第六十七話 聖女からの手紙
花祭りの興奮も冷め、いつもの日常が戻ってきた。
ロッテさんとともに、アルトヒルン山頂付近に向かった経験から、うちの仲間たちも一回り大きくなった感がある。
群れをなす上級の魔物との戦いの経験は、きっと最前線に出ても役に立つことだろう。
「ちなみにヘンリー、アルトヒルンの上層は……」
「まだ早い」
二週に一度の、グランディス教会での定期ミーティング。
ジュース片手の、リラックスした話し合いの場でジェンドの言った言葉に、僕は却下を伝えた。
「そっか。まあ、そうだよなあ」
「わかってんなら言うなよ」
「いや、最近自分でもどんくらい実力ついたかわかんなくなってきてさ。オーガはもう、それほど怖くはなくなったんだが」
まあ、全員今が伸び盛りだからな……
僕もジェンドくらいの年齢の時に、一気に成長した覚えがある。
「私、本業の魔法以外ばっかり強くなってる気が。こう、もっと強い魔法使えるようになりたいです!」
「いや、お前の魔法、威力も数も現時点で申し分ねーから。魔法より、もっと立ち回りを鍛えろ」
なにやら主張をするシリルだが……お前フェンリルを一撃で殺っといて、なにがもっと強い魔法だ。
「シリルさんの魔法なら、発動速度を上げるのは? 正直、大砲ではありますが、撃つ前に魔物を倒してしまうことも多いですし」
「あー、それは僕も真っ先に……それこそ、ティオに会う前に言ったことあるんだが」
「生憎、うちの魔法は威力全振りで……その、歌を短くするのはちょっと」
こいつはこいつで、自分の弱点がわかっていないわけではなく、冒険者になる前から色々試してはいたらしい。
しかし、駄目。今時点でも元々に比べれば半分くらいにはなっているらしいのだが、感覚的にこれ以上は無理っぽい、とのこと。
意思の力のみで魔力を操る魔法使いだけに、その手のことは直感的にわかるらしい。
「ふむ、別の魔法流派を覚えるのは……ああ、魔法使いは二種は駄目だったか」
フェリスは言う途中で思い出したのか、言葉を取り消した。
魔導は、器用な人は二つ、三つくらい使い分ける。しかし、魔法となると、二つの流派を覚えてしまうと感覚が狂ってむしろ弱くなるらしい。
「そうなんですよ。むう、どうしましょうねえ」
「私は魔法のことはわからないが、力になれることがあったら言ってくれ」
「は~い」
まあ、こうして忌憚なくお互いの能力について語り合えるのは良いことだ。こういうちょっとしたことで信頼関係も互いへの理解も深まる。
「あのー、ヘンリーさん、少々よろしいでしょうか」
「ん? はい、なんでしょう」
教会の職員さんが、僕に話しかけてきた。
「ええと、実はヘンリーさん宛にお手紙が届いておりまして」
「……誰からですか?」
花祭りの観光案内のクエストを発注したロッテさんの手紙が思い出される。またぞろ、ああいうやつかと、少し身構えた。
「その、差出人のお名前は、ユースティティア、となっておりまして。手紙の送り元もリーガレオで……かの救済の聖女様かと」
救済の聖女(笑)さんからか。かの、とか片腹が痛え。
しかしまあ、ユーのやつは人気はエッゼさんロッテさんに次ぐんだよな……なんせ、あいつが英雄になる功績を立てた大攻勢で、直接ユーが癒やした人は千人以上。間接的にでも救った人の数は、一体何人になるか。
……当然、そうして救った奴には親類や友人もいる。身内が助けられて、良い感情を持たない人間はそういない。
「あー、はい。ありがとうございます。確かに受け取りました」
「はい、それでは」
お辞儀をして背を向ける職員さん。
……そしてなにやら仲間の視線が僕に注目している。
「なんだよ、見んなよ」
「いや、ヘンリーさんの元カノってことなので、すごく気になります」
「俺も」
ティオとフェリスもうんうんと頷いている。
……だから、あいつとはもうそんなんじゃないと、前説明したのに。
封蝋を適当に剥がして、封筒を開く。そうすると、ふわっと鼻孔をくすぐる爽やかな香り。
……ユーの奴が好んで付けてた香水の匂い。なにかと思うと、匂い紙が一緒に入れてあった。香水を少し染み込ませた紙だ。
あいつ、この手の小細工好きだったなそういえば。
なんて懐かしく思いながら、中の便箋を取り出して目を通した。
相変わらずむやみに字上手いな。ええと、なになに?
