第六十六話 贈り合う花
二回のアンコールにも応え、ロッテさんのライブが終了する。
最初の方はちょっと応援のダンスで失敗したが、一度失敗すれば大体加減もわかってくる。あれ以降は普通に応援した。
流石に『シャルたーん』などと呼ぶのは恥ずかし過ぎるのでやらなかったが。
それにしても、ロッテさんの歌自体も素晴らしかったのだが、応援をすることでファン同士の一体感のようなものを感じた。不思議な感覚だ。ロッテさんの追っかけ同士が、仲が良いのもなんとなくわかる。
『名残惜しいけど、今日のライブはここまでだよー。みんなー、応援してくれてありがとう!』
マイク片手に締めの挨拶をするロッテさんに、イエーァ! とみんな揃って返事をする。
『あ、でも、帰りにみんなにプレゼントがありまーす! 知ってる? このフローティアの花祭りでは、最後の日に友達同士とかで花を贈り合うらしいよ!』
あー、そういえば。
ちょっと前、花売りのおっちゃんとこで説明書きがあったな。忘れてた。
『そんなわけで、ちょーっとフライングだけど、私からみんなに友情を表す青い花を贈ります! 出口のところで配ってもらうから持って帰ってねー! それじゃ!』
ロッテさんが手を振る。次にぽむ、という音とともにロッテさんの足元からピンク色の煙が巻き起こり、それが晴れるとロッテさんは消えていた。
見た目可愛らしい演出だが、煙が起きて晴れるまで一秒とかかっていない。……ロッテさん、本気の速度で舞台裏に消えたな、きっと。
「しかし、花ねえ」
この会場に集まったみんなに、となると結構な負担だろうに。
いや、ロッテさんの総資産からすると屁でもないとは思うが。
あるいは、このライブは領の主催。こうしてロッテさんから配らせることで、街の外から来た人にもこの風習を教えて明日の花の売上を伸ばす計画か?
……割とセコいところのある領主様のこと、こっちの方があり得る気がする。
「いやー、それにしても楽しかったですねえ」
「ああ。最初はちょっと面食らったけど、悪くないな」
シリルとジェンドは、初体験なりに楽しんだようだ。二人共、見様見真似ながら腕振ってたしな。
「どうだい、ティオ。シャルたんは素晴らしかっただろう?」
「はい。舞台の上のダンス……無駄な動きに見えて、全然隙がありませんでしたし、動きの滑らかさがもう気味が悪いレベルでした」
あ、ティオはそこ注目するか。
いや、うん。確かに地味にすごい動きしてんだよな、あの人。実は、ロッテさんの動きを盗むために本職の武道家が何人も参加しているし。
それで、ストイックな求道者達がファンに堕ちる……もとい、ファンになるのもお約束の流れだが。
「そ、そうか? いや、勿論ダンスも最高に可愛らしいが、こう、歌とかは?」
「? 明日、お小遣い下ろして音写盤と再生機買いに行くつもりですが」
あ、この子すげえハマってる。
「そ、そうか。お金持ちなんだな」
「いえ、アルトヒルンで狩ってればこのくらいは。……フェリスさん、貸しましょうか?」
「い、いや! 流石にそれは私のプライドが!」
収入の九割近くを父親の借金の返済に費やしているフェリスは一瞬葛藤し、ティオの提案を断った。
つーか、話に聞いただけであれだが、そんなロクデナシの親父さんなんか見捨ててしまえば、好きなもんくらい余裕で買えるだろうに。肉親の情って厄介だ。
……国と家族の敵討ちのために、十年近く戦いに明け暮れた僕が言えることではないか。
「はは……まあ、そう無理するなよフェリス。音写盤聞きたいなら、いつもみたいにうちに来ればいいだろ」
「しかしな。毎回、ジェンドの家に聞かせてもらいに行くのは迷惑だろう?」
「そんなことないって。気にすんな」
「いや、毎回菓子なり茶なり出してもらって、正直私は肩身が狭い」
「~~っ、あー」
ガシガシ、とジェンドが頭をかき、フェリスを真正面から見据える。
「いや、だから。俺が家に来て欲しいんだから、遠慮なんてするな。ていうか、来い」
「あ……ああ。わか……った」
唐突にイチャつきはじめやがった、こいつら。
「あー、熱い熱い。もう秋だって言うのに、この辺熱いですねー」
「だな」
シリルがわざとらしげに手でパタパタ扇ぐ。僕も全力で同意した。
……暑い、ではなく、熱いんだよ、この辺の空気!
