第六十四話 アイドル、到着
祭りの三日目、四日目は何事もなく過ぎていった。
大通りを仮装して歩くパレードや、その年一番見事な花を咲かせた人を表彰する会。件の花の娘コンテストに、領主館の大きな庭に作られた花の迷路等々。
ロッテさんは大いに満足し、一緒に回った僕とシリルも存分に楽しませてもらった。
そうして、四日目の夕方、フローティアの街の入口で、僕たちは挨拶を交わす。
「いやー、久しぶりに思い切り祭りを見て回って楽しかったよ。ありがとう」
「そう言ってもらえてなによりですよ」
「はい。あ、色々奢ってもらってありがとうございます」
ぺこり、とシリルが頭を下げる。
そうそう。飲食とか大体ロッテさんが持ってくれたんだった。僕も慌ててシリルに続いて頭を下げる。
「ありがとうございました。でも、クエストの報酬から引いてもらってもいいんですよ?」
「そんなケチ臭いことはしないさ。これでも結構金は持ってるけど、普段あんまり使わないしね」
英雄冒険者としての儲けに加えて、アイドル活動による収入。
……下手な領の年間予算に匹敵しかねないのでは?
僕も最前線の戦いで割と溜め込んでるが、足元にも及ばなさそうだ。
「正式にいらっしゃるのは明日でしたっけ」
「そうそう。一応、街の外から来たアピールしないとだから。今日はリゼルの街まで戻って、明日朝からまたこっちに来るよ」
リゼルの街は、フローティアから一日程行ったところにある街だ。フローティアよりは小さいが、そこそこ栄えた街である。
……この時間からだと、普通なら到着は明日になってしまうが、ロッテさんの健脚であれば夜が更けるまでに余裕で着くだろう。
「そこまでする必要あるんですか? 適当に外出て、戻ってくれば良いような」
「気合の入ったファンは街道で待ち構えてくるからね。足に自信のある兵士とか冒険者ならリゼル辺りで出待ちしてるよ。あの辺りから、街道はこっち方面にしかないからね」
「ひえっ」
シリルが引いている。
……うん、まあ。僕にもそこまで情熱を燃やす理由はわからないが、ロッテさんの熱心なファンであればそのくらいはする。
今年の花祭りは例年より大分外からの観光客が多いらしいが、ロッテさんのライブが目的の人も相当数に上るだろう。
「大変ですねえ」
「まあま。これはこれで楽しくやってるからね」
「なるほどー。ふむ、確かにチヤホヤされるのは楽しそうです。ヘンリーさん、試しに私をチヤホヤしてください」
「するか」
てい、と軽く頭にチョップする。
無論、痛くもなんともないはずだが、
「いたーい。……ロッテさーん、ヘンリーさんがいじめます」
「おーおー、かわいそうに」
と、シリルはロッテさんに擦り寄り、頭を撫でてもらいに行く。
……この観光案内で、二人は随分と仲良くなった。シリルが愛称で呼ぶようになったのもそうだし、ロッテさんもシリルを大分可愛がっている。
歌で魔法を使う、って共通点もあるし、そうでなくてもなんか波長が近い気がするし、さもありなんといったところか。
「ロッテさん、ヘンリーさんを懲らしめてやってください」
「どぉ~れ、私に任せておきな」
ぺき、ぺき、とロッテさんが指を鳴らしながら、僕の方へ間合いを詰めてくる。
「ちょ、ちょちょちょ!? ロッテさん、あんた大人げないですよ!?」
「ふっふっふ、私の可愛いシリルをいじめるやつは……こうだ!」
ロッテさんが、僕の手を握る。
そうして、何気なくロッテさんが腕を動かすと、なんか僕の両足が地面から離れ……こう、宙に舞った。
「はあ!?」
空中で逆立ちするような格好になった後、すとん、と何事もなく地面に着陸する。
……び、びっくりしたぁ。
え、今僕投げられたの? 全然力入れられた感じなかったけど。
「な、なんなんですか、今の」
「なに、ちょっとした手品さ。自分の力じゃなく、相手の力を利用して……ってやつ」
その手の返し技は僕もいくつか手持ちにあるが、これはもっと恐ろしいナニカなのではないだろうか。
「まあ、こういうのも覚えて損はないよ。一つ上に行くと、この手の技術も当たり前になる。ああ、誰かに見られてる心配は無用だよ。見えないようにやったから」
その一つ上って、てっぺんのことじゃないですかね。
でも、一応それを僕に体験させようとしてくれたわけか。
……心臓には悪いが、感謝するべきなんだろう。
「さて、シリル。仕置きは完了したよ」
「わーい」
ええい、ぱちぱちと拍手なんぞしおってからに。
「さってと。そろそろ行くとするか。それじゃあね、二人共」
「はい、ライブは見に行きます」
「頑張ってくださーい」
手をひらひらさせて、ロッテさんが街道を走り始める。
街の近くでは自重していたようだが、途中からとんでもないスピードで走り始めた。
それでも、途中すれ違う人を驚かせていない辺りはアゲハとの格の違いを感じる。
「行っちゃいましたねー」
「ああ。戻るか」
「はい」
フローティアの街に戻る。
……さて、明日はどうなるかね。
朝。
久し振りに二日酔いでない、すっきりとした目覚め。
僕は、ロッテさんの出迎え模様を冷やかすべく、フローティアの街の入口に向かう。