『お手紙越しですが、お久し振りです、ヘンリー。
アゲハからお話を聞いて、居ても立っても居られず、こうして筆を執りました。
まずは、お土産ありがとうございます。アゲハからちゃんと受け取りました。
花の栞、大切に使わせてもらっています。フローティアは花が有名ですし、とても素敵な品ですね。珍しく気の利いた対応で、少しびっくりしました。
ヘンリーは今もお元気でしょうか。アゲハのお話では、フローティアは平和で、のんびり過ごしているとのこと。変わらずにいることを願っています。ちょっぴり羨ましいですけどね!
リーガレオは相変わらずです。毎日魔物が襲ってきて、怪我をする人もたくさん。とても忙しくて、正直ちょっとメゲそうですけれど、毎日寝る前に読む小説が心の支えです。
栞を贈ってくれたのは、私の趣味を覚えてくれていたからでしょうか? それなら嬉しいです。
あ、貴方と仲が良かった人たちは、元気でやっています。ハロルド、ヴィンセント、リオルさんにルビー、ビアンカ。黒竜騎士団の皆さんも。黒竜騎士団の方たちとは王都で会ったんでしたね。
そうそう。ヘレンは、結婚をきっかけにリーガレオを引きました。故郷に戻るそうです。幸せになって欲しいです。
あと、アゲハから聞いた仲間達とはうまくやっていけているでしょうか?
まあ、昔の貴方は少し余裕がなくて、仲間とぶつかることもありましたけど、今では立派な勇士なのですからきっと心配はないと信じています。
ただ、ジェンドさんという男性の方の他に、アゲハの従妹というティオちゃんやシリルちゃん、フェリスさんという女性が多いパーティと聞きました。あまり鼻の下を伸ばしすぎないようにしないといけませんよ。年上で、男なのですから、節度ある態度で接することです。
そのお仲間さん達も、将来はこちらに来ると聞きました。彼らが来たときはぜひご挨拶したいので、その旨伝えておいてください。
ええと、書きたいことはまだまだあるんですけど、いざ実際に書くとなると中々出てきません。
今回はここまでにします。
返事、もらえると嬉しいです。
それでは。
ユースティティアより』
ふ、ん。
手紙とはいえ、意外としおらしいじゃないか。あいつらしくもない。
「ヘンリーさん、なんて書いてあったんです?」
「別に大したこと書いてないぞ。前、土産を贈ってやったからその礼と、元気でやっているって知らせくらいだ。ああ、そうそう、お前らがリーガレオに来たら挨拶させてくれってさ」
ひらひらと便箋を振って、シリルに答える。
いや、本当に無難な内容でびっくりだ。
ん? なんかジェンドが悩んでいるな。なんだ?
「……最前線に行く前にコネがどんどんできてる気がする」
「ジェンド、気がする、じゃないぞ。とてつもないコネだ。グランエッゼ団長、アゲハさん、救済の聖女様。最前線で活躍する英雄が三人も。しかも、一人はパーティメンバーの親戚だ」
ふむ、確かに言われてみれば。
ついでだ。行く時になったら、リオルさん宛に紹介状でも書いてやろうかね。四人目だ。
「? ヘンリーさん、便箋もう一枚入ってますけど」
「ああ。そういえば」
ティオの指摘に、僕はもう一枚を封筒から取り出す。
いや、気付いてはいたが、一枚目でもう締めてたから読み終えた気になってた。
なんだろう、と開いてみる。
……なんか、紙全体に大きくバツが付けられている。多分、下書きか、書き損じたやつか。間違えて入れたな、あいつ。
まあ、こういうドジなところはユーらしい。手紙がやけに大人しかったから、あいつも少しは成長したかと思ったが、やっぱり変わってないじゃ……な、いか?
