第六十五話 理由を聞いてライブを見る
ロッテさんの野外ライブは、一時間弱で切り上げられた。
流石に外は迷惑だし、それにロッテさんも色々と予定が詰まっているのだ。
祭りを回っている最中に雑談で聞いたところによると、グランディス教会への表敬訪問、領主様との会談、会場の下見に魔物退治が初日の予定とのことだった。
アイドルとして来たのに魔物退治というのは少し変な気もするが、割とロッテさんが辺境でもライブ活動をするのはこれが目的なのだ。
近くに強力な魔物が出るが、それを退治できる冒険者がいない街や村も当然存在する。
交通の便が悪かったり、設備が整っていなかったり、暑すぎたり寒すぎたり、単に巡り合わせから冒険者が集まらなかったり……
そういった場所にライブのため出向いて、そのついでに周辺の魔物をなるべく排除してひとまずの安全を確保する。
そこに暮らす人は魔物がいなくなりライブが見れて嬉しい。ロッテさんはあまり来ない土地のファンを確保できて嬉しい。ウィン・ウィンなんだよ、とはロッテさん本人の弁である。
……半分以上、ボランティアな気もするが、僕が口を挟むことでもないだろう。
そんなわけで、ロッテさんは領主様との会談でアルトヒルン立ち入りの許可をもらって、意気揚々と頂上付近の魔物退治に出かけていった。
ひとまず、巨人と雪の女王とアイスドラゴン(いたのか……)を合計百匹ほどブチ殺して来たらしい。
そうして帰ってきてから、出迎えるファンの前で、ロッテさんはこうのたまった。
『いやあ、最上級がいなくてよかったー。シャルロッテ安心しちゃったぁ』
口調はもうこの際無視することにして、
「……茶番じゃないですか」
ロッテさんが白々しい台詞を言い放ったその翌日。花祭り六日目の夜。
シリルと連れ立って、ロッテさんのライブに行く道中に昨日のことを話すと、シリルが呆れたように言った。
「言うな。もう倒したんだ。実は最上級がいた~とか言うと、みんなが不安がる」
「……また出てきたりはしないですよね。私、正直遠くから魔法撃つだけですごく怖かったんですが」
「そうそう出てたまるか。少なくとも、アルトヒルンに出たって記録は今回が初めてだぞ。過去三百年くらい遡っても」
グランディス教会に照会すれば、最上級の記録は出てくる。それなりに信頼できる情報はここ三百年程だが、それ以前もおとぎ話レベルですら、最上級っぽいのが出た記録はない。
強いて言えば奉花祭の起こりとなったっていう真竜フィードルフェアか? でもあれは魔物とは違うし。
「ちなみに、だ。リーガレオでは週一のペースで出るぞ。僕も、十匹くらい倒した経験がある。パーティちゃんと組んでだけどな」
「ええ!?」
「この前は組むのに慣れてないロッテさんと二人だけだったからちっと不覚取ったけど。ちゃんと役割分担して当たれば、そんなに分は悪くない。ソロでも準備万端なら足止めくらいは」
まあ、最上級が最前線で頻繁に発生するようになって、退治のためのノウハウが溜まったのが大きいんだけどな。
最上級の魔物が恐ろしかったのは、その強さも当然あるが、それ以上に情報がなかったということが大きい。
どんな攻撃をしてくるのか。弱点はどこで、なにが有効なのか。膂力は? 速度は? 反応は?