到着予定時刻は朝十時頃。早めに到着する可能性も見越して、十分前に正門前に来た。まあ、ロッテさんが街に入るところなんて、そんな騒ぎになっちゃいないだろう。
……などと考えていた僕の見通しは甘すぎたらしい。
「シャルたんはまだ来ないのか!?」
「おい、もっと前詰めろ」
「うおおおーー、シャルたんエナジィィィー!」
……ロッテさんを出迎えるべく、正門近くに集った男共が、やいのやいのと騒ぎ立てている。
もちろん、通行の邪魔だから兵士さんが押し留めているわけだが、
「押さないでくださーい! シャルロッテ様の到着はまだ先です! 見えたら教えますから……危ないですから押さないでください! 押さない……押さな……押すなっつってんだろコラァ!」
キレた。
「こら! みんな、シャルたんのファンとして恥ずかしくない行動を取らないか!」
そして、ファンのみんなに仁王立ちで説教かまし始めたの、あれフェリスだよ。後ろには当然のようにジェンドを従えている。
他人のふり、他人のふり。
……いやだからジェンド。そんな、視線で助けを求められても、その、困る。
うむ、ここで待っていても、ロッテさんの顔を拝むことすらできなさそうだ。
適当にそこらで時間を潰すことにしよう。
「うん?」
どこか遠くから、ドドド、と振動っぽいものが聞こえ始めた。
それは結構なスピードでフローティアの方角に向かっており、
「あっ、シャルロッテ様が見えました! もうお前ら好きにしろよ!」
兵士さんが投げやりに群衆を押し止めるのをやめる。
それと同時に、ファンの連中が門の外に出て、
「……上かな」
この辺の連中、今は街の外しか注目していない。
僕はこっそり身体強化で脚力を強化し、一気に跳躍。城壁の上に着地する。
「うわっ」
「っと、驚かせてごめんなさい」
城壁の上で見張りをしていた兵士さんをびっくりさせてしまった。謝る。
「……本来はここ、関係者以外は立ち入り禁止なんですが」
「あ、そうなんですか。それはごめんなさい」
「いえ、構いませんよ、ヘンリーさん」
あれ、僕のこと知ってる?
……ああ、思い出した。アルトヒルンへの立ち入り許可をもらいに領主館に行った時、門番やってた兵士さんだ。シリルが挨拶していた……ええと、確か、
「ジオさん、でしたっけ?」
「ええ、覚えてくださって光栄です。……巨人の件はお世話になりました」
ああ、ここに来ても咎められないのはあの件が効いたからか。こう、素直に感謝されるのは嬉しいな。
「噂でしか知りませんが、上級上位なんていう脅威に立ち向かうなんてすごいですね」
「いやあ……僕的には、あっちのほうが怖いです」
地平線辺りから走ってくる、それらを指差す。
ジオさんも苦笑いで同意した。
えー、この見晴らしの良い城壁の上から見える光景をご紹介しよう。
まず、街道をロッテさんが爆走している。まだ遠いが、ここからでも分かるほど見事過ぎる笑顔を浮かべ、正門前で待つファンへ腕を振りながら、更になんか歌なんかを歌いながらの疾走だ。
そしてその後ろに、確実に百人以上はいるむくつけき男共が、『シャルたーん』などと妄言を吐きながら、かなりの速度を出しているロッテさんについていっている。
……多分、ロッテさんのバフかかってるな、後ろの連中。
そして、正門前には、フローティアで出迎えるべき待っていたファンたちがシュプレヒコールを上げていた。……さっきまでなるべく前に前にと他のファンを追いやる勢いだったが、見事なまでの一致団結具合だ。
その一団に我がパーティのメンバーがいるように見えるが、これは目の錯覚である。
「…………なるほど」
何だこの地獄絵図。
なんか脳が理解を拒否して、意識は保っているのにどこか気が遠くなるような気分がする。
僕があまりのショックにぼけーっとしていると、ロッテさんがフローティアの近くまで到着した。ずさ、と後ろに従える男たちも一斉に止まる。
ゴクリ、と僕は唾を飲み込んだ。
そうして、ロッテさんは満面の笑顔で、
「みんなー、お出迎えありがとー! シャルロッテ・ファイン、ただいま到着したよ! ちょーっと疲れちゃったぁ、エヘッ」
うわ、きっつ。
……とか思うのは僕だけらしく、ファンは更に大盛りあがりだ。『頑張ったねー!』なんて声をかけてやがる。
いやいや、あの人が疲れたとか嘘に決まってんだろ。疲労という概念があるのかどうかすら疑わしい。
「さぁて、みんなー、シャルたんエナジーは溢れてるぅ!?」
『はぁ~い!!』
うるせえ!
……駄目だ。ライブには参加したことあるから、ある程度覚悟はしていたが……ライブ会場とかある種非日常の場所でなく、こういう普通の場所でこういうの見ると、こう、くらくらする。
「それじゃあ、この素晴らしいフローティアの街に到着した記念に、一曲行くよー!」
ひゃっはー、とファンのみんなは大歓喜。
ただし、普通に街を出入りする人の邪魔にならないよう、正門からは少し離れての野外ライブだ。
あ、ロッテさん、こっちに向けてウインクした。
……見てろってことね、はいはい。
とまあ、こんな感じで。
英雄にしてアイドル、シャルロッテ・ファインさんの公式訪問が始まるのであった。