「あ、いや。その、まあいいじゃないか。恋人なんだから。二人共、からかわないでほしい」
フェリスが顔を赤くさせながら反論してくる。
こいつは普段は美人寄りでロッテさんが絡むと残念寄りなのだが、こういう仕草はどこかかわいい。
「別に悪いとは言ってませんよー。ねー、ヘンリーさん」
「なー?」
「お前ら……いや、もういい」
ジェンドがなにか反論しようとするが、諦めたように嘆息する。
「……さって。だいぶ人もはけてきたし、ちょっくらロッテさん労いに行くか?」
「いいですね。ただ、ちょっと待ってください。私、ちょっと色紙買ってきます。サインを頂きたいので」
「あ、ティオ待ってくれ! 私も行く! シャルたんのサイン!」
シュタタ、と駆け足でロッテさんグッズを売ってる物販の屋台に走るティオ。それを追いかけるフェリス。
フェリス、お前ついさっきまで……いや、オモロイからいいけどさ。
んで、二人が帰ってきてからロッテさんのところに向かった。
当然、そこまでの道は警備ががっちり固めているが、事情を知っているこの領の兵士さんだったので、問題なく通過。
そうして、ロッテさんが休んでいるという天幕に着くと、
「んっぐんっぐ! プッッッハァ! ライブの後の一杯は格別だねぇ」
「ロッテ、貴女五杯目でしょう、それ」
「ルーナ、お前は六杯目だろう?」
「残念、八杯目です」
ついさっきまで披露していたアイドル姿は何だったのか。
衣装をだらしなく着崩してフローティアンエールをかっくらうハーフリングと、その付き人の姿がそこにあった。
その横には、エールが樽ででんと鎮座ましましている。
……どんだけ呑む気だ、この二人。
「ロッテさーん、挨拶に来たんですけど」
「ん? おお、ヘンリーじゃないか。それに、他のみんなも。まあまあ、こっちに来なさいな」
ちょいちょい、と席を勧められる。
天幕に設えられたテーブルと椅子。本来は運営委員の休憩所かなんかなのか、結構な席数がある。
その一つに座ると、即座にロッテさんがジョッキを僕の前に置いた。
他のみんなも、座ると同時にエールが勧められる。
「ご領主様から、ライブ成功の祝いでもらったんだ。私とルーナだけじゃ流石に呑みきれないから、みんなもどうぞ」
「領主様なに考えているんですか……いくらロッテさんが酒豪でも、樽でって」
「ふふん。我が領の勇者達に、だってさ。君たちパーティが来るの読んでたんだよ。……あ、シリルは調子に乗って呑みすぎないようにってさ」
ああ、先日の労いか。報奨金も断られたし、せめても、ってとこか。
まあ、そういうことならありがたくいただこう。なんか並んでる料理も豪華だし。
「ふーんだ。シリルさんはそこまで迂闊な女じゃありませんよ。領主様ったら失礼ですね」
「まあ、そもそもお前エールはあんま呑まないしな」
「苦いのは苦手で」
「あ、じゃあ私が仕込んだシードルやるよ」
ロッテさんが、手荷物から瓶を取り出し、シリルの前に置く。
「林檎のお酒でしたっけ?」
「そう。甘めに作ったから、呑みやすいよ」
「それは美味しそうです。ヘンリーさん、私のジョッキどうぞ」
と、シリルに配されたエールのジョッキが僕の前に来る。
いや、まあいいけどさ。
「はい、三人もどうぞ」
既に随分と呑んでいるはずのルーナさんが、酔いを感じさせない動きでジェンドらにエールを注いで渡す。
……この前一緒に呑んだ時も思ったが、あの人僕の知ってる誰よりも酒に強いな。
「ていうか、今更ですけど、こんな開けたところでアイドルがどんちゃん騒ぎして大丈夫なんですか」
アイドルはイメージというものが大切なのではないだろうか。警備の人がいるから一般人は来ないが、その警備の人に見られるぞ。今はいないけど。
「平気だよ。ルーナの魔導で、音と光景をシャットアウトしてる。近付く時気付かなかった?」
「失礼、ロッテ。魔導式を敷き忘れていました」
「ちょっとぉ!?」