滅多に発生しない最上級の魔物への対策なんて、これまでは立てようがなかった。なにせ、情報自体が殆どない上、大抵の場合同種が出たのは百年単位での昔である。
……しかし、連中は週一回、それも数多の冒険者が集まる最前線で登場するようになった。
つまりは、みんなでボコボコにしながら、色んな情報を集めることが出来るようになったということである。
かくして最上級の魔物は、かつて程のお金や名誉を稼げる相手ではなくなった。もちろん、舐めてかかれば速攻返り討ちだが。
「だから、お前がフローティアにいるんなら守ってやれるけど、な」
「……はい」
でもなあ、こいつリーガレオ行くつもりなんだよなあ。
……もう、いいか。
「なあ、お前なんであんな物騒な街に行きたいんだ?」
初めて突っ込んで聞く。
なんとなく、こうなんじゃないか、って予想はいくつかあるが、そのどれも決定打に欠ける。
しばらく、沈黙。シリルは少し瞳を迷わせてから、おずおずと口を開いた。
「それは……その、内緒ってことで」
「いつまで?」
「好感度を後七シリルさん分稼ぐまでです」
「久々に出たなその謎単位!」
フレーズはなんとなく覚えてるが、いつ言われたのかもう覚えてねえぞ!
「いや、言いたくないわけじゃないんですよ? 別に恥ずかしい理由でもありません。お天道様に誓って」
「お前、戦神グランディス神信仰だろ。太陽神に誓ってどうする」
「そこは気にするところじゃないでしょう」
そうだけどさ。太陽神ヌルヴィスは約束を重んじる誠実な神格だから、そういう誓いにも向いているし。
「……まあ、そのうち話すかも知れません。でも、話しちゃったら、ヘンリーさんを困らせちゃいますし。シリルさんお悩み中です」
「お前が僕を困らせるなんて大きく出たな」
はっ、と鼻で笑ってやる。
……実は、その隠している件だけでなく、こいつが僕を困らせようと思ったらいくらでも方法はあるのだが、そこは無視して。
「……またロッテさんに言いつけますよ」
「ごめんなさい!」
いくらでもある方法の一つを見事使われ、僕は敗北宣言をする。
「あまり私を甘く見ないでくださいね!」
「いや、お前今のは完全に他力本願だろ……」
べー、と舌を出すシリル。やれやれ、ライブに行く途中だが、適当に機嫌でも取るか。
「シリル、綿あめ食うか?」
「食べます!」
チョロい。
さて、街の中央広場。僕たちも設営を手伝った舞台にやってくると、まあいるわいるわ。ロッテさんのライブを見に、お客さんがわんさかと。
やはり年頃の男が多めだが、よくよく観察すると老若男女割と万遍ない。
ロッテさんの人気は男女や年齢層に偏っていない……ということもあるが、このイベントは領が主催しており、特に料金なんかも取られないので、有名っぽい人はとりあえず見とこうとか、そういう人も多いのだろう。
そういう一見さんをファンに落とすのはロッテさんの得意とするところである。
「あ、おーい! 二人とも、こっちだこっち」
待ち合わせていたジェンドが手を振ってこちらを呼ぶ。
ジェンドとフェリス、ティオが一緒にいた。フェリスとティオは、なにやら熱心に話し合っている。
ちょっと待ち合わせ時間に遅れたか? 綿あめがいかんかったか。
「おう、悪い、待たせたか」
「待ったよ!」
お、おう?
