ただ、魔物を倒すことに『慣れる』というのは、意外と馬鹿に出来ない効果があるのだ。
それに、上位者の監督の下とはいえ、何匹もキラードッグを倒したことで、エルスもニーナも色々掴んだだろう。
連中の速度やタフさ、どういう動きをするのか……
これを覚えてさえおけば、装備を整えれば普通にキラードッグをメインターゲットに出来るはずである。
「あの、ヘンリーさん。色々ありがとうございました。その、お礼は……私達、あまりお金は持っていませんし」
「なんか手伝えることがあったら、やります」
帰り道。
おずおずと申し出た二人に、僕は手を振る。
「んにゃ、何度も頼りにされても困るけど、今日のこれくらいで礼なんかいいよ」
「でも」
「じゃあ、まあこれはよく言われることだけど。二人が成長して、で、他の新人が困ってたら、出来る範囲で手助けしてあげて」
僕もそうして鍛えてもらった。
熟練者が初心者に手解きをする……別に冒険者に限ったことではない、普通のことだ。
まあしかし、素直に礼を言われるのは悪い気分ではない。うむ、こうして適当に新人の面倒を見るのも悪くないかも知れない。積極的に見るようにしようかな。
……いやいや、待てよ僕。
今まで話したこともない相手が『へっへっへ、手助けしてやるぜ』なーんて寄ってきたら、どう思われる?
……あんまりやるとウザがられそうだから、適度にやることにしよう。
なお、後日。
コモンソードにコモンロッドを持ち、足回りの防具を揃えた二人がキラードッグの牙を納品するのを見かけたが。
……まあ、順調にいっているようでなによりである。