『お手紙越しですが、お久し振りです、ヘンリー。
アゲハからお話を聞いて、ちょっと一言言ってやりたくなったので、こうして筆を執りました。
まずは、お土産ありがとうございます。アゲハからちゃんと受け取りました。
花の栞、ヘンリーがチョイスしたにしては悪くない趣味なので、それなりに使ってます。珍しく気の利いた対応で仰天しています。ヘンリー、こんなプレゼント贈ることもできたんですね。超意外。そういうところを、こっちにいる間にもうちょっと見せておいて欲しかったです。
ヘンリーは今もお元気でしょうか。アゲハのお話では、フローティアは平和で、のんびり過ごしているとのこと。羨ましい、死ね。
リーガレオは相変わらずです。毎日魔物が襲ってきて、怪我をする人もたくさん。もう本当にうんざりします。
怪我人も大量に出るし。ほっとけないから治すんだけど、ちょっとは怪我しないようにしろよ! 私がいるからってぽんぽん無茶しすぎだろあいつら!
……はあ。毎日寝る前に読む小説、聖女特権で新刊真っ先に仕入れててくれなきゃやめてますよ、ホント。
ああ、書きながら気付いたけど、栞は私の趣味を覚えててくれてた?
あ、貴方と仲が良かった人たちは、元気でやっています。ハロルド、ヴィンセント、リオルさんにルビー、ビアンカ。黒竜騎士団の皆さんも。黒竜騎士団の方たちとは王都で会ったんでしたね。
そうそう。ヘレンは、結婚をきっかけにリーガレオを引きました。故郷に戻るそうです。オーガ十匹まとめてぶっ潰すあの子が家事とかできるのかなあ。ルビー、ビアンカと一緒に賭けたけど、三日でボロが出るに私は賭けました。
あと、アゲハから聞いた仲間達とはうまくやっていけているでしょうか?
まあ、昔のヘンリーはヤンチャボーイだったけど、今はマシになったし、きっと心配はないと信じています。
ただ、ジェンドさんという男性の方の他に、アゲハの従妹というティオちゃんやシリルちゃん、フェリスさんという女性が多いパーティと聞きました。あまり鼻の下を伸ばすなよ。
そのお仲間さん達も、将来はこちらに来ると聞きました。彼らが来たときはぜひご挨拶したいので、その旨伝えておいてください。
ええと、書きたいことはまだまだあるんですけど、もう面倒になってきました。
今回はここまでにします。
返事くらいは寄越しやがれください。
それでは。
ユースティティアより』
この、丁寧な口調を心がけようとして我慢しきれず唐突に汚い言葉や表現を使う感じ。
やっぱりユーはこうでないと。
「どうしたんです、ヘンリーさん。ニヤニヤして」
「いやー、それがこっちは書き損じみたいで。あの馬鹿、手紙送った後、間違えて入れたことに気付いて滅茶苦茶慌てたんだろうなあ、って思って」
そんで、ヤケ酒かっくらってその次の日にはすぽーんと忘れているのがユーという女である。
いかんな。あいつをからかうために、リーガレオに戻ってもいいとか一瞬思っちまったぞ。
とりあえず、返事の手紙ではクッソ煽ってやろう。
「性格悪いよ、ヘンリーさん。人の失敗をそうあげつらうものじゃない。しかも、相手は聖女様だよ?」
「いやー、妥当だろ」
こっちの書き損じ――損じ? まあそういうことにしとこう――では僕はひどい侮辱を受けている。仕返しを忘れてはいけない。誰がヤンチャボーイだ。
ふふふ、と僕は暗い笑みを浮かべながら、便箋と封筒を買うべく、立ち上がるのだった。
『羨ましい、死ね』は取り消し線入れたかったんですが、小説家になろうでは取り消し線は使えないのか……
あ、とりあえず、ユーさんチラ見せ。
こんくらいは言い合える仲です。