失敗失敗、と呟きながら、ルーナさんは天幕の周囲の地面に図形を描き、魔力を通す。
僕の知らない魔導流派だが、戦闘用じゃないなこれ。
「まあ、誰にも見咎められなかったのでセーフということで」
「気をつけてよー。気付かなかった私も悪いけどさー」
そうしてぶちぶち言ってから、ロッテさんはジョッキを掲げる。
「んじゃ、乾杯といこう」
んん、とロッテさんが咳払いをして、声を上げた。
「私のライブの成功と、この街で出会った友達、そしてシケた顔から立ち直ってるヘンリーに乾杯だ!」
『乾杯!』
「ちょっ、誰がシケた……もう、乾杯!」
くっそ、最後の最後で、この人は。
呵呵と大笑しているロッテさんは、まったく悪びれもしない。ぺろ、と舌を出してウィンクしてる。
ったく。
ぐび、とエールを一口呑み、ローストされた鶏の足にかぶりつく。
「あー、美味い」
……まあ、しかし、だ。
ロッテさんがこの街へライブに来てくれたのは、多分、それを確認するのが目的の一つだったんだろう。
はあ……借りばかりが積み重なっていくな。
ロッテさんは、次の街へ向かうべく、花祭り最終日の午前中にはフローティアを去っていった。
街に残るファンはそれを見送り……途中まで付いていくファンは、めっちゃ走っていった。これも、毎回恒例らしい。
宴会の最中にサインをもらってたフェリスやティオも途中まで追いかけ……流石に、最寄りの村まで見送ったら戻ってきた。
さて、そうして。
一旦みんなと解散した後、僕はやってきた花屋の前で少し悩んでいる。
「兄ちゃん、どうするんだい。赤、いる?」
「……全部青で」
少し悩んだ末、僕は友人に贈る用の青い花を六輪購入した。
パーティメンバーに一輪ずつ、熊の酒樽亭に一輪、この街に来たときからの知り合いであるトーマスさんへ一輪。
多すぎても邪魔になるので、本当に親しい者同士だけで贈り合うのが作法らしい。昨日のロッテさんは……まあ、アイドルだし。
……なお、恋人や配偶者、あるいは告白する相手に贈る赤い花を買うか買うまいか悩んだが、まだ早いと判断して取りやめた。早い遅いの問題ではないかも知れないが。
「さて、っと」
昨日、ロッテさんがライブをした中央広場へ行く。
そこで花祭りの閉会式をやる予定だ。沢山の人が集まるので、毎年花の交換会場みたいになってるらしい。
「あ、ヘンリーさん」
「……奇遇だな、シリル」
歩き始めた途端、シリルとばったりでくわした。
この時間に広場で待ち合わせたから、はち合わせてもおかしくないが……イカン、どこから見られてた?
祭りで人が多すぎて気配もごちゃごちゃだ。しばらく前から見られてて、気付かなかった恐れもある。
花屋の前で、青の花と赤の花を見比べて、悩みまくる男。
……まずい、とてもまずい。
と、そんな僕の危惧は余計な心配だったのか、シリルははい、といつもの調子で手に持つ青い花を僕に差し出した。
「ヘンリーさん、どーぞ」
「あ、ああ。ほれ、僕からも」
「へへー、どうもありがとうございます!」
「っと、僕もな。ありがとう」
シリルからの花を見る。
……うん?
「シリル、なんかお前の持ってる他の花とこれ、種類が違うみたいなんだけど」
「あー、同じやつ売り切れだったんですよ」
「そうなのか」
と、僕は何の疑問も抱かず、シリルと一緒に広場へ向かった。
長かった花祭りも、これで終わりである。
なお。
これは、後々……本当に結構後になってから知ったことなのだが。
花祭りで贈り合う花は大体色で意味合いが決まっている。
それは確かにそうなのだが、フローティア女子の間では、贈る花の種類でちょっとずつ意味が違うってことになっているらしい。
その手の話題に疎いティオや、こちらに来て日が浅いフェリス、男であるジェンドでは気付けない、ちょっとしたアピール。
僕が受け取った花の意味は、『貴方が気になっています』。
……普段の言動に反して、あいつも割と回りくどいやつである。
ヒロイン力を高める話