なにやら勢いの良いジェンドに、僕はどうしたのだと聞こうとし、
「ああ、シリルにヘンリーさんも来たか。シャルたんのライブまで後十分少々。……多少詰め込み気味な感は否めないが、私がライブでのお約束を始まるまでに教えてあげよう。ジェンドとティオにも、復習がてらもう一度最初から聞かせてあげようじゃないか。さあ」
いや、さあ、ではなく。
「……俺、三回目なんだけど」
あー。
……いや、うん。頑張れ、ジェンド。あれだ、惚れた弱みってやつだ。そういうことにしとけ。その方が、こう、色々物事が円滑に回る。回す必要があるのか? とか考えるなよ。
「フェリス、僕はロッテさんのライブ参加すんの初めてじゃないから、勝手はわかってる」
「そ、そうだな。ヘンリーさんはシャルたんの友達だからな」
「そうなんだけど……どっちかというと恩人と言うか、姉御って気分のほうが大きいんだが」
友達、なんて可愛らしい表現がちょっと微妙。
「私はライブって初めてですからご教授いただきたいです!」
「私も、フェリスさんが面白いので」
「? 面白い。なんのことだ?」
いや、だいぶオモロイよ、今のお前。ジェンドはちょっと普段とのギャップでやられているみたいだけど。
掛け声やら合いの手やら説明するフェリス。興奮して激しい動きをすると他のファンの迷惑になるからやめよう、などと初参加者に無駄な忠告をしている。
……よく見ると、同じような光景がそこかしこに。ロッテさんのファンは新規ファンへの教育も抜かりないなあ。
などと周囲を観察しながら、フェリスの面白さを堪能していると、突如広場を照らしていた照明が一部を除き落ちる。
特に舞台は真っ暗闇。今日は星も出ている夜だが、上手いこと舞台が影を作っていて、まったく見えない。
と、舞台の中央がぽう、と光る。
……その光の中心には、キメッキメの衣装で身を固めたロッテさんがいた。
「おおー」
「シャルたん得意の演出だ……まだだぞ、みんな。まだ叫ぶのは早い」
いや、多分初めてのみんなは叫べねえよ。
しかし、確かに暗闇から光とともに現れるという演出はロッテさんよく使うが……あれってもしかして、フェンリルと戦ってた時使ってた、防御膜的なやつじゃね?
……すげえ無駄遣いしてんな。いや、あの人のことだから戦いの方が余禄だとか言いそうだが。
そうして、なんとも幻想的な光景の中、しっとりとしたメロディとともにロッテさんの一曲目が始まる。
その小柄な体躯や可愛らしい容貌には似つかわしくない声量で発揮される圧倒的な歌唱力に、一気に引き込まれる。
……いや、あの人、こう可愛らしいキャピキャピした歌が得意だし好きな人なんだが、普通に本格派な歌も歌えるのだ。大体、一曲目はこんな感じ。
初めてのシリルやティオ、ジェンドなんか目を丸くしている。
時間を忘れるかのような歌の時間が終わり、照明が復活。
そしてロッテさんはマイクを手に取り、先程とは一転、明るい笑顔で言い放った。
『みんなー! 集まってくれてありがとう! 何度も来てくれた人も、初めての君も、今日は楽しんでいってね!』
ぱぁ、とロッテさんの周りだけ輝いているかのようだ。
……アイドルモードのロッテさん、どうも僕は苦手なのだが、華があるのはわかる。
『じゃ、お約束いってみよーぅ! みんなー!』
そうして、いつもの掛け声。
……フェリスをはじめ、エナジーに溢れ過ぎているファンたちの返事が起こり、ロッテさんのテンションはアゲアゲだ。
『よーし、みんなエナジーは十分だね! 次の曲いくよー。ラブ・エクスプローラー!』
ロッテさんの十八番来た。本人、恋人のこの字も見つからない人だけど。
ドタバタしたコメディチックな歌詞と、明るい曲調に思わず気分が弾む。
それは僕以外の観客もみんな同じようで、みんな一様に笑顔だ。
――あー、ロッテさんのこれ聞いてもぴくりとも表情が動かなかった昔の自分が、どんだけ病んでたかわかる。
「ヘンリーさん、ヘンリーさん! ロッテさん……いや、シャルたんすごいですよ!」
「ああ、そうだな」
シリルのやつも笑顔だ。
……うん、いい。こんな感じでいい。
そうだな、たまには僕もハメを外すか。ロッテさんのライブで、ファンが踊る妙な踊りは覚えている。
他の人の迷惑にならないように気をつけつつ、しかし見事な動きを見せてやろう。一流どころの前衛の身体能力を甘く見るなよ――!
なお。
安全面には極力配慮したものの、普通にあんな勢いで動かれたら怖い、と近くの人から苦情を受け。
……僕は平謝りする羽目になった。




